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the other side of HOW ABOUT DRIVING?

作者: たまご

ここは中心都市、広川。そこに一人のサラリーマンのオフィスがある。


歳は30、爽やかな顔立ちでエレガントな雰囲気を出し、その全面に出されている温厚さが彼の性格を物語っている。



彼の名は谷原賢二という。





谷原は携帯のセールスを職としている。特に最近流行のデータ通信なんかにも強く、回りからの人望も厚い。

この若さでトントン拍子に出世し、今は会社で結構重要な職を任されている。



そんな谷原が想いを寄せているのは、5つ年下の香西薫という女性だ。香西とは5年ほど前に知り合い、何度か一緒に仕事をした。その時はただの社員とバイトの関係で、香西が就職する頃には疎遠になっていた。






さかのぼる事5年。


谷原はその週末、市外の量販店に出向いた。一緒に働くのは自分より一つ上の野中一真と、まだ二十歳になっていない香西薫。二日間このチームで仕事することになった。

量販店に向かう車内は、みんながみんなお喋りじゃないせいもあって静かになる時が多いが、話すと結構楽しい雰囲気になる。なかなか良いチームワークの構成だった。


野中はその年の2月から仕事を始めたにしては接客販売が上手く、野中と同時期に仕事を始めた香西もまた、集客能力に長けていた。リーダーとして仕事をする立場の谷原としては非常にやりやすい。


野中と会話も楽しみつつ、基本接客販売が出来ない香西に疎外感を与えないように極力気を配った。携帯コーナーから人気が消え、少し香西の所に話しに行こうとしていた時だった。



香西が風船を胸元に持ちながら、どこか悲しそうな目をして立っていた。今客がほとんどいなくて集客どころじゃない事を退屈に感じているのか、はたまた別の理由か…。

何にせよ、横からその様子を眺めていた谷原は香西から目が離せなくなった。




「…うわぁ…!」


谷原がじっと見ていたことに気付いた香西が小さく驚いた。


「び…びっくりしたー…」


「大丈夫ですか?疲れてませんか?」


谷原が心配そうに尋ねる。香西はその大きな目をぱちぱちさせた後、谷原に微笑んでみせた。


「大丈夫です」


谷原にはその笑顔もまた、悲しそうに見えた。



そしてそれから、谷原は香西のことが少しずつ気になり始めたのだった。





あの仕事から数週間後のある日、オフィスでの仕事の休憩中に同僚の岩本雄大と昼食を食べに出かけた。岩本とは仕事の同期で、浅く広くの付き合いがほとんどな谷原にとっては唯一無二の友人だ。

岩本は学生時代モデルをやっており、その外見と人懐っこい性格は女性スタッフから高い支持を得ている。


が、岩本にはもう一年半近く彼女がいない。言い寄って来る女性が少なくないため、妥協をする必要がないのだ。



しかし谷原は、岩本の口から驚くような言葉を耳にした。


「香西ちゃん知ってる?」


「うん。俺が何回か前に一緒に入っただろ?」


「そうそう。俺あの子気に入っててさ」


谷原は黙って肘をつきながら話を聞いていた。


「何かね、すっげー面白いの。天然だしさ、なんか可愛く見せようとしてないのが珍しいっていうか」


「香西さんのことよく知ってるんだねぇ」


「まあね…夏のキャンペーンはほぼ毎週会ってて話してたし」



岩本は高山地区のマネージャーをやっている。そのためよく高山に仕事に行く香西とは仲が良いらしい。ちなみに谷原は、いつもは高山でリーダー職を任されている金本が休暇を取ったため、あのチームで高山へと向かったのである。



「この前話聞いてたらさ、金本さんがうちの会社の人何人か連れて香西ちゃんと食事に行ったらしい」


「へー…何か珍しいね」


「そう!だから俺もマジ行きたかったと思ってさ。金本さん香西ちゃんの連絡先知ってるみたいだから、頼んで俺も食事に行こうかな」



谷原はこの時直感した。自分と岩本が並べば確実に自分が負ける、と。


谷原がルックスも性格も良いのは周知の事実で、ひそかに彼を想っている人は多い。だが岩本と比較すると、何かしら劣っていることもまた、多いのだ。


香西にしてもきっとそうだ。岩本と自分が並べば選ばれるのは岩本だ。そんな劣等感が無意識のうちに谷原の脳内に広がった。







そして時は今から数ヶ月前へと流れた。


谷原が会社帰りに珍しくぶらぶら歩いていると、正面から大きなキャリーケースを引いている女性と遭遇した。谷原はふと顔を上げたあと目を奪われた。最後に会ってから約2年半。間違えるはずがない…香西だった。


「香西さん?」


香西がぱっと顔を上げ、びっくりした顔を見せた。


「谷原さん…!お久しぶりです!」


「どうしたんですか?その荷物」


「あ、仕事で2年半くらいフランスに行ってて…今日帰って来たんです」


香西が柔らかい笑顔を浮かべた。あの時と同じ、どこか寂しげな目をして…。


「…香西さん今晩空いてます?」


「う…ん、まあ空いてます…ね」


「良かったら今から飲みに行きません?」


香西は目をぱちぱちさせた後、うーんと声を出して悩んだ。行っても良いけどこの荷物をどうするのか、と。しかも今お金を持ち合わせていない。

谷原は香西が悩んでることを察し、覗き込むようにして話し掛けた。


「荷物は車に置いて行きましょう。お金のことは気にしなくて良いんですよ?」


年下とはいえ、もう社会人の身。持ち合わせがないという理由でおごってもらうというのが香西は嫌だった。しかし谷原はこの機会を逃すわけにはいかない、と香西を説得しはじめた。


「僕と飲みに行くの嫌ですか?」


「とんでもないです!嬉しいです…けど…」


「僕が嫌なら岩本っちゃんも呼びますけど…お金のことはホントに気にしなくて良いんですよ?行かないんですか?遠慮しなくて良いんですよ?後悔しちゃうかもですよ?」


香西は押しに弱い。谷原がこんなふうに言ってきたことを断ったことがないのだ。谷原もそれを知ってて子犬のような目を向けた。


「…良いんですか?ホントに」


「もちろんです。むしろ岩本っちゃんじゃなくてごめんなさいね」


「とんでもないです。岩本さんより谷原さんに会えて嬉しいですもん」


香西が初めて今まで見せたのとは違う、とびきりの笑顔を見せた。



その瞬間に谷原は気付いた。自分はこの女性に確実に惹かれている、と。

お世辞かもしれないが…もちろん香西はお世辞でも何でもなく本心で言ったのだが、香西は岩本ではなく、谷原に会えて嬉しかったと言った。


香西は知らず知らずのうちに、谷原の中にある劣等感を拭い去ったのだ。


谷原は何となく気になっていた女性からその言葉を貰えたことがこの上なく嬉しかった。だからこそ、自分には香西しかいないのだと強く思うようになった。




それから、谷原の香西に対する想いは確実に大きくなっていった。メールや電話を積極的にして、少しの暇さえあれば香西と出掛けたりもした。






そして最近に至る。


オフィスでいつものように岩本と昼食を取る。谷原が最近生き生きしてるのを不思議に思った岩本が、タバコに火をつけながら話し掛けた。


「何か最近谷原ちゃん嬉しそうだね」


「そう?」


「うん。基本一日中今までと違うような笑顔でいるもんね。何か良いことでもあった?」


「んー…」



岩本が気に入っていると言っていた女性とデートを重ね、交際を申し込もうとしている。それを告げて良いのか谷原は激しく悩んだが、適当なことを言っても仕方ない。親友ならば話さなければ、と谷原は決心した。


「…実はさ、ちょっと前に香西さんに会って」


「マジ?」


「うんうん。で、会った日がちょうど香西さんがフランスから帰って来た日で…しばらくフランスの会社に勤めてたって聞いたんだけど、とりあえずそれで…」



谷原の話が珍しくまとまらない。岩本の中で『もしかして』の疑問が出て来た。


「谷原ちゃんって香西ちゃんと付き合ってんの?」


「いやいやいや、まだ…」


その言葉に谷原が固まった。『まだ』と言ったということは、普通に考えて交際を考えているということ。香西に好意を寄せているのを自ら暴露してしまったのである。

岩本は若干挙動不振になっている谷原を見て、大きな声で笑った。


「何そんなに焦ってんの」


「いや、何ていうか…」


岩本は何となくその理由を考えてみた。遠慮しがちな友人が考えやすい、変な理由だろう。


「谷原ちゃんさ、俺が昔香西ちゃん気に入ってるって言ったの、あれそういう意味じゃないから」


「えぇ?」


「女性っていうよりは友達として?何ていうか…説明しにくいけどさ。失礼かもだけど別に付き合いたいとは思ってないよ」



谷原はただ目をぱちぱちさせて岩本を見た。それが自分が想っている女性の仕草だとは気付かずに…。


「まー頑張って。谷原ちゃんかっこ良いからイチコロだろ」


無責任発言を恨めしく思いつつ、谷原は少しずつ前を見据えた。

香西と手を取り合って生きていく、それが容易に想像出来て何とも言えない感覚が胸の中に広がる。





この後、香西を想うもう一人の男性と真っ向勝負に挑むのは、また別のお話…。


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