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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第2部 修復士と復讐の女戦士

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03 修復士と貴族の娘②



 ヴィゼたちが本拠地へ到着した時、既に他のメンバーは全員帰り着いていた。

 ヴィゼたちは帰りが遅くなるだろうと伝えてあったし、エテレインの訪いは突然のものだったので、玄関ホールで迎えてくれたレヴァーレが驚いた顔をする。


「おかえりー。早かったな、二人とも。その上レインもいっしょて……、どうしたん、まさか家出やないやろうね?」

「ち、違います、レヴァお姉さま」


 いつもなら事前に連絡してから訪れる従妹なのだが、今回は何の知らせも届いていない。

 レヴァーレは冗談半分でそう口にしたのだが、狼狽えた様子のエテレインの様子が怪しく、つい疑わしげな半眼になる。


「レイン……?」

「いえ、本当に、そういうのじゃありません。ちゃんとここまで家の馬車に送ってもらいましたし、サステナだって連れてきています!」

「アディーユさんがおらんやない」

「それは――」


 アディーユというのは、エテレインの護衛である。

 レヴァーレの中では、エテレインとサステナ、アディーユはワンセットだった。

 だがそのアディーユがいない。

 それを指摘すれば、エテレインは泣きそうな表情で黙ってしまった。

 サステナの表情も若干強張っている。


 何かあったらしい、と察するのは簡単で、レヴァーレはヴィゼと視線を交わした。


「……ま、あとからお祖父さんの隊が押し寄せてくるとかいうことがないならええんよ。さ、あがり。夕食まだやろ? 御大に言って料理追加してもらうわ」

「ご、ごめんなさい。その、わたくし、突然……」

「ええの、ええの。いつもがマメすぎるくらいや。こっちこそ、ついついからかってしもて、堪忍な」

「そんな……」


 恐縮する従妹の手を、半ば強引にレヴァーレは引いた。

 ぞろぞろと連れ立って食堂へ入れば、エイバやラーフリールも驚いたような顔をする。


「レインお姉さん!」

「ラフちゃん、こんばんは」


 すぐにラーフリールは笑顔になって、従叔母に駆け寄った。彼女は美しい親戚によく懐いているのだ。

 エテレインも従姪を可愛がっていて、二人は抱擁を交わした。


「あそびにきてくれたんですか?」

「え、ええ……」

「いつまでいられますか? みんなでいっしょにおまつり行きませんか?」


 エテレインは決して遊びに来たわけではなかったが、祭が終わるまではキトルスに滞在する予定だったので、ラーフリールの誘いに微笑んで頷いた。


 ゼエンもキッチンから顔を出して挨拶して、ヴィゼが事情を説明すれば快く四人分の夕食の追加を受け入れてくれる。

 ラーフリールが客人の相手をしている間にエイバはいつものテーブルにもう一つテーブルをくっつけるようにして、客人二人が座れるようにした。

 貴族が使用人と平民と同じテーブルを囲んでいいのか、とクロウは思ったが、いつもこうしているらしい。


 エテレインもサステナも慣れているのか躊躇う素振りなく腰掛け、夕食はいつも以上に賑やかなものとなる。


 エテレインが改まって切り出したのは、そんな夕食を終えて、ラーフリールがベッドに入った後のことだ。

 食堂にはラーフリール以外の大人たちがそのまま残って、エテレインの手土産である茶を目の前にしていた。

 花の香りのするそれは、爽やかな芳香と優しい温度で人の心を落ち着けてくれる。

 ゼエンが淹れてくれたその茶で喉を潤してから、しゃんと背筋を伸ばし、エテレインは話し出した。


「まず、訪問が突然になってしまったことを謝罪させてください。祖父の許可がおりたのが昨日のことで、長く邸にいればそれでも引き止められるかもしれませんでしたので、とにかく急いで出てきたんです」

「祭の時期は物騒なことも多いですから、それも仕方のないことでしょう」


 エテレインの祖父は孫娘を溺愛している。むしろこの時期にここへの滞在を許したことに対し、それを知る者たちは驚きを禁じ得なかった。


「それに、もう一つ。わたくしたちは、クロウさまがどのような方なのか見極めて来るようにと言われています。わたくしがここに来ることを許す代わりに祖父の出した条件がそれでした。引き受けてきたことを、お詫び申し上げます」


 その言葉に、クロウは目をぱちくりさせた。

 鼓動が大きく跳ねるが、何とか表面上平静を保つ。

 少なからず顔色を変えてしまったが、その動揺はむしろエテレインの言葉に対して当然の反応で、「見極めて来るように」と寄越された二人の不審を誘うものではなかった。


「お祖父さんらしいな。クロやん、あの人はな、ラフに近寄る人物は全部調べとるんや。クロやんを特別怪しんだっちゅうわけやないからな、安心してな」

「祖父が気にしているのはラフさんだけではなく、お姉さまのこともですよ」


 レヴァーレはその言葉に嫌な顔をした。


 クロウはレヴァーレのフォローを受け、さりげなく仲間たちの顔を見渡す。

 全員、エテレインの言葉には動じていないようだ。

 ヴィゼの横顔もひどく落ち着いたもので、相手がクロウの正体に全く気付いていないことを彼女に教えてくれる。

 それに、ひどくほっとした。


 ヴィゼはそんなクロウに声をかけてやりたかったが、そんなことをすれば何かあるのだと言っているようなものである。

 メトルシア家から注視されていることは、古参メンバーなら認識していること。

 だからヴィゼもメトルシア家の情報には神経を尖らせていて、彼らがクロウに関して表面的なことしか掴んでいないことを知っていた。


「あの人が一番気にしとるのは、レインのことやろ」


 レヴァーレはエテレインたちの注意をクロウからそらすように、意趣返しの意も込めて、そう口にする。


「大体、クロやんのことはお祖父さんならとっくに調べとるはずやで。レイン、相当食い下がったんやろ。多分お祖父さんは、レインならこの交換条件に抵抗持つから諦めるて思ったんやない? ただ、それでレインが引かんでも、この時期ここへの滞在を許すのに口実は必要やからな。いずれにせよレインに甘いやり方や」

「それは……」


 エテレインは言葉を詰まらせた。

 そんな従妹に、レヴァーレは声を和らげて聞く。


「……一体何があったん? アディーユさんはおらん、代わりの護衛もおらん、お祖父さんに無理言うてここに来たいうんは、あんたらしないで」

「お姉さま……」


 レヴァーレの声は、エテレインの耳に優しく届いた。

 思わず声が揺らぐが、エテレインはぎゅっと膝の上で拳を握り、込み上げてくるものを堪える。

 サステナが、そんなエテレインの背にそっと手を添えた。

 それに励まされ、エテレインは再びぐっと顔を上げる。


「……わたくし、お祖父さまには、どうしてもお姉さまとラフちゃんとお祭を見たいから、と駄々をこねたんです。本当のことを言うより、その方がまだ許してもらえると思って。……でも、お祖父さまは、お姉さまの言う通り、分かっていらしたのだと思います。わたくしが、一体何をするつもりでいるのか」


「――<黒水晶>への依頼、ですか」


「そうです」


 きっぱりとエテレインは頷いた。


「わたくしは、クラン<黒水晶>にお願いをしに参りました。どうか……、どうか、アディーユを見つけてください。彼女ともう一度……もう一度だけでも、会って話がしたいのです」


「……どういうことです?」


 アディーユを見知っているヴィゼたちは、困惑したように顔を見合わせた。

 そもそもエテレインがここにアディーユを連れてきていないなど初めてのことで、何かあったらしいと気付いてはいたのだが……。


「アディーユは、先月、メトルシア家を……辞したのです」

「え……!」

「急なことでした。わたくしがそれを知ったのは、彼女が去った後のことで……、父に新しい護衛を用意することを告げられて……」

「アディーユは私にも何も言いませんでした。引き止められることが分かり切っていたからでしょう」


 その時のショックを思い出したのか蒼褪めるエテレインに、サステナがそう言い添えた。


「しかし、何故?」


 アディーユはエテレインという主を慕っていたし、同僚であるサステナとの間にも厚い信頼関係があった。

 三人と時間を共にすることが多いわけではない<黒水晶>の面々でさえ、彼女たちの絆の強さは目に見えるようだったのに。


 そんな<黒水晶>メンバーの疑問に、サステナが感情を押し殺すように答えた。


「アディーユには、夫がいました。幼馴染の腐れ縁、と彼女は言っていましたが、つまりはそれだけ長い時間を共に過ごしてきた相手です。戦士稼業で、アディーユがメトルシア家にお仕えすることになってからは夫婦といえども毎日会うというわけにはいかなかったのですが、それでも二人は互いを支えあう良きパートナーでした。それなのに……」


 サステナは過去形でそれを語る。

 その先は語られずとも、察することは難しくなかった。

 アディーユの夫が戦士稼業だったというならば、それはヴィゼたちにとっても他人事ではない。

 ヴィゼは依頼人たちがそれを口にせずに済むよう、先回りして言った。


「……仕事の最中に、亡くなられたのですね。魔物に、殺されて」


 依頼人主従は神妙な顔で首肯した。


「アディーユは私たちの前では気丈に振る舞っていたのですが……、ずっと思いつめていたのでしょう。メトルシア家を辞して、そして……」

「今は、おそらく、復讐のために動いているのです」


 エテレインは硬い口調でそう告げた。

 復讐、と小さな復唱がテーブルに落とされる。


「彼女の夫を殺した魔物は倒されたのでは?」

「そうです。ですが、その、わたくしたちが情報を集めたところ、魔物と戦うアディーユの姿が目撃されていて……。彼女は魔物という存在自体を許せなくなっているのではないか、と……」


 アディーユがいなくなって。

 慌ててその足取りを追って。

 あれから、エテレインはサステナと何度も話し合った。

 そして、そういう結論を出したのだ。

 主従は頷き合い、エテレインは真剣な表情で続ける。


「このキトルスであれば、協会があり情報も手に入りやすいです。隣には魔物の出現頻度の高い森があります。アディーユがここで魔物討伐を始める可能性は高く、実際目撃情報はここと王都の中間地点でした。そこで、<黒水晶>の皆様に、キトルスを中心にアディーユの捜索をしていただけないかと思ったのです。期間はわたくしたちがここにいられる一週間。その間だけ、どうか……」


 エテレインは深く頭を下げる。

 それに合わせてサステナも。


 そんな二人を目の前に、<黒水晶>の面々は視線を交わしあった。


「……特に今のところ他の依頼を受けてはいませんし、そちらの依頼を引き受けることに関して否やはありませんが、いくつかよろしいですか」

「は、はい」


 問いかけたヴィゼに、エテレインは緊張の面持ちでその眼鏡の奥の冷静な瞳を見返した――。




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