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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第1部 修復士と黒竜

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19 修復士と人化の魔術



 ヴィゼとクロウが食堂へ入ると、レヴァーレとラーフリールがサラダをテーブルに並べているところだった。


「おかえりー、クロやん」「おかえりなさいー」


 ラーフリールの頭にはセーラが器用に乗っかっていて、クロウの姿に分かりやすく硬直する。


「あるじ……、」


 クロウが困ったように身を引こうとしたので、ヴィゼはその手を掴んだ。


「クロウ、いいから。――セーラ」


 ヴィゼはクロウを留め、セーラを呼ぶ。


 その意を正しく受け取って、セーラはぽよんと跳ねると、ラーフリールの頭から降り、クロウの前に立った。

 しかしそのまま、うんともすんとも言わず、また固まってしまう。


 食堂はセーラの緊張を映したかのように、静まり返った。

 奥からはゼエンがフライパンで何かを焼く音が聞こえてくるが、それは遠くの音のようで。

 レヴァーレとラーフリールもこの一角を気遣って、時折皿の音が小さくするものの、それすら静寂を際立たせるかのようだった。


 その中、励ますような気持ちで、ヴィゼはセーラを見守った。

 セーラがこのままならばその時は、彼女を呼び出すのは双方が気遣わずに済む時になるだろう。

 できればぎくしゃくしてほしくないが、ヴィゼのエゴを押し付けることはできない。


 そう考えて待つ、ヴィゼの前。


「……昨日は驚いたろう。すまなかったな」


 静かな食堂に落とされた声は、クロウのものだった。

 途端、硬直を解き、セーラはふるふると首を振る。


『いいえ! いいえ、あの……、私の方が、失礼な態度で! 本当に、すみませんでした!』


 セーラの様子はひどく必死で、額を床に押し付けんばかりだった。


『あの、私、こんなですけど、ヴィゼさんの召喚獣でいて、良いでしょうか!?』

「それは、わたしが是非を言えることではないな」


 クロウは苦笑している。


「だが、否やはない」

『あ、ありがとうございます!!』


 ぱあっと花が咲くような声でセーラは言って、


『ええっと、それじゃあの、これからは……、くっ、クククク、クロウ様とお呼びすればよいでしょうか!?』


 そう呼ばれたクロウの表情があからさまに嫌そうなものになる。

 己も通った道ながら、傍から見ていると何だかおかしく、ヴィゼはクロウの腕から手を放して浮かぶ笑みを隠した。

 エイバがいれば、クロウの顔に腹を抱えていたかもしれない。


 クロウは口元を引き攣らせて、


「普通に呼んでほしいのだが……」

『ふ、普通?』


 普通に呼んだらそうなったセーラは戸惑ったが、長く考え込んだ後、次のような結論に至ったらしい。


『せ、先輩、とか、でしょうか……?』


 幻獣にもそういう概念があるのか、とヴィゼは感心した。

 クロウの反応はと見れば、どうやらそれを気に入ったらしい。

 クロウは頷くと、拳を固めて宣言した。


「よし、では、二人であるじどのを盛り立てよう」

『はい、先輩!』


 一転して結束を固めるクロウとセーラだが、その様は想像もしなかったもので、ヴィゼは遠い目になった。


 ――まあ、仲良くなったんならいい、のかなぁ?


「か、かわええ、なぁ……!」


 そんな光景の後ろで、笑いを堪え切れなくなったらしいレヴァーレが、ごんごんとテーブルを叩き出す。


「ヴぃ、ヴィゼやん、盛り立てられるんか……!」


 ヴィゼはそれに、困ったような苦笑を浮かべた。


「――おや、何やら楽しそうですなぁ」

「お昼ごはん、できましたよー」


 和気藹藹とした様子に、ゼエンとラーフリールも笑顔で声をかける。

 二人の手には、トマトソースの絡まる、野菜たっぷりのパスタが盛られた皿。

 思わず、といった風に「わあ」と声が上がり、それぞれ皿を受け取ると席に着く。

 そうして、賑やかな食事が始まった。




 ちょこちょことセーラがそれぞれの皿を覗きこむように、テーブルの上を動き回る。

 彼女の途切れない質問に面々が答える合間を縫って、


「先ほどは荷物運びを手伝えず、すまなかった」


 そう、クロウはゼエンとラーフリールに頭を下げた。


 ちなみに彼らの席順は元に戻っていて、クロウはヴィゼの隣に座っている。

 クロウの様子を見て、ラーフリールがヴィゼを許したのだった。


「いえ、そんな」


 クロウの謝意に二人は、気にすることはないと首を振る。


「……知り合いに会ったって聞いたけど、」


 そう尋ねたのは、ヴィゼだ。

 実のところ、ずっと心に引っかかっていたのである。

 他のメンバーも気になったのか耳をすませ、セーラもクロウを仰ぎ見た。


「うん……、師の身内でな」


 何故かクロウは、困ったように眉を寄せた。


「クロやんの、お師匠さん?」

「その方もさぞかし、お強いのでしょうなぁ」


 レヴァーレとゼエンも、以前のヴィゼと同じ感想を持ったらしい。

 クロウはそれに、仰々しいほどに頷いた。


「だが……、これはあるじには話したが、数ヶ月前に亡くなってな……、その遺品を私が預かっている。先ほどの身内は、それを引き取りに来たのだ」

「えっ、そうなんか」

「お会いしてみたかったものですがなぁ……」

「そうですねぇ」


 師のことを惜しんでくれる仲間たちの気持ちが、クロウには嬉しかった。


「遺品は、ちゃんと渡せたんだ?」

「ああ……、渡しは、したのだが……」


 クロウはまた眉を寄せたが、すぐに気を取り直して言う。


「そうだ、また他の方々がわたしを訪ねてくるかもしれない。その時は、取り次いでくれると有り難い」

「え、預かってるのって……、そんなにたくさん?」

「今のところ、師の遺品について、今日渡したもの以外も全てわたしが管理している」


 クロウはトマトソースの中のナスをぱくりと咀嚼して、説明した。


「実は、師は死期を覚っていたのだが、それをわたし以外には知らせずにいたのだ。湿っぽい別れを嫌ったのだな。そして、死後のことはわたしに託した。といっても、師はほとんど全て自分で手配していたので、わたしがやらねばならないことは多くなかったのだが――」


 クロウは思いを馳せるように、目を細める。


「師が亡くなった後、準備されていた文でその死を身内の方々に知らせた。そこに師はこう記したのだ。遺品を弟子であるわたしに預けてあること、受け取りを希望する者はわたしの元を訪ねるようにと」


「なんでそんな、わざわざ?」


「理由はいくつかある。まず、師の身内はあちこちで活躍していて、日時を指定して集まってもらい渡す、ということが不可能ということ。逆にこちらが訪ねて行くのも相当の手間だ。貴重なものが多いので、人に預けて運んでもらうというのも、何かあった時困る。一対一で贈る方が、妙な争いごとも起こらぬだろうという考えもあったようだ。それに、ただくれてやるのも癪だから、とも言っていたか」


 最後に付け加えられた一言に、実は結構食えない人だったのだろうか、と聞いていた面々は苦笑した。


「それをクロやんに任せってことは、クロやんはお師匠さんにえらい信頼されとったんやなぁ」

「そう……なのかな」


 クロウは照れくさそうに笑う。


「ですが、クロウ殿。今日お渡ししたものは、持ち歩いておられたのですかな?」


 不思議そうに、ゼエンは聞いた。

 元々、クロウは手ぶらでいたはずだったからだ。


「いや、」


 クロウもだからそう首を振って、


「師は優れた魔術士で、わたしの影と遺品の保管場所を繋いだのだ。だから先ほども、影からすぐに取り出せた」


 さらりとそう、告げた。


 それに、魔術士たちは目を丸くする。


「それって……、かなりすごいことなんやないの?」


 次から次にメンバーを驚かせることをやってのけるクロウであるから、その師も一筋縄ではいかないのだろう。

 一体どんな人物だったのか、とメンバーたちが顔を見合わせた、その時。


「あれ……、エイバも帰ってきたみたい」


 それを察知して、ヴィゼは首を傾げる。


「今日、夕方までって言ってなかったっけ」

「あ、あれや、うちが応援行った依頼。強いのがこの辺うろついてるかもしれへんて、協会からの要請、持って帰ってきたのとちゃうかな」


 果たして、レヴァーレの言葉は当たっていた。


 戻ったエイバは、メンバーが昼食に集まっているだろうとすぐに食堂へとやってきて、協会からの協力要請を伝えたのである。


「剣術の稽古も午前中で切り上げなんて、そんなにまずそうな感じなの?」

「ああ。残ってた魔物の死体は相当無残だったって聞いたが……」


 心配していたらしいエイバはレヴァーレに目を向け、彼女は肩を竦めた。

 ラーフリールやセーラの前で、見てきたことを語るのは躊躇われる。

 それほどには、確かに広がっていたのは惨状だった。


「しかも、ちょっと前に少し離れた場所で同じようなことがあったらしいぜ。それと似通ってるから、綻びから戻ったんじゃなく、まだこっちに残ってるんじゃないかって、協会は警戒してる。ま、俺も同感だがな。まだ人に被害はないらしいが、いつそうなるとも限らん」

「ですが、そんなに強力な魔物ならば、簡単に気配を辿れそうなものですがなぁ」


 その役割から、協会には魔物の在処をつきとめるため、魔力に敏感な者が多い。専用の魔術具もある。

 その協会が見つけられない魔物とは一体何であろうかと、<黒水晶>のメンバーが難しい顔になったところへ、おずおずとセーラが口を挟んだ。


『あの……、もしかしたら、人の姿になって気配を抑えているかもしれません』


 驚きの視線が集まり、セーラはきょどきょどとした。


「そんなん、できるんか?」

『できますよ。魔術式を知っていれば。その、私も、できますし』

「えっ」


 仰天の声が重なる。


「今、ここで、できる?」

『はい。ただ……、こちらで実際にやってみるのは初めてなので、失敗してしまったらすみません。それに、魔力が足りないと思うので、ヴィゼさんの魔力をもらうことになると思います。それでもよければ』


 ヴィゼが頷いたので、セーラは身軽にテーブルを飛び降りた。

 早速セーラが魔術式を描こうとしたところ、それを慌てた様子のクロウが止める。


「後輩、待て、服!」


 そんなものを身に着けないセーラは、指摘にはっとしたようだった。

 そんなセーラに、クロウはとりあえず一時のことならとシーツを寄越してやる。

 それは、先ほど告げた師の部屋から咄嗟に引っ張って来たものだった。


「……やっぱ裸なん? 人化した時て」

『はい。その、私は気にしないのですが、皆さんは多分、困りますよね?』

「あー、うちらはまだええけど、男衆がなぁ。……一応今更の確認やけど、セーラやんは女の子やんね?」

『あ、はい、そうです』

「男性陣、変身が終わるまで皆後ろ向いとき。振り向いたら全裸で街中を逆立ち歩きやで」

「む、むごい……」


 蒼褪めたエイバにヴィゼも内心同意したが、もちろん見るつもりはない。

 男性三人は紳士的にセーラの方から目を背けた。


「クロやん、よう気付いてくれたな」

「あ、ああ。服まで生成するのはさすがに無理だろうと思って……」


 古式魔術にしろ無式魔術にしろ、はっきりと形の定まったものほど生成は難しいと言われる。

 それは明確なイメージが困難、ということもあるし、より魔力を必要とするから、という理由もある。

 ヴィゼから供給を受けられるとはいえ魔力量が少なく、ナーエ育ちのセーラに服の生成は難易度が高すぎると、想像することは容易かった。


 レヴァーレが頷いている前で、セーラは魔術式を発動させる。

 何が起こるのかと一番興味津々でいるのはラーフリールで、セーラの姿が歪んだのに、思わず少女は声を上げた。


「もふもふちゃん!」


 緑の影が、ゆらりと大きくなる。


 やがて、そこに立ったのは――。


 十代前半ほどの、可愛らしい少女だった。

 栗色の髪は肩ほどまであり、くりっとした瞳が彼女の本来の姿を連想させるような緑で、仲間たちを映し込んでいる。


『終わりました』


 クロウに借りたシーツで体を覆い、セーラは告げた。

 変身を見ていたレヴァーレも、振り返った男性陣も、その姿に絶句する。


『……あの、やっぱり何かおかしいでしょうか?』

「いやいやいや、ここまで普通にかわええとは思っとらんかったんや」

「いやはや……。驚きですなぁ。伝説を目の当たりにするようですな」


 白竜の話を始め、幻獣が人の姿をとる昔話は多い。

 綻びからやってくる魔物が人の形になったという例は一方で見られず――普通の魔物にはそうする理由がないからだろう――、彼らは感動すら覚えた。


「つうかヴィゼ、召喚獣をこんな女の子に変身させるって、やっぱお前ロリごぶはっ」


 不用意なことを口にしようとしたエイバは、ヴィゼとクロウの両名から腹に拳を入れられる。


「わたしよりおっきい、です……」


 他方、静かにラーフリールがショックを受けていた。


 エイバとラーフリールの反応に、ヴィゼはずれた眼鏡の位置を戻しながら聞く。


「……セーラ、ちなみにそういう姿しかできないの?」

『性別は変えられません。見た目の年齢でしたら、ある程度はコントロールできます。今回は、先輩に近いのが一番いいかなと思ったんですけど……』

「そ、そう……」


 それは、ヴィゼの嗜好を誤解していないか、とは聞けなかった。

 あまり深く追究すると自殺行為になりそうなので、ヴィゼは真面目な顔に戻る。


「……確かに、これなら幻獣だなんて気付かないね」

「でもよ、そこまでして人間世界に隠れて、魔物食い散らかして、そいつは何がやりたいんだ?」

「それはその魔物に聞いてみないと分からないけど……。セーラの言う通り、相手がこの手を使えて、人の中に紛れ込んでいるなら、気配を辿れない理由は説明がつく。ただ……そうだとすると、見つけるのは困難に過ぎるね。セーラ、その魔術、どれくらいもつ?」

『私は魔力量が少ないので、こちらだと数時間でしょうか……。ただ、ヴィゼさんから魔力の供給を受ければもっともちますし、私より強いモノでしたらどんなに長い時間でも大丈夫だと……』


 何故かセーラの目が泳いだが、すぐに戻って、こう言った。


『あ、人の言葉を使えない可能性は高いと思いますよ』

「ああ、」

『私も、概念送受を使わないとやりとりできませんし。というより、人化の魔術を使えるような幻獣は概念送受も使えるでしょうから、人の言葉を覚える必要がないんですよね』

「確かにそれは、人の姿をした魔物を見分ける方法としては良さそうだけど――」


 ヴィゼは申し訳なさそうに言葉を濁し、エイバがずばりと言った。


「街中から言葉を話せないヤツを探し出すのも結構な苦労だよな」


『はぅ……』


 しょんぼりと肩を落としたセーラは、そのまま本来の姿に戻ってしまう。

 ひらり、とシーツが床に舞い落ちた。


 ヴィゼは慌ててセーラを抱き上げて、その背を撫でて慰める。


「いや、でも、ありがとうセーラ。貴重な助言だったよ。街中も巡回してみる」

「せやな。怪しいそぶりのヤツがおったら即効ノックアウト!」

「いやそれ、ちゃんと魔物かどうかはっきりしてからにしてね……」


 窘めつつ、ヴィゼは頭の隅で考える。

 やはり発見は難しいのではないか、と。


 かといって、魔物が人の姿になって潜んでいるかもしれない、などという話を協会に持っていくことはできない。

 あくまでも可能性の話であるし、どうしてそのようなことが言えるのかと尋ねられたら、今度はこちらが困ってしまうからだ。

 そういう伝説もある、と誤魔化せはするが、冷笑されて終わるだろう。


 ともかく、<黒水晶>は午後から魔物捜索に協力するとの返事を協会へ魔術で送り、ヴィゼたちは昼食をすませることにした。

 持たされた弁当を食べてしまったというエイバが皆の食事に羨ましそうな顔を隠さず、ゼエンが苦笑して簡単なものを作ってやる、という一幕もありつつ、メンバーは昼食を終える。


 それから、ラーフリールとセーラを留守番に残し、<黒水晶>たちは他のクランと協力して捜索活動に勤しんだが――。

 結局、捗々しい成果は上げられなかったのだった。




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