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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第2部 修復士と復讐の女戦士

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18 黒竜と恋の話②



 <影>が向かった先で。

 クロウは――いまだ、シュベルトと剣を交えていた。

 何時間も剣を打ち合っているのだが、勝負がつかないのだ。

 いや――正確に言うならば、二人は、この時間を惜しんでいるのだった。


 クロウとシュベルトの実力は、総合的に見て拮抗している。

 魔術を使わず剣技のみで戦うのであれば、より経験のあるシュベルトの方に分はあるだろうか。

 しかし二人ほどの強者となると、強敵と呼べる相手と出会える機会はそうない。

 それでついつい、決着の時を先延ばしにしてしまうのだった。


 <影>はそんなクロウの影から、密やかに話しかける。


『すまない、邪魔をする』

『どうした?』


 応じるクロウの声は、落ち着いたものだ。

 シュベルト相手に気は抜けないが、クロウは常に複数の<影>を動かせるようにしており、その程度の余裕はあった。

 それに、<影>の言葉に焦燥や危機感は感じられず、余程のことがあったわけではない、ということも分かっていたのだ。


 しかし。


『今、レイン殿が部屋に来ていて、』

『……うん?』

『あるじとの噂の……、釈明をしたいようだ』

『――え!?』


 クロウは驚きのあまり、目測を誤った。

 うっかり男の首を斬り落としそうになるが、シュベルトは巨躯に似合わぬ俊敏さでそれを避ける。


「おまっ、マジに殺る気かよ!?」


 シュベルトが怒鳴るが、クロウはそれどころではないし、この男が先ほどの一斬くらいで殺られてしまう実力でないことは分かっていたので、謝罪はややぞんざいなものになった。


「すまない、ちょっと待ってくれ」


 男はそれにぶつくさ言いながらも剣を引く。

 クロウはそれで、集中して<影>の話を聞くことにした。

 ずっと動き続けていたのとは別の理由で、心臓がバクバクと音を立てている。


『どうして……レイン殿が』


 噂のことを知っていたのか。いつ知ったのか。

 それをどう感じた?

 どうして、自分に釈明に来るのだ?


 混乱しつつ問いかけたクロウに、<影>はただこう答えた。


『……レイン殿は、クロウの気持ちに気付いているようだ』


 クロウは悲鳴を上げそうになったが、何とか堪え、しかし頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。


『なな、ななななななななななな、なんで……っ!』


 それはクロウが分かりやすいからだ、と<影>は答えを知っていたが、これ以上クロウを追い詰めるのも可哀想だと思って黙っておくことにする。


『それで今、レイン殿は待ってくれている。クロウが話を聞くべきだ。急いで戻ってほしい』

『……分かっ、た』


 躊躇ったが、クロウは頷いた。

 立ち上がり、大人しく待っている男に言う。


「……急いで戻らないといけない。悪いが、行く」

「なんかあったのか?」

「ちょっとな」


 返答を濁すクロウはどこか頼りなげに見え、男はまた彼女の頭をぐしゃぐしゃにしそうになった。

 大丈夫か、と聞きかけて、止める。

 大丈夫と答えるのは分かり切っていたし、大丈夫じゃないなどと返されたら、引き止めてしまいそうだった。


「続きは今度、だな」

「ああ。その時はわたしが勝つ」

「ふん、言ってろ」


 剣を肩に担ぎ、ふんぞり返って言えば、クロウは少し笑みを見せた。

 それに男は、満足する。

 この時にはすっかり、二人の頭から賭けのことは消えていた。


「じゃあな」

「おう。首洗って待ってろ」


 そうして、クロウは影の中に消えていった。

 それを見送り、男は空を仰ぐ。

 曇り空の合間に、かすかな光。


「――さて、と。決着つけるついでに、あいつの主の顔でも拝みに行くとすっか」






 そんなシュベルトの呟きを知らず、クロウは本拠地に戻った。

 待機させておいた<影>と服装も全く同じなので何かを勘付かれる心配はなく、すぐに自室のドアを開く。


「……レイン殿、待たせてしまってすまない」

「クロウさま! ……大丈夫ですか?」


 戻ってきたクロウを見、エテレインは立ち上がって心配そうに言う。

 先ほどよりずっとクロウが疲れた顔をしているように見え、一旦部屋からいなくなってしまった理由を問うことなど忘れてしまっていた。

 顔色の悪さは、クロウがここに至るまでのほんのわずかな時間に懊悩しすぎたせいである。

 体の方は、むしろ程よく(・・・)運動してきて調子が良いくらいなので、クロウはふるふると首を横に振った。


「大丈夫だ。それより……話の、続きを」

「はい……」


 エテレインはなお気遣わしく思ったが、早く話を終わらせればその分クロウに休んでもらえる、と考え、続けることにした。

 また後で、という言葉が出かけたが、ここで切り上げてしまうのはあまりにも中途半端で逆にクロウに悪いし、大丈夫だと言ってくれたクロウの言葉を否定するようなことはできない。


「ええと……、クロウさまはあの、噂についてご存じ、でしたか?」

「――ああ」


 やはり知っていたのか、という思いで、エテレインは内心頭を抱えた。

 問題はそれをクロウがどこで聞き、どう理解したかだ。

 ヴィゼからちゃんと話があったのならば良いが、何も知らない相手から噂だけ聞いたなら、誤解が生まれていておかしくない。


「わたくしは先ほどラフちゃんから聞いて……、驚きました。今さらそんな話が蒸し返されるなんて、思ってもみなかったものですから。あの、ヴィゼさまから決闘のこと、お聞きになられましたか? おそらく、それが噂の発端だと思うんです……」

「いや……、だがあれは、レヴァの結婚についての決闘だったのだろう?」

「はい、決闘自体は、お姉さまの結婚に関するものだったのですが……」


 クロウが詳細を知らないということは、誤解されてしまっている確率が高くなった――。

 ヴィゼならば噂の情報など手に入れているだろうに、どうして話していないのだ。


 エテレインは内心でヴィゼに文句を零しつつ、当時祖父がヴィゼの実力に目をつけ、メトルシア家が彼を手に入れるためにエテレインとの婚姻を進めようとしたことを話した。

 それに加え、サステナが先ほど言ったように、ここを訪れた時のエテレインの行動も誤解を招いてしまうものだった、のだろう。


「申し訳ありませんでした、クロウさま。その……気分を害されましたよね。ですが、ヴィゼさまはきっぱり婚約の件を断っておられましたし、クロウさまもご存じかと思いますが、わたくしのことはそういう風には見ておられません。そしてわたくしも、ヴィゼさまのことはそういう意味では決して思っておりませんので! お二人の邪魔はいたしませんし、むしろ応援いたします。ですから、あの、ご安心ください!」


 エテレインは最終的に、拳を握ってそう力説した。


 クロウはその言葉の力強さに、むしろどうしていいのか分からなくなる。

 経緯のほどは、よく分かった。

 だが、クロウにとっての問題は、エテレインが本心でヴィゼとクロウを応援しているらしいことだ。


 クロウは、黒竜なのに。

 クロウは、黒竜だから、誰かと結ばれ得るなんて、ありえないことなのに。

 まるで、普通のことのように、当然のことのように、エテレインは受け入れてくれている。

 それは、彼女が知らないから、なのだろう。

 知ってしまったら、エテレインは、今の言葉を、気持ちを、どう変化させるのか……。


「あの……レイン殿」

「はい」

「いくつか、聞きたいことがあって」


 歯切れ悪く、クロウは切り出した。

 まだ頭の中が混乱していて、何を口にすべきか悩む。

 結局、彼女はぐるぐるとしたまま、こう言った。


「その……わたしがあるじをその……というのは、どうして、その、」


 俯いたクロウの声は、今にも消えそうである。

 その耳が真っ赤に染まっているのを見て取って、エテレインは改めて悟った。

 クロウが己の想いを隠そうとしていること。

 クロウとヴィゼは、いまだそういう関係ではないこと……。


 正直には言えない、とエテレインは思った。

 同じ空間にヴィゼがいる時、クロウが何度もヴィゼを見ていることとか、「あるじ」と呼ぶクロウの声がとても柔らかいこととか、そう呼ぶ度に、ヴィゼがいようといまいと無表情が和らぐのだとか、そういうことは。


「……それは、ですね……」


 さてどう誤魔化せば良いのか。

 考えつつエテレインが口を開いた時、ドアをノックする音が響いた。

 クロウが返事をする前に、ドアが開く。


「クロやん、調子どうや?」


 遠慮なく部屋に入ってきたのは、戻ってきたばかりのレヴァーレだった。

 しかもその肩にはセーラが乗ったままで、クロウはぎょっとする。


「ちょ、調子は悪くないが、レヴァ……」

「あ、かわええやろ。このぬいぐるみ、今回の依頼のためにヴィゼやんが色々機能をつけてくれた魔術具なんやで」

「そ……そうなのか」


 そういう設定でいくらしい。

 ひやひやするクロウの前で、セーラはじっとしている。


『すみません、先輩。具合を悪くされたって聞いて……』

『いや……。心配してくれたのだな。ありがとう……』


 全く、概念送受というものは便利なものだった。


「確かにふわふわしていて可愛らしいですね」

「せやろー」


 エテレインは全く疑う様子を見せず、クロウはほっとした。

 レヴァーレはクロウの隣、ベッドの縁に腰掛けると、セーラをさらにその横に置いてやる。


「クロやん、ちょっと診せてなー」


 レヴァーレは簡単にクロウを診察した。

 朝よりずっと良くなっている顔色と、他に異常がないのにほっとして、レヴァーレはにこにこと笑う。


「うん、ええみたいやな。夜はしっかり食べて、よく寝るんやで」

「ああ。ありがとう」


 素直に頷いたクロウに、レヴァーレは笑みを深めた。


「……それで、」


 その笑みを引っ込め、彼女は続ける。


「二人の話、どこまで進んどったん?」




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