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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第1部 修復士と黒竜

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11 修復士と廃城攻略①



「すごいね……、随分違う」


 朝陽を背に受け、間近に近づいた廃城を見上げながら、ヴィゼは目を細めた。


 クラン<黒水晶>が、偵察のため初めてケルセン領のこの古い城を訪れてから、三日。

 メンバーを一人増やした<黒水晶>は、再び廃城へ赴いていた。


 城までの道すがら、クロウは魔術具であるブレスレットを外して、自身の気配を隠すことを止めている。

 それが先ほどのヴィゼの発言に繋がっていた。


 城から感じられる魔物の気配は明らかに少ない。

 途中まで乗って来た馬も、かなり手前の村で預けてきたくらいである。そうしていなければ、怯えてどこかへ逃げ去ってしまうと考えたからだ。


「ああ、大違いだな。昨日の仕事で分かってたけど、呆れちまうくらいだ」

「油断は禁物、ですが、これなら楽に行けそうですなぁ。メンバーも一人増えましたし」


 エイバとゼエンも、ヴィゼに同意した。


 昨日、メンバーは別件の依頼で討伐をこなしたばかりである。

 その際にも、クロウにはその魔力を隠さずにいてもらったのだが、魔物たちの反応は劇的だった。

 森に蔓延ろうとしていた彼らは、その気配に気付くや否や、一目散に背を向けたのだ。

 普段は抑えている、その恐ろしいほどのクロウの魔力は、ヴィゼたちでさえ萎縮してしまいそうなほど。

 だが当然縮み上がることなどなく、<黒水晶>は予め決めていた通り魔物たちの逃走ルートを限定し、効率的に魔物たちを屠ったのである。


 多少なりとも心配のあった連携にも、ほとんど問題ははなかった。

 何より、廃城でも見られたクロウの実力はやはり目を見張るもので、魔物を次々と斬り捨てていく彼女は、強いという形容では生温く、ただひたすら圧倒的だった。


 人数は少ないが、実力には定評のある<黒水晶>である。

 クロウの加入により、その評価はますます揺らぎのないものになりそうだった。


 そして、今回の依頼も、おそらく失敗はありえないだろう。

 先日とは打って変わって、城の中の気配は希薄だ。

 四人のままでも攻略できてしまえそうである。


 ヴィゼは複雑な気持ちで、すぐ側に立つクロウを見つめた。

 クロウが“あの子”ではないか、と思う。

 それを裏付けることばかり、積み上がっていくようで。


 ――聞いてしまえば、きっとすぐにでも、解決する。


 けれど、ヴィゼにはそれができなかった。

 確信がないから、怖いのだ。

 もし、違っていたら。

 その時自分は、一体どうするつもりなのだろう。


 ――考えなしめ。


 ヴィゼは己を罵る。


 だが、この城に、ヴィゼの求めるものがあるならば。

 その答えを得られる時は、きっと遠くないはずだった。




 やがて<黒水晶>は、城門を前にして立ち止まる。


 城門は貴重な古式魔術によって閉ざされていて、開くためには領主に代々伝わる、同じく特別な古式魔術を使用しなければならない。

 それを無造作に教えて寄こした依頼人に、ヴィゼは呆れ果てていた。

 この魔術だけでもとんでもない価値があるものなのに、現領主は全くそれを理解していないのだ。

 ヴィゼにとってそれは好都合なことであるのだが、領主のこの城の軽んじぶりは、いっそ腹が立つほどだった。


「あるじ」


 それを宥めるため、というわけではなく、クロウはヴィゼを見上げた。


「綻びの位置が特定できた」

「……早いね、さっき行ってもらったばかりなのに」


 ヴィゼの言葉は疑うものではなく、感嘆するものだった。


 クロウがこの廃城での偵察を買って出たのは、昨日のことである。

 アビリティを使えば綻びの位置を特定できると思う、と彼女は言った。

 ただ、城にかけられた古式魔術の記述内容によってはアビリティを使えないかもしれない、とも。

 ヴィゼたちはクロウに負担をかけすぎるのではと心配したが、クロウ自身はなんでもないことだと首を振った。


 <影>に影を渡らせるだけのことだから、と。


 最初はその意味が彼らには分からなかった。

 だが、今は知っている。

 クロウのアビリティは、一つではなかったのだ。


「あるじ、城の見取図を出してもらえるだろうか」


 請われて、ヴィゼはくたびれた鞄から預かっている見取図を取り出した。


「綻びがあるのは城の三階奥の部屋、ここだな」


 クロウは見取図のその部屋を指差した。


「人が優に五人は通れる大きさだ」


 まるで見てきたように彼女が言うのは、彼女の<影>がそれを見て、伝えてきたからだった。


 クロウのもう一つのアビリティは、写し身、というもの。

 クロウは彼女と同じ姿をした彼女の<影>を、生まれながらに十も持っているのだった。

 ヴィゼたちが見せられたのはその内の一つだけだったが、<影>は寸分違わずクロウと同じ姿をしていて、絶句させられたものである。

 クロウとその<影>たちは意識を共有しており、言葉にせずとも彼女たちはクロウの意を受けて動く。そして、<影>の戦闘能力はクロウとほぼ同等だという。

 クロウが師の元にいる間、ヴィゼの影の中にいたのはほとんどその<影>の方であるらしい。それがなければ師の元で腰を落ち着けて励めなかったかもしれない、とクロウは漏らしていた。


 そんなクロウのもう一つのアビリティに対する驚きの理由はいくつかあったが、一番の理由は、そもそも現代の魔術では、ここまで精度の高い写し身をつくることは不可能であるからだった。


 基本、魔術では術者がイメージした通りのものを生成する。

 それならば自分の複製など簡単に作れそうだが、たとえ自分の顔であっても事細かに鮮明に思い浮かべられるものではない。魔術はイメージが明確でなければまともな形にならないので、外側を作るだけで大変なことなのである。その上、それを本当の人のように動かそうとするなら、魔術式で動き方を指示しなければならない。だがそれは、多くの古文字が失われてしまった現代では実現できないことだった。


「綻びは、一つ?」

「少なくとも見つけられたのはこれだけだ」


 ヴィゼの質問に、クロウは慎重な言葉で答えた。


「それなら大丈夫かな……」


 ひとりごちるヴィゼの横で、クロウは報告を続ける。


「ゴブリンなどの雑魚は、三分の一ほどに減っているように見えた。だがそれは、わたしのせいというだけではないようだ」

「と、言いますと……」

「綻びから少し手前の場所で、マンティコアの番が巣作りをしている」


 その答えに、面々は息を呑む。

 あまり相手にしたくない魔物の名だった。


「……思ったより儲かりそうやね」


 複雑な色をその目に乗せながらも、レヴァーレは前向きな感想を口にする。


 依頼人から支払われる報酬とは別に、倒した魔物から得られる素材は金になる。

 契約内容によって得られた素材を依頼人と分け合うこともあるが、大抵の場合魔物を殺せば殺した分、倒した者にそれを手に入れる権利があった。


 今回<黒水晶>が受けた依頼もそうで、依頼人の提示した報酬が低い代わりに、討伐した魔物から得られた素材は全て<黒水晶>が手に入れられることになっている。

 だから魔物が全てこの城から逃げ去ってしまうと、それはそれで得られるものがなくなってしまうのだった。そのため、マンティコアを向こうへ戻すという選択肢はない。


「ヴィゼ、金の塊を魔術で消し炭にしたりすんなよ?」

「エイバこそ、粉砕しちゃわないでね」

「そこはマンティコアの方に期待してくれ。俺に負けない強靭な体でいてくれってな」

「それを期待するのは気の毒ではないですかなぁ」

「何の神に祈っとけば、叶えてくれるんかな?」

「おーいそこ、真顔で考えられると困るんですけど」

「いえ、なんといっても<不可壊の剣>殿ですからなぁ」


 <不可壊の剣>、というのがエイバの二つ名だった。

 どんな攻撃にも耐えてみせる彼の戦いぶりを見ての命名で、メンバーの二つ名の中でおそらく一番まともだ、と<黒水晶>の他の三名からは羨ましがられている(ゼエンはあまり表に出さないが、己の二つ名をそう嬉しがっていない、というのが仲間たちの見解である)。


 そんなエイバの二つ名を聞いたクロウは、ひょいと片方の眉を上げて見せる。


「巨木のくせに大層な二つ名なのだな。<頑丈だけが取り柄>に変更したらどうだ」

「クロ、お前にはネーミングセンスがないようだな。そんなお前に俺様が二つ名を考えてやるぜ。<ちっさいストーカー>ってのは、どわっ」


 クロウがその辺に転がっていた瓦礫を無造作に放り投げ、エイバはそれを何とかかわした。


 冗談で肩の力を抜いたところで、ヴィゼはクロウに礼を告げる。


「クロウ、ありがとう。おかげでスムーズに事を運べそうだ」

「礼など……、その、当然のことをしたまで」


 照れくさそうにクロウは視線をずらして、ヴィゼは微笑ましくなった。


「それじゃあ、門をくぐる前に、改めて」


 気を取り直し、ヴィゼはメンバーの顔をぐるりと見渡す。


「皆、僕のわがままに付き合ってくれて、本当にありがとう」


「おい、水臭いにもほどがあるぞ、ヴィゼ」

「せやで。そういうのはもうなして、言うたやん」

「そうですな。報酬も、当初より期待できそうですしな」


 頭を下げれば、頼もしい仲間たちが声を揃えてくれる。

 ヴィゼははにかむように笑って、うん、と頷いた。


「絶対に成功させよう。いつも通り、よろしく!」


 そして、それぞれの、応じる声。

 ヴィゼはそれを背中に聞きながら、力強く城門に手を伸ばした。




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