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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第2部 修復士と復讐の女戦士

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06 <黒水晶>と侯爵家②



「母方の祖父母がそもそも協会で働いててなー。母も協会に入って、ここに研修で来とった時に、父が見初めた、ちゅうわけや」


 レヴァーレは続けて、父母の馴れ初めを語る。


「研修が終わったら母は総本部のあるマラキアに戻らなあかんかったから、相当焦ったみたいやで。で、何とか間にあってマラキアで二人は結婚したわけや。そこまでいけばメトルシアも追いかけてこんかったし、それでうちもモンスベルクに来るまで父の実家のことなんか寝耳に水の話でな……」


 はぁ、と打って変わってレヴァーレは重苦しい溜め息を吐く。


「ここからが、うちがクソジジイをクソジジイ呼びするようになった話になるんやけど……」


 レヴァーレがモンスベルクへやって来たのは十六の時だ。

 母が本部長に抜擢され、親子三人でモンスベルクへ移った。

 その時、父母が深刻な顔をして、初めて父方の実家のことを打ち明けてくれたのである。

 マラキアで生まれ育った彼女は、父方の実家の話など聞いたこともなかった。

 母方の祖父母が良くしてくれたので不満に思うこともなかったし、戦士であれば身内が少なかったり皆無であることの方が多いため、特に気にもしていなかったのだ。

 それがまさか、自分に貴族の――しかも侯爵家の血が流れているとは。

 驚きではあったが、レヴァーレには既に自分の将来が見えていたし、父が縁を切ったと言うならこれまでと変わることは何もない、そう思った。


 だが、そんな考えは甘かったのだ。


「うちはな、<女神の御手>、そう呼ばれた母みたいに、この世界の人を守ってくれとる戦士の力になりたかったんや。そう思て、そろそろ医療術師として本格的に動き出そうとしとったんよ。せやけどな、あのクソジジイ、父が戻ってきたらすぐに気付きおってな、うちに政略結婚させようとしたんや」

「政略結婚……」

「もーなんや大変やったわ、あの時は! クソジジイと父親は毎日のように怒鳴り合い、その間うようよ現れよる貴族の坊ちゃんどもに求婚され、外に出るのもままならん時もあったりしてな……」


 そして、もう一度溜め息。

 エイバがそんなレヴァーレの肩に、労わるように触れた。


「分かった」


 目の前の夫婦の姿に、クロウは重々しく頷く。


「その時にレヴァを助けたのがこの巨木だろう。そんな時に盾が現れればこんなのでも惚れる、こともあるかもしれない」

「お前相変わらず俺に対してだけ辛辣な!」


 クロウのエイバに対する扱いはいつも通りで、エイバの返しも大体いつもと同じテンションだったが、レヴァーレの顔は分かりやすく紅潮していた。

 それに気付いたエイバが、途端にぎくしゃくと赤くなる。


「く、クロやんの言う通り、やけど、それだけやなくってな……、他にも、色々……」

「ほほう、色々あるのか。良かったな、巨木。あばたにえくぼというやつだな」

「……」


 そう言われても、何やら嬉しく照れくさく、エイバは言い返せない。

 二人が結ばれておよそ十年も経ち、子もいるというのに、まるで付き合いたてのような雰囲気で、ゼエンは微笑ましく、ヴィゼは生温く笑った。


「あー、クロやん、堪忍やで。こんな空気にするつもりなかったのに……もう」


 レヴァーレは大げさに腕を振って、生温かい空気を散らすようにした。

 もう、と言いながら顔は笑っている。

 クロウはわざとらしい真面目な顔を続けて、話を戻した。


「そうだな、これ以上鼻の下を伸ばした巨木を見ているのも目に毒だし、続きが気になる。どうやって政略結婚から逃れたんだ?」

「おまっ、誰のせいだと!」

「んーとな、決闘で」


 レヴァーレは照れ隠しの意図もあってエイバの口を乱暴に塞いだ。

 そんな彼女の口にした単語に、クロウはきょとんとなる。


「決闘?」

「求婚者をな、それまでは結構上手くのらりくらりとかわしとった、と思うんよ。ヴィゼやんたちと依頼受けたりして、うちに近付きにくくしてみたりな。したら、家柄の良さを鼻にかけたナルシスト坊ちゃんがどんだけ自信あるのかもうしつこくしつっこく求婚してきて、クソジジイはそれを根性があると勘違いして応援してな、ますます調子に乗ったんや。で、あっちがうちの側にいたエイたちに喧嘩を売ってきて、それが決闘騒動に……。ホンマ、あの時はありがとな、皆」


 決闘を言い出したのは、向こうの方だった。

 勝てばこれ以上レヴァーレに付き纏うな、という。

 それはこちらの台詞であったが、ヴィゼはそれを好機とした。

 決闘を受けて立ち、レヴァーレの祖父を巻き込んで約束させたのだ。

 この決闘で負けた方は、レヴァーレに二度とちょっかいを出さない、と。


 そうして決闘は行われた。

 ナルシスト貴族とその取り巻き二人を相手にエイバ・ヴィゼ・ゼエンの三人は何の危うげもなく完勝し、メトルシア家の老人にレヴァーレを諦めさせたのである。


 ナルシスト貴族が騒動を起こしたのが公衆の面前で、決闘も同じく衆目の前だったので、いくら侯爵家でも約束を破って無理矢理に動くことはできなくなった。

 観衆がただの市民ならともかく、大勢が戦士、協会職員も多かったので、大人しくならざるを得なかったのだ。


「何だか懐かしいね」

「そうですなぁ」

「そのしみじみしたコメント、間違ってねえか?」


「――それならば、もしかしたら覚えているかもしれない」


 ほのぼのと微笑み合ったヴィゼとゼエンに、呆れ顔のエイバがツッコミを入れたところで、クロウはふと呟いた。


「あの、拍子抜けするくらい弱かった三人だろう?」

「そうそう! クロやん、影から見てたんか」

「いざとなったらあるじをお守りしようと……、だが、全くそんな必要はなかった。正直、どうしてあの程度であるじに喧嘩を売ったのか……」

「ホンマに! 自分を知らなさすぎるし、相手の力量を全く量れんアホやったんよ。あんなんを推してきたジジイの見る目のなさにも呆れるわ」


「焦ってたんだよ。息子が遠くに行っちゃったみたいに、せっかく会えた孫娘を失ってしまいたくなかったんだと思う」


 おや、とクロウは隣に座る主を見上げた。

 レヴァーレは怒り心頭、といった様子だが、ヴィゼは仲間を奪われそうになったというのに彼女の祖父を庇うような発言をする。

 ヴィゼの目には、メトルシア家の前当主は「クソジジイ」と映っていないのだろうか。


「ヴィゼやんは、なんやあのジジイに甘いなぁ」

「甘くないと思うけど、僕の場合は比較対象が悪すぎるから」


 さらりとヴィゼは口にしたが、メンバーたちはそれぞれわずかながら動揺を見せる。

 ヴィゼがメトルシア家前当主と比べるのは誰か、それが分かったからだ。


「……それで、約束は守られたんだな?」

「うちに関してはな」


 とにかく続きを聞こう――。

 クロウはそう問いかけ、レヴァーレは声を落ち着けて答えた。


「ここまでが第一幕。で、こっから話すことがな、うちがあのジジイをホンマに許せんでおる理由」


 その言葉は静かすぎるくらいだったが、レヴァーレの瞳は再び怒りに満ちたものとなっている。


「政略結婚やって迷惑やったし嫌やったけど、まだ良かったんや。お祖父さんが家のことどうこう考えるのの中に少しくらい、うちに幸せになってほしいて気持ちがあったことも、一応分かっとったし。けど、あのジジイはホンマにやっちゃあかんことをした」

「……それは?」

「拉致したんや。ラーフリールを」

「……!」


 政略結婚より余程物騒な単語に、クロウは息を呑んだ。


「二年前、やな。ラフが友達と遊んどる時に連れて行きよったんや。メトルシアが立派な淑女に育てる、言うてな。そんなん、許せるわけないやろ? あのジジイはラフを怖がらせた。ラフに目に見えない傷をつけよった。そんで、うちらを貶したんや。ラフには……メトルシアの血を引く子どもには、ふさわしくないってな」


 レヴァーレの声は、静かなままだ。しかし感情の高ぶりを表すかのようにそれは震えていた。

 その時のことをありありと思い出したのか、怒りと悔しさで涙さえ滲ませそうになるレヴァーレの頭を、エイバが撫でる。

 クロウは気遣わしげな目を向けつつ、レヴァーレの憎しみがそれ以上肥大しないようにと尋ねた。


「だが、ラフは今ここで元気に暮らしている。どうやってメトルシア家から奪還することができたんだ?」

「レインが助けてくれたんよ」

「レイン殿が?」

「レインはクソジジイのやったことに気付いてな、怒ってくれたんよ。閉じ込められたラフを励ましてくれて、様子とかこっちに教えてくれてな。そんで、ヴィゼやんがレインに……」

「誘拐されてくれませんか、って言ったんだ」


 レヴァーレから言葉を引き継いで、ヴィゼはいっそ爽やかに言う。


「ゆ、誘拐?」

「エテレインさんには自分から出てきてもらったから、狂言誘拐、になるかな。それで、エテレインさんと引き換えにラフを返すように前当主を説得したんだ」

「脅迫、とも言いますなぁ」


 さりげなく付け加えたゼエンの言を、ヴィゼは否定しなかった。


「あの時は御大も大活躍だったよな」

「そうそう、あれ以来ラフは御大から離れんようになったんや」


「……もしかして、」


 先ほど自身がそんなことを言ったばかりである、とクロウは思いついたことを口にする。


「御大がラフを救出した、とか」


「そうなんよー。交渉の席には御大以外がついてな、万が一にもクソジジイが妙な工作とかせんように、御大に念の為潜入してもらったんや。そしたらラフな、隙をついて自分で脱出しようとしとったみたいでな、窓から落ちかけたところを御大に助けられたんよ」

「ああ……」


 それは、惚れる。

 クロウはひどく納得してしまった。

 さすがは親子、とも思うが、そんなシチュエーションになれば心の動かない女子はそういないだろう。


 クロウとて、全てを諦めきってしまっていた時にヴィゼに手を差し伸べられて――。


 クロウはヴィゼを見上げそうになり、慌ててそのこと(・・・・)を考えるのを止めた。

 今は己のことを考えている時ではないのだから、と。




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