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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第1部 修復士と黒竜

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12 修復士と廃城攻略②



 <黒水晶>の陣形は、ほとんど固定化している。

 前衛がエイバ、後衛がヴィゼとレヴァーレ、遊撃がゼエン、というフォーメーションだ。

 そして加わったばかりのクロウは、その敏捷性と、剣を中心に魔術を補助として使うという戦い方から、ゼエンと同じ遊撃を任されることとなっていた。


 メンバーはエイバを先頭になるべく固まり、ヴィゼを囲んで守る形で前進する。

 それは、綻びを修復できるのが、ヴィゼだけだからだった。


 綻びを修復する魔術――修復魔術は、古式魔術の一つであり、使い手が限られる。

 というのも、大量の魔力を消費するので、魔力の保有量が多くなくてはならない上に、魔力量が足りていても発動できない者はどう足掻いても発動が不可能という困った特徴があるからだ。


 <黒水晶>の他のメンバーは修復魔術を使用できないので、ヴィゼが欠けては依頼の達成が困難になるのである。


 先日、ヴィゼがここからすぐに撤退した理由の一つもそれだ。

 ヴィゼには大量の魔物を一度で葬れる魔術がある。

 だが、綻びを修復するための魔力が、魔術で魔物を一掃した後に残っているか、というのが問題だった。

 少しでも足りなければ修復は叶わず、残った綻びから再び魔物が溢れ出す。

 最初から偵察が目的だったということもあるが、確実な依頼完遂のために無理をせず退却し、応援を呼ぼうとしたのだ。


 再び廃城に挑んでいる今この時も同じで、メンバーはヴィゼに極力魔力を使わせないように、ヴィゼが修復の際万全でいられるように神経を尖らせた。


 ヴィゼはヴィゼで、どんなにもどかしくてもなるべく力を温存しなければならない。

 彼は常人と比してかなりの魔力の保有者であるが、万が一ということがある。

 魔力を封印した魔術具もあるが、それを使ってしまえば本当に後がないので、ヴィゼは使わないことを前提としていた。


 綻びの修復が終わるまで戦える人数が一人少ない計算になるが、ヴィゼもフォローは当然行うし、クロウという戦力も増えたので、五人は余裕を持って廃城の中を進んでいく。


「道が見えることがこんなに嬉しいことだとはな」


 エイバの呟きに、クロウ以外のメンバーがうんうんと頷く。

 それだけ魔物の数が少なくなっており、牙を剥き出しに襲ってくる敵が度々現れても、対処は容易だった。


 倒した魔物から素材を集めるのは後回しにして、五人は真っ直ぐ階段へ向かい、三階を目指す。

 クロウが綻びの位置を特定してくれたなら、とにかく修復を一番に終わらせよう、と決めてあった。

 綻びさえ修復してしまえばこれ以上敵が増えることはなく、ヴィゼも積極的に参戦できるので、ずっと楽に戦える。


「――いる。マンティコアだ」


 間もなく三階、という階段の途中。

 先頭のクロウが小声で警告した。

 彼女は<影>を使った偵察を続けており、先ほどから特に見通しの悪い箇所でメンバーを助けている。


「階段を上がってすぐ。綻びのある部屋は扉が壊されていて、部屋から廊下に至るまで、他の魔物はいない」

「できれば各個撃破したいところだけど――」


 ヴィゼは眼鏡の位置を直した。


「――んなこと言ってる間に、」

「来た」


「させてくれないよね……」


 二体のマンティコアが、階段上から顔を覗かせている。

 クロウはブレスレットをとうに手首に戻していて、マンティコアたちが恐れを抱く様子はなかった。


 マンティコアは、獅子の胴体に蝙蝠の翼、蠍の尾を持つ幻獣である。

 その顔は獅子の毛を持ちながら人にも似ていて、その眼がぎょろりと人間たちを睥睨し、まず一体が襲い掛かって来た。

 その大きさは人の約三、四倍はあって、威圧感に五人は姿勢を低くする。

 蝙蝠の翼が音を立てたと思えば、魔物が一番に喰らいつこうとしたのは、エイバだ。

 一行の中で最も体格の良い彼を肉の固まりだとでも思ったのかもしれない。


 エイバは手にした大剣で、何とか獣の牙を抑える。

 だが、階段という狭い足場では踏みとどまれず、自ら後ろに跳んだ。


「エイバ!」

「だいじょーぶ!」


 階段の踊り場に着地したエイバの、その声には余裕がある。

 ヴィゼはほっとする間もなく、すぐに指示を出した。


「御大、クロウ、もう一体を! レヴァはエイバの支援! 尾の猛毒に気を付けて!」


 ヴィゼの指示が飛ぶ時には、ゼエンもクロウも襲い掛かってきていたもう一体へと向かっていた。

 駆け上がって行く二人の背中を見送る暇はなく、ヴィゼはエイバと競り合うマンティコアの動きを注視する。


 魔物はまずエイバを仕留めようというつもりなのか他には眼もくれない。

 とはいえ、蝙蝠の翼をバサバサと動かし風を生じさせるので、迂闊に近寄ることはできなかった。

 牙を剥き出しながら、マンティコアはその鋭い尾の先端をエイバに突き刺そうとする。

 レヴァーレの防御障壁がそれを阻んでいるが、魔物は魔力でそれを打ち破ろうとしており、レヴァーレは奥歯を噛みしめて耐えていた。


 この膠着を破らなければならない。

 防御が破れ、あの猛毒を万一食らってしまったら致命傷だ。

 ヴィゼは冷静に考えて、危険な尾を落としてしまうことにした。

 そうすれば魔物の注意はヴィゼに向く。

 その隙を突いて、エイバに剣を振るってもらえばいい。


 ヴィゼはすぐに無式魔術を発動させようとした――しかし、それよりも速く。

 黒い影がマンティコアの後ろを横切った、と思えば、次の瞬間には猛毒を持った尾は廊下に転がっていた。

 途端、尾を失った痛みに、マンティコアが管楽器にも似た高い鳴き声を上げる。


 その叫びにヴィゼは顔を顰めながら、事態の把握に努めようとした。

 マンティコアを絶叫させたのは、エイバでも、ヴィゼでも、レヴァーレでもない。

 では、誰が。


「……っ」

「あるじ、力、温存」


 鳴き声の中、小さく声が聞こえ、ヴィゼは目を見開いた。

 気付けばすぐそこに、クロウが立っている。


「クロウ――!?」


 先ほど上に行ったはずのクロウが戻ってくるには早過ぎる。

 レヴァーレにも確かめるように視線を向ければ、同じように驚いた顔をしていた。

 二人を落ち着けるように、クロウはまた言う。


「わたし、加勢」

「そうか――、<影>の方か!」


 この戦いの最中に大丈夫なのか、とヴィゼは心配するが、痛みに苦しむマンティコアが飛び上がって逃げようとしたので、気遣うことはできなくなった。


「あっ、おいこら待て!」


 エイバが焦ったような声を上げるが、マンティコアがそれに止まる義理はない。

 しかし、エイバが引きとめたからではなく、マンティコアは墜落することになった。

 クロウの影が高く跳躍を見せたかと思うと、その翼を根元から斬ってしまったのだ。


「ナイスだ、クロ!」


 エイバはそれを見逃さなかった。

 落ちてきたマンティコアの口腔から脳天にかけて、その大剣で差し貫く。

 マンティコアは少しの間痙攣していたが、すぐに動かなくなった。

 <影>はそれを見届けると、廊下に落ちた影の中に潜るように消えてしまう。

 ヴィゼたち三人も念のためマンティコアの死を確認すると、すぐに階段を駆け上がり、三階へと足を踏み入れた。




 ヴィゼたちの目の前、もう一体のマンティコアはクロウによって足を斬り落とされるところだった。

 その足先は氷漬けになっていて、ゼエンがそれで足止めをしたらしい。

 ゼエンの魔力はマンティコアに敵うほどではないが、その一瞬の足止めで、クロウには十分だった。

 マンティコアが氷をどうにかする前にクロウはその四肢と尾を切断し、完全に相手の動きを止めてから、その脳天に刃を突き立てて止めを刺した。


 クロウは返り血を浴びぬようマンティコアから離れ、剣から血を払って鞘におさめる。


「見事ですなぁ」

「いや、御大の足止めあってこそだ」


 クロウとゼエンはマンティコアの死体を見つめながら互いにそう言い合った。

 そんな二人にゆっくりと近付いて、ヴィゼは問う。


「二人とも、怪我はない?」


 二人からすぐに大丈夫という返事があって、ヴィゼはほっと小さく肩を下ろした。

 周辺の警戒に当たっているエイバとレヴァーレの様子も見、全員が無事であるのを改めて確認して、ヴィゼは告げる。


「よし、それじゃこのまま修復に向かおう。警戒よろしく」


 とにかく修復をしてしまわなければ、綻びから魔物がやってきてしまう。

 マンティコア討伐の後ではあったが回復は後回しで、面々は陣形を戻し奥の部屋へ進んだ。


「――クロウ」


 慎重に綻びを目指しながら、ヴィゼは前を行くクロウに声をかける。

 クロウは不思議そうに、ヴィゼを振り仰いだ。


「さっき、<影>を寄こしてくれたのは助かったけど、無理をしてない?」


 クロウは目を瞬かせ、それから小さな微笑みを見せる。


「大丈夫だ。気遣い感謝する、あるじ。余計な世話かとも思ったが、万一あるじに何かあっては、な」


 言って、クロウは前方に視線を戻してしまった。

 ヴィゼはそんなクロウのつむじを見下ろしながら、これまで気付かないところでずっとこうやって守っていてくれたのかな、と思う。


 ヴィゼの複雑な表情をゼエンはちらりと窺って、もう一体のマンティコア退治にクロウの<影>が加勢したことを、二人の会話から察した。

 ゼエンと共に一体のマンティコアを相手しながら、その<影>がもう一体とも戦っていたとは、驚くべきことである。

 彼女の<影>のことを、ゼエンはまだよく知らない。

 だが、いくら幻獣との混血といっても、人間にそれができるのであろうか――。

 己のその思考に、ゼエンは眉を寄せていた。




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