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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第1部 修復士と黒竜

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32 修復士と挑発



 クロウの意識が戻ってから、二日。


 クラン<黒水晶>は、敵を撃つのに最適と選定した、街の西隣に広がる森へとやってきていた。

 <黒水晶>本拠地に近く、街からはある程度離れていて広大なその森は、綻びができやすいと有名である。そのため協会と戦士たちが目を光らせており、付近の住民たちはあまり不安にも思わず暮らしていた。


 先日赤竜がその東端を破壊したばかりで協会がますます神経を尖らせている最中だが、ヴィゼたちは綻びを見つけたと偽って、その森へと足を踏み入れる。

 すぐ近くにいたにも関わらず森の一部を破壊した魔物を見失ってしまったから、と報酬なしで修復を買って出たところ、これまでの信頼もあってその仕事を任せてくれたのだ。


 嘘は申し訳なかったが、ヴィゼたちとしても協会に目をつけられるわけにはいかない。

 任務ということにしておけば、多少派手に戦っても何とでも言い訳はできるはずだった。


 ――それに、綻びがあるのは嘘じゃないし、修復もちゃんとするしね……。


 ヴィゼは若干黒い笑みを浮かべる。


 インウィディアとロート――敵対する二人組は間もなく現れるだろうが、彼に無用の焦りや恐れはなかった。

 十分に準備ができているし、何より頼もしい仲間たちがいてくれるから。

 仲間との連携には不安の入る余地などないし、クロウも今日こそは本気が出せる。

 クロウの体調はさすがに万全ではないが、それでも驚くべき回復力で常に近い状態であるし、きっと勝てるとヴィゼは信じていた。


 その肩にはセーラが乗っていて、彼女の援護も心強い。

 なにせ舞台は森で、彼女は樹妖精なのだ。

 インウィディアらの潜伏先を見つけてくれたのもセーラで、樹々に居場所を尋ねてくれたのである。


 突きとめた先に挑戦状を叩きつけたのは、昨日のこと。

 インウィディアたちにまた奇襲をかけられては勝ち目が薄い。そのため、こちらから先手を打つ必要があったのだ。クロウの完全回復を待ちたくはあったが、そうもいかなかった。


 <黒水晶>と戦い、インウィディアらが勝てば白竜の遺産を大人しく渡す、と書いてやったので、彼らが来ないことはないだろう。

 白竜の遺産を手に入れたいのはもちろんだろうが、プライドが高くヴィゼたちをたかが戦士と侮るインウィディアが、逃げたと思われるような行動は取るまい。


 そう考えて挑戦的な文面を用意したヴィゼだが、果たして彼らはやって来た。


 森の奥から無言でやって来たインウィディアとロートの姿に、<黒水晶>たちは緊張を走らせる。


「先日はどうも」


 ヴィゼは上辺にだけ愛想を浮かべ、一歩踏み出した。


「早く来すぎましたね。待っている間、まさか逃げていかれたかと」


 慇懃無礼で挑戦的な言葉に、うわあ、と後ろのメンバーは息を呑んだ。

 インウィディアは先日と変わらぬ冷ややかな眼差しで、ヴィゼを突き刺す。


「逃げる必要など感じませんでしたね。そちらこそ、あのような挑戦、本気ですか」

「ええ、また白竜の遺産がほしいなどと言って押しかけてこられては迷惑ですから」

「そちらが大人しく引き渡すならばこちらもその面倒をしなくて済むのですが。それに、勝負ならとっくについているのではないですか。そちらの黒竜が生きていたとは意外でしたが」


 インウィディアは、黒竜、と口にする。

 当然赤竜が話したのだろうが、赤竜からわざわざ打ち明けたのではなく、ブレスレットを解析して何も出なかったから赤竜に分かることはないかと聞いたのかもしれないな、とヴィゼは考えた。


「生憎だったな」


 クロウは冷え冷えとした眼差しをインウィディアらに向ける。


「ブレスレットからも、何も出なかったろう」

「ええ。お返しします」


 インウィディアは奪ったブレスレットを無造作に投げて寄こした。

 あからさまな軽んじる態度に、クロウは大事に受け取ったそれを抱え、その瞳に怒りを露わにする。


「まさかあなたも竜だったとは、さすがに驚きました。そんなものまで身に着けて人間に混ざるなど、どうかしている」

「……他の方々は誰に何を言われずともわたしのことを分かっていたぞ。だけど馬鹿にするようなことは言わなかった」


 嫌味に皮肉を返されて、インウィディアのこめかみに青筋が立ったのが傍目にも分かった。

 そこは彼にとって触れられたくないところだっただろうと、ヴィゼは人の悪い笑みを浮かべる。


「……言わなかっただけでしょう。彼らは、心底人を馬鹿にした連中です」

「それはお前がそう思っているだけだ」

「そうは思いません。が、ここでそれを言い合っても平行線ですね。そろそろ話を進めましょう。本当に我々に戦いを挑むと?」

「もちろん、戦って勝ちます」

「己の分をわきまえぬ連中に負ける気はしませんが――。負けて約束も破るようでしたら、全員の命を奪ってでも白竜の遺産を渡していただく」

「こちらとしては、あなたが約束を守って諦めてくださるかどうかが心配です。まあ、諦めざるを得ないほどこてんぱんにするつもりですが」


 ヴィゼとインウィディアは、互いに怒りと憎悪の籠もる目を見交わした。


 そして。


「――やれ」


 先に動いたのは、インウィディアに命じられた赤竜だ。

 そのスピードに負けず、相手の赤い大剣を止めたのは、クロウ。


 それをきっかけとして、エイバとゼエンが躍り出、剣をインウィディアに向けた。

 二人の剣は魔術に弾かれ、間髪入れずインウィディアから攻撃魔術が繰り出されるが、それをレヴァーレの防御障壁が阻む。


 それを横目に、ロートはクロウに話しかけた。


『よう、死に損ない。今日こそ死にに来たか』

『いいや、今日こそ勝ちに来た。先日は申し訳なかったな。――今日は本気で行く』


 人間と、倒したばかりの黒竜相手ではつまらない、と思っていた赤竜だが、少し楽しくなって口の端を上げた。


『そんじゃ今日は、ちったあ愉しませてくれよ……?』

『ああ、期待してくれて構わない』


 クロウは不敵に告げる。


『まずはスピード勝負と行こうか。ついて来られるか?』


 返事をする間もなかった。

 クロウが目の前から消えて、赤竜は一瞬茫然となる。


 ――速い。


 いいじゃねえか、と彼もその場から消えるようにクロウの後を追った。


 ヴィゼはそれを認め、傍からは分からない程度に唇を噛む。

 クロウが赤竜をこの場から引き離すのは作戦通りで、彼女のことを信じているのは確かだが、先日大量の血を流していたクロウの姿を思い出してしまえば、どうしても不安は生まれてしまう。

 だが、不安に陥って目の前のことが疎かになってはならない。

 それこそ、クロウを失望させてしまう。


 エイバとゼエンの動きに合わせて、ヴィゼも攻撃を繰り出した。

 多数対一だが、相手の実力の方が遥かに高いのだから卑怯だとは思わない。

 むしろ、一対一で臨む方が不遜で思いあがり甚だしい、とヴィゼは考えていた。


 腐っても宮廷魔術士、皇帝と白竜の子孫であるから、憎まれ口を叩いてはいるもののヴィゼはもちろん相手を侮っていない。

 そうして遠慮なく攻撃を当てにいき、弾かれる。

 相手の反撃は、レヴァーレが防いだ。

 それを、繰り返す。


 ――改めてレヴァーレの防御の凄さを思い知るね。宮廷魔術士相手に危うげないんだから。


 それはヴィゼだけの思いではなく、エイバとゼエンも感じるところだった。


 ――いいぜ、やっこさん、かなりイライラしてきてる。

 ――前哨戦の時点で、かなりキていましたからなぁ。


 エイバとゼエンは視線を交わして、さらに攻撃を激しくした。


 繰り返す応酬に、インウィディアは舌打ちする。

 舐めた発言をしてきた相手とはいえ、雑魚にあまり本気を出すのも気が進まないと思っていたが、これを延々と繰り返すのはさすがに骨が折れる。


 彼は応酬の連鎖を断ち切るため、複数の名を口にした。

 瞬間、姿を現すのは幻獣。

 召喚魔術だ。


「おうおう、懐かしいねえマンティコア!」

「それにヒュドラ、ですか。何とも蛇蛇しいですなぁ……」


 エイバは面白がるように、ゼエンはのんびりと、そうコメントする。

 現れた幻獣はその中でも強いと恐れられるものたちで、台詞とは裏腹に<黒水晶>たちの内心は穏やかではなかった。 


 ――ヴィゼやんの読み通り……!

 ――だけど、さすがにこの幻獣相手に三人(・・)は厳しいか……!?


 ヴィゼはおそらくこうなるだろうと読んでいた。

 とはいえ、ここまでの幻獣を登場させてくるとは、とインウィディアの力量を見直す。


 ――もう一体竜が出てくる、なんて最悪の事態ではないけれど……。全く参るな……。


「ヴィゼ、こいつらは任せろ!」

「リーダー、そちらは頼みます!」

「……っ、うん! レヴァ、二人の援護を!」

「了解、うちがいる限り攻撃は通さへん!」 


 敵が幻獣を召喚してきたら、相手をするのはエイバ・ゼエン・レヴァーレの三人と決めていた。

 それでもインウィディアに作戦を悟られないように、お互いを励ますように、仲間たちは声をかけあう。


 ――どうか、無事で……!


 ヴィゼに襲いかかろうとしたマンティコアをエイバの剣が止めて、それを後ろにヴィゼはインウィディアに次々と攻撃を仕掛けた。

 インウィディアは幻獣に相手をさせるつもりだったのだろうが、高みの見物などさせる気はさらさらない。

 ヴィゼの攻撃を凌いで反撃してくるインウィディアは、怒涛の攻撃に押され気味になる。

 少しずつでも後退を始めたインウィディアを真っ直ぐに見据えながら、ヴィゼは必死に自分にしがみついているセーラに小声で告げた。


「セーラ、これからが出番だ。よろしく」

『はい!』




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