№16 『ヒーロー』
そうしうて、まる二日ほどかけて僕たちは事務所に帰りついた。
帰ってくるなり、待ち構えていた粗忽者が駆け寄ってくる。痺れを切らした様子で、
「見つかったのかい、疫病神は!?」
「まあまあ、落ち着きたまえよ。あくまでも『限りなくそれらしい』死体は持ち帰ったさ。君の言う通り、ちゃあんと死んでたよ!」
『ちゃんと死んでた』とは、またえらく不謹慎な物言いだったけど、粗忽者はそんなことは気にしていられなかったのか、怒るより先にほっとして、
「……そうかい」
嘆くでもなく、かなしむでもなく、そうつぶやいた。
「あいつのことだ、さぞかし大層な事件に巻き込まれたんだろう……死体が見つかっただけでもありがてえこった」
「約束はもちろん、覚えているね?」
無花果さんのささやきに、粗忽者はこくりとうなずいた。
「ああ、男に二言はねえ。それに、あんたが言ったんだろう。これは『人間賛歌』だってな」
そう、一度は条件を拒絶しようとした粗忽者は、無花果さんの言葉にこころを動かされて契約をした。なにもかも納得した上で、死体を探してくれと頼んだのだ。
素材はある。
許可もある。
理由もある。
だったら、『創作活動』をしないわけにはいかない。
「いっちょ盛大に飾り付けてやってくれ! 盆と正月がいっぺんに来たくらいにド派手によ!」
粗忽者がそう言うと、無花果さんは腕まくりをしてにやりと笑った。
「合点承知之助!」
相変わらず息がぴったりなふたりだ。
そのまま立ち去った無花果さんを追いかける前に、やることがある。
僕は旅で消費したフィルムをテーブルに置いて、ロッカーから新しい『弾丸』を装填した。旅の途中ずっといっしょだったカメラを携え、梱包された死体を担いで無花果さんを追って『アトリエ』に踏み入る。
無花果さんはもう、いつもの『儀式』を始めていた。ひざをついてこうべを垂れ、瞑目して祈りを捧げている。夜にともるオイルランプのあかりだけが『アトリエ』を照らしていた。
梱包された死体を『アトリエ』の床に置いて、僕も早速カメラを無花果さんに向ける。何枚か祈りの姿をフィルムに刻み込んだあと、無花果さんは目を開き、はっきりとした口調で呪文の結句を唱えた。
「……As I do will, so mote it be.」
『そうあれかし』とつぶやいたあと、無花果さんは猛然と立ち上がる。
引きちぎるように死体を梱包していたダンボールを剥がし、ラップで包まれたそれをむき出しの状態にする。まるでクリスマスの朝にプレゼントを開封する子供のような乱暴な手つきだ。
小鳥くんが用意してくれていた資材の中から、無花果さんはアロハシャツとハイビスカスの首飾りを取り出した。それを焼死体に着せ、花飾りを首から下げる。
次に、資材の山から地球儀を持ってきて、地球の部分だけをもぎ取る。青い色をした球体は、子供をかばっていた死体の腕の中に収められた。
その状態で、無花果さんは死体をうつ伏せにする。ひざまずいているような、からだを張ってこの世のあらゆる悪の迷妄から地球を守っているような、そんな体勢だ。
そして、死体を取り囲むようにロウソクを設置し、次々と火をともしていく。死体が焼かれたのと同じ炎がゆらめき、『アトリエ』の壁に無花果さんと僕の影が踊った。
それから無花果さんは、用意されていた大量の卒塔婆を担いでくる。無造作に放って散らばったそのひとつを、無花果さんは膝蹴りの要領でブチ折った。ひとつ折れば次、また次。
そうして出来上がった大量の卒塔婆の残骸を、ロウソクよりも外側に立てかけていく。なにかの念仏が書かれた卒塔婆はもう意味をなさず、おどろおどろしい気配もさっぱりなくなっていた。
……無花果さんの『創作活動』は、それまでだった。
僕もまた、必死になって無花果さんを追ってシャッターを切っていたせいか、軽く息が上がっている。
ここには一体、どれほどの真実の『光』と『影』を刻み込めただろうか。
すべてを終えた無花果さんは、疲れきった様子で『アトリエ』の一角にある椅子に腰を下ろして、がっくりと肩を落とした。
「……できたよ。これが今回の、私の『作品』だ」
そうつぶやいたきり、もうなにも言わなくなってしまう。
カメラのファインダーから目を離し、僕は改めて肉眼で『作品』を鑑賞する。
乱立する卒塔婆は、疫病神にかけられた不運の呪いの名残だ。しかし、どれもへし折られていて、その役目を果たしはしない。
揺らめく炎は、この焼死体を作り上げたのと同じものだ。大きいか小さいかの違いしかない。たしかに凶器となり得る熱のかたまり。
しかし、こうして見るとまるで鎮魂のために灯されたあかりのようにも感じられた。死体のたましいを慰めるためにつけられた光だ。
もしくは、なにかの降霊術のような雰囲気さえあった。死体に取り憑いた疫病神をおびき出すような、そんな呪術まがいの儀式のための火だとも受け取れる。
そんな中、小さく這いつくばった焼死体があった。
焼けこげたからだを呈して守り抜いたのは、地球そのものと言ってもいい大切ないのちの尊厳だ。からだが炭化してでも死体がかばったのは、もしかしたら世界そのものだったのかもしれない。
そんな大変な偉業を成し遂げたというのに、着ているのは観光客丸出しのアロハとハイビスカスの首飾りだった。とんでもない落差にめまいさえ覚える。
死体にしてみれば、ただの旅行だったに違いない。
しかし、たとえ楽しい旅の途中であっても、死体はおのれのするべきことを成し遂げた。おそらく、どんな状況であっても、相手がだれであろうともそうしただろう。一介の観光客であっても、それは変わらない。
……そうか。
疫病神は、『ヒーロー』として生きて死んだのだ。
よく戦隊モノの歌詞に『地球の平和を守るため』なんてフレーズがあるけれど、まさしく疫病は地球を守り抜くくらいの偉業を成し遂げた。
生きながら自分のからだが焼け焦げていくのは、苦痛を通り越して恐怖でしかなかったに違いない。
それでも、疫病神は逃げ出さなかった。
自分のするべきことを、間違えなかった。
たとえそれで死ぬことになったとしても。
……大切なひとつのいのちの尊厳を守って死ぬことは、きっと『ヒーロー』冥利に尽きることだったろう。
たしかに、地球を守るよりはちっぽけなことかもしれない。
けど、ひとの尊厳はときとして地球よりも重い。
だから、疫病神は『ヒーロー』として選択したのだ。おのれの守るべきものを。
きっとそれは、とても納得のできる『死に様』だったはずだ。
納得のできる死に方ができるニンゲンなんて、この世間では滅多に存在しない。
そういう意味では、疫病神は最後の最期に最高の幸福を手に入れた。
きちんと自分のいのちの使い方を選びとったのだから、それは『満足のいく死に方』だったのだろう。
……こんな『しあわせ』な死体は、今まで見たことがない。
だれもが無念のうちに死んでいく中で、この焼死体だけはおのれの生をまっとうして死んだのだ。
天命だったのかもしれない。
寿命だったのかもしれない。
だけど、たしかに疫病神は使うべきタイミングで自分のいのちを使った。
それが『しあわせ』な『死に様』でなくてなんだというのだろう?
今回の『作品』を、僕はそんな風に理解していた。
改めて、カメラを構えてシャッターを切る。
ぱしゃり、ぱしゃり。
何枚も写真を撮りながら、ずっと考えていた。
果たして、僕はこんな風に納得のできる『しあわせ』な死に方ができるだろうか。
今さら、マトモに死ねるとは思っていない。
けど、いのちを使うタイミングだけは間違えたくない。疫病神の焼死体がそう教えてくれた。
そんなことを考えながら、僕はしばらくの間、色々な構図で『作品』をフィルムに収めていくのだった。




