04 修復士と貴族の娘③
「実際のところ、メトルシア家で捜索を行う方が見つかる可能性は高いです。ご当主は動いてはくださらないのですか」
「……はい。祖父にも父にも頼んではみたのですが……、駄目でした」
ヴィゼは率直に口にする。
エテレインは悔しい気持ちを隠せないまま、その言葉に返した。
「二人ともアディーユの仕事ぶりには満足していましたし、わたくしが彼女を頼りにしていたことももちろん知っています。けれど、二人にとって彼女は一介の女護衛に過ぎないのです。使用人一人のために――しかも辞職した者のために――大勢の人を動かして時間とお金を使うのは、メトルシアという家にふさわしい行いではない、というのが二人の考えで……。情報屋に少しでも話を聞けたことは幸いでした」
「なるほど。だから協会を介することもできなかった、というわけですね」
「そうです……」
エテレインは己の祖父と父に落胆した、というよりは失望したようだった。
そんなエテレインの気持ちは理解できる。
だが、彼らが間違っているわけでもないのだ。
ヴィゼはままならなさを感じつつ、そんなエテレインに優しくない現実をさらに突き付けた。
「メトルシア家がアディーユさんを探している、と思わせないよう、情報を漏らさないようにするならば、基本僕たちだけで捜索することになります。そうするとこの人数ですから、見つけられない可能性の方が高い。それでも構いませんか?」
「はい……」
アディーユが見つかるまで探してほしいのが本音だが、それはあまりにも<黒水晶>に負担をかけることだとエテレインも分かっていた。
一週間という期間ですら、長いかもしれないと思うのだ。
修復士と治療術師を抱え、他のメンバーも手練れ。そんなクランを捜索任務に縛り付けるのは誤っている、と。
かといって他の見ず知らずのクランにこの依頼を持ち込むことは、エテレインにはできなかった。
信頼のおける<黒水晶>がいてくれると思ったからこそ、エテレインは祖父や父に無理を言ってここに来たのである。
「それから、もう一つ確認ですが」
ヴィゼは続けた。
「僕たちは、アディーユさんを見つけるだけで良いのでしょうか」
「え……?」
エテレインはその質問の意図が掴めなかった。
貴族を相手にしている時ならば決して晒さない、無防備な表情でヴィゼを見返す。
「アディーユさんを発見できたとして、彼女が貴方方と会いたくないという意思を示した時、彼女を拘束してでもお二人の前に連れて行くべきですか?」
「それ、は……!」
エテレインは頭が真っ白になった。
隣のサステナを見れば、彼女も表情を強張らせている。
そこまで考えていなかった、というより、その可能性については考えたくなくて、考えないように目をそらしていたのだ。
アディーユはエテレインにもサステナにも何も言わずに去って行った。たとえ<黒水晶>のメンバーが彼女を見つけてくれても、彼女が二人を拒絶することは想像に難くない。
「わたくしは……、何としてでもアディーユに会わなければならない、と思います」
「お嬢様……」
上手く頭が働いている気がしない。
それでもエテレインは、言葉を紡ぎながらその覚悟を決めていった。
「アディーユがわたくしたちに会いたくないと思っていても。わたくしたちは、アディーユに側にいてほしい。戻ってきてほしい。彼女を止めたい。アディーユは真面目で一途で、頑固ですから、何を言ってももう止められないかもしれません。それでも、伝えたいのです。返ってくるのが拒絶でも、せめてこれまでの感謝を言葉にしたい。ちゃんとお別れを言って、背中を見送りたい。無事の祈りをその背中に贈りたい。そうしなければ、わたくしたちは三人とも、どこへも行けない。足は動かせても、心は進めない。そんな風に、思うのです。ですから……、そのために実力行使が必要となるなら、わたくしは、躊躇っているべきではない」
そして、エテレインははっきりとそれを口にした。
「アディーユを見つけたら、多少無理矢理にでも、わたくしたちの前に連れて来てください。お願いします」
「分かりました」
<黒水晶>たちは真摯に頷く。
サステナも覚悟を決めたような瞳で、主を見つめていた。
しかし、エテレインは凛とした眼差しをすぐに崩して言い添える。
「……あの、でも、もちろん、皆さまに何かあっては困りますので、双方が大怪我をするようなことになりそうならば、無事を優先してくださいね」
「はい」
目尻を下げた美女は、小動物のようでもある。
先ほどとの落差に、テーブルを囲む面々は苦笑を零した。
「僕からの質問は以上だけど……」
ヴィゼはメンバーを見渡す。
他の四人も特に今のうちに聞いておくことはないようで、ヴィゼに頷き返した。
「それでは早速、明日から捜索を開始します。が、その前にもう一つ、大事な話をしておかなければなりません」
「なんでしょう……?」
ヴィゼの発言は何とも心臓に悪いものが多い。
恐る恐る尋ねるエテレインを、クロウを除く<黒水晶>のメンバーは少しばかり同情の目で見やった。
「報酬の件です」
ヴィゼは躊躇せず、それを口にした。
エテレインは依頼をしたのだ。報酬が<黒水晶>に支払われるのは当然のことである。
が、やはりクロウ以外の面子から多少なりとも非難の視線がヴィゼに向いたのは、エテレインが彼らの友人であるからだった。
もちろん彼らも依頼を引き受けた以上報酬の話は避けられないと分かっている。
エテレインが「依頼」を持ち込んだのは、<黒水晶>に報酬を受け取ってもらえるようにと考えた側面もある、ということも理解していた。
それにしても、もう少し言い方があるのではないか、と古参メンバーは思う。ヴィゼとしてもエテレインの思いを気遣った上のことだと、分かってはいたが。
「は、はい、すみません、ちゃんと用意してあります。相場が分からなくて、足りるかどうか分からないのですが……、サステナ」
「はい」
サステナはエテレインが言う前に動いていた。
食堂の隅に置いておいた三つの内のケースの一つから、一つの包みを取り出す。
両の手のひらに乗るくらいの大きさのそれを、サステナはエテレインにそっと差し出した。
エテレインが包みを開き、中から出てきたのはジュエリーボックスである。
金細工のそれは、見るからに高級感溢れるものだ。
蓋は美しい青のガラスで、中は見えないが、<黒水晶>の面々は嫌な予感を覚えてその手元を見やる。
「あの、お金に変える時間がなくて、売れそうなものを詰めてきたのですけれど……、足りますか?」
ジュエリーボックスには、たくさんの指輪やネックレスが詰め込まれていた。
ダイヤモンドやそれに準じる宝石がひどく眩しい。ネックレスの鎖や指輪の土台も、当然のように本物のプラチナや金である。
「……サステナさんは、ある程度相場をご存じですよね?」
「本当にある程度、です。皆様にきちんとした数字を教わった方がお嬢様のためになると考え、助言は控えさせていただきました」
実際には、時間がない中荷物をまとめるのに必死で、エテレインが報酬について相談してくるのを適当に相手した結果こうなったのであるが、もっともらしくサステナは言った。
「え、え、なんですか!? やっぱり足りないのですか!?」
「違いますお嬢様、落ち着いてください。多すぎるのですよ」
「え、えっ!? サステナ、だって、『それでいいんじゃないですか』って言ったでしょう! 多すぎると分かっていたのなら教えてくれれば良かったのに!」
「お嬢様のお気持ちがそれだけのものだと、皆様にもよく伝わったと思います」
「そんな、良い台詞みたいなことを言って!」
エテレインはジュエリーボックスをテーブルに置き、サステナの肩を揺さぶった。
エテレインは恥ずかしいのか涙目だが、主従のやりとりは微笑ましく、<黒水晶>たちは笑ってしまう。
「皆さま……、笑わないでください」
「別に、レインを馬鹿にしとるわけやないんで? けど、もっとちゃんと知っとかな、いつか誰かに騙されそうで怖いわ」
「はい……、勉強します」
エテレインはしゅんとして言った。
そんなエテレインに、ヴィゼは報酬について教えてやる。
「魔物討伐なら、出撃人数や相手にもよりますが、そちらのアクセサリが一つあれば十分でしょう。いえ、それでも十分すぎるかもしれません。今回は捜索の依頼ですので、もっと少なくなります」
「そうなのですか……」
本当にひどく多く持って来てしまったのだ、とエテレインは肩を落とした。
「それでは、明日にでも一つ何か売って……」
「それについてですが、提案があります」
人差し指を立てたヴィゼに、エテレインは首を傾げた。
「ラフも含む<黒水晶>の収穫祭での代金を、報酬として払っていただく、というのはどうでしょう。それなら、お手持ちの現金で支払えるのでは?」
「は、はい。しかしそれでは……少なすぎるかと」
答えたのはサステナだ。
エテレインのものも含め、財布を握っているのは彼女なのである。
困惑したようなサステナの言に、ヴィゼは付け加える。
「成功報酬を別にいただきたいのです」
「成功報酬、ですか」
「その宝石箱の中のものでなくとも結構です。新しいものをつくっていただいても。いつか、ラーフリールが大きくなった時に、彼女に似合うものを贈ってあげてください。<黒水晶>と、あなた方から、ということで」
「……!」
依頼人たちは目を見開き、<黒水晶>のメンバーはその案に笑顔を浮かべた。
「<黒魔術師>殿とは思えない案だな」
「そうですなぁ」
「ええやんええやん、お祭でタダメシ、ラフも大喜び!」
「さすがはあるじだ」
「アディーユさんを見つけられなかったら、成功報酬の分は当然もらえないわけだけどね……」
<黒水晶>のメンバーたちに異存はなさそうだ。
ヴィゼは依頼人に視線を向けた。
「どうでしょう?」
「とてもありがたい提案ですが……、あの、本当によろしいのですか?」
「それはこちらの台詞ですよ。結果如何では、もらいすぎることになる」
「もらいすぎだなんて……、いつも迷惑をかけているのはこちらの方ですから、その」
エテレインはこれでいいのかと迷っているようだったが、結局は再び丁寧に頭を下げた。
「……どうか、よろしくお願いします」
「はい。お任せください」
穏やかだが、ヴィゼの言葉は力強かった。
それに希望が見えてきたようで、エテレインはサステナと微笑み合う。
その涙の滲む笑顔も、ひどく美しいものだった。




