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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第4部 修復士と古の“呪い”

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02 少年剣士と治療術師の少女②



「おお……でけえな」

「そう?」


 エイバがいちいち建物の立派さに感心するのに、レヴァーレは小首を傾げる。

 目の前には既に協会があった。

 ここには厩舎もあれば、訓練所なども併設されているため、結構な規模となっている。

 だがマラキアの協会本部からやってきたレヴァーレには、このくらいの方が普通なのだった。


「あっちの真っ白い建物は?」

「あれは神殿と教会の建物」


 協会の向かいを指してエイバが問えば、レヴァーレはすぐに答えてくれる。

 道すがらエイバの質問は何度も繰り返されたが、彼女の返答はいつでも澱みない。


「平和の神さん、戦いの神さん、商売の神さん、農耕の神さん、旅の神さん、健康の神さん、それに天と地の神さん。とか、色々祀られとるみたいやで」

「……ちょっと節操なさすぎじゃないか」

「ま、ここはキトルスやからね。需要のある神さんが多いんやろ」

「ははぁ」

「お向かいさんやし、教会とは治療とか教育とかで協力関係にあるんよ。良かったら時々挨拶に行ったってや」

「そうする」


 エイバは素直に頷き、レヴァーレと共に協会の扉をくぐる。

 中には多くの戦士たちの姿があったが、あまり気後れはしなかった。

 彼の故郷は小さな村だったが、実家は近隣にたった一つの鍛冶屋だったため、戦士たちの訪いも少なくはなかったのだ。


「ちょい待っとってくれるか? 良ければうちに受付させて」


 喜んでエイバは待つことにした。

 待つ時間は本当にわずかで、すぐにレヴァーレがカウンターに姿を現す。

 にこりと笑って、レヴァーレはエイバを手招きした。


「お待たせしました」

「いや……」

「早速やけど、登録の時はこれに書いてもらっとるんや。字は?」

「名前くらいなら」

「了解。それじゃまず、名前をここに」


 レヴァーレが差した書面の欄に、エイバは名前を記入した。

 それ以外の欄は、口頭で伝えてレヴァーレが代筆してくれる。

 年齢を口にした際に、「同い年やね」とレヴァーレがどこか嬉しげに微笑んだのが、とても印象的だった。


 書類を書き終えると、すぐに彼女が登録手続きを進めてくれ、依頼を受ける際の手続きや規則の説明を簡潔にしてくれる。


「でな、どっか入りたいクランとか、こういうクランに入りたいとか、そういうんはある?」

「クラン――いや、俺はソロでやるつもりなんだが……」


 そう口にしたエイバの言葉には、どこか譲れないと告げるような硬さがあって、レヴァーレはしつこく勧めたりはしなかった。


「そうなると、依頼をお任せする前に今日ちょっと試験を受けてもらわなあかんな」

「し、試験」

「そんな怖がらんでも大丈夫。剣の腕前を見せてもらいたいだけやから……。協会はな、戦士を使い捨てにしたりせえへんし、依頼人のためにもその仕事にふさわしい実力がある人を選ぶようにしとる。逆に言うと力が分からん相手に仕事は任せられん。やからな、ソロでこれまでに特に活動歴がない、ちゅう場合はその実力を試させてもらっとるんや。……気ぃ悪くしたか?」

「いーや、当然のことだろ」


 協会のその姿勢には、むしろ敬意を覚える。

 からりと言ったエイバに、レヴァーレはほっと胸を撫で下ろしたようだった。


「それじゃ、早速ええかな?」

「お、おう」


 とはいえ、緊張しないわけではない。

 訓練所に場所を移して相手の支度を待つ間、落ち着かずにいるエイバに、レヴァーレは説明の続きをしてくれた。


「もし不合格やったら、指導者がつくことになっとる。登録が駄目になるわけやないから、そこは安心してな」

「そこまで手厚くしてくれんのか、協会は……」

「戦士の確保も大事な役目の一つやからね。それに、これ言うのもなんなんやけど、基本的には新人さんはクランにお任せやから。戦士育成に関しては協会の負担はそうないんや」

「ああ……。なんというか、それは、申し訳ない」

「別に謝ることあらへん。ソロで、ちゅう人はそれなりにおるし……新人さんでは稀やけど」

「フォローしてるのか、それ」


 ふふふ、とレヴァーレが笑ったところで、試験官がやってくる。

 レヴァーレの応援を受け、やってきた試験官と剣を交えて――エイバは一応、ソロでの活動を認められることとなった。

「おめでとう」「ようこそ」

 という、レヴァーレや協会職員からの言葉が、何とも面映ゆい。


「無事に合格したとはいえ、のっけから一人で行かせるわけにはいかんのやけどな」

「そうなのか……」

「エイやん、何回か一人で戦こうとるみたいやけど……、うちではそれ、あかんで。新人の内は特にな。せめてもう一人、仲間連れてかな。片方に何かあったら、もう片方が何かしら救命措置をとれるやろ」

「そう、なんだけどな……」


 誤魔化すようにエイバは頬を掻く。

 そんな彼をやれやれと見て、レヴァーレは腰に手を当てた。


「ま、しばらくはうちがついてくから。さっき助けられた恩を返させてな」

「それはもう十分返してもらった気がするが……、いや、それより、あんた……戦える、のか」

「攻撃は不得手やけど、これでも防御と治療には定評があるんやで。エイやんよりは経験値豊富やから、しばらくはお姉さんに任せなさい」

「そりゃありがたいが……」


 本当に、いいのだろうか。

 困惑の面持ちで、エイバはレヴァーレを見つめた。

 誰かと共に行かねばならないのなら、よく知らない相手より、言葉を交わし笑い合った彼女と行く方がいいに決まっている。

 しかし……。


「ペーペーのエイやんと組んでくれる相手を見つける方が大変そうやし」

「……それもそうか」


 付け加えられた一言にひどく納得してしまい、エイバは苦笑した。


「それならしばらく、世話になる」

「ん、よろしゅうな」


 笑顔のレヴァーレに手を差し出され、照れ臭く感じながらもエイバはその手を握る。

 ほっそりして、温かい手だった。

 ぎゅっと握手を交わして、名残惜しくその手を離す。

 誤魔化すように、エイバは口を開いた。


「それで、できればすぐにでも何か依頼を受けたいんだが……」

「え、もうか。今日到着したばっかなんやろ? ちょっとゆっくりした方がええんとちゃう?」

「やー、元気がありあまっててな。金もないし、宿代を少しでも稼いでおきてえんだ」

「うーん……」


 レヴァーレは束の間、難しい顔になった。

 実を言うと、有能な治療術師であるレヴァーレはこの面倒見の良さも相まって、結構予定が埋まってしまっているのだ。


「そんなら、明日討伐に行く予定があるんやけど、どうやろ」

「そりゃあありがたい」

「エイやんと同じ新人二人組についてくことになっとって。向こうがOKしてくれるか、ちょっと分からんのやけど」

「稀少なクランに入らない新人さんか。それじゃ明日、聞いてみて頷いてくれるようならついていかせてくれ」

「了解や。メンバーのバランスはエイやんが入ってくれた方が良うなるし、人数が多い方がうちとしても安心やから、できれば四人で行けるとええんやけど」

「ちなみに、どんな二人組なんだ?」

「んんっとな……、黒い少年に白い紳士の二人組」


 少年と紳士の組み合わせで、戦士。

 上手く想像できなかったが、二人とも礼儀正しく悪い印象はないようだ。新人と言っても、二人とも協会に所属したばかりというだけで、魔物との戦闘経験はかなりあるらしい。


 ――どう考えても俺は足手纏いか。こりゃ断られるかな……。


 だがエイバにも、簡単には引けない理由がある。

 どう転ぶか分からない、と諦め気分を振り払い、今日のところはとエイバは暇を告げることにした。


「色々助かった。ありがとな」

「どういたしまして。それじゃ、また明日」

「おう、明日もよろしくな」


 手を振られて、振り返す。

 先ほどから、周りの戦士たちの視線が痛いように感じられるのは気のせいなのか、否か。


 ――あれだけの別嬪さんだ、ファンは多いよな……。


 エイバとて、今日一日ですっかりファンになってしまった。

 それなのに――それだからこそ、振り向けず、扉を開けて外に出る。


 ――明日も、会えるんだ、よな。


 太陽のような笑顔を反芻する。

 あと何度、それを目にすることが叶うのだろうか……。

 そんなことを考えながら、エイバは雑踏の中に紛れていった。




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[一言] レヴァーレさん、本当にお疲れ様。
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