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わたしのお父さん

 同じ週の週末に、三島はわたしを訪ねてきた。彼は大き目のバッグを手にしていた。


「話があるんだけど、ついてきてくれる?」

「いいけど、あがる?」


 三島は家の中にちらりと視線を送った。


「やっぱりいいよ。天気もいいし」


 わたしはおばあちゃんに声をかけると、彼についていく形で家を出た。

 彼の足取りは見慣れた道順を辿っている気がした。あのときは暗かったため、全く同じ道という確証はない。だが妙に懐かしい気がした。まだ一か月ほどしかたっていないのに、妙なものだ。あのときは三島とここまで親しくなるとは思っていなかった。


 森を抜けると、太陽の光が照らす場所に出た。その程よい暖かさが心地よかった。そこは花火大会の日に三島に連れてこられた場所だ。


 夜だと静寂に包まれ闇のイメージが付きまとうのに、昼だとのどかな雰囲気だ。昼と夜では随分受ける印象が違っていた。


「ちょっと見て欲しい」


 彼はバッグから紙袋を取り出すと、差し出した。


「どうしたの?」


 わたしの問いかけにも三島は黙ったままだった。紙袋を受け取ると、その紙袋が随分重さがあった。左手で紙袋の下部を持つと、右手で紙袋の中身を確かめた。

 そこには良く写真屋で貰う、紙とセロハンで作られた六つ切りサイズのアルバムが五冊入っていた。


 三島がわたしに手を差し出したので、わたしは一番上にあったアルバムを手に取ると、残りを三島に渡した。


 わたしはアルバムを捲った。そこに写っていたのはわたしに良く似た女性と、若い男性の姿だった。



 その整った顔立ちからわたしは誰の写真か直ぐに推測できた。


「高宮さんと、お母さんだよね」


 わたしは三島に確認を求めるかのように口を開く。そこに写っている二人の写真はとても親しげで、友達以上の関係に見えた。


「昨日、母親に聞いてみたらこのアルバムを渡された。高校生卒業まで付き合っていたって。一応ほのかには以前に大まかな話はしておいたと言っていたけど」


 わたしは三島さんの言葉に頷いた。千恵子さんが以前話してくれていた話を思い出していた。わたしのお父さんは別の人と結婚して、一歳下の子供がいる、と。


「わたしはあの人の子供なの?」


 三島さんは頷いた。


「間違いないって。君の母親から聞いたらしい」


 わたしはその言葉に胸を撫で下ろした。


 母親の死によって知ることが出来ないと思っていた父親を知るどころか、姿を見ることができたのだ。


「良かった」


 その言葉に三島は驚いたのかわたしの顔を覗き込んできた。


「辛くない?」


 わたしは首を横に振った。


「真一と由紀の姉で、向こうには両親がいて、不自由ない生活を送っているのに。本当は君のお母さんと結婚していたはずなのに」


 三島はわたしのことを心配してくれているのだろう。そう思うだけでわたしの心は満たされていた。真一と由紀と異母兄弟と思うと変な気はしたが、嫌な気はしなかった。


「心配してくれてありがとう。でもわたしは自分のこと不幸だと思ったことなんてないよ。お母さんが亡くなったのは確かに悲しい。お父さんがいてくれたらよかったと思う気持ちもある。でも、わたしはお母さんにたくさん愛情を注いでもらったから、誰よりも幸せだと思っているの」


 わたしの言葉に三島は目を見開いた。そのとき、三島の口元が僅かに緩んだ。


「人目は気にするくせに、そういうところは本当に強いな」


「わたしより、お母さんのほうが数倍辛い思いしてきたと思う。自分の好きな人と想いが通じ合っていたのにも関わらず一緒に居られなかった。そしてその人は自分の友達と結婚して子供までつくっている。わたしなら耐えられないかもしれない」


 由紀も真一もとてもいい人たちだ。だからこそ、やるせない気持ちが胸の中に湧き上がる。二人が生まれてこなければよかったなど思えなかったのだ。わたしのお母さんとお父さんが結婚していたら、二人は生まれてこなかったのだ。



「わたしが子供のころ、お母さん泣いていたの。そのとき見ていたのが、真一と由紀さんの写っていた家族写真だったんだ」


 三島さんは顔を歪ませた。

 今はその理由がよくわかった。


「お父さんに蔑んだ目で見られたときは流石に堪えた。憎んでいるという気持ちがすごく伝わってきたけど。お父さんに父親について聞かれたけど」


「おじさんは知らないのだと思うよ。君が自分の子供だってことを。もしかすると君のお母さんが二股を掛けていたと思っているのかもしれない。勝手な人だよな」


 わたしは三島の言葉に首を横に振った。

 きっと彼はそれを知るすべがなかったのだ。

 子供が生まれたことだけは誰かから耳にしたのだろう。

 それでもお母さんが好きな花をああして生けてくれていた。


「仕方ないよ。わたしの親はお母さんだけだったし、一目会えただけでも良かった」


「そうだな」


 三島は優しくわたしの頭を撫でた。


 なぜか彼はわたしの頭をよく撫でる。子供扱いをしているのだろうが、妙にそれが心地よかった。


 そのとき、森の中から枯葉を踏みつけるような音が聞こえてきた。わたしと三島さんはその音に反応し、振り返った。


 だが、森の中は太陽の光が遮られていて暗く、誰かいるのか判別もつかなかった。もし誰かに聞かれていたら、そんな予感がわたしの脳裏を横切った。


「動物だよね?」


 わたしは三島さんに同意を求めた。そう信じたかったのかもしれない。


 三島さんは黙ってただ音のしたほうを見つめていた。



 わたしは家の前で三島さんと別れた。彼はあれから「大丈夫だよ」と言い、そのことには触れようとしなかった。


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