34 修復士と宮廷魔術士
インウィディアは、ヴィゼの魔術士としての能力に正直舌を巻いていた。
インウィディアがどんな魔術で攻撃しても、冷静にそれを防ぎ、反撃してくるのだ。
生成魔術の精度が高い上、数多の古式魔術を熟知しており、予想もしない攻撃をしてくる。戦士としての経験ゆえか、その判断も速く、焦った様子がまるでない。
侮れない敵だと思う。
けれどそんなことは、認めたくなかった。
――ただの人が、竜の血を引く私と互角などと……!
ロートが忠実に命令に従っていれば、とインウィディアは己の召喚獣に苛立ちの矛先を向ける。
白竜の遺産を手に入れるためにロートを向かわせたのは、数日前のこと。
竜の主人でいたいならば退屈させるなとうるさかったこともあり、多少人への被害が出たとしても目を瞑ることにして、自由に動くことを許した。
その代わりに、白竜の遺産に至れるようにしてみせろと命じて。
結果、ロートが持ち帰ったのは、白竜の鱗で作られたブレスレットのみ。
期待をかけて解析を行ったが、大した魔術具ではないということが分かり、失望するばかりだった。
赤竜の起こした破壊行動のために協会を刺激しただけで、収穫はゼロ。
どうせ面倒事を引き起こすなら、いっそクロウごと拉致してくれば良かったのだと、インウィディアはロートを詰った。
手足をもぎとってでも、白竜の遺産を差し出させるべきだったと。
しかし、声を荒げるインウィディアに対し、ロートは悪びれずに言った。
『うっかり殺っちまったもんはしょうがねえだろ。それに、命令するなら最初からちゃんと細かくそう言っといてくれよな』
ロートがクロウを引きつけている間に探りたい場所があったので別行動をとったのだが、同行するべきだった、とインウィディアは後悔した。
結局はそこも外れだったので、彼の中で苛立ちだけが募っている。
ロートへの文句は何度繰り返しても足りないくらいだったが、インウィディアは何とか自重していた。
赤竜が召喚に応じたのは気まぐれで、主従の契約などいつでも破棄できることを、彼は理解していたから。
赤竜を従わせておくため、その逆鱗にふれないよう、我慢する他なかったのだ。
こうなればクラン<黒水晶>を襲撃しようかともう一度足を向けてみたが、以前訪れた時と比べても、結界はひどく強固なものとなっていた。
初めて訪れた時でさえひどく複雑で危険なものだと思われたのに、それが増していれば余計に慎重にならざるを得ない。
赤竜でさえ、『なんつーか、あんまり近寄りたくねえ』と言ったくらいだから、余程のものだ。
あれも目の前の敵がつくりあげたものだと思うと、癇に障る。
クロウから白竜の遺産は奪えず、様子見で時間を潰すことになった上、今のこの状況。
――腹立たしい……!
もっと圧倒的な力があればこんな風に苛立つこともなかった、と彼は責めるように思う。
インウィディアはずっと、力が欲しかった。
幼い頃から、強力な親類たちを側で見てきて。
インウィディアも十分に強いと両親は笑っていたが、彼にはそうは思えなかった。両親が優しく言うのは、インウィディアが弱いのを気にしているからではないかと、そんな風に感じられていた。
それほどまでに、あの親類たちは圧倒的だった。
その圧倒的な強さに憧れた。
彼らに追いつくため、インウィディアは弛まぬ努力を続けたが、どうしても追いつけない一線があった。
伸び悩み、ついに彼らへの憧れが憎悪になった。
そんな時己の血筋を知った。
遠い祖先である白竜と引き合わされた。
己に流れる血を知り、それならばいつかはもっと強くなれると希望を持った。
だが、その希望も儚く散る。
宮廷魔術士に抜擢にされ、周りの人々は彼の実力を讃えたが、彼はもっと上を知っていた。
彼の何倍も強い親類たちを知っていた。
己の血筋を知っても、白竜に学んでも、彼らには追いつけなかった。
結局自分はここまでなのだと、絶望した。
けれど……けれど、本当にそうか?
何か他のやり方をすれば、もっと上を目指せるのではないか?
その答えが、今だ。
目の前の男を倒し、黒竜から白竜の遺産を奪う。
そうすれば、望み続けた力を手に入れられる。
そう信じて、インウィディアは何度目かも分からなくなった攻撃をヴィゼに向けて放った。
とん、と背中に当たった枝が不愉快で、乱暴にそれをはねのける。
ヴィゼは変わらず、落ち着いた様子でインウィディアの魔術を弾くと、すぐさま反撃してきた。
インウィディアもそれに対抗し、また攻撃を加える。
同じことを繰り返し苛立ちを募らせていたインウィディアは狙いを外し、ヴィゼに攻撃は当たることなく、大地が大きく抉れた。
ち、と舌打ちして杖を構えなおし、ようやくインウィディアは何か妙だ、と感じる。
――日時と場所を指定してきたのは向こう……、明らかに力が上なのはこちら……、何か仕掛けてくるはずだと警戒してきたが、特に今のところそれらしいものはない……。
罠も何もないならば、力が足りないはずの向こうが焦りを見せてきておかしくないはずだが、腹立たしいほど冷静だ。
これから一体何を狙うつもりなのかと、インウィディアは認めたくなかったが、その時確かに恐怖を覚えた。
それは、ロートが戻って来ないことにも起因していたかもしれない。
先日、赤竜はクロウを倒すのにそう時間をかけなかった。
それがどうしていまだに戻って来ないのかと、彼は考えてしまった。
一度勝った相手に苦戦しているのか。
それとも、つまらない相手ばかり用意するインウィディアに嫌気がさして、見捨てて行った?
己の思考に、インウィディアはひゅっと息を呑む。
その隙を見逃さず、ヴィゼは魔術を放った。
それを何とか避けたが、インウィディアはよろめき、さらにヴィゼのつくった強風に煽られ後ずさる。
よし、とそれを認めてヴィゼが眼差しを強くしたのを、インウィディアは見逃した。
ヴィゼが魔術式を宙に描く。
燐光を放ってそれが消えた瞬間、魔術具を使って仕掛けられていた魔術がヴィゼの魔力に応えて、インウィディアをその空間に縛り付けた――。




