№5 傾向と対策
「さて、ここまで過去の事件について洗ってきたわけだが!」
無花果さんが、ぱん!と両手を合わせた。
「なにかこころ当たりはあるかい?」
「さっきまでの話だと、あやしいのは八坂さんと初めて会った事件の議員関係者と、『模倣犯』、みくるさん、カゲローさん、炭鉱夫の奥さんに、カリスマ社長の関係者ですね」
「おお! 『おさらい』の成果だね! 今のところ、あやしい事件はその辺だね! もう少し掘り下げてみようか!」
無花果さんの一言で、僕は今まであった事件について今一度よく思い出してみた。
「自殺した議員の関係者の線は薄いと思います。政治家絡みで、刑事の八坂さんも関わってる事件となると、殺害予告を送ってくるメリットがありませんから」
「そうだね! そんなせこせこしたマネをするほど、議員先生たちもヒマじゃないってことだ! 『模倣犯』の塩乱ちゃんはどうだい?」
「これもやっぱり、ちょっと弱いですね。今もまだ警察病院に閉じ込められてるわけですから、カミソリレターで脅しをかけることくらいはできても、実際に殺害に来ることはできないと思います」
「そこらも、警察病院に確認を取ってみようか!」
「そうですね、その方が確実です。次はみくるさんですけど、これはけっこう可能性ありますね。僕がおとりになって事件を解決しましたし、みくるさんはまだトー横でたしかに生きてます」
「なるほどなるほど! 実際に殺しにやってくることは可能だし、動機も充分にあるってわけだ! みくるちゃんは実に狡猾だったからね、しかも殺害予告を送ってくる程度には狂ってた!」
「無花果さんがそれを言いますか……次はカゲローさんですけど、これも可能性がありますね」
「なにせここでぼこぼこにされてたからね、君! あいつ、まひろくんのこと逆恨みするような腐った性根の持ち主だったし! ってか、正直ほぼ真っ黒じゃないかい?」
「可能性は一番高いですね。問題は、逮捕されて今どうしてるかですけど……」
「それも警察に相談だ! 八坂のオッサンに聞けばイッパツさ! 次はエロ漫画家の炭鉱夫の奥さんだね!」
「その線も薄いと思いますよ。あの奥さんが恨んでたのは、あくまでも逃げた旦那さんですし、僕はあの事件の解決にそれほど貢献したわけじゃないですし。僕を殺しにくるよりも、旦那さんの方を血まなこになって探してるところじゃないですか?」
「それもそうだ! 最後は直近のカリスマ社長の関係者だけど、こっちはどうだい?」
「この件は正直未知数ですね。どの方面の信者から恨まれてるかもわかりませんし、下手すると、メディアに触れていた国民全体が容疑者になりますから。疑い出したらキリがないです」
「ううむ! 逆恨みという点に限って言えば、そりゃあキリがない! だれが差出人かなんて特定できやしないからね! 殺害予告に集中するためにも、一旦この線は置いておこうか!」
「……まとめると、可能性が高いのは、みくるさんとカゲローさんですね」
話が整理されてきて、だんだんと対象の存在しなかった不安に形が与えられていく。
みくるさんか、カゲローさんか。
どちらかが殺害予告を送ってきた可能性が高い。
無花果さんもうなずいて、
「うん、あやしいのはそのふたりだね! ゲロ以下のにおいがぷんぷんすらぁ! どちらも君が深く関わった事件だし、両人とも殺害は可能だ! 殺害予告を送ってくるような素養だってある! 逆恨みしたっておかしくはない!」
みくるさんか、カゲローさんか。
このどちらかが僕を殺そうとしていることがわかって、少しだけほっとしてしまった。
不安には明確な対象がない。しかし、対象の輪郭が浮き上がった瞬間、それは不安ではなく恐怖に変わる。
ニンゲンは、不安ではなく恐怖になら打ち克つことができるようにできている。
……それにしても、こんなところでこのふたりのことを思い起こすなんて。
どちらも、 苦い結末の事件だった。
みくるさんかカゲローさんが、僕を逆恨みしていたっておかしくはない。
『そういう』ニンゲンだったし、動機も手段も充分に兼ね備えている。
僕にしてみれば、とんだとばっちりだ。
たしかに、事件を解決したのは無花果さんだけど、僕もそれに協力した。それを逆恨みした可能性は高い。
「……恨みを買う、ってしんどいですね」
ぽつり、と漏れ出た言葉に、無花果さんがにやりと笑った。
「逆に考えたまえ! 君もいっぱしにひとの恨みを買うことができるような人物になったということだよ! 怒りなんて、消費する精神的カロリーがめちゃくちゃ高い感情だからね! それに値するニンゲンになったということさ!」
無花果さんはどこまでも前向きだった。
そう言う無花果さんだって、『死体装飾家』として、『探偵』として、数々の恨みを買ってきたはずだ。
僕なんかより、ずっとたくさんの恨みを。
けど、『魔女』はそんな恨みさえ鼻で笑い飛ばしてしまう。それさえ食らって、糧とする。
無花果さんにとっては、こんなこと日常茶飯事なのだろう。なにせ、けっこうな頻度で誘拐されるようなひとだ。逆恨みくらい星の数ほどされているに違いない。
僕の思考をトレースしたらしい無花果さんが、黙って話を聞いていた三笠木さんに視線をやった。
「こういうときのための『最終兵器』だ! そうだろう、ポンコツAI!?」
たしかに、『庭』の危機管理問題については、三笠木さんが一任されている。左腕の麻痺はまだ残ったままだけど、いまだにその戦闘力は常人のはるか上を行く。
三笠木さんはメガネの位置を直してから、
「イエス、マイフィグ。この件に関して、私は私の役割を遂行します」
「おう、珍しくいいお返事じゃねえか! んで、警備のプランはどうなってんだ?」
「殺害予告の差出人は、この事務所の所在地を知っています。しかしながら、日下部さんの自宅を知りません。ですので、日下部さんは自宅アパートに引きこもってください」
「だそうだよ、まひろくん! 篭城戦だヒャッホー!」
そうだ。僕の自宅はまだ住所が割れていない。三笠木さんの言う通り、アパートに引きこもっているのが正解だろう。
「当分、まひろくんと三笠木くんは出勤しなくていいからねー」
「……ことりも、いっしょにいたい」
「いけませんよ、小鳥くん。危ないですから、所長と留守番しててください。その間に、差出人の情報を洗ってください。小鳥くんの役割はそれです」
「……がってん」
小鳥くんはそう言って、こくりとうなずいた。
「小生はどうすっかなあ?」
「あなたは邪魔です。来ないでください」
「邪魔って言うんじゃねえよ腐れメガネマシンが! この期に及んでケンカ売ってんのか!?」
「これは事実です。あなたは戦力にはなりません。『庭』の危機管理問題に関しては、私が担当しています。それとも、あなたは危ない目にあいたいのですか?」
三笠木さんなりに、無花果さんを巻き込むことを案じている様子だった。
さすがの無花果さんもそれは理解できたのか、ふん!と思いっきりそっぽを向いて、
「わあったよ! その代わり、小生は実際にそのふたりの足跡をたどるからな! 場合によっちゃ直接対決だ! 一発二発ぶん殴ってやる!」
「やめてください。状況が混乱します」
「そうですよ、無花果さんがそんなリスクを冒す必要はないです。足取りを追うのは大丈夫ですけど、なにかわかったらまずは僕たちに知らせてください」
「了解! 悔しいことに、小生よりもこのGoogle翻訳野郎のこぶしの方が重たいだろうからね!」
よかった。無花果さんも納得してくれた。
各々、自分のするべきことを確認して、無言のうちにうなずきあう。
「それじゃあ、くれぐれも気を付けるのだよ、まひろくん!」
「きっと大丈夫です。三笠木さんがついてますから」
……そうは言ったけど、僕の中にはまだ『恐怖』ではない『不安』があった。
まだ、得体の知れない『闇』が潜んでいるような、そんな予感だ。
しかしそれを口には出さず、僕はそっとその『不安』を胸の中に埋めるのだった。




