№13 『恋』
「……なあんだ」
僕は、つい吹き出してしまった。
急に笑われた三笠木さんは、ひたすらに鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
くすくす笑いながら、僕は言った。
「それって、結局は『恋』ってことじゃないですか」
「…………『こい』…………?」
ああ、三笠木さんがフリーズしている。完全に不意を突かれて、呆気にとられている。逆転満塁サヨナラホームランを放ったような、ひどく爽快な気分になった。
「……『こい』、とは……あの、『恋』、ですか?」
「そうです、ラブです。三笠木さんは、無花果さんに『恋』をしている状態なんですよ」
「……私が……?……春原さんに、『恋』……?」
まだ信じられないらしく、エラーを起こした一昔前のパソコンのように固まって動かない。頭の処理速度が追いついていないようだった。
それがおかしくて仕方がなくて、笑いが止まらない。
「聞いてる分だと、それってまるっきりの『恋』じゃないですか。むしろ自覚がないのが驚きです」
「……私は、そんなにわかりやすいですか……?」
「ええ、とても」
「……『恋』……いえ、私は決して『恋』などには落ちません」
……かたくなだな。
僕は笑いを引っ込めて、三笠木さんに詰め寄った。
「いいですか? この際、神様云々は忘れてしまいましょう。どうせ、いてもいなくても同じなんですから。『光あれ』なんて言われなくても、『光』はたしかにそこにあります。僕のフィルムに焼き付いてますから。三笠木さん風に言うと、『物的証拠』です」
三笠木さんは、しきりになにか言おうとしてやめて、口をぱくぱくさせている。機械はこんな風にバグったりはしない。完全にニンゲンの反応だ。
「結局は、その『光』が神様、ってことでいいんじゃないですか? 信じる信じないは別として、そっちの方がずっとわかりやすいですし、手っ取り早いです」
「……日下部さんが、そんなに即物的なニンゲンだと、私は思っていませんでした」
「即物的かどうかで言ったら、即物的でしょうね」
その自覚はある。僕も、ずいぶんと無花果さんに毒されているから。
なにごとも、単純明快が第一。わざわざ複雑に考えなくていい、もっとシンプルに思えばいい。
「三笠木さんが感情の揺れをこわがって、表に出さないようにしているのも、内に秘めたひとつの『光』です。見えないかもしれないけど、たしかに光ってるんですよ。少なくとも、僕のフィルムに焼き付くくらいには」
「……しかし、私は……」
「もう『兵器』だ、なんて言いっこなしですからね。『兵器』のフリしたニンゲンだってことはバレバレなんですから」
「……っ……!」
僕の言葉もまた、三笠木さんが忌避する情動を刺激しているのだろう。戦場にいたときよりも追い詰められた顔をして、冷や汗まで流している。ぴぴぴー、と心電図が心拍数の加速を告げた。
僕は丸椅子に座り直して、
「けど、内に秘めてるからこそ、その『光』は三笠木さんのアイデンティティになってるのかもしれません。そういう内側の衝動が、三笠木さんってニンゲンなんですよ。無花果さんが感情ばっかりで動いてるから、そっちの方が釣り合いが取れるかもしれません」
普段から喚き散らして笑い転げて生きている無花果さんを見慣れているせいで、目立たないだけだった。三笠木さんもたいがい感情で動いている。
そのことが、今回の件でよくわかった。
三笠木さんは途端に途方に暮れたような顔をして、
「……だとすれば、私は一体どうしたらいいのですか……?」
事実上の降参宣言だった。三笠木さんは、とうとう自分の中の『恋』という感情の揺れを認めたのだ。
僕はにこりとほほえみかけて、
「簡単なことですよ、難しく考えちゃダメです」
「正解を教えてください」
『君は結論を急ぎすぎだよ!』とは無花果さんの言だけど、三笠木さんだって性急だ。いつもの『調律』の立ち位置も、なんとなくわかるようになってきた。
僕は人差し指を一本立てて、
「『守りたい』『大切にしたい』『しあわせにしたい』『好きだ』。そういう感情で動いちゃっていいんです。『恋』に合理的な正解なんてものはありません。童貞の僕が語ったところで説得力に欠けるでしょうけど」
「いえ、その点に関しては問題視していませんが……」
「なら良かったです。そんなに場数を踏んでるわけじゃないですけど、同じ男として言えることはひとつだけですよ。『恋心で動いちゃっていい』んだって。僕たち男なんて、所詮はそんな生き物なんですから」
まさか三笠木さんと恋バナなどをする機会がやってくるとは、夢にも思わなかった。
けど、現実に三笠木さんは無花果さんに『恋』をしているし、本人だって渋々ながら認めた。
だったら、もうその通りに動けばいい。
『恋』のひとつで死のうと生きようと、それは立派な死に様であり、生き様だ。
『恋とは偉大だ』とはよく言ったもので、ときには神様よりもまぶしい『光』になり得る。
三笠木さんに神様がいないのなら、その『恋』を頼りに生きていけばいい。
『恋』を信仰すればいい。
女ひとりのために生きて死ぬ。
戦場で華々しく散るよりも、ずっとずっとカッコイイ生き様だ。
「……なるほど……」
徐々にだけど、やっと三笠木さんの動きがスムーズになってきた。なんとか『咀嚼』して、『消化』したらしい。あとは『排泄』だけだ。
「……これが、『恋』というものですか……」
「もしかして、初恋だったりします?」
「はい。29年余り生きてきた中で、これが私の初めての『恋』です」
もうはっきりと肯定してしまっている辺り、三笠木さんも覚悟を決めたようだ。
見ている側が焦らされるような展開は、もうないだろう。
僕だって、無花果さんのことが好きだ。
しかし、これは『恋』ではないことはよくわかっている。
もっと別の、いびつで強固なきずなで、僕たちはすでに結ばれている。
だから、嫉妬したりはしないし、応援もする。
なにせ、男同士恋バナまでしたんだから。
「……『恋』、ですか……これが……」
「そうですよ。成就するかどうかはわかりませんけどね。今のところ、三笠木さんの片思いです」
「……かたおもい……」
新種の言語に触れるように、そっとその言葉を口にする三笠木さん。壊れ物を扱うような口ぶりだった。
そして、くすぐったそうな顔をして笑うのだ。
「……『恋』とは、案外苦しいものなのですね」
「簡単に叶っちゃ、ありがたみがないでしょう」
「それもそうです」
もう完全に開き直っている。すぐに笑みを引っ込めていつもの調子に戻ると、三笠木さんは突拍子もないことを言い出した。
「春原さんとはすでに肉体関係にあります。つまり、実質これは両思いではありませんか?」
「……からだだけの関係なら、その辺に掃いて捨てるほどありますから……」
恋愛経験値が僕よりも低い三笠木さんは、放っておくと暴走しそうだ。また無花果さんと変にぶつからないように、ちゃんと見張っておかないと。
「ともかく、まだ片思いの段階です。正直、無花果さんなんて『モンスター』を相手にどうにかしろって方が無理難題なんですけど……そこのところは、ぜひどうにかしてください」
「了解しました。問題ありません」
そう言って、三笠木さんはかけていたメガネをくいっと上げる。
……問題しかないような気がしないでもないけど……
でも、僕なりに三笠木さんの『恋』を応援しようと思う。
せっかく芽生えた想いなんだから、大切に育んでほしい。
『最終兵器』が、『魔女』に『恋』をした。
そんな歴史的な瞬間に立ち会って、僕はなんだか気が抜けたように笑うのだった。




