29 修復士と作戦会議(二回目)
「……せやけど、ヴィゼやんだけやのうて、クロやんもなぁ」
笑いをおさめ、コーヒーをぐいと飲み干して、レヴァーレは気掛かりそうに口にした。
「似た者同士だけあって、なんや変に思いこんどるような気がしてならんわ……」
「……」
それは、全員に心当たりがあった。
「最初の頃からヴィゼやんに迷惑をかけた言うて気にしとったやろ? でもヴィゼやんの話聞いとる限りやと、巻き込んどるのはどっちかっちゅうとヴィゼやんの方やん」
ぐさ、とヴィゼの胸に正論という名の刃が突き刺さった。
撃沈させたヴィゼはそのまま、レヴァーレは続ける。
「やけど、もしかしたらクロやんは全部、自分のせいやと思っとるかも。ヴィゼやんが召喚魔術使ったのも、クロやんを探すためとは思っとらんのやないかな。セーラやんを呼び出した時の落ち込みようからするとなぁ。ヴィゼやん、うちらに話しとらんかったみたいに、クロやんにも何も話、しとらんのやろ?」
「してない……」
ヴィゼは瀕死である。
「クロやんが起きたら、ホンマ気張らなあかんで」
「うん……」
肩を叩かれ、蒼白になりながらヴィゼは決意を込めて頷いた。
「問題は、あの方々がゆっくり話す時間を与えてくれるかどうか、ですな」
冷静な声で次なる問題を提起したのは、ゼエンである。
インウィディアとロートへの対処をどうするか、全員が面持ちを改めた。
実際のところ、こちらの問題の方が差し迫っている。
「幸いあれから何もありませんが、再襲撃に備えなくて良いのでしょうかな?」
「そうだね、大丈夫だと思うよ、しばらくは」
ヴィゼは眼鏡の位置を直した。
一転してひどく物騒な殺気を漂わせ始めたヴィゼに、三人は悪寒を覚える。
赤竜の襲撃前からヴィゼは怒っていたが、今の彼の敵対する二人への怒気は、その比ではない。
「クロウのブレスレットがなくなっていたから。奪われたんだと思う」
「それが彼らの目的だったと?」
「目的、というと違うかな。あの白蛇男が手にしたいのは白竜の遺産、ひいては圧倒的な力、強さだ。それを手にするために、必要なものがそれじゃないかと目をつけた、ってところかな」
突き放すような口調で、ヴィゼは続ける。
「白蛇男は、クロウをたかが戦士と見下していた。黒竜だと知らなかった。赤竜もわざわざ言わなかったんだろうね。当然、アビリティのことも知らなかったはずだ。そんな彼女がどうやって白竜の遺産を管理しているのか? いくつか考えられることはあるけれど、きっと遺産に通じる鍵となるもの、魔術具があるはずだ、と考える。怪しいのは、常に身に着けているものだ。まぁ、普通なら、手元から離さないよね。白竜の遺産に繋がるなんて、大層なもの。そして、あのブレスレットがあれば遺産が手に入るかもしれない、と結論した。もしくは、あれが力を与えてくれるものかもしれないと」
「でもあれて、ただクロやんの魔力を覚らせないようにするもんなんやろ?」
「見ただけじゃ分からないしね。それにあれは、白竜の鱗でつくられたものだ。彼にとっては、それだけで十分だったと思う」
「白竜の鱗……!?」
再び三人の声が揃う。
ヴィゼは「どこかで見たことがあると思ったんだ」と頷いた。
「あの子の……、クロウの鱗の輝きと同じだったんだ。クロウの剣も、だから自身の鱗でつくりあげたものなんじゃないかな。竜の鱗なら、そりゃあ格下の幻獣はスパスパ斬れるよね」
「……いや、竜の鱗の斬れ味より、それを見抜いたお前の方が怖え……」
ドン引いているエイバを他所に、ヴィゼは本題に戻る。
「あれを解析しようと思ったら、結構な日数がかかると思う。どんな魔術が込められているか分かっても、それだけじゃないはずだって疑ってくれればもう少しかかるかな。しかもあれだけ派手にやってくれたから、今は協会の目が光っていてそうそう乱暴な真似はできない。いくら竜を召喚できても、協会を敵に回すのは、皇帝・白竜の一族を敵に回すよりある意味厄介だからね」
「協会は大陸中に根を張っていますからなぁ……」
貴族も庶民も戦士も協会の味方であるから、この大陸に居場所などなくなってしまうのだ。
「うん。だから、ここでじっとしていればしばらくは仕掛けてこられない。結界は強化しておいたし、いくら竜でもここに攻撃を加えたらただじゃ済まない」
黒く、ヴィゼは笑う。
「……では、相手がじっとしてくれている内に、こちらは準備を整えるということですかな」
「うん。以前話した作戦の通りにやろう」
ヴィゼの眼差しに揺らぎはない。
しかし、クロウの襲撃後である、という懸念がある。
エイバは正直にそれを口にした。
「けどヴィゼ、相手をボコボコにしてやりてえのはもちろんだが、クロ抜きで、俺たちだけでやれるか?」
<黒水晶>の中でも、その正体が黒竜だったというだけあって、クロウの実力は一際高かった。
そのクロウが負傷している――しかもこれから相手にしようとしている赤竜の手によって。
それをどうにかできるものかと、エイバは冷静に考えていた。
「……そうだね。確かに厳しい」
固い声で、ヴィゼは返す。
「だけど、あっちが攻撃してくるならそれでも応戦しなくちゃいけない」
「再襲撃は確実やろか? あっちはクロやんを倒したって思とるやろ?」
「だからこそ、今度は僕たちの方に仕掛けてくると思う。あのブレスレットが求めるものじゃないと分かったら、きっとね」
「クロウ殿が所属していた<黒水晶>に目的のものがある可能性が、と考えますかな。もしくは我々が何か知っている、と」
ヴィゼはそれに首肯する。
「戦闘は免れ得ない。何より、万一向こうが諦めてくれるようなことがあっても、僕はあちらを許すつもりはない。クロウがやられた分は、必ず返す。たとえ、僕一人でも」
宣言したヴィゼの瞳が、昏く色を深める。
慄然と、三人はヴィゼの殺気に気圧された。
重たい空気の中、平静を保ち、最初に口を開いたのは、ゼエンだ。
「……まあ、リーダー一人で戦うことはないでしょうな。この老いぼれも参戦する心づもりですので」
「俺だって別にやらねえとは言ってねえからな!」
「うちもやで」
「……うん」
ヴィゼは殺気を引っ込めて、苦笑した。
ごめん、と謝りたいような、ありがとう、と礼をしたいような気持ちで、けれどそれを今は口にしない。
「……レヴァ、クロウの容態はどうかな」
「クロやんを戦わせるんか?」
レヴァーレの目が、非難の色を帯びた。
「怪我は完治しとる。けど、あれだけの深手を負った後や。早々動くのを許可はできん」
「でも、やろうと思えばやれる?」
「……そりゃ、」
渋々と、レヴァーレは頷いた。
「けど、安静第一やで」
「……僕も、クロウに無理はさせたくない」
彼女を戦いにやらずに済むのならどんなにいいかと、ヴィゼとて強く思っている。
「だけど、状況が状況だ。クロウがいなくちゃ、誰かを失うことになるかもしれない。何より、クロウが意識を取り戻したら、絶対自分で戦おうとすると思うんだ。きっかけがきっかけだから、それを止めるのは難しいし、じっとしているのは無理だって分かる。それに、クロウが寝て待っていてくれるならそれも安心できて良いんだけど……、僕は、クロウに勝ってほしいんだ」
ヴィゼは訥々と語った。
「クロウは赤竜に、本気で対抗できなかったんだと思う。竜が二体本気でぶつかりあったら被害を受けるのは人間の方だって、分かっていたんだ。クロウは僕たちを守るために、負けた。黒竜は魔力が少ないっていうけど……、でも、これまで頑張ってきたクロウが本気を出せてたら、あんなのに負けなかったんじゃないかな。だから今度こそ、クロウには本気を出して、勝ってもらいたいんだ。侮られたままで終わってほしくない。一矢報いてほしい。これは、僕のわがままだし、クロウに無理を強いることだけど……、でも、それでも、僕は、」
ヴィゼは言葉を詰まらせる。
俯いた彼の耳に、はぁ、という溜め息が届いた。
「ヴィゼ、お前さ……、そういう熱烈なのは本人に言え。本人に」
「……は?」
呆れた溜め息の後に、予期せぬ言葉が続いて、ヴィゼは顔を上げて目を瞬かせた。
「つうか、早くクロに告白でもなんでもして、さっさとくっついちまえよ」
「……いや、僕が言ったのはそういうんじゃなくて、」
「そうですなぁ、エイバ殿に一票」
「うちもうちも~」
――ものすごくシリアスで真面目な話をしていたはずだったのに……。
ヴィゼはがっくりと肩を落としながら、反論した。
「だから、クロウはそういうんじゃないんだって……」
「じゃあ、なんなんだよ」
真顔で返されて、ヴィゼは再び言葉に詰まった。
生温かい視線に晒されて、ヴィゼは内心呻く。
このままこの流れに乗るまいと、彼は心の中でよろめきながらも話をまとめた。
「……クロウの意識回復を待ちつつ戦闘準備ってことで、ひとまず話は終わりでいいかな」
疲れたようなヴィゼの言葉に、他のメンバーは頼もしく微笑んで頷く。
「オッケーや。ヴィゼやんの話は分かったから、クロやんの体のサポートはうちがこれまで以上にしっかりやるわ。クロやんの話も聞いてな。ヴィゼやんも、気張るんやで」
「そうですな。リーダー、応援しておりますからな」
「おう、こっちはこっちで整えとくから、しっかりやれよ」
「う、うん……」
プレッシャーをかけられ、ヴィゼは覚束ない様子で立ち上がった。
クロウとちゃんと話せという意味のはずだが、それ以上の意味が込められているように感じるのは、気のせいではないのだろう。
よろよろとヴィゼが食堂を後にしようと歩き出したところへ、さらに声がかけられた。
「あ、ヴィゼやん、クロやんとこ行く前にシャワーくらい浴びとき。数日間そのまんまやろ。ちゃんと身嗜み整えな、嫌がられるで――まあ、ありえへんけど」
早くクロウのところに戻りたいと思うヴィゼだったが、付け加えられた言葉はその耳に届かず、すぐ浴室へ向かうのだった。




