№4 兵士の遺影
事態が動いたのは、さらにその翌日だった。
やっぱり様子がおかしい三笠木さんは、腕時計を確認して定時ぴったりになったことを確認すると、おもむろに席を立った。
そして、使っているところを見たことがない自分のロッカーを開く。
……中が見えて、僕はつい目を丸くしてしまった。
そこにあったのは、凶器の山だったからだ。
拳銃、ナイフ、鋼線、手榴弾、銃弾ケース、新品のメカニカルグローブにコンバットブーツ……どれもこれも、ひとを殺すための道具だった。
明らかに、殺傷を避けるためのスプーンという普段の武器とは違う。
そこには、明確に『ひとを殺す』という覚悟が詰まっていた。
三笠木さんはそれをひとつひとつ手に取って、ポケットに押し込んだり、ベルトに挟んだり、喪服の内側に吊り下げたりしている。
そして長大なグルカナイフを腰の後ろに提げ、コンバットブーツの靴紐を締め、メカニカルグローブを装着すると、
「それでは、定時になりましたので、私はこれで失礼します。お疲れ様でした」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいや!! ちょっと待てよ!?」
さすがの無花果さんも、これにはツッコミを入れた。無花果さんがツッコミに回るなんて、もしかしたら明日世界は終わるのかもしれない。
無花果さんは怒髪天の様子で、
「なにしれっと帰ろうとしてんだよ!?!? ってか、普通に帰るだけの装備じゃねえだろそれ!?!?」
「私は業務を終了しました。これから先は私のプライベートです。あなたには一切関係ありません」
「この期に及んでそれかよ!!」
無花果さんはつかつかと三笠木さんに詰め寄ると、固めたこぶしで思いっきりその頬を殴った。とはいえ、無花果さん程度のパンチでどうこうなる『最終兵器』ではない。微動だにしなかった。
それでも、無花果さんは吐き捨てるように言い募る。
「いいか! もうネタは割れてんだよ! 大方、あのチンピラに『この事務所どうなってもいいんだな?』とか脅されて、そんで鉄砲玉にでもなるつもりだろうが! 『センセイ』ってのは、アレ用心棒かなんかのことだろ!」
……ああ、そういうことか。
今までただの先生と生徒の関係だと思っていた自分のマヌケさを呪いたくなった。
『センセイ』。たしかに、ヤクザの用心棒だって『センセイ』と呼ばれている。あのチンピラは生徒などではなく、三笠木さんを抗争の鉄砲玉にしようとしていたヤクザの構成員だったのだ。
ということは、三笠木さんは過去に『センセイ』をしていたことになるけど、『最終兵器』をやっている今に比べたら別に驚くようなことでもない。
すべてを見透かされても、三笠木さんは否定も肯定もしなかった。しかし、それがなによりの答えとなっていた。
無花果さんは完全武装の三笠木さんのネクタイをつかみ、顔を寄せて怒鳴り散らす。
「つまんねえマネしやがって、胸糞悪ぃ! そんなことくらい、小生にだってわかるんだよ! むしろどうせわかんねえだろと思ってたことが腹立つんだよ! 小卒ナメんな!」
……僕はわからなかったから、小卒だとかそういうことは関係ないと思う。
無花果さんはなおも三笠木さんに詰め寄った。
「いいか! 今さら『庭』から足抜けできると思うなよ!? 小生たちはみんな、ここの『モンスター』だ! 小生も、てめえもな! こっからどっか行こうだなんて、小生が許さねえぞ! 出かけるってんなら、せめて外出許可くらい取りやがれバーーーーーカ!!」
唾を散らして息巻く無花果さんが言いたいのは、『わけくらい話してから行ってくれ』ということだ。ひねくれものの『魔女』から出てくるのは、そんな罵声でしかなかったけど。
それでも、僕も同じ気持ちだった。
縁あって同じ『庭』の住人となったのに、なにも言わずに行ってしまうなんて、水くさいじゃないか。
そんなのは、さみしいじゃないか。
わけを話してくれたら、無事を祈りながら待つこともできる。三笠木さんは、そんなことすらも許してくれないのだろうか。
いつしか、みんな同じような目をして三笠木さんを見つめていた。無花果さんも、僕も、所長も、小鳥くんも。
『共犯者』たち全員が、せめて理由を知りたがった。
……先に根負けしたのは、三笠木さんだった。
軽くため息をつくとネクタイを引っ張っていた無花果さんの手をやんわりと引き剥がし、なぜか僕に向き直る。
「日下部さん、お願いがあります」
「……はい」
僕も釣られて居住まいを正し、続きの言葉を待った。
「私はこれから、戦争をしに行きます。おそらく私は死ぬでしょう。私は、そういった生き方をしてきました」
「……はい」
「私にとって、死はおそろしいものです。可能であれば、私は死にたくありません。しかし、それは選択肢には含まれていません。私は死ぬのがこわいですが、死ななければなりません」
……このひとが、『こわい』、だって?
超人のようなちからを持つ、『庭』の『最終兵器』が?
『死』から一番遠かった、あの三笠木さんが?
……『死ぬのがこわい』だなんて、それこそ死んでも言わないと思っていたのに。
それが、いざ死ななければならないという段になって、恐怖を感じていると言う。
だれよりも『死』に触れてきたであろう三笠木さんは、自分が当事者になるような経験もしてきただろう。
そのたびに、このひとは『こわい』と思ってきた。
『死にたくない』と思ってきた。
結果、今まで生きてきたわけだけど、今回ばかりは死ななくてはならない。
その上で、僕にお願いしたいこととはなんだろう?
無言で先をうながすと、三笠木さんは僕の目をまっすぐに見つめてきた。瞳孔が開きっぱなしになっている視線が僕を射抜く。
「ですので、せめてそのカメラと目で、私の『死』を『記録』してください。私の死に様を、生き様を『記録』してください。そうすることによって、恐怖は多少薄れます」
……なんだ。
なんだ、それ。
そんなの、まるで出征直前に撮る兵士の遺影みたいなものじゃないか。
帰ってくる気はないと、宣言しているようなものじゃないか。
こんな、わけがわからない状態のままで。
……気がつくと、僕は無花果さんと同じように三笠木さんの顔をこぶしで殴りつけていた。無花果さんよりは威力があるであろうその一撃も、三笠木さんにとっては蚊に刺されたも同じようなものだ。やっぱり、身じろぎもしない。
僕も三笠木さんも、殴り殴られたことは当然のことのような顔をして落ち着いていた。
そして、僕は静かに告げる。
「……僕のカメラは、撮るべきものと撮るべきでないものを選びます。なので、せめてわけを話してください。納得できたら、僕は三笠木さんの『死』を『記録』しに戦場へ同行します」
行くな、とは言わない。
死ぬな、とも言えない。
ただ、『記録』するもののことを知りたかった。
それが、僕の役割だから。
同じ『庭』の住人として、できることだから。
……三笠木さんは、少しの間目をつむっていた。それから、あきらめたように肩を落とし、ため息をつく。
次に目を開いたときには、もうこころは決まっているようだった。
「……わかりました。少々長くなりますが、私は話をします」
僕のせめてもの願いは、なんとか三笠木さんに届いた。三笠木さんは重武装を解くこともなくデスクに戻ると、いつもの定位置について、
「……話は長いですが、内容は簡潔です。なぜなら、それは世間に非常にありふれた事象だからです」
やっと、口を開いてくれた。
……さて、どんな言葉が出てくるのやら。
そこには、僕が『記録』すべき真実の『光』と『影』はあるのだろうか。
引き止めることも祈ることもせず、僕はただ、三笠木さんの話に耳を傾け始めるのだった。




