閑話13
……ぱたん。
『懺悔室』の扉が控えめな音を立てて閉まる。
後ろ手をドアノブに引っ掛けたまま、春原さんは恨めしげに私を見つめた。
「……てめえ、わかってんだろうな? 小生、今おまんじゅうから血ぃ垂れ流してんだぞ? ちょっとでも痛かったら殴るからな?」
「それは問題ではありません」
そう言うと、私は春原さんの腕を引き、日下部さんが写真の現像に使っている作業台にやってくる。
そこに腰掛け、春原さんも私の膝の上に座らせた。後ろから覆い被さるような格好だ。
この体勢が落ち着かないのか、春原さんはさっきからそわそわしている。
私は、今まさに血を流して痛んでいる春原さんの腹の上で両手を重ねた。
「あなたは現在、メンスが来ている状態です。しかし、『創作活動』直後のあなたはひどく不安定です。私の役目は『調律師』……あなたを安定させなければなりません」
「はんっ! 突っ込むもん突っ込まないままで、安定できるかっつの! この人工無能が!」
そう言って挑みかかるような眼差しを肩越しに投げかけてくる春原さんの耳元に、私はそっとささやきを吹き込んだ。
「……声だけで、絶頂に達したことはありますか?」
「はあ!?」
青空に突如として現れた雷を観測したような、そんな声を上げて、春原さんは戸惑うような視線を私に向ける。
「音声と言葉のちからだけで、エクスタシーを感じたことはありますか?」
「ねえよそんなん!! 小生、あいにくAMSR界隈には詳しくねえんだから! いくらてめえが多少なりともイケボだとしてもだな……」
「では、初めて達してもらいます」
宣言して、手始めに耳孔に息を吹き込む。オーラルケアは万全なので、私の吐息からはミントの香りしかしないはずだ。
びくり、春原さんのからだが逃げようとする。それを腕の中に閉じ込めるように引き止めて、私は続けた。
「あなたはうずうずしています。今すぐ子宮に私のペニスを迎え入れたい。子宮口に亀頭をねじ込んでほしい。しかし、あなたの子宮は今、メンスを迎えています。挿入は物理的に不可能です。抑えきれない発情を、あなたは持て余しています」
「そんなこと……!」
悔しげな顔を見るに、図星を突かれたのだろう。そのピアスホールもない白い耳朶に向けて、私はそっと悪魔のささやきを落とす。
「我慢することは美徳ではありません。その欲情を、発散させたくはありませんか?」
「…………い」
「もっと大きな声で言ってください」
春原さんは私の腕の中でうつむきながら、唾棄するようにヤケクソの大音声を発する。
「したいっつってんだろ!! 察しろよ!! 言わせて楽しんでんじゃねえ、このド変態が!!」
「……イエス、マイフィグ。それでは、ここからは私の音声と触覚に、全神経を集中させてください」
私はかすかに笑って、春原さんがいつもかぶっているシスターベールをずり下げ、視界を覆った。
これで、余計な視覚情報は遮断できた。ノイズは最小限にしなければならない。
「さあ、想像してください」
過敏になった聴覚を刺激する私の声に、春原さんが小さく肩を弾ませた。
「前戯は、いつも通りないか、もしくは最低限です。しかしあなたのそこはすでにしっとりと濡れそぼっています。下着にはシミができて、陰毛にもしずくが垂れるほどに。どうかしましたか、入口がもの欲しげにひくひくとうごめいていますよ?」
すり、と服の上からヴァギナをなぞると、腕の中のからだが小刻みに震え出した。
感じているのだ、声と言葉だけで。
……口元がゆるむのを、抑えきれない。
さいわい、だれも見ていないので、私はつい意地の悪い笑みを浮かべてしまった。
逃がさないようにしっかりと春原さんのからだを抱え直して、私はそのくちびるから見え隠れする特徴的な犬歯に指を伸ばした。
たちまち、唾液で指先がふやける。すっかり朱に染まった頬で、春原さんはその指を、母親の乳房にしゃぶりつく赤子のようにしゃぶった。
「『調律』の時間内は素直でいるあなたは賞賛されるべきです。続けましょう。あなたにはわかりますか、私のペニスが今まさに固く勃起していることが。これから、このペニスがあなたの子宮を掻き回します。しっかりと触って確認してください」
目元を塞がれている春原さんは、手探りで私の下肢に触れる。そこには、くっきりとたちあがった怒張が感じられるはずだ。
「わかりますか? 今までこんなものを咥え込んでいたのですよ、あなたは。はしたないです。極めてみだらです。今も欲しくてたまらないのでしょう? いいでしょう、じっくりと想像してください。このペニスが、あなたのヴァギナに挿入される感触を。よく思い出してください」
息を乱しながら私の指を舐める春原さんは、素直にこくりと首を縦に振る。普段の様子からは想像もできない痴態だ。
「……ぱくぱく開いているあなたのヴァギナに、私のペニスの亀頭がはまりました。入口付近で出たり入ったりしています。そんなに締め付けて、どれだけこれが欲しかったのですか?」
舌先で耳たぶをなぞると、春原さんはぴくぴくと電撃を食らったかのように痙攣し始める。
本当に、集中してくれているらしい。健気なほどの素直さに、私の中のケダモノがうずいた。
メンスだろうとなんだろうと、知ったことか。
今すぐ、この腟の中に入りたい。
そんな欲求が、余計に高ぶりを固くした。
しかし、いけない。
春原さんを傷つけるようなことは本意ではないからだ。今回は、あくまでも言葉と声だけで。私の身体的な満足など、『調律』には不必要だ。
舌で耳殻をなぞりながら、私は続けた。
「そろそろ苦しくなってきましたね。あまり焦らすのはよくありません。それでは、一気に奥まで貫きましょうか」
服越しに高まる屹立を春原さんに伝えてから、私は、きゅうと耳朶に歯を立てた。
腕の中で、春原さんのからだが跳ねる。何度も跳ねて、痙攣して、足ががくがくと震えている。
達したのだ。私の声と言葉だけで。
途方もない征服感が込み上げてきた。
もっと、もっと蹂躙したい。
ほの暗い欲情は、どれだけ押さえ込もうとしても湧いて出てきた。もう止まらない。
「絶頂しましたね? しかし、いつも一回では足りませんね? では何度も達してもらいましょう。今、ここに私のペニスが詰まっています。あなたの中はきつく締め上げてきて、熱くてとてもここちがいい。わかるでしょう、私もこんなに勃起しています。これが今、ここに入って、一生懸命に子宮口を叩いているのですよ」
とんとん、と服の上から子宮を叩くと、またも春原さんは激しく痙攣した。まるで、叩かれる度に最奥を貫かれているような反応だ。
とんとん。とんとん。
面白いくらいに感じている春原さんを、私は征服欲と庇護欲がないまぜになった視線で見下ろす。
……ああ、なんて淫猥な。
くらくらする。
耳朶を甘く噛みながら、子宮を叩くペースを上げる。私の前は、もう張り詰めすぎて痛いくらいだ。
「……さあ、そろそろ出しますよ……避妊具越しでもわかるはずです、精液がほとばしる熱さが。とても気持ちがいい。私はもう限界です。あなたはどうですか?」
ぱく、ぱくと酸欠の金魚のように口を開け閉めする春原さん。もう、言葉も発せない様子だ。
それを答えと受け止めて、私は思い切り子宮を押さえつけた。同時に、強く耳朶を噛み締める。
声にならない声を上げて、春原さんは最後の絶頂を迎えた。びくんびくんと跳ねるからだを、それでも私は押さえつけ続ける。
やがて痙攣が収まったころ、私はやっと春原さんを解放した。シスターベールの目隠しをずりあげると、赤く染った涙目が現れた。
「……った……」
「どうしましたか?」
強請るような口調ではなく、純粋に問いかけると、春原さんは茫洋とした眼差しで私を見上げてきた。
「……はじめて、きもちいって……いった……おまえ……」
ぎり、と有刺鉄線で心臓が絞りあげられるようなここちがした。
……しまった。
私らしくもない失態だ。
『調律』はあくまでも、春原さんの安定のためにおこなわれるものであって、私が快楽を得るためでは決してない。
そんなことは、あってはならないのだ。
それなのに……どうして春原さんは、こんなにうれしそうに笑っているのだろうか。
時計の秒針と同じ速度だったはずの脈拍が、急に速度を上げる。
このままでは、いけない。
これで終わらせてはいけない。
私はそっぽを向くと、メガネの位置を正しながら言った。
「本当に声と言葉だけで何度も達しましたね。やはり、芸術家というものはイマジネーションが豊かなようです。今後とも、その想像力を『創作活動』に活かしてください」
言ってから、ちらりと春原さんを盗み見る。
……なんだ、この横っ面をはたかれたような顔は。
春原さんはたちまち真っ赤になって、きっ、と私を睨みつけた。
「そんなんだから、てめえはいつまでたっても『モンスター』のままなんだよ! ヴァアアアアアアアアアカ!!」
『共犯者』である春原さんが言えたことではないのだが、そういう捨て台詞を残して、春原さんは猛々しく『懺悔室』の扉を蹴破って飛び出していってしまった。
……こんなのは、おかしい。
正常ではない。
少なくとも、『恋』というステータス異常が関わっているのは明らかだ。
『調律師』のままか。
ニンゲンになるのか。
私は、どうやらその選択を誤ってしまったようだった。
……仕方がない。
あとで日下部さんに事情を説明して、指南を受けよう。
無理やりに勃起したそれを鎮めると、私もまた、なに食わぬ顔で『懺悔室』を後にするのだった。




