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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第3部 修復士と半竜の双子

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05 修復士と半竜の双子③  



「たっだいまー! お客さん連れて来たで、クロやん!」


 帰ってきたのは、医療術師として応援に出ていたはずのレヴァーレと、それに同行していたエイバだった。

 魔物討伐の依頼だったはずだが、それにしては随分と早い。

 首を傾げるヴィゼであったが、今は新たな客に対応する方が先のようだ。


「思ったよりも早かったですね」

「テメエ……、呼び出すんならもっと分かりやすく教えとけよ」

「十分丁寧に教えたつもりでしたが……」


 新たなる客人は、アルクスの知り合いらしい。

 黒い鋼のような髪、野生の獣を彷彿とさせるような黒い瞳が印象的な男だった。その鍛え抜かれた体は、漆黒の鎧に包まれている。

 男はぐるぐるとアルクスに牙を剥いていたが、相手が飄々と微笑むだけなので毒気を抜かれたらしい。

 ぐるりと玄関ホールに集まった顔を見渡して、クロウに向かって片手を挙げた。


「よう、元気そうだな」

「お前もな」


 クロウは少しうんざりしたように答える。


「アルクス殿だけならともかく、お前まで揃うと本当に暑苦しい」

「手厳しいですね」「うっせーよ」


 苦笑したアルクスと、顔を顰めた新たなる客人は、体格こそほぼ同じだが、その印象は真逆。

 しかしクロウは、新しい客人を指し、こう言った。


「あるじ、この男はシュベルト。アルクス殿の双子の兄弟だ」

「えっ」


 ヴィゼは思わずまじまじとシュベルトを見つめた。

 どう見ても、アルクスとは似ていない。

 シュベルトはそんなヴィゼを睨み返し、ヴィゼはその眼光についたじろいでしまうが、クロウがシュベルトの脛を蹴って止めさせた。


「<ブラックボックス>殿には、<全斬>の名を告げた方が、より分かりやすいかもしれませんね」

「<全斬>……」


 アルクスの言う通りだった。

 <全斬>の名ならば、よく知っている。

 <滅びの白>と同じくらい、戦士の中では有名な名だ。

 大陸で一、二を争う大剣士。彼に斬れぬものは存在しない、と言われる。故に、<全斬>。


「斬ることしか能がないからそう呼ばれるようになったんだよな」

「ちげえ」

「ここに来るのも、迷子になってレヴァたちに連れて来てもらったんだろう?」

「……」


 図星だったので、シュベルトは詰まった。

 先ほどからクロウと彼のやりとりがあまりにも気安いので、ヴィゼは腹の底に何となく重いものが溜まっていくのを感じる。


「レヴァ、ついでに巨木、ありがとう」

「ええんよー」

「客人の前でくらい、俺の扱いを良くしてくれよ……」

「で、そっちの超イケメンなお兄さんもクロやんのお知り合い?」

「ああ、紹介する」

「スルーかよ!」


 いつも通りの掛け合いの後、狭苦しくなった玄関ホールで改めて互いを紹介しあう。

 クロウの口にした通り、確かにアルクスとシュベルトの二人の存在は結構な圧迫感を持っていて、それが終わるとぞろぞろと全員食堂に移った。

 客人二人と話を続けるにしても応接室では狭いので、応接室に戻る選択肢はない。


「お姉さま、お帰りなさい」

「レイン、いらっしゃい。今回はまた、ええ男が護衛やね」

「わたくしはお姉さまの方がずっと素敵だと思います」

「……ありがとな」


 従妹にそう懐かれて、レヴァーレは微妙な顔になった。

 アルクスの二つ名はもちろん彼女も知っているし、先ほど彼が白竜と皇帝の息子であると耳打ちされたばかりだったからだ。


「今日は遅くなりそうだと聞いていたので、早く帰ってきてくださって嬉しいです。午後は空いているんですよね」

「ん、空いとるで。けどその前に、ヴィゼやんに報告や。お客さんがおる前やけど、早めに言っといた方がええと思うから」


 レヴァーレたちが早々に帰宅してきたのには、やはり理由があったらしい。

 夫婦は目で会話して、エイバが口を開いた。


「それがな、前にも聞いたような話なんだが……。依頼で行った先な、魔物の死体が山になってたんだよ。どうも、強力なヤツに先に始末されちまったみたいでな」

「それは……」


 それに最も蒼褪めたのは、エテレインだった。

 すぐに察したレヴァーレが、宥めるように彼女の肩を撫でる。


「レイン、ちゃう。やったんは魔物や。死体の傷は剣でつけたものとは全然違っとった」

「そ、そうですか……。すみません、まさかと思って……」


 エテレインはほっとしたようながっかりしたような溜め息を吐いた。


 エテレインが落ち着いたのを横目に、<黒水晶>の仲間たちは視線を交わす。

 強力な魔物が、魔物の死体の山を築いた。

 それを数ヶ月前にやったのは、インウィディアの召喚した赤竜であった。

 そして今、<黒水晶>にはその縁者、白竜の一族のトップが来訪している。

 果てしてこれは、単なる偶然であるのか否か。


 ヴィゼたちが視線を向けた先、アルクスは真面目な面持ちとなっていた。


「……それをやったモノについては、心当たりがあります」

「どういうことだ?」

<消閑>(うち)は現在、このモンスベルクで、侯爵家の依頼とは別にもう一つ依頼を受けています。他のメンバーが事に当たっているのですが、それがその犯人(・・)を捕まえることなのです。遺憾なことに逃げ続けられていて、そちらのお二人にはご迷惑をおかけしました」

「それは、ええんやけど……」

「<消閑>が取り逃してるって、一体どんな相手なんだ?」


 質問に、アルクスは束の間返答を思案したが、こう告げる。


「これ以上のことは、モンスベルクの国家機密に触れることになるのですが……まあ、お話ししても構わないでしょう」

「国家機密?」


 <黒水晶>メンバーが声を揃える中、片割れの判断にシュベルトは眉を顰めた。


「……お前、いいのかよ?」

「ここにいる方々はクロウ殿の仲間ですし」

「それはそうだが」

「全員に話さないにしろ、クロウ殿とその主殿には伝えておかなければならないと考えていました。あれ(・・)が逃げ込んだ先がこの街ならば」

「まあ、なあ」


 双子の会話に、クロウは懸念を覚える。


「アルクス殿……皆を妙なことに巻き込もうとしていないか?」

「今回に限ってはその心配はご無用と言いたいところなのですが……」


 今回に限って、と自分で口にするあたり、アルクスは己の性質の悪さを自覚しているようだった。


「しかし――これ以上身内のことにクロウ殿を巻き込みたくはないのですが、少々事情がありまして……、もしかするとクロウ殿にまたご迷惑をおかけしてしまうかもしれません。なので、皆さんにも話をしておいた方が良いと考えた次第です」


 国家機密が関わるような厄介事など、できるなら巻き込まれたくないと思うヴィゼたちであるが、クロウに何かあるかもしれないと思わせぶりに言われてしまえば、アルクスの話を遠慮するわけにはいかなかった。




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