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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第2部 修復士と復讐の女戦士

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09 黒竜と捜索任務②



 キトルスには、南北、東西を繋ぐ大きな道が通っており、街の中心で交差している。

 大通りによって街が四分割されているような形だ。

 それならとヴィゼは、街中でアディーユを探すチームを、分かりやすく四つに分けることにした。

 協会があり、戦士らの住まいやクランの本拠地の集まる北西をヴィゼが。

 様々な店や宿が集まる南西、南東部分をエイバとゼエンが。

 そして、街の北東をクロウたちが担当することとなる。


 街の北東部分は、大通り沿いに店が集中しているのは他と同じだが、公共施設があったり、富裕層が多く暮らしていたりして、街の中でも比較的治安が良い。

 昼間に歩く分にはどこであってもそう変わらないが、エテレインたちを万が一にも危険に巻き込むわけにはいかないため、最も安全と思われる地域が割り振られたのだった。

 とはいえ、クロウが護衛についている限り、手を出せる者などこの世界に数えるほどしかいないだろうが。




「わぁ……」


 クロウたち四人は、大通りを使い西へと足を進めていた。


 エテレインはきょろきょろと辺りを見回し、声を上げる。

 大通りにずらりと並んだ店は、エテレインにとって新鮮なものだった。

 これまでに数度レヴァーレに連れて来てもらったことはあるものの、基本的に彼女の買い物とは商人を呼ぶものであって、自ら足を運ぶものではないからだ。

 祭を控えた雰囲気もいつもと違っているため、余計に目新しく感じる。

 アディーユを見つけるのだという意気込みは変わらないのだが、ついつい余所見をしてしまうエテレインだった。


「あそこは人気のふくやさんなんですよー」


 ラーフリールがにこにこと、あっちを指差しこっちを指差しする。

 彼女にもアディーユを探すことは伝えていて、エテレインと共にやる気を燃やしているのだが、興奮した様子のエテレインにつられてしまったようだった。


「……クロウ様、こんな調子でよろしいのですか?」


 そんな二人に聞こえないよう、申し訳なさを漂わせてサステナはクロウに尋ねる。

 クロウは少しどきりとしながら、同様に声を抑えめに返した。


「あるじはこうなると見越していたようだった。ゆっくりでいいと言われている。それに、二人には言いにくいがこの辺りに探し人がいる可能性は一番低いんだ。レイン殿の心が晴れるならそれで良い」

「それは……。ありがとうございます」

「いや」


 それから二人は、エテレインとラーフリールの冷やかしに付き合うように進んだ。

 ただ、はしゃぎながらもラーフリールはしっかり仕事をしてくれ、手が空いていそうな店員にアディーユのことを聞いてくれる。

 ラーフリールの手際に関心しつつ、クロウはサステナからアディーユの外見を事細かに教えてもらった。


「彼女は、クロウ様と同じ黒髪ですね。腰まで届く長さで、きちんと手入れすればさぞ美しかったでしょうに、あまり自分の外見にこだわらないので、もったいないと思っていました。伸ばしていたのもこだわりがあったわけではなく、しょっちゅう切るのが面倒という理由だったようです。ただ、髪は長さも色も変えられますから、この情報は参考程度に」


 と、髪の話だけでこれだけのことを話してくれた。

 続けて、目の色も黒、エテレインほどではないがなかなかの美人で、スラリとして引き締まった体形、身長は女性にしては高く、レヴァーレより少し高いくらい、ちなみにサステナと同い年である、と述べる。


「そして彼女は、二刀流でした。剣をこう、左右に差しておりまして、戦闘スタイルを変えることはないでしょうから、それが一番の特徴かもしれませんね」

「ふむ……」


 確かに、クロウとしてはそういう人物を探すと考えた方が分かりやすい。


 そんな風にしている間に街の西端まで行き着き、住宅街の中へ入っていく。

 住宅街の中を歩きながら、興奮を落ち着けたエテレインとラーフリールも、アディーユのことをクロウに話してくれた。


 アディーユは多弁ではなく、どちらかというと武骨で不器用な人だったが、優しかったこと。

 仕事ではエテレインを守ることに全力を注ぎ、忠義に厚いのだが時にやりすぎることもあったこと。

 <黒水晶>のメンバーたちの強さを認めていて、尊敬を持って接していたこと。

 など、エピソード付きで披露される。


「こうして話しているとなんだか、アディーユとクロウさまが重なってくるような気がいたします。クロウさまは……、アディーユに似ていますね」

「確かに……そうですね」

「そうかもしれないです」

「そう、なのか?」


 三人に言われても、クロウは戸惑うしかない。

 そうして数時間、アディーユの姿を探してゆっくりと歩き続け、道行く人に聞き込みをしてみるが、やはり簡単に見つかるものではなかった。


「そろそろ戻ろう」


 クロウが告げたのは、太陽が大分傾いた時分だ。

 それでも日が沈むまでにあともう少しの猶予はある。

 エテレインはつい縋るようにクロウを見つめた。


「もう、ですか?」

「無理はしない、という約束だ。これ以上動き続けて、明日同じように動けるのか?」


 エテレインは反論できなかった。

 モチベーションは高いのだが、肉体は疲労を訴えている。

 クロウはその疲労を正確に読み取っているようだった。


「探すのは今日だけのことじゃない。早く帰って、明日また頑張るためにゆっくり休まなければ」

「そう、ですよね。申し訳ありません」


 肩を落としたエテレインだが、クロウの淡々とした言葉の中にある優しさに微笑む。


「明日また、頑張ります」

「うん」


 四人はそうして、<黒水晶>の本拠地へと道を戻った。






 ――うう……。


 時は移り、夕食後。


 エテレインは内心で呻き声を上げていた。

 というのも、昨晩と同様、依頼の話をするため食堂に皆で集まっているのだが、気を抜けば睡魔に負けてしまいそうだったのだ。


 帰宅してから夕食時まで部屋で休んでいたというのに、食事が終わってからも満腹と疲労が重なり、今にもテーブルに顔面から突っ込んでしまいそうだった。


 ――ラフちゃんもサステナもけろりとしているのに……。


 重く感じられる頭を片手で支えるようにしながら、エテレインは己の体力のなさを恨めしく思う。

 彼女はダンスや乗馬をこなすが、基本的には邸で引きこもる生活なので、仕方のないことではあった。


「……エテレインさん、休まれますか? 一日目なので目立った収穫はありませんし、大した報告はできないので……、無理はなさらず」

「いえ、だいじょうぶです……」


 眠気を覚ますようにエテレインはぶるぶると首を振る。

 ヴィゼは気遣わしげな視線を向けつつ、睡魔に抵抗する依頼人に報告した。


「では、手短に行きます。それぞれ担当区域を回り聞き込みをしましたが、今のところ特に手がかりはなしです。レヴァに一日がかりで協会の登録を調べてもらいましたが、そちらにも該当者はいませんでした。いくつかの情報屋に依頼をしてきたので、そちらから数日中に何か情報が来るかもしれません」


 一週間あっても探せない可能性が高い、とは分かっていたし、何より探索一日目なので、エテレインもサステナもそう落胆せず頷く。


「それから、街の外ですが、今日は王都からここまでの道で魔物が出そうな場所を調べました。エテレインさんたちが情報屋から聞いたように、どうやらしばらく前にそれらしい人物が通ったようなので、明日はそのまま進んだと思われる場所を探してみようと思います」

「調べた、というのは……、ヴィゼ様が?」


 ヴィゼの話しぶりからすると、別の情報屋に話を聞いたという風でもないようだ。

 しかしヴィゼは、街の北東部を回っていたはずである。

 サステナは訝しげに尋ねたが、調べたのは樹妖精であるセーラだ。

 話せるわけもなく、ヴィゼは微笑んで言った。


「そこは伊達に<ブラックボックス>と呼ばれていないということで、ご容赦ください」


 ヴィゼの二つ名を思い出し、サステナは納得した。

 誰も知らないような魔術式を使い、当然のように古式魔術を行使するヴィゼを、いつしか人々は畏敬を込めてそう呼ぶようになった。

 そんな彼ならば、と彼女は素直にそう思ったのである。


「明日は今日回り切れなかったところを回ります。依頼人であるお二人にまで働いてもらうのは申し訳ないのですが、明日も大丈夫そうならば今日の続きをお願いします」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 エテレインは丁寧に頭を下げた。

 その重たげな動きに、ヴィゼは苦笑を浮かべる。


「……それでは、ゆっくり休まれてください」

「申し訳ありません、お先に失礼いたします」


 エテレインの限界を察し、そう告げたのはサステナだった。

 エテレインはサステナに支えられるように、二階へと消えていく。


「頑張ってくれたみたいやな、レイン」

「ああ」

「はい、今日はみんなでがんばったのですよ!」


 今夜はまだそう遅い時間でもないし、ラーフリールも今回の仕事の協力者なのでこの場に同席していた。

 胸を張るラーフリールに、レヴァーレは笑みを零す。


「ん、ありがとな。明日も頼めるか、ラフ?」

「はい!」


 ラーフリールは、自分も依頼を手伝えることが嬉しく、力強く頷く。

 アディーユは彼女にとっても姉のような人で、少しでも何か役に立ちたかった。


「そんじゃうちらも、明日のために寝よか」

「はい」


 おやすみ、と残して、レヴァーレとラーフリールもエテレインたちに続いて食堂を出ていく。

 それを見送り、ヴィゼは口を開いた。


「クロウ、頼んであったことだけど……」

「うん、既に向かわせた」

「何かあったら、真夜中でも叩き起こしていいから」

「分かった」


 二人が言うのは、もちろん依頼に関することである。

 ヴィゼはクロウに、夜は<影>で街を見張っていてほしいと頼んだのだ。

 この付近で狩り(・・)をしているかもしれないアディーユが、食事や一時の休息などのため街にやってくる可能性を考えてのことである。

 もし彼女が街に姿を見せたなら、情報屋がそれを見逃すことはほとんどないが、ヴィゼたちがその情報を手に入れるまでにタイムラグが生じる。その間に再び彼女の足取りが分からなくなってしまうことは避けたかった。


 ヴィゼは昼と夜で探す人員を分けることも考えていたのだが、そもそも分けられるほど人数がいない。もし実行したとしても、一人がカバーする範囲が広がりすぎてしまう。負担が増えれば、見落としも増える。

 そう考え、夜に動くことをヴィゼは半ば諦めていたのだが、仲間たちとの相談の結果、夜はクロウの<影>に担当してもらうことになった。

 何といっても彼女の<影>は十体もあるので、要所を見張るだけならば十分な数だ。

 昼間も実を言えば活躍していて、<影>たちは建物の中をこっそりと探っていた。

 宿屋などではなく、知り合いの家や廃屋をアディーユが使っている、ということも考えられなくはなかったからだ。


「ごめんね、クロウにばかり負担をかけるみたいで」

「わたしには負担ではないから、大丈夫だ」


 気遣ってくれるヴィゼに、クロウはふるふると首を振る。

 それは強がりなどではなく、竜であるクロウにとっては本当に何でもないことなのだった。

 ヴィゼも一応それが分かっているから、リーダーとしてクロウに<影>を使うことを頼んだのだが、だからといって申し訳なさが容易に消えるわけではない。


「明日も、今日と同じ感じで大丈夫?」

「うん」


 クロウは無理なく頷いた。

 出会ったばかりのエテレインたちとの行動に、疲れなかったわけではない。

 彼女はそもそも人見知りで、だからこそ昨晩もヴィゼの頼みを了承することを躊躇したのだ。

 <黒水晶>メンバーとは、ずっと彼らを見守ってきたこともありすぐに打ち解けたが、他はそうはいかない。

 そのためクロウは、<黒水晶>に加入してから一人で応援に出たこともなかった。

 彼女の存在がまだ知られていないということもあるが、<黒水晶>のメンバーと一緒でなければ、クロウは他の者と関わることが――怖かった。

 白竜やその周りの者たちとの関わりの中で、これでも随分と改善しているのだけれど。

 生まれた世界で拒まれ続けてきたせいで、クロウのそれは簡単にどうこうできるものではなくなっていた。


 それでも――。


 クロウは、アディーユを見つけるためにやれることがあるなら力を尽くしたい、と思う。

 ヴィゼが任せてくれたから、ヴィゼの役に立ちたいから、という理由ももちろんある。そのためなら、怖がりな自分などどうにでもしてみせると思う。


 ただ、それだけではなくて。

 クロウは今日一日をエテレインたちと過ごし、アディーユとエテレインを会わせてあげたい、という気持ちを大きくしていた。

 二人の主従関係は、まるでクロウとヴィゼに重なるようで。

 アディーユにもう一度会いたいと願うエテレインを、少しでも支えたかった。


「もう、遠くへ行ってしまっているかもしれないけど……、見つけてあげたいんだ」


 クロウは小さく言う。

 そうだね、と頷いてくれたヴィゼの声は優しい。


 けれど、それをずっと黙って聞いていたエイバの顔は、小さな驚きからどこか複雑そうなものへと変化する。


 クロウはそれを、見逃した。

 照れくさくなり、顔を伏せて立ち上がったから。


「――わたしも、そろそろ寝る」

「うん。お疲れ様。おやすみ」


 お休みなさい、とどこかぶっきらぼうに残して、小さな黒い影は消えていった。


「――おい、ヴィゼ」

「……良かったのですかな?」


 今では本拠地内でクロウは<影>をヴィゼにつけていない。

 だから、部屋に戻ったクロウは知らなかった。

 残ったエイバと、片付けと明日の用意を終えたゼエンが、ヴィゼを非難したことを。

 ヴィゼが彼女に言えずにいることがあると、彼女は知らず、眠りに落ちた。




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