34 <黒水晶>と述懐
レヴァーレは、リーセンから話を聞きすぐに駆けつけてくれた。
屈みこんでヴィゼとクロウの容態を確認するレヴァーレを、エイバとゼエンは息を潜めて見守る。
「うーん」
やがてレヴァーレは難しい顔で立ち上がった。
「どうだ?」
「分からん。寝てるようにしか見えん。魔術的なものやろうけど……」
落胆しつつ、やはり、という思いも強い。
<黒水晶>の三人は嘆息した。
「動かさない方が良いでしょうかな?」
「原因が分からんからなぁ……。遺跡のせいやとして、動かして何やまずいことになったら嫌やけど、逆に遺跡から出たら目を覚ます、ちゅう可能性もあるかなとも思うし……」
「しばらく様子見するしかないか……」
もし二人がこのままだったら、という思いが三人の胸を掠める。
一方で、ヴィゼたちがこのままのはずがない、という気持ちも大きかった。
「あー、あっちの様子はどうだ?」
今は待つしかない、と隣に腰を下ろしたレヴァーレに、エイバは尋ねる。
「うん、落ち着いとるよ。さっきの煙もな、治療術師らで確認したけど人体に害はなさそうや」
「そりゃ一安心だ」
「そんで一旦外に出ようかって話になりかけとったんやけど、そこにリーセンさんが来てヴィゼやんの大事を報告したもんやから、イグゼさんが戻る言うて聞かなくなってなぁ……」
「あぁ……」
「落ち着いたら、そっちの人らを迎えに何人か来るんやないかな」
アフィエーミらを指して、レヴァーレは言う。
「……そう言えば、さっきは何を言いかけてたんだ?」
アフィエーミの顔を見て、エイバは話が途中だったことを思い出した。
「なんか物騒な単語が出てたような気がしたが」
その台詞はゼエンに向けられたものでもある。
ゼエンは苦い笑みを見せた。
「あの、それは……」
改めて促されると切り出しづらくアフィエーミはもごもごと口ごもったが、ゼエンは穏やかに口を開く。
「私が憎んでいる、許せないものの話です」
口調とは裏腹に、含まれる単語は確かに、穏やかではない。
レヴァーレもエイバもぎょっとして、ゼエンを見つめた。
「肉親を失って、最も憎むのは、守れなかった不甲斐ない自分でした。彼女もそうではないのかと、愚考したのですなぁ」
アフィエーミは虚を突かれたように、ぎゅっと拳を握った。
「それは……、」
付き合いは長いが、ゼエンが個人的な話を自分からするのはおよそ初めてのことではないだろうか。
聞いてしまって良いのかと、エイバとレヴァーレは戸惑う。
だが躊躇は、一瞬だった。
「私もリーダーや彼女と同じ領地の出身でしてなぁ」
二人のために続いたその言葉に、それどころではなくなって。
「は……、は!?」
「妹が、件の領主のせいで早逝しました」
エイバたちにとって、あまりにも予想外な告白である。
愕然として言葉を失う仲間たちに、自嘲気味にゼエンは微笑した。
「私は……、至って普通の農家の長男に生まれましたが、引退した剣士の方に剣を教わり、剣に魅入られ、家を捨てました。それ以来、家族のことは全く顧みることなく、領主の悪い噂を聞いても、何もしなかった……。家族は何も変わらず、私が家を出るまでと同じ日々を過ごしていると、思い込んでいたのですなぁ……」
「御大――」
ふ、とゼエンは一つ息を吐いて続ける。
「私が全てを知ったのは、リーダーが……ヴィゼ殿が例の領主の不正の証拠を携えて王宮へやって来た時です」
あの時――。
元領主に関わって亡くなった人の中に、妹の名を見た時。
頭が真っ白になるとはこういうことかと、ゼエンは知った。
そして襲ってきたのは、強烈な後悔だ。
驕りではなく、ゼエンにはできることがあったはずだった。
それなのに――。
「私は自分を責めました。それと同じくらいあの領主のことも、憎くて堪らなかった……。できればこの手で引導を渡してやりたかったと今でも思うほどです。あの男の斬首の瞬間を、私はいつまでも忘れないでしょう」
「――それなのに何故、彼のことを擁護するのです」
あの元領主を憎む思いは同じなのだ、とアフィエーミは理解した。
だからこそ、ゼエンのヴィゼへの態度の理由が、彼女には分からない。
「あの男の息子です。あの男の手駒の一つだった――」
「前にも申し上げたように思いますが、悪いのはあの領主であってヴィゼ殿ではありません。ヴィゼ殿は領民を守るためにも、あの領主の元にいなければならなかったのです。逆らったり、忠言したりしていたとしても領主は耳を貸さなかったでしょうし、最悪殺されて終わってしまっていた。ヴィゼ殿が従順な振りをしていたからこそ、不正や悪逆の証拠を手に入れ、あの領主を追い詰めることができたのです」
「それは……」
ヴィゼがレジスタンスの一員であること自体は、アフィエーミも分かっている。
それでもヴィゼへの蟠りがあるのは、領主とレジスタンスの仲間たちと、ヴィゼが両方に良い顔をしていたと、そんな思い込みがあるからだった。
「その時のヴィゼ殿の年齢も考慮すべきでは?」
そこで言葉を挟んできたのは、通路の向こうから戻ってきたリーセンだ。
どうやら直近の会話が聞こえていたようで、後ろに従う彼の部下二名は気まずそうな顔である。
「すみません、話の途中に。お二人の容態はいかがです? あちらのメンバーは、先に撤退し始めていますが……」
「原因不明の意識不明、ですね」
「しばらく動かさず様子を見ようかと思うのですが……」
「分かりました。……それではとりあえず、そっちの方は連れて行かせましょう」
気を失ったままの男を連れて行くように、リーセンは指示を出した。
「アフィエーミ伍長は私が後から連れて行く。ヴィゼ殿たちがこうなったのは私の監督不行届がひとつの原因……、の可能性があるため、私もしばらくヴィゼ殿たちについていようと思う。私が不在の間は副長やストゥーデ殿の指示に従うように。それでは、くれぐれも用心して行ってくれ」
部下たちはきっちりと敬礼して、ずるずると男を引きずって行った。
「……いいのですか?」
二人で行かせてしまったことやアフィエーミを残したことをゼエンたちは気にしたが、リーセンは屈託なく笑った。
「隊長が大事な話をしようとしているみたいですしね。……イグゼ殿には後で恨み言を言われるかもしれませんが……」
リーセンは少々遠い目をする。
ヴィゼの意識不明の報に、イグゼがどれほど取り乱したのか。それが察せられるような眼差しだった。
「申し上げた通り、責任を感じているのもありますし。アレがこんな場所で仕掛けてこなければ、こんなことにはなっていなかったのではないかと……」
リーセンの監督不行届が遠因であることは間違っていない。
一番の原因は、ヴィゼの迂闊さであるのだが。
「なので、できることはないのですが、付き添いをお許しください。……食料も分けてもらってきたので」
と、リーセンは保存食の入った布袋を掲げて見せる。
そう言えば前回の休憩から随分と経っていると、ゼエンたちは空腹を自覚して、話の続きは食事をしながら、ということになったのだった。




