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Grave Dancers ! ~死体装飾家の修辞学~  作者: エノウ アカシ
第11章 Schrödinger's Cat in the Network
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№9 視線の『暴力』

 台風はすっかり過ぎ去って、電波が回復しても所長は配信を再開せず、僕たちはただソファに並んで座ってぼうっとアホ面をしていた。


 そういえば、所長とふたりきりでこうやって過ごすのは初めてだ。そもそも、所長が配信の外にいること自体が異例のことだった。


 けど、不思議なことに、僕はとてもほっとしていた。落ち着く、というか、居心地がいい、というか。台風一過の空気感がそうさせるのだろうか。


 本性を暴いてみれば、所長というニンゲンはこんなものだった。根本から、魔女の『庭』の庇護者。僕たち『モンスター』の父親のような『悪魔』。


 けど、子供みたいに世界のことをこわがっている。世界から自分が消えてしまうんじゃないかと、泣いていた。たすけて、とも言えずに、震えていた。


 『父親』と、『こわがりな子供』。そのふたつが、所長の本性だった。


 どこか照れくさいような懐かしさを感じながら、僕はぼやっと宙を眺める。


「それにしてもさー」


 いつもの調子で所長が語りかけてきた。返事をするでもなく、僕はその声を聞く。


「君のカメラって、まるで神様の目みたいだよねー」


「そんな大層なものじゃないですよ」


「いやいやー、だってさー、存在を確定させちゃうんだよー? そんなの、それこそ神様じゃなきゃできないはずのことなのにさー、君ってば、しらーっとやっちゃうんだもーん。これってけっこうな偉業だよー?」


「ニンゲンとして、やっちゃいけないことだったんですかね?」


「かもねー。教授だってそれで壊れたんだしさー。こわいことだよー、とっても。けどさー、僕はたしかにその神様の目で救われたんだよねー」


「所長が完全に壊れる前でよかったです」


「あははー、ほんとにねー。きっと今ごろ、ネットは大騒ぎだよー。ホントに僕が消えちゃったって思ってるひともいるかもねー」


「神出鬼没くらいが所長らしいです」


「しれっと鬼没させないでよー。他でもない君の目で存在してるんだからさー」


「少しでも八坂さんの心労を肩代わりしてあげたいですからね」


「あー、大樹くんー? まあ腐れ縁だしねー、なにを今さらだよー。この前さー、ちょっと謝ってみたら、すごい勢いで怒ってくんのー。なんで怒られてるのかさっぱりだったよー」


「それは所長が悪いです」


「えー、なんでー。僕が悪いのー?」


「本当に八坂さん、大変なんですね……」


「あははー、大樹くんいなかったら、たぶん僕、今ごろ生きてないだろうしねー」


「あんまり依存しちゃダメですよ」


「わかってるよー。それに僕たちは共依存関係だしー?」


「つくづく『呪われて』ますね」


「これでも、魔女の『庭』の『ヌシ』だからねー。『呪い』のひとつも抱えてないと、やってけないよー」


「懲りないですね」


 ……ふっと、今まで続いていた会話のラリーが止まった。


 黙り込んだ所長の横顔を盗み見ようとすると、ちょうど目が合った。しまった、とばかりにイタズラがバレた子供の顔で笑う所長は、


「やっぱさー。僕が君を迎え入れた理由って、『観測』してもらうためだったのかもしれないねー。当初はぜんっぜん意識してなかったけどさー」


 そう言って、大きくあくびをした。けど、その頬にはまだ涙のあとが残っている。


「なーんか、ぴんと来たんだよねー。『この子だ』ってさー。直感でビビっと来たんだよー。君、自分のことカメラで撮ったことあるー?」


「……そういえば、自撮りはしたことないですね」


「でしょー。カメラマンって、案外自分の写真だけは撮らないひと、多いからー」


「自撮りなんてしても、つまらないですから」


「そうでもないかもよー?」


 意味深なトーンでそう口にすると、所長はにやりと笑って見せた。『悪魔』の笑みだ。


「君、自分の目、もうちょっと意識した方がいいよー。だって、なんだかこわいもーん。見透かしてる……とは違うなー、澄みすぎてる……わけでもないしー」


「単なるカメラの付属品ですよ?」


「そういうスタンスでいるのは危険だって言ってるのー。とにかく、『ちから』があるんだよー、視線にねー。明確に『見てるぞ』って訴えかけてくんのー。それって、カメラよりも『暴力』になり得る武器かもよー?」


 僕の視線が『暴力』……?


 初めて言われた言葉に、ついきょとんとしてしまう。


 自分の目を鏡で見ることはあっても、それはだれかを見つめる目とはまったくの別物だ。


 僕は、一体どんな目をして他者を見ているのだろうか?


 所長は、それが『暴力』になり得ると言う。


 それだけの『ちから』がある視線だと。


 今まで、ただカメラのファインダーをのぞくためのものだと思っていたのに。


 ……そんなこと言われたら、ひとを見つめるのがこわくなってしまう。


 知らず所長から視線を外していると、所長はけらりと笑った。


「あははー、あくまでも僕の個人的な感想だと思ってねー。ともかく、君はもうちょっと自分自身のことをかえりみないといけないね、って話だよー」


「……肝に銘じておきます」


「よーしよし、いい子だ」


 さっきまで子供みたいに泣いていたくせに、所長は『父親』の顔をして僕の頭をなでた。


「その視線が僕のこころに引っかかったおかげで、君を迎え入れられたんだよ。君をこの『庭』に招いて、本当によかった。神様のカメラなんて、そうそう現れる逸材じゃないから」


「……褒めすぎです。あと、ちょっと鬱陶しいので頭なでるのやめてもらっていいですか?」


「えー、傷つくー。オッサンのなでなではイヤなのかなー?」


「普通にイヤです」


 ……またも、ぷっつりと会話が途切れる。けど、それは決して気まずい沈黙ではなかった。むしろ、言葉を交わさない空間の方がしっくりくるような気がした。


「ねえ」


「なんですか?」


 恥じらう乙女のような呼び掛けに応じる。ただのもじもじするオッサン、と切り捨てることは、どうにもできなかった。


 所長は息を吸い込んで、吐いて、それから決意をかためたような口調で、


「……もっと、撮ってよ。僕のこと」


「いいんですか?」


「うん。もっと『観測』して、存在を確定させてよ。しっかりと、世界に刻み込んで」


「わかりました」


 カメラを手に取ると、僕はレンズを所長に向ける。


 ぱしゃり。


 ゆったりとソファでリラックスしている所長を撮影する。


 ぱしゃり。


 にっこりとピースする笑顔を撮影する。


 ぱしゃり。


 わざと難しい顔をしているところを撮影する。


 何枚も何枚も、フィルムに所長の姿を焼き付けた。


 そのたびに、所長の顔色が良くなっていく。


 ……まるで、患者に精神安定剤を投与している医師のような気分になった。


 けど、それで所長のこころがラクになるなら、何枚でもいい、撮ろう。


 それが、僕の『庭』における役割なのだから。


 『魔女』のための『庭』。


 そして、『悪魔』のための『庭』。


 ……なんとも、地獄のような職場だな。


 いろんな意味でブラックバイトだ。


 それでも、そんな地獄に自分の居場所を見出した僕もまた、『モンスター』のひとりであり『共犯者』なんだけど。


 ぱしゃり。


 またシャッターを切る。レンズ越しなら僕の視線の『暴力』もこわくないのか、所長はちゃんとカメラに向いてくれていた。


 ぱしゃり。


 カメラの向こうの所長はうれしそうにしている。おめかしをして写真館に連れてこられた子供のように。


 澄ましたり、笑ったり、大げさな困り顔をしたり、忙しい。


 そうやってフィルムが尽きるまで、初めて所長という被写体を撮影して、僕たちは嵐が過ぎ去った静けさの中に鼓動のようなシャッター音を刻んでいくのだった。

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― 新着の感想 ―
まひろ君の目はね。表面の奥を観測してるんだよね。 観測度合いが深いって言うのかな? 無花果さんも深いけど、違う意味で恐ろしく深淵を見ている。 傍目には鋭い少年に見えるだけなんだろうね。
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