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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第3部 修復士と半竜の双子

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04 修復士と半竜の双子②



 アルクスの見定めるような視線はしかし、束の間のものだった。

 彼は口元に穏やかな微笑を浮かべ、こう告げる。


「こちらこそ、お会いできて嬉しく思います。あなたのことはクロウ殿からよく聞かされていましたので。しかしまさか、<黒水晶>の<ブラックボックス>殿がクロウ殿の主人たる方だったとは思いませんでした。<ブラックボックス>の魔術具は素晴らしい。使わせてもらっています」

「それは――ありがとうございます」


 嬉しい驚きだった。

 ヴィゼは<ブラックボックス>の名で魔術具を製作・販売している。

 二つ名を利用していることもあって、売り上げは上々だ。

 それを引きこもりの間の稼ぎにしているのだが、クランとして依頼を引き受けるよりも金になっていたりする。

 それを免罪符に引きこもりをしている、という面もあった。


「魔術士としての活躍もよく耳にしています。あなたがフリーでしたらうちに勧誘したいと考えていたくらいです。<鮮血の餓狼>殿にも、一度お会いしてみたいと思っていました。まさかこんな風に顔を合わせることができるとは予想もしませんでしたが、よければ今度手合わせを願えませんか?」

「こんな老いぼれのことまでご存じとは……。私では、<滅びの白>とも呼ばれるあなたには力不足でしょう」

「ご謙遜を。その戦歴は、他国を拠点とする我々の耳に入ってくるほどですよ」

「それこそ、あなたと比べるべくもないでしょうが……。しかし、剣士として心躍る申し出なのは確かですな。機会があれば、いつか」

「その時を楽しみにします」


 それは是非見てみたい、とヴィゼは思う。

 アルクスの戦いは一体どのようなものなのか。

 ゼエンがどう応じるのか。

 好奇心が疼いたが、アルクスがヴィゼをひたと見据えてきて、他人事ではなくなる。


「<ブラックボックス>殿とも、是非」

「え……え!? いえいえ、僕ではそれこそ相手になりませんよ」

「そんなことはない」


 ヴィゼは慌てて首を横に振ったが、すぐさまクロウが否定した。


「あるじの魔術は、師に及ぶものがある。アルクス殿とて油断できないぞ」


 それは贔屓目だ、とヴィゼは思ったが、アルクスは愉しげに首肯する。


「そのようですね。この結界も見事です。クロウ殿がここにいると、案内していただかなければ気付かなかったでしょう」


 こくりと頷くクロウ。

 ヴィゼとゼエンに対する高評価に、最も誇らしげに胸を張るのは彼女であった。


「それはともかくとして……」


 アルクスの評判を知るヴィゼとしては、彼の評価を簡単に受け入れられないし、腕を競うことにも気が乗らない。

 アルクスは本拠地に張られた結界がどういうものなのか、おそらくほとんどを見抜いている。それほどの目を持つ彼の前で、あまり手札は晒したくなかった。

 アルクスの瞳は何やら危険な光を帯びるようで、ヴィゼはいつにも増して慎重さを捨てられない。


「今日は、クロウに用があって来られたんですよね。いつまでも立ち話というのもなんですし、応接室に案内します」


 クロウとアルクスを二人きりにするのにも気が乗らないが、このまま手合わせの話が進むのも困るし、クロウも話したいことがあるだろう。

 そう考えて申し出たヴィゼに、アルクスは意地悪く勝負の確約を取り付けたりはせず、感謝を告げた。


「ありがとうございます。クロウ殿とはもちろんですが……<黒水晶>の方々ともお話をしたく伺いました。急な訪問で厚かましいとは思いますが、お時間をいただけますか?」

「それは構いませんが……」


 いいのだろうか、とヴィゼはクロウに目をやる。

 彼女はこくりと頷いた。


「それでは、こちらに」

「はい。それではお嬢様、少々外します」

「ええ……」


 エテレインは複雑な色をその瞳に浮かべていた。

 アルクスが嘘をついていないことはこれまでのクロウたちとの会話で分かったが、それでも苦手意識というものは消えず、むしろクロウと近しい様子を見せられたせいでどうにもやりにくさが募る。

 とりあえずその護衛を送り出して、エテレインたちは話が終わるのを待つこととなった。


 ヴィゼとクロウはアルクスを伴い応接室へ、ゼエンは茶を淹れにキッチンへ、エテレインとサステナは食堂へとそれぞれ足を向ける。


「それにしても、アルクス殿がレインの護衛とは驚いた。最初気配を読み違えたかと思ったぞ」

「メトルシア家のご隠居殿に声をかけていただいたんです。お断りするつもりだったのですが、あなたの名前を漏れ聞きまして、引き受けることにしました」

「……それだけで、か?」


 クロウは胡乱な眼差しを向けた。


「十分な理由だと思いますが?」

「……これ以上は聞かないが、あまりレインに負担になるようなことはしないでくれ」

「心しておきます」


 釘をさされたにも関わらず、アルクスは笑みを深めた。

 二人は気安い関係ではあるのだろうが、しかしクロウは同時に男を警戒しているようである。

 ヴィゼはそれに何となくほっとしたものを覚えつつ、アルクスを応接室へ通した。


 アルクスは奥のソファに、その向かいにヴィゼとクロウが並んで腰掛ける。

 見た目の印象よりアルクスの体格は良く、三人でも座れるはずのソファが小さく見えた。


「では、改めて自己紹介を」


 目の前に置かれたティーカップから、芳しい香りが漂う。

 人数分のそれを用意してきたゼエンは、ヴィゼたちの後ろに控えるようにした。

 現在本拠地にいる<黒水晶>メンバー三人を前に、アルクスはそう、改めて名乗りを上げる。


「ヴェントゥスのアサルト、そして白竜メディオディーアが一子、アルクスと申します。この度は我が一族の末の者が皆さんに大変なご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。一族の代表として、心よりお詫び申し上げます」

「……!」


 深く頭を下げられ、ヴィゼとゼエンは息を呑んだ。

 それは大陸で名を馳せる男のその振る舞いに驚いたせいもあるが、それより何よりその謝罪の前の発言が信じられず、耳を疑ってしまう。


「……頭を上げてください」


 頭は混乱したままだったが、クロウから視線を受けて、ヴィゼは気まずそう言った。

 アルクスが謝罪するのはインウィディアの件で間違いない。

 ヴィゼは思うところを率直に告げることにして、続ける。


「仲間を傷つけたのは、あの男のやったことで、それに関わっていないあなたからの謝罪は不要です。あの男を止められなかったことに対して、あなた方がそれを罪とするならば、その謝罪を受け入れます」

「ありがとうございます」

「我々にも、彼の命を……不可抗力でしたが、奪ってしまった咎がある。しかし、それに対して謝罪するつもりはありません。あの男は、許されないことをしました」

「もちろん謝罪など必要ありません。彼が命を落としたのは自らの不明によるものです」

「では……、この話はこれで落着ということで構いませんか?」

「はい。寛大なお心に感謝いたします」


 寛大というより、小心なのだ。

 ヴィゼは己をそう評し、隣のクロウと再度視線を交わした。

 荷が下りたような顔をしているクロウに、自分が間違っていなかったことを確信して、ヴィゼも胸を撫で下ろす。


 一つ用件が片付いたので、各々紅茶で一息ついた。

 喉を潤し、心を落ち着けて、ヴィゼは口を開く。


「アルクス殿、お伺いしたいことがあるのですが……」

「はい」

「先ほど、その、ヴェントゥスの皇帝と白竜が一子と仰いましたが、それは、その……」

「言葉通りですよ。お疑いですか?」

「いえ、そうではありません」


 クロウも否定しないのだから、それは本当なのだろう。


 アルクスは、白竜と皇帝の息子なのだ。


 白竜はともかく、皇帝は当時最強の魔術剣士といっても寿命は普通の人間と変わらないはずである。

 そうであるならば、目の前の男は五百年近くの時を生きているのだ。

 伝説の皇帝と白竜の子で、半人半竜で、<消閑>のリーダーで……。


 とてつもない存在を目の前にしている、とヴィゼは改めて感じ入る。

 それは後ろのゼエンも同じであるようで、小さな溜め息が後ろから聞こえた。


「……それを言ってしまって良かったんですか?」

「一族のことは既にクロウ殿から話をされているようですし、今の時代であれば言いふらされても信じる者は多くないかと。クロウ殿の仲間であるあなたたちが他言してまわりたい事柄でもないでしょう」


 それは確かにそうなのだが、聞いて嬉しいことでもなかった。

 それならばアルクスは、ヴィゼが最初に予想したよりもずっとクロウと近しい立場にいると言えるのだから――。


「……ああ、もう一人も来たようです」

「……あいつも、来たのか」


 ふと眉を曇らせたヴィゼだが、アルクスとクロウの呟きに、それはすぐに掻き消えた。


「……?」

「あるじ、すまない、暑苦しくなる」


 どういうことかと尋ねようとして、ヴィゼは言葉を呑み込んだ。

 出かけていた仲間たちが帰ってきた、気配。

 それにもう一つ、知らない魔力の気配……。

 その持ち主の顔を見ない内から、ヴィゼの警戒レベルは高まる。

 それは、暑苦しくなると口にしたクロウの声に、親しみが宿っていたからだった。




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