06 修復士と半竜の双子④
「わたくしたちは席を外した方が良さそうですね」
「いえ、メトルシア家の方がわざわざ自国の不利になるような話を他所ではされないでしょう。キトルスに滞在される間、そちらの仕事に私が関わることもあるでしょうから、よろしければ一緒にお聞きください」
「それなら……、居させてもらいます」
躊躇いつつエテレインが頷いたところで、キッチンで人数分の茶を淹れなおしたゼエンが、カップを並べたトレーを持って現れた。
それを手伝うサステナが続いて、全員の前にカップを置いていく。
立ったままだった面々は二人に礼を告げ、それをきっかけにようやくイスに腰を落ち着けた。
人数が多いので、複数のテーブルに分けて座る形になる。
ただ各々の視線は、アルクス一人に集中していた。
「犯人は、国の魔術士により創られた合成獣です。モンスベルクでは、対魔物用の兵器として、複数の幻獣をかけあわせ新たな生物を生み出そうとする研究が進められていたそうです」
アルクスは前置きなく、躊躇も見せず、そう話を始める。
あまりに単刀直入に口にされた事実が、テーブルを囲むメンバーの頭に浸透するまで少しの間があった。
「……は!? おいおいおい、それって召喚魔術と同じくらいヤベエんじゃねえのか?」
「もし成功しても、戦力として投入できんやろ? 綻びを大量発生させる気かて、内外問わず非難轟々になるんは目に見えとる」
「つくられたモノがきちんと命令を聞いて魔物だけを倒すようにできるのですかな? 人にとっての新たな脅威を生み出すだけなのでは?」
それぞれの言葉に、「最もな意見ですね」と、アルクスは微笑を見せる。
「いまだ研究段階で、絶対服従・綻びについては未知数、ということです。ですが、研究途中の実験体の一つは人化の能力を与えることに成功し、少なくとも人の形をしている間、世界の境界に影響を与えることはほとんどなかったそうです。そして今回……その個体が、王宮の一部を破壊し逃げ出した」
そう言えば、とヴィゼは思い出す。
半月ほど前、モンスベルクの王宮が一部損壊したという情報を得ていたことを。
原因は魔術実験の失敗という話だったが、実際にはそういうことがあったのか、と納得する。
「被害は今のところ王宮の損壊のみ、負傷者はいません。それが積み上げた死体は全て魔物のものです。人間を傷つけず、人間を害する魔物を倒す、という存在意義を全うに果たしているようですが、いつ何が狂ってどれほどの被害となるか分かりません。そのため我々に、捕獲もしくは抹殺をと依頼が来たのです」
「しかし何故、わざわざ<消閑>に依頼を?」
大陸各地で活躍する<消閑>だが、モンスベルクを拠点にしているわけではないし、モンスベルクにも<消閑>に匹敵するクランはある。
そもそも戦士ではなく兵士を使った方が情報漏洩の心配が少なくて済むだろう。
そうであるのに<消閑>が選ばれた理由は、とヴィゼは問う。
「その答えが、皆さんにこの話をした理由でもあります」
ヴィゼの問いに、アルクスは瞳の色を深めた――ように見えた。
「今のところ逃亡中の実験体は人間のことは襲いませんが――魔物だけでなく、アビリティ持ちの幻獣の血にも反応します。特に血の濃い者であれば確実に襲われる。私自身を含め<消閑>には多くのアビリティ持ちがいるため、声がかかった、というわけです」
それを聞き、ヴィゼは眉を顰める。
「つまり、クロウも襲われるかもしれない、というわけですね」
「そうです」
視線が自分の方に集まったので、クロウは居心地が悪そうに身じろぎをした。
「最早どこか別の場所に逃亡している可能性もありますが、まだこの辺りに潜伏している可能性もある。捜索を進めてはいますが、実は逃亡の際様々なデータも共に破壊されていて、手がかりも少なく、時間がかかるかと思います。クロウ殿であれば襲われても問題はないかと思いますが、お気をつけください」
「分かった。もし何かあれば、アルクス殿に連絡するようにしよう。それとも、わたしも手伝った方が良いか?」
「いえ、これ以上あなたの手を煩わせてしまうのは、さすがの私でも気が引けます」
アルクスは苦笑する。
その言い方にヴィゼとクロウが首を傾げる他方、エイバとレヴァーレが憤慨を見せていた。
「それにしても、国のお偉いさんにも困ったもんだよな」
「全くや。傍迷惑な実験もそうやし、失敗しても自分で対処せんと、全く関係ない第三者を餌にするようなこと……」
何よりもそれによりクロウに危険が及ぶかもしれないというのが許し難い。
それにアルクスは同意するように首肯した。
「兵の離反を防ぎたかった、ということもあるようですね。多少腹は立ちましたが、我々にも断れない事情がありまして……」
「事情?」
「……その研究・実験に関わっていたのが、<黒水晶>の皆さんにご迷惑をおかけした例の彼なのです」
「え……!」
「現在彼は行方をくらましていますから、血縁として後始末を引き受けたというわけです。……全く、いなくなってからも皆さんに迷惑をかけるとは、本当に申し訳ない」
エテレインたちの前なので、アルクスは現在のインウィディアの公的な状況を口にする。
だからか、とヴィゼやクロウは、アルクスが零したいくつかの発言の意味が腑に落ちた。
疑問符を浮かべるエテレインたちには、レヴァーレが簡単に事情を説明する――もちろん、白竜というワードは避けて、口にしても構わない部分だけを。
「だからシュベルトまで呼んだのか」
「ええ。それだけが理由ではありませんが、たまには働いてもらいませんと」
「こういう仕事は俺には向かねえだろ」
「囮程度の役くらい、あなたでも務められるでしょう」
そっぽを向くシュベルトに、口元に笑みを刷きながら目の奥は冷たいアルクス。
この双子は仲が良いのか悪いのか、とヴィゼは思った。
「……というより、そんな大事な依頼があるというのにわたくしの護衛の任を引き受けるというのは、どうなのですか?」
「面白そうなものは、見過ごせない性質なのです」
「面白そう……? 面白そうって!」
「レイン、アルクス殿は性格が悪いんだ。諦めて、少し落ち着け」
「ううう、クロウさん……」
どうやらアルクスに気に入られたらしいエテレインに、クロウは同情の眼差しを送る。
心なしか、シュベルトもどこか憐れみを含んだ目をしていた。
性格が悪い、と言われた当のアルクスは、特に気にした風もない。
「お嬢様がキトルスにしばらく滞在されるのでしたら、その間もう一方の仕事にも時間を割こうかと考えますが、いかがです?」
「ええ、ええ、是非行って解決してください! わたくしはあなたがいない間は<黒水晶>の皆さまといるようにします……したいと思うのですけれど、その、よろしいでしょうか?」
エテレインの言葉の終わりの方は、ヴィゼに向けた窺うようなものとなった。
ヴィゼは苦笑を浮かべる。
「誰か一人はつけると思います。後で予定を確認しましょう」
「よろしくお願いします……」
エテレインとサステナは、<黒水晶>メンバーに向かって礼を示した。
話が一段落したところで、大人しく待っていたシュベルトが立ち上がり、クロウに好戦的な笑みを向ける。
「――で、話が終わったんなら、あの時の続き、やろうぜ」
「続き……、ああ、あれか。今日は駄目だ」
すっぱりとクロウが断ったので、男は分かりやすく不満を示した。
「なんでだよ!」
「レインの来た方が早かった。今日はレインと過ごす。あるじの手伝いが終わったら」
エテレインは「そんな、構いませんのに」と呟きながら、優先してもらえてご満悦の表情である。
対照的に、男は唇を尖らせた。
「じゃあ明日」
「……お前、仕事の手伝いに来たのではないのか?」
「戦えるか分かんねえ仕事より、強い相手が優先だ」
「……アルクス殿、いいのか?」
「それで仕事をしてくれるなら、やりたいことをやらせます」
はぁ、とクロウは溜め息を吐いた。
「まあ、あの時の礼は必要だな。……あるじ、明日も特に仕事はなかったと思うが、鍛錬場を借りて手合わせしてもいいだろうか?」
「――うん。僕も見てみたい、かな」
あるじがそう言うなら、とクロウはようやくシュベルトに頷いてやる。
男はそれだけで満足したように笑った。
それを見て、ヴィゼの胸はまた騒ぐ。
クロウにはああ言ったが、これからしばらくこの双子の顔を見ることになるかと思うと、どうにも落ち着かなかった。




