幕間十一:若獅子たちの軍議
小田原城の本丸、軍議の間。
巨大な大陸地図が広げられた円卓を囲み、新生・連合軍の、次代を担う若き指導者たちが、顔を突き合わせていた。
父・氏康より、来るべき決戦における実戦部隊の指揮訓練を任された、北条氏政。その隣には、彼の腹心である大道寺政繁が、膨大な資料を手に控えている。
そして、各種族の若き代表たち。ドワーフ王ブロックの副官として小田原に留まる、革新派のリーダー、グレン。
故郷を捨て、三百の同胞の未来を背負う、エルフの長、エルウィン。旧レミントン領を治め、騎士の誇りと、民の暮らしの間で苦悩する、サー・ゲオルグ。
そして、氏政の弟であり、血気盛んな武人である、氏照と氏邦。
幻庵、綱成、小太郎といった絶対的な柱が不在の中、自分たちの手でこの国を、この連合を守り抜かねばならない。その重圧が、広間に、若々しくも張り詰めた緊張感を生んでいた。
「――以上が、風魔がもたらした、帝国軍の最新の編成と、予測進軍経路です」
政繁の、冷静な報告が終わる。
氏政が、重々しく口を開いた。
「……三十万。その全てが、数に物を言わせて力押しで来ると考えられる。皆の、忌憚なき意見を聞きたい」
最初に、声を上げたのは、氏照であった。
「話は単純! 我らが自慢の騎馬隊と、オークの傭兵部隊を合わせ、側面から一気に強襲をかける! 敵が混乱したところを、城壁からの鉄砲と、ドワーフの鉄壁兵団で、すり潰す!」
その坂東武者らしい勇猛な策に氏邦も強く頷く。
だが、その策をドワーフのグレンが鼻で笑った。
「馬鹿を言うな。三十万の軍勢の側面など、あってなきが如し。下手に突っ込めば、波に呑まれる砂粒のように、一瞬で消え去るだけだ。我らドワーフの戦とは、ただ守ること。城壁の前に、我ら鉄壁兵団による、もう一つの『壁』を築き、敵が力尽きるのを、百年でも待つ。それこそが、最善の策よ」
今度は、エルフのエルウィンが首を横に振った。
「いいえ。城壁に頼る籠城戦は、いずれ、兵糧が尽きじり貧となるだけです。我らエルフの戦いは、森と共にあります。城の周囲に広がる森に、我が同胞を潜ませ、敵の兵站を断ち、眠れぬ夜を、与え続けるのです。巨大な獣は、その体の末端から少しずつ血を抜いてやればよいのです」
武力による一点突破。鉄壁による持久戦。森を利用したゲリラ戦。
それぞれが、それぞれの種族が、最も得意とする戦術。どれもが一理ある。だが、それ故に、一つの「軍」として、全く噛み合わない。
その危うい均衡を破ったのは、サー・ゲオルグの重い一言であった。
「……皆様。そのいずれの策も、帝国軍の前には、おそらくは、通用いたしますまい」
その場の全ての視線が、かつてその帝国軍に所属していた男へと注がれる。
「帝国の軍団は、ただの軍勢ではありませぬ。それは、『規律』と『信仰』で塗り固められた、巨大な一つの生き物。彼らは、側面への奇襲も、長期の包囲も、ゲリラによる兵站攻撃も、全てを想定し、その対策を、何重にも用意しております。一つの策に固執すれば、必ずその裏をかかれ、各個撃破される。それこそが、帝国の最も恐るべき強さにございます」
若き指導者たちの間に沈黙が落ちた。
その沈黙を破り、これまで全ての意見に、ただ静かに耳を傾けていた氏政が、ゆっくりと立ち上がった。
彼は地図の上に、いくつかの新たな駒を置いた。
「……皆様の意見、いずれも素晴らしい。そして、ゲオルグ殿の指摘、感謝する」
氏政の声には、以前のような自信のなさはなかった。
「ならば、答えは一つ。我らは、その全ての策を、同時に連携させて行う」
彼は、地図の上で、駒を動かしながら、自らが練り上げた、壮大な防衛計画を語り始めた。
「まず、エルウィン殿の部隊が、森で、敵の進軍を遅らせ、その神経を苛む。次に、氏照たちの騎馬隊が、陽動をかけ、敵の先鋒を我らが定めたこの谷間へと誘い込む。そして、その谷間の出口を、グレン殿の鉄壁兵団が完全に封鎖する。孤立し混乱した敵を、城壁の上から、鉄砲と大筒で殲滅する」
それは、各種族の長所を、完璧に組み合わせた一つの巨大な「罠」。
若き指導者たちは、息を呑んだ。
氏政は、父のように、天才的な閃きで新たな戦術を生み出すことはできない。
だが、彼は、それぞれの将の意見を聞き入れ、その力を最大限に活かす場所を用意し、一つのより大きな力へとまとめ上げる、為政者としての、類稀なる「調整能力」を持っていた。
「異論は、あるかな」
その問いに、誰も首を横に振ることはなかった。
彼らは、一つの「連合軍」としてその心臓の鼓動を一つにした。
若き獅子の咆哮であった。
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