23 修復士と作戦会議
「竜!?」
ちょっと竜を倒してみようと思う。
そんな風にヴィゼに切り出され、<黒水晶>のメンバーたちは異口同音に声を上げた。
インウィディアたちが訪れた、その夜である。
夕食を済ませた後、話があるとリーダーが言うので、メンバーたちは各々の部屋には戻らずに食堂のテーブルを囲んでいた。
ラーフリールは既にベッドの中で、イスが一つ空いている。
その代わりというわけではないが、セーラがテーブルの上に乗っていた。
クロウだけでなく、竜を知るものの協力がほしい、というヴィゼの考えからだ。
「とうとううちのリーダーは竜まで相手取るとさ……頼もしすぎるぜ」
「ほんまやなぁ。けど、具体的にはどうするつもりなん?」
「リーダーのことですから、勝算もなしに勝負に出はしないでしょう」
「まあね」
事情を聞いた仲間たちの反応は概ね予想通りで、むしろ彼らの方が頼もしいとヴィゼは軽く苦笑する。
一方でクロウは、予想以上に落ち着いている仲間たちの様子に、戸惑いを隠せないでいた。
「鎖付きの召喚獣に勝つだけでいいなら、やりようはある」
明かりの下で、ヴィゼの眼鏡が光った。
「<黒魔術師>様降臨……」
と誰かが呟いたのを聞いてか聞かずか、ヴィゼは作戦をメンバーたちに伝える。
真剣にそれを聞いていたメンバーは、聞き終えて呆気にとられた顔になった。
「……それは、本当にできるのですかな?」
「伊達に長年研究してないよ」
「びっくりカップルだな、こいつら……」
「カップル呼びするにはちょっと気が早いで」
夫婦が小声で話すのに、ヴィゼは口元を引き攣らせ、クロウは不思議そうに首を傾けた。
聞こえなかったふりで、ヴィゼはセーラに意見を請う。
「セーラはどう思う?」
『えーと、成功の確率は高いと思いますよ。特に赤竜様でしたら、戦いがお好きで攻撃力はとても高いですが……、その、おそらくそういう裏技みたいなものを使われるのは、苦手なんじゃないかと……』
でも、と小さな声でセーラは付け加えた。
『危険なことに変わりはないですよ……。とても、とても、危険です……』
ヴィゼたちを心配する声。
それに、ヴィゼは微笑んだ。
「――それでもやらなくちゃ」
「あるじ……」『ヴィゼさん……』
「皆を危険に晒したいわけじゃない。だけど、クロウの大事な師の、その遺品をあんな男の思い通りに全部くれてやるのは論外だ。確実に対抗し得る白竜子孫の一族に応援に来てもらうことはできるけど、僕たちの仲間を守るのに、他人の力を借りるのか? たとえ親愛の情がないとしても、身内同士で戦わせるのは正しいことなのか? まぁ、身内だからこそ決着をつけてもらうっていう考え方もあるけど……」
何故か自嘲気味に付け加えたヴィゼを、ゼエンは横目で窺った。
「それに、あの男はクロウを誹謗し、その師を侮辱した。それは、ひいては<黒水晶>を嘲罵したも同じだと思う。それを許しておくのか? 舐められたままでいいのか?」
ヒュウ、とエイバが口笛を鳴らした。
「そう言われちまうと、滾らざるをえねえな」
「言われる前からやる気満々やったやろ?」
悪戯っぽく笑ったレヴァーレに、エイバは不敵な笑みで返した。
ゼエンは飄々と賛同する。
「珍しくリーダーが本気で怒っているようですからな。乗らずにはいられませんなぁ」
「え……、あるじ、そんなに怒っているのか? いや、わたしも腹立たしくはあるが……」
冷静に見えるヴィゼが本気で怒っているとは全く思えない。
クロウは目を瞬かせた。
「そりゃあ怒るよ、あの白蛇男」
ヴィゼはいっそ朗らかに言った。
笑顔に見えて、その目の奥は笑っていない。
「根拠もなしにクロウが欺瞞したとか、遺品独占した欲深みたいな言い方して……、思い知らせてやらないと」
「あるじ……」
「黒さがダダ漏れになっておりますな」
最後をうっかり低く漏らしてゼエンに指摘されたヴィゼは、誤魔化すように眼鏡のフレームを上げ下げした。
それからわざとらしく咳払いし、改まって告げる。
「それじゃあ――<黒水晶>は全員で宮廷魔術士と赤竜に挑む、ってことでOK?」
全員が、間違いようもなく首肯する。
本当にいいのかと、クロウはそれに、憂い顔を隠せない。
だが、ヴィゼの説得が彼女の心に強くあって、膝の上で強く手を握るだけだった。
「準備はそうだな……最短で二日かかる。三日後にあっちを誘き寄せるつもりでいてほしい」
ヴィゼはそう、攻勢をかける日付を仮に定めた。
「それまで、一人では絶対に行動せず、なるべく大人数でいること。できればここで過ごしてほしい」
「……クロウ殿以外のメンバーでも、容赦なく襲いますかな」
「他のメンバーに手を出して見せしめにする、くらいは考えてるかも。人質をとる、っていうのも考えられるかな。可能性は低いけどね。プライド高そうだったし、僕たちみたいなのには負けないって思ってるだろうから。でも、何が何でも遺品を奪うつもりでいるなら、なりふり構わないかもしれない」
「……了解や。ラフにも言っとかなな」
神妙な顔で、メンバーたちは頷く。
クロウは悄然と、頭を下げた。
「皆、すまない……。危険なことに巻き込んでしまった」
「何言うとるん。クロやんはなんも悪ないやろ。それに、戦士稼業は危険なのが普通やで」
レヴァーレは明るく笑って、クロウを慰める。
「そうそう、より危険な方が燃える」
エイバももっともらしく首を縦に振って見せたが、こう続けた。
「けどよ、それはそれとして、白竜サマは竜相手でも簡単に倒せるようなもんは残してねえのか?」
「危険に燃えた心はいいの?」
「楽したいってのも人情だろ?」
「……ないではないが、」
呆れた視線をエイバに向けつつ、クロウは答える。
「今回使えそうなものはわたしに残されたものでないか、街一つ焦土化するような威力のものばかりなので使うことは考えない方がいい」
「物騒だなおい……。ま、そうそう都合良くはいかねえか」
さして残念そうでもなく、エイバは肩を竦めた。
「それにしても、あの白竜がずっと生き続けていたとは、驚きでした。竜というのは、寿命が長いのですな」
『時の概念が上手く伝わるかどうか心配ですが――竜族の寿命は八百から千年ですよ』
「師も、千年弱の生だった」
「と、いうことは、アサルトとは何百年も年の差があったわけやねえ……」
「やっぱ人の姿が美人だったんだろうな、年の差関係ないくらい」
言って、エイバはクロウとレヴァーレにしらっとした目で見られた。
「や、純粋に気になるだろ!?」
「確かに師は美しかったが……」
「お、やっぱりかー。是非とも一度くらい拝んでみたかったもんだ。クロのストーカー、どうせなら白竜サマに会えるタイミングでばれたら良かったのにな!」
『す、すとーかー?』
その単語は、一体セーラにどう聞こえたのか。
ヴィゼは挙動不審となったセーラを直視できなかった。
そして、無邪気に言ってのけたエイバは。
「あるじ……、この不純物、そろそろ取り除いた方が良いのではないか……?」
いつの間にか背後に立ったクロウの、刃のような一言に、冷や汗を流した。
「さ、さすが白竜仕込みの殺気とスピード……」
「そうだろう。どうせだ、斬撃も味わっておくか……?」
「遠慮、しておきたいなー……」
「遠慮は無用」
誰もクロウを止めなかった。
自業自得、と声が重なって、エイバの悲鳴でその夜の集まりは終わった。




