№10 『ゴミ収集車』
……頬が冷たい。
頭が痛い。
最初に戻ってきたのは触覚と痛覚だった。
そして、次に聴覚が戻ってくる。
「……でもさー、みくるのやつ。マジで稼ぐよなー」
「あーね。今月だけで何千万だろ?」
「えー、やば」
「でもあいつ、もうケツに火ぃついてっから、なりふりかまってらんねえし」
「そんだけ稼いでんのに借金あんの?」
「じゃっぶじゃぶに貢いでるんだってさ」
「えー、やば」
その辺で、一気に脳機能が覚醒した。
はっと目を覚ますと、僕は頬を床につけて這いつくばっている体勢になっていた。パイプ椅子で殴られて気を失って……
……ここは、どこだ?
かぶりを振りながら起き上がってみると、どうやら僕はサーカスの猛獣が入れられるような檻の中に閉じ込められているようだった。さらにその檻は薄暗い小部屋に隔離されていて、見張りのように男がふたり、丸椅子に座ってだべっていた。
さっきの会話も、このふたりがしていたものだ。
「お、おにいさん気がついたー?」
おちょくるようにあごをしゃくりながら、髪を青くして逆立てた若い男が檻の中を覗き込んでくる。
……そうだ、カメラ……!!
「あの、カメラは……?」
「カメラぁ?」
「あーね、お兄さん持ってたやつね」
「あー、そんなんあったなー」
「あんなガラクタ、メルカリに流しても大した値段つかねーだろうから、おにいさんの『残骸』といっしょに処分してやんよ」
あのカメラには貴重な『記録』が収められている。壊されていたりしないといいんだけど……
「つかさー。おにいさん、カメラより先にいのちの心配しなよー」
相方のアシメ前髪の男が、ピカチュウの着ぐるみの裾を引きずりながら同じように檻の中に視線を向ける。
「い、いのち?」
「そー。おにいさん、自分の状況わかってるー?」
「いえ、まったく」
「なんなんこいつ? 本気でなに起こってんのかわかってねえのか? 冷静すぎてキモいんすけど」
キモいなどと言われる筋合いはない。カメラが無事なら、僕自身はいくらでも挽回できる。そういう『筋書き』になっているはずだから。
そうとも知らずに、男たちはぺらぺらとしゃべる。
「はい、おにいさんには、臓器ぜーんぶ売ってもらいまーす」
「んでー、そのカネはぜーんぶ、みくるんとこ行くから」
「……どういうことですか?」
「にっぶ。お前、死ぬんだよ」
急に男の口調が荒くなった。いつまでも平静な僕にしびれを切らしたのだろう。
凶悪な視線で僕をにらみつけながら、男は口元だけへらへらと笑っていた。
「んでー、お前の臓器売ってできたカネは、みくるがストローでちゅーちゅーおいしくいただきまーす」
「俺らもちょっとだけゴチんなりまーす」
「ってことで、ハラワタだけ置いて、死ね」
言い放たれた言葉は、あまりにも軽かった。
到底、ひとひとりのいのちがかかっているような口ぶりではない。
それくらい、この場所でのいのちの値打ちは低いのだ。
……まさかとは思うけど、長門さんもこんな風に……?
けど、すべてみくるさんが仕組んだことだとしても、だったらどうしてわざわざ僕たちのところまで死体を探しに来たっていうんだ?
仲間を葬ってやりたいと、僕たちを頼ってきたんじゃないのか?
……仲間だって、言ったじゃないか。
そもそも、なんで今、こんなことになってるんだ?
無花果さんはなにもかもわかっていて僕をけしかけた。もちろん、あとから無事に救出することも織り込み済みで。
しかし、こうして危険を犯すことになにか意味はあるのか……?
「ん? なんか物音しねえ?」
僕の思考をせき止めるように、男がつぶやいた。
耳を澄ませてみると、遠いところからたしかに物音が聞こえてくる。そして、その物音はどんどん小部屋に近づいてきた。
はっきりしてきた詳細は、肉を打つ音、骨が折れる音、発砲音、金属音、かたいものがぶつかる音、そして数々の悲鳴だった。
「おいおいおい、なんか起きてんぞ?」
「やべーんじゃね? 見に行く?」
言葉を交わして、男たちふたりは小部屋の扉を開けて外に出ていった。
それからもどんどん物音は近づいてきて、そして完全に静かになる。
さっきの騒ぎがウソみたいな静寂の中、きい、と金属の扉が開く。
「……敵影なし、オールクリアー」
「やっほー、まひろくん!」
そこには、コンバットブーツとメカニカルグローブ、スプーンが並んだ弾倉ベルトで武装した三笠木さんと、その背後からひょっこり顔をのぞかせる無花果さんの姿があった。
「……意外と、遅かったですね」
ひとを生き餌にしておきながら、無花果さんはどこまでも楽しげだ。
扉の外への警戒を怠らない三笠木さんをしりめに、るんるんと歩み寄ってきて、無花果さんはにやにやと檻の中を覗き込んでくる。
「どうだったかね? トー横の『闇』と『病み』のお味は?」
「とんだ災難ですよ、まったく」
ぶすくれた顔で答えると、無花果さんは特別なジョークを聞いたように大爆笑した。
「ぎゃはは! 普段から小生に塩対応してるからだよ! ざまあねえな、日下部まひろ!」
「指をささないでください。あと、早く出してくださいよ。カメラのことも気になるし……」
助けに来たのだから、当然この檻もどうにかしてくれる……と思った、僕が甘かった。
無花果さんは人差し指をくちびるに当てて、にんまりと笑う。
「Say the magic word!」
「……はあ?」
「『呪文を称えろ』と言っているのだよ! ほら、『無花果さんは凛とした気品あふれる魅力的なご婦人です』! リピートアフターミー!」
……なんでここで思ってもいないことを口にしなくてはいけないんだろう。
だけど、その『呪文』を唱えないとここから出してもらえないらしい。
非常に不本意ながら、僕は渋々その言葉を繰り返した。
「『いちじくさんはりんとしたきひんあふれるみりょくてきなごふじんです』」
「はいー! 棒ー! こんな棒読み、なかなかないよ!?」
「あいにく、僕は正直者なんです」
「そりゃあさぞかし生きづらいだろうねえ! そんなんじゃ社会じゃやっていけないよ!?」
「ニートにだけは絶対に言われたくない言葉ですね」
「くきいいいい! もういい! 出してやらないんだから!」
……子供か、このひとは。
呆れ返っていると、三笠木さんが助け舟を出してくれた。
「あなたの愚かさは度を越しています」
「てめえまで小生のことバカとか狂人とか痴女とか変態とか言うつもりか!? おおん!?!?」
「私はそこまで言いません。可及的速やかに日下部さんを救出すべきです」
「小生しーらね! だいたい、鍵のありかもわかんねえのにどう助けろってんだよ!?」
「物理的に破壊します」
そう宣言すると、三笠木さんは装甲グローブをはめた両手で、ぐ、と鉄格子をつかんだ。
そして、途方もないちからをかけて太い鉄格子をこじ開けてしまう。生まれて初めて、檻がぐにゃりと折り曲げられるのを見た。
……このひとも、たいがいニンゲン離れした腕力してるよな……
スーパーマンを生で見たような気分になりながら、僕はへし曲げられた鉄格子の隙間にからだを突っ込んで、檻の外へと出た。
ああ、シャバの空気がおいしい。
「ぎゃはは! どんだけバカぢからなんだよ、この脳筋!」
「私は以前、野生のゴリラと格闘をしたことがあります」
「……いや、よく死にませんでしたね」
「『最終兵器』として、この程度は当然です」
……そういうものなのかな。
「さあさあ! いつまでもぼさっとしてるんじゃないよ、まひろくん! とっとと上の階にいるラスボスに話をつけに行こうじゃないか! まさしく、『なんとかと煙は高いところが好き』だね、ぎゃはは!」
話をつけにいく?
無花果さんはまた、なにを言い出すのだろうか?
本当はこんなところ、さっさとオサラバしたいのだけど、無花果さんになにか考えがある以上、最後まで付き合わなくてはならない。
そんなわけで、僕たちは小部屋を後にして、ビルの階段をのぼり最上階にいる『ラスボス』とやらに会いに行くのだった。




