12 黒竜と拉致
「お姉さま、こちらの服も可愛いと思いません?」
「おっ、ええなあ。それにこっちのを合わせて……」
――今日も楽しそうだな……。
クロウは遠い目で、笑顔の絶えない従姉妹たちを見た。
<抗世>からの依頼を果たした翌日。
クロウは、レヴァーレ・エテレイン・サステナと買い物の最中である。
「あの二人ばかり構わず、わたくしにも付き合ってください」
そう主張するエテレインに引きずられてきたような形だ。
エテレインの言う二人とはもちろん、アルクスとシュベルトである。
クロウとしては、特に二人を構っていたつもりはない。
だがエテレインには不満を与えてしまったようだった。
クロウとしても、せっかく来てくれている友人を放っておきたいわけではない。引き受けた依頼があるわけでもないので、こうしてエテレインの望みのまま街へ繰り出したのだが……。
エテレインやレヴァーレは、自身の買い物をする気はほとんどないようだ。
先ほどから二人して、とっかえひっかえクロウの服を選んでいる。
サステナはそんな二人に苦笑するばかりだった。
こうなることは大体分かっていたので、すっかり諦め気分で、クロウはなされるがままである。
――これだから、言えないのだ……。
きらきらとした笑顔を惜しげもなく晒しているエテレインを視界に入れ、クロウは小さく嘆息した。
アディーユの一件から、エテレインはクロウに対し、友人として過剰なくらい好意を寄せてくれている。
それはもしかしたら失ったアディーユの代わりなのかもしれない、とも思うが、それがあるにしろエテレインの示す信頼や友情は結構なものだ。
クロウは困惑しつつもその好意を嬉しく受け止め、写し身のことを打ち明けてみようか、と考えることがあった。
エテレインがクロウの<影>のことも受け入れてくれるならば、例えばもしエテレインが訪ねて来てくれた時クロウが不在でも、<影>がその不在を埋めることができるだろうから。
――多分レインは<影>を忌避しない、と思う、が……。
むしろ打ち明けた際には、「一人ください!」と熱烈に乞われそうで、言いたいのだが言うのが怖いと思うクロウである。
また嬉々として新たな服を手にやってくるエテレインを見ればその確信は深まるばかりで、クロウは何度目か分からない溜め息を吐いてしまうのだった。
「とりあえず、今日はこんなもんにしとこか」
「今日も良いお買い物ができましたね」
そうして、クロウが人形から解放されたのは、買い物に出て数時間後のことだった。
恐ろしいことに、レヴァーレたちがそれぞれの手に持つ袋の中身は全てクロウのものらしい。
こんなに買ってどうすればいいのだ、というクロウの顔色を呼んだレヴァーレは、にこりと告げた。
「ちゃんとこれ着てかわいくして、ヴィゼやんに見せるんやで」
「そのまま二人でデートに……、ああ、なんて羨ましい……」
「お嬢様……」
デート、という単語に、クロウは頬を紅潮させた。
いつも二人きりで仕事に出ていったりするのに、とレヴァーレは微笑ましくそんなクロウを見やる。
その視線に気付き、クロウはわざとらしい咳をした。
「……と、とにかく、もう行こう。みんな、お腹もすいているだろう?」
気を利かせたサステナがすかさずそれに同意し、四人はかねてから目を付けてあった食事処へと足を向けることとなった。
――また無理矢理化粧までされて、あるじを巻き込んでどこかに出かけさせられそうだ……。
着飾るのはともかくとして、ヴィゼと二人きりで(仕事以外にも)出かけられるのはクロウとしても嬉しい。
しかしそれでヴィゼに迷惑をかけてしまいたくはなかった。
この数日、アルクスやシュベルトのせいで負担をかけてしまっている、と思うから、クロウは余計にそう考える。
レヴァーレたちの気持ちは有り難いが、ヴィゼに面倒をかけることにならないようにしなければ、とクロウは顔を上げた。
その、視線の先。
「……あれは、<消閑>のメンバーだな」
見知った顔を見つけて、クロウは思わず呟いていた。
ヴィゼとのことから話を逸らそう、としたわけではない。
道行く顔があまり明るいものではなく、クロウの胸を騒がせたのだ。
「クロやん、知り合い? なんや、難しそうな顔しとるなぁ」
「……例の件、捗っていないようですから」
エテレインは小さく言った。
「ここに滞在する期間が長くなるのは望むところなのですけれど、クロウさんの危険がずっとある、というのはいただけません」
「他への被害の可能性も、ゼロではないようですしね……」
サステナの言葉に、クロウは神妙な面持ちで頷く。
「クロやん、声かけんでええんか?」
「うん。仕事の邪魔になりそうだ。しかし、アルクス殿が動いているのに、こんなに事態が動かないこともあるのだな……」
そう零す間に、<消閑>の戦士たちの姿は見えなくなってしまった。
「できることがあるなら、うちらも手伝いたいもんやけどなぁ」
「うん……」
クロウが首肯した、その時だった。
「――! レイン、侍女殿、下がって!」
その人影は、本当に突然に、四人の前に、現れた。
唐突に現れた、その瞬間を認識したのはクロウだけだ。
レヴァーレたちはその人影に、クロウの声によって初めて気付かされた。
黒い女、である。
長い黒髪に、深い深い闇を湛えた瞳。
ほっそりとした肢体が纏うのは、喪服のような黒いドレス。
死人のような肌色が、その黒を際立たせている。
どこか不気味で、現実離れした美貌の女だった。
「クロやん、」「クロウさん……!?」
覗く手首の細さには、警戒すべき理由を見つけられない。
戸惑うエテレインたちの前で、クロウが剣の柄に手をかけたことを確かめたレヴァーレは、クロウの危機察知を信頼して障壁を張った。
「何者や?」
「多分――」
答えかけ、クロウは絶句する。
それは、女が、概念送受で語りかけてきたからだった。
『見つけた、わたし。呼んでいただろう、ずっと……』
そうして女は、口角をほんのわずか持ち上げる。
それは優しい微笑、だった。
『まさか、ノーチェの――』
目を見開く、クロウ。
その姿が、不意に、消えた。
同時に、黒の女も。
それは、現れた時と同様、余りにも唐突な消失だった。
「クロやん!?」
「クロウさん!!」
声を上げても、返事はなく。
残されたレヴァーレたちは、しばし茫然と立ち竦むしかなかった。




