07 黒竜と女子会①
時と場所を移して、午後。
レヴァーレ・ラーフリールの部屋である。
そこでは、女子会なるものが始まろうとしていた。
参加メンバーは、レヴァーレ・クロウ・エテレイン・サステナの四名。
もう一人、幼いながらよく女子会に混ざりこんでいるラーフリールは教会と協会が主催する学習会に参加しており不在である。
また、エテレインやサステナには存在を知られていないが、ぬいぐるみとして時折聞き耳を立てているセーラも、今日はナーエで同胞たちと過ごしているはずだった。
ちなみに男性陣であるが、食堂での話の後すぐ、アルクスはエテレインを<黒水晶>に預け、シュベルトを引きずるようにして実験体合成獣捜索の任に出かけた。
<黒水晶>のメンバーはと言えば、早めの昼食を済ませ、ヴィゼは研究室に引きこもり、エイバは鍛錬に、ゼエンは教師として協会へ行っている。ゼエンが帰る時にはラーフリールが一緒で、しっかり買い物も済ませてきていることだろう。
「……で、あのでっかくて美人で、滅茶苦茶強いちゅうて有名なカレ、レインの婚約者候補なんやろ?」
早速レヴァーレがそう切り出せば、エテレインは淑女とはかけ離れた呻き声を上げる。
レヴァーレの形容にサステナは苦笑し、クロウは予想外だったのか目を瞬かせた。
「そうなのか、レイン」
「実はそうなのです、クロウ様」
「サステナ、肯定しないでちょうだい……」
「お嬢様、そろそろ現実を見ませんと。レヴァーレ様にはお見通しのようですし」
「うう、お姉さま、どうして分かったのですか……?」
「お祖父さんの目論見は、この件になると分かりやすいからな。ヴィゼやんちゅう前例があるし……。それに、レインの態度もな、結構あからさまに嫌そうやし」
ほんのわずか唇を歪めたレヴァーレだが、続く言葉は珍しく祖父を認めるものだ。
「けど、お祖父さんにしては悪うない人選やない? 少なくとも打算と下心しかない貴族の坊ちゃんなんかよりはずっとマシやろ?」
「そう……でしょうか?」
「レイン、目が死んどるで。クロやんが言うてたけど、そんなに性格に難があるんか?」
瞳に憐憫の色を乗せたクロウは、重々しく頷いた。
「基本的には悪い人ではないが……、なまじ能力が高い分、なんでも思い通りにやれてしまう。それ故人生に飽いていて、いつでも自分の退屈を紛らせるものを探している。退屈をどうにかするために、人で遊ぶこともよくある。他人からの悪意でさえ愉快なものとして扱うことがあるから、他人への配慮に欠けることも多い」
「それでも基本的に悪い人ではないのですか……?」
エテレインの結婚相手になるかもしれない人物の性格に、サステナは不安な表情を隠さず聞く。
アルクスの妹弟子として、兄弟子の評価について挽回を図るべきかと、クロウは言葉を探した。
「……精神をいたぶることはあるが、肉体をいたぶるような残虐性はないぞ、あんまり。認めた相手にはそれ相応の態度でいるし……、レインのことは気に入っているようだから、大事にしてくれると思う」
「クロウ様、前半の台詞はいりませんでした……」
「クロウさん、わたくし、気に入られてしまっているのですか……?」
「残念なことに。あの人が誰かを自ら警護するというところからして希少だ」
エテレインたちの不安を少しでも取り除きたい、という気持ちもあったクロウだったが、結果としてメトルシア家の主従をこてんぱんにすることに成功した。
エテレインとサステナが肩を落とす一方で、レヴァーレは好奇心を刺激されて尋ねる。
「けど、クロやんにはやけに丁寧やったやん。うちらにも愛想良くしてくれとったけど、それもクロやんあってのことやろ? やっぱ兄妹弟子やから?」
「それは――、わたしが師のお気に入り……というか、わたしと師が師弟であると同時に親友でもあるからだな。あの人は、師のことを誰よりも尊敬しているから」
クロウと白竜が親友、というのは初耳のことだった。
レヴァーレはその告白に驚くが、言える流れではなかったかと打ち明けられた当時のことを思い出す。
それに、素直に言葉にするのも照れくさかったのだろう。
今のクロウも、どこか面映ゆそうである。
だが、その白竜は既にない。
クロウが現在形で口にしたのは、亡くなっても心は変わらない、ということだろうか。
レヴァーレはふと眉を曇らせた。
そんなレヴァーレの目の前で、エテレインが勢いよく頭を下げる。
「あの、クロウさん。わたくし、ごめんなさい!」
クロウの親友、という存在に衝撃を受け、さらにその立場を羨んだエテレインであったが、アルクスの言を思い出し、すぐにそんな自分を反省した。
「わたくし、自分のことばかりで、クロウさんは、その、お師匠さまを……」
「ああ……、アルクス殿に聞いたのか。謝る必要はない。わたしは気にしていないから、レインも気にするな」
「……はい……」
クロウは穏やかに微笑んだ。
それに何も言えず、エテレインはひとつ頷くに留める。
束の間、しんみりとした空気が流れる。
だがすぐ、それを壊すためレヴァーレは口を開いた。
「……実を言うとな、お姉さんはちょっと下種の勘繰りをしたりもしとったんやけど」
おどけたように、彼女は笑う。
「昔、あのお兄さんとクロやんに色っぽい話があったりなんかしたんやないかなーって、な」
「やめてください、お姉さま。クロウさんが汚れます」
エテレインの反応は恋愛脳の人間が見れば嫉妬かと思ったかもしれないが、嫉妬は嫉妬でもエテレインが妬むのは男の方である。
それがレヴァーレの揶揄いの対象になりそうであったが、エテレインに庇われたクロウが表情をわずかに変えたため、そうはならなかった。
「え、えーっ、ほんまか!」
「クロウさん、嘘だと言ってください!」
「……<ブラックボックス>と<可視の戦慄>の一騎打ち……」
ほとんど冗談のつもりで口にしたレヴァーレは、藪蛇だったかと口元を覆った。
世界が滅びるかも、と冗談でなく蒼褪めたサステナの呟きは、エテレインに肩を揺さぶられるクロウの耳には届かない。
ぐらぐらと前後に揺らされながら、何とかクロウは声を上げた。
「兄弟弟子以上の関係はない! ただ、師から結婚を薦められたことがあっただけだ!」
「お見合い、お見合いしたんか!」
「クロウさんの親友のくせになんてことを……!」
「落ち着け、日常会話の流れでちょっとそういう話になっただけだ! 師はよく惚気て夫の話をしていたんだが、それがその時はわたしの恋愛の話に発展したんだ」
だが、言い募るクロウが嘆息するのは、白竜が本気で息子を薦めてきたからだった。しかもその後も何度か「どう?」と言われた。
その話が本当にただの冗談だったなら、レヴァーレの言葉にクロウも冗談で返している。
「わたしはすぐに断ったし、アルクス殿も気乗りする風ではなかった」
「クロウさん相手に気乗りしないなんて、なんて男なの……!」
「お嬢様、落ち着いてください」
実際には「クロウ殿の意思が最も大切です」というのがアルクスの言だったが、そんな攻撃魔術をわざわざクロウはこの場に放ったりはしなかった。
言う必要性を特に感じなかったからであるが、もしぽろりと口に出していたら、もうひと騒ぎ起きていたであろう。
「シュベルトとの話も、ありえないとちゃんと言った」
しかしクロウの持つ凶器は一つではなかった。
胸を張って弁明――クロウにとっては――するが、周りの興奮はさらに高まる。
「ど、どういうことですかクロウさん!? まさかわたくしの期間限定の護衛だけでなく、そのご兄弟との間にも縁談の話が?」
「縁談というほど大した話ではない。双子のどちらかがオススメだと師が言った、それだけだ」
「で、で、で、あの<全斬>のお兄さんはなんて!?」
「ただひたすら嫌そうな顔をしていたぞ」
それはどういう理由でその表情だったのか。
シュベルトをよく知らない三人だが、短い時間だったにせよ、彼がクロウと接する様子を見る限りでは……と、顔を見合わせる。
断言はできないものの、シュベルトの方が危険だ、と三人の意見は一致し、力強く頷き合った。




