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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第1部 修復士と黒竜

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16 修復士と召喚②



「それでこの幻獣は、どのような?」

「ああ、うん。色んな意味で危険のない幻獣を召喚してみたんだけど……」


 ヴィゼも、手の中の幻獣の正体をしっかり掴んでいるわけではなかった。

 魔術式で、そういう定義(・・・・・・)をしただけだったからだ。


「樹妖精、だな」


 そんなヴィゼに代わってはっきりとした答えを示したのは、クロウである。


「植物の妖精だと思えばいいと思う。植物と同じような生態を持っていて、性格は温和。綻びができても、自らの生きる土地の外に出ることは滅多にない。だからこちらでは見ない生き物だ」

「へぇ……」

「よくご存じですなぁ」

「あ、ああ、師が詳しくてな」


 緑色のもふもふした生物について説明したクロウは、何故だか慌てた様子で言った。


「あるじは、その樹妖精をどうするつもりなんだ?」

「頷いてくれるなら契約したいなと思って……」


 この場合の契約というのは、喚び出した幻獣と協力関係、もしくは主従関係となることである。

 基本的には、幻獣を召喚しても、契約を結ばなければ、幻獣の力を借りることはできない。

 契約というからには相手に対価を支払わねばならず、人が幻獣に対し差し出せるものなど多くはない故に、契約の成就は難度の高いことだった。

 まだ召喚魔術が禁忌でなかった時代、契約を結べず喚び出した幻獣に殺される魔術士も多かったという。

 召喚魔術が過去、マイナーであった理由である。


「ナーエのこと、色々聞いてみたいんだ」

「はぁ、全くお前は、勉強熱心だな」

「そういうのとは違うんだけど……」

「まあ安心したぜ。リーダーが召喚魔術で世界を征服するとか言い出したら、さすがに止めないとまずいだろうからな」


 真面目な口調で言いながら、エイバの口元に浮かぶのはからかうような笑みだ。


「召喚魔術で世界征服って……」

「いや、もふもふ好きって多数派だろ? もふもふをいっぱい召喚して人心掌握すれば夢じゃねえって」

「確かに! もふもふにはつられるかもしれん! このもふもふもかわええし」


 レヴァーレは夫の言葉に少し本気で乗った。


「なあ、撫でてもええかなぁ? そういうの嫌かなぁ? ヴィゼやん、聞いてみてや」


 うずうずと指を動かすレヴァーレを見、そういえば、とゼエンが首を傾けた。


「リーダー、言葉はどのように交わすのですかな? 伝説では会話に不自由したということは聞きませんが……」

「資料によると一部の幻獣は、概念送受、というのが使えるらしいんだ。それができる幻獣を喚び出したから、今の僕たちの会話も多分分かってるはず、なんだけど……」


 ヴィゼの手のひらの中で丸まっている柔らかい塊は、しかし何も答えない。


「……怖がらせちゃったかな。無理矢理召喚しちゃったわけだし」

「いや――」


 ヴィゼの言葉に、首を横に振ったのはクロウだ。


「おそらくわたしのせいだ。樹妖精はとても敏感だから、わたしに怯えているのだと思う」

「え――」

「わたしは先に、食堂に戻っていよう。パンが冷めているだろうから、温め直しておく」

「クロウ殿、では私も……」

「いや、御大も興味があるのだろう? 大丈夫だ、焦がさないようにする」


 クロウは穏やかに微笑んで、一人で研究室を出ていってしまった。

 引き止めたい衝動に襲われたが、ヴィゼはできずに固まる。

 クロウは、微笑んでいたのに。

 どうしてか、泣いているような気がして。


「おい、ヴィゼ」

「……うん」

「クロが気を遣ってくれたんだ、さっさと話しかけてみろって」

「うん……」


 後でクロウと話をしないといけないと思いながら、ヴィゼは頭を切り替えた。

 エイバの言う通り、クロウの気遣いを無にしたくない。


「ええっと、話せるかな……?」


 怖がらせないようにと、優しく問いかけてみる。

 すると、果たして、声が返ってきたのだった。


『はい、すみません……』


 とても可愛らしい声だった。

 少女のような声は、緑色のふわふわに合っているようで、妙な違和感がある。

 それはその場にいる全員の頭に響くように聞こえ、四人は顔を見合わせた。


「急に喚び出して、ごめん。びっくりさせたよね」

『いえ、いいんです。びっくりしましたけど、私、向こう側(・・・・)に行ってみたくて。友だちにはそれで変なのって言われるんですけど』


 予想よりもずっと話し好きのようで、ヴィゼはふっと笑いを零す。


「気を悪くしてないなら、良かった」

『むしろ、嬉しいです。ここが、向こう側なんですね。それで、皆さんが人間、なんですね』


 感慨深そうに言う。


『世界の境界を越えてきたはずなのに、あの御方(・・・・)がいらっしゃったから、あっちを移動しただけだったのかと思いました』

「あの御方って……、クロウのことか。やっぱりクロウの気配が怖かったの?」

『怖かった、というか……、畏れ多いです。急にこんな風に御前に出ることになるなんて思っていなくて、びっくりして、黙ってしまいました。すみません』


 もう一度、樹妖精は謝った。


「御前、って……。一体クロウをなんだと思ったの?」

『そ、れは……、皆さんこそよくお知りなんじゃ? 親しそうにお名前を呼ばれて……』


 何故か樹妖精はどぎまぎとした。


『あの……、契約をって話、さっきしてくださいましたけど、とてもじゃないですが、私はあの御方のように役に立つことはできないですよ。契約自体には、すごく興味がありますけど……』

「ああ――うん。その、これもさっき少し言ったけど、話を聞きたいんだ。君の世界のこととか、こっちじゃあまり詳しいことは知られてないから。だから、契約に前向きでいてくれるだけで有り難い」


 どこかしょんぼりとしたように言うので、ヴィゼはフォローするように告げる。


「今の会話だけとっても、十分興味深い。召喚とか契約とか、その辺りのことは、幻獣にとって当然の知識、なんだね? こっちじゃもう何百年も召喚魔術は使われていないはずだけど」

『そうですね、最近は召喚魔術なんて滅多に見ません。ですが、幻獣は人よりずっと長寿な場合が多いので。ずっと昔に召喚されたことのあるモノが、色々話していたりしますよ。だから私も、ちょっと憧れてて』

「そうなんだ……」

『でも私、本当に弱いし、できるのは、木々に力を分けてもらうことくらいで……』

「いいんだ。今みたいに、あちら側のことを教えてくれるだけで助かる。それならどうかな?」

『話だけでも力になれるなら……、はい! あ、私もこちらのこと、色々聞いていいですか?』

「もちろん。それじゃあ早速だけど、契約しようか」

『はい』


 少女の明るい声が返ってくる。

 想定以上に友好的な相手に、もっと警戒しなくていいのだろうかと心配になりつつ、ヴィゼは魔術式によって契約魔術を発動させた。

 それもあっと言う間に終わって、嬉しそうな声が手のひらからヴィゼたちに伝わる。


『わあ、私、召喚獣になったんですね! セーラ、という名前も気に入りました。ありがとうございます、えーと、ご主人様!』


 ご主人様、という呼称に、傍らのエイバは噴き出して、ヴィゼに軽く睨まれた。

 契約は、やや主従関係寄りの協力関係といった内容で結んだので、ヴィゼの意思を抜きにしても「ご主人様」呼びはやや行き過ぎだ。


「ヴィゼでいいよ、セーラ」


 契約にあたって、ヴィゼは樹妖精をセーラと名付けた。

 それはエーデでの彼女の仮の名であり、ヴィゼに名を呼ばれた時、セーラはそれに応じなければならない。

 その代わりヴィゼは、エーデでセーラが過ごす間、彼女に魔力を供給する。

 エーデはナーエと比べ世界に満ちる魔力が薄いため、樹妖精のような小さな幻獣は魔力の供給がなければ死んでしまうのだ。


『え、でも、呼び捨てはちょっと……、ええと、ヴィゼ様……、も、駄目ですか? それなら、ヴィゼさん、とお呼びしても?』

「うん、ご主人様よりずっといいよ。それじゃあ、これからよろしく、セーラ」

『はい、よろしくお願いします!』

「あと、仲間を紹介しておくね」


 元気に挨拶してくれたセーラにヴィゼは微笑んで、他の三人を指して紹介した。最後に、クロウの名を告げる。


「それから、さっき君が『あの御方』……、って言っていた、クロウ。僕たちは、五人でクラン……チームを組んでる」


 クランの意味が概念送受でどう翻訳されるか、と一瞬悩み、ヴィゼは付け足した。

 クロウの名に、ほんのわずか、セーラは体を震わせる。


「……これから、クロウと行動することもあると思うんだけど……、その時は、今みたいに気負わずいてくれたら、嬉しい。君にとってきっとクロウはただただすごい存在なんだろうけど、僕たちにとっては仲間なんだよ。だから――」

『え……』


 さすがに、元気な返事は返って来なかった。

 しかし彼女は、こう言ってくれる。


『あの、私……、頑張ります』

「うん、よろしく。無理そうだったら、その時はまた言って」

『はい』


 そこまで話して、ヴィゼはクロウが行ってしまってから結構な時間が経ったのではないか、ということに思い至った。


「それじゃあちょっと、僕たちこれから夕食をとらないといけないから……。一旦帰そうか」


『え、もうですか?』


 ショックを受けたような声だ。


『私、夕食でも何でも、見てみたいです』


 セーラはひどく好奇心旺盛な性質らしかった。

 ヴィゼはそれに心配顔で、言う。


「僕たちは構わないけど……、戻らなくて大丈夫? それに――その、クロウも一緒だよ?」


 こういう言い方はクロウに悪いと思うが、聞いたセーラはまた黙り込んでしまった。

 ヴィゼは分かりやすいと苦笑して、提案する。


「良かったらまた明日、色々見せようか。今日は本来の世界でゆっくり休んでもらって……、心の準備を整えてもらえれば」

『……はい、ヴィゼさん』


 どこか悔しげにも聞こえる声音で、セーラはヴィゼの提案を受け入れた。


「それじゃあ――」

「ちょっと待ってや、ヴィゼやん」


 ヴィゼがセーラを返そうとしたところで、レヴァーレがストップを出した。


「辛抱できひんのや……、ちょっとだけでええから、もふもふさせて」


 きらきらとした笑顔で、両手を差し出される。

 何だか可哀相な気がしたが、断る気概もなく、ヴィゼはそっとセーラをレヴァーレに抱かせてやった。


「もふもふ~! かわええ~!」

『きゃあ、ど、どこ触ってるんですか!? そ、そこは駄目ですぅ……!』


 生温かい目で見守る男性陣の前で、レヴァーレはもふもふを堪能する。


 レヴァーレの手から解放された頃、セーラの体は一回り小さくなっているように見えたが、それでも去り際、少女の声はこう告げた。


『ヴィゼさん、明日、絶対ですからね!』


 それに頷いて、ヴィゼはセーラを送り返した。


「――急に増えてくな、新人」


 セーラの姿が一瞬にして消えてしまったのを見送り、エイバは感慨深げに口にする。


「そうですなぁ、クロウ殿に続いてセーラ殿と、華やかになりますな」

「……御大、どっちもまともな女子の範疇からはズレてるぞ。華やかか?」

「なに言うん、二人ともかわええやないの!」

「……そもそもセーラは<黒水晶>の新人なの?」


 気の置けない者同士の会話をしながら、四人は研究室を後にした。

 もちろんヴィゼは、研究室の結界を修復して、さらにドアに鍵をかける。


 そうしてふと空を見上げれば、先ほどクロウが見上げたそれは、星々の瞬きを宿す闇に覆われていた。

 真っ暗な空に時の経過を実感し、ヴィゼはようやく空腹感を思い出す。


 ――とうとう、やったんだ……。


 空腹のはずの腹に熱いものを感じて、ヴィゼはその前でぐっと拳を握った。

 召喚魔術を成功させてから感慨に浸る暇もなく、ここに来てその喜びが襲う。


 あれから何年も経ってしまったけれど、ようやく一歩進めたのだ、と。

 このまま進んでいければ、いつかはあの子に――。


 しかし、ヴィゼが脳裏に描いた黒い影はクロウになって、彼は動揺した。


 ――クロウ……。


「もうっ、おそいですよ!」


 そこへ、ラーフリールの声が前方から届き、ヴィゼは小さく肩を揺らす。

 大人たちが出てくるのを、窓から覗いてずっと待っていたらしい。

 廊下の窓から精一杯背伸びをして顔を見せた彼女は頬を膨らませ、文句を言った。


「夕ごはんさめちゃいましたよ! パンはクロウお姉さんが温めてくれましたけど……」

「ごめんなー、ラフ」「堪忍やで」「すみませんなぁ、ラフさん」「ごめん……」


 大人たちが口々に謝罪したので、ラーフリールは頬を元に戻す。


「もう、早く来てくださいね! ヴィゼさんのばーか!」


 そして何故か、ヴィゼにだけあっかんべをして、くるりと踵を返してしまった。

 一人だけ罵られ、衝撃を受けてヴィゼは固まる。


「な、なんで……?」

「さあなあ」


 エイバは肩を竦め、その隣でレヴァーレとゼエンはふと顔を見合わせた。


 喜びから一転、ショックを受けたままのヴィゼを連れるようにして、仲間たちは食堂へ入る。

 そこにはクロウとラーフリールが既に座っていたが、いつもと席順が違う。

 初めてここに呼んで以来、クロウはヴィゼの隣だったのに、そこは空席になっていた。

 クロウが座るのはヴィゼの席の正面で、その隣にラーフリールがいる。


 ラーフリールは戸惑うヴィゼに冷たく言った。


「ヴィゼさんはいつものところにすわるんですよ」


 それから声を温めて、ゼエンににっこりと笑う。


「ゼエンさまはわたしのとなりです」

「席替えですかな?」

「はい」


 いつものクロウの席に、ゼエンは素直に腰を下ろした。


「な、なんで!?」

「さあなあ……」

「とにかく食べよー。お腹ぺこぺこやー」


 夫婦は残る席につき、ヴィゼはのろのろといつもの場所に座る。


 全員が揃って食事が始まったが、正面にいるのにクロウはずっと俯いていて、ヴィゼの方を見ようとしない。

 しかし、隣のラーフリールや、レヴァーレとは時折言葉を交わしている。


 ――なんで……。


 ヴィゼの胸に、冷たいものが落ちた。

 いつも真っ直ぐ見つめてくれるクロウだから、それがないだけでひどく胸がざわつく。

 一歩、進んだはずなのに。

 嬉しかった気持ちは、もうどこにもなくなってしまっていた。


 ――召喚魔術のせい、なのか……?

 失望、されてしまったのだろうか――。


 それとも、己の持つ血に怯えられたことに、傷ついて?

 さきほどの彼女は、やはり泣いていたのだろうか。

 泣かせてしまったのだろうか。


 空腹だったはずなのに、食器を持つ手が動かなくなる。

 それでも何とか咀嚼しながら、ヴィゼはクロウをそっと見つめ続けた。




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