おまけ②『落日の魔導都市と、最後の評定』
盟約暦三五〇年。
大陸東方、かつて小田原城があった場所は、今や人類史上類を見ない巨大都市へと変貌を遂げていた。
天を衝く摩天楼のごとき石塔群。その間を縫うように、魔石を動力とする「浮遊船」が行き交い、地上にはドワーフの技術の粋を集めた「魔導列車」が疾走する。
エルフの魔法とドワーフの工学、そして北条の組織運営術が融合して生まれた、究極の魔導文明。
人々は飢えを知らず、病を克服し、この繁栄が永遠に続くと信じていた。
だが、その驕りを嘲笑うかのように、空の「赤い星」は、三五〇年前とは比較にならぬ輝きを放ち始めていた。
『第二次大災害』の到来である。
今回の「収穫」は、魔物の暴走などという生易しいものではなかった。
星そのものが、地上の文明を「脅威」と認識し、直接的な排除行動を開始したのだ。
天から降り注ぐ、無数の光の杭。それは都市の防衛障壁を紙のように貫き、魔導炉を暴走させ、大地を焦土へと変えていった。
崩壊しつつある都市の中心。
かつての本丸御殿の跡地に建てられた「中央司令塔」の最上階で、一人の男がモニター(遠見の水晶板)を見つめていた。
北条家15代目当主、北条氏胤。
彼は、先祖伝来の陣羽織ではなく、機能的な魔導強化服に身を包み、その腰には、初代・氏康が遺した太刀『禄寿応穏』を佩いている。
「……防衛障壁、第七層まで突破されました! ドワーフ居住区、壊滅! エルフの森林ドームも、火災が発生しています!」
オペレーターの悲鳴のような報告が飛び交う。
円卓を囲むのは、かつての英雄たちの子孫である。
ドワーフ代表のガイン、エルフ代表のシルフィ、オーク代表のバルグ。
彼らの顔には、隠しようのない絶望の色が浮かんでいた。
「我々の技術を持ってしても、止められぬというのか……!」
ガインが机を叩く。
「星は、我々が育ちすぎたと判断したのだ。今回の災害規模は、氏直公の時代の十倍……いや、百倍だ」
氏胤は、静かに立ち上がった。
その瞳は、かつての氏康と同じく、絶望の中でも理性を失わない、冷徹な光を宿していた。
「皆、聞け。……もはや、この都市は守りきれぬ」
その言葉に、室内の時が止まった。
北条の当主が、敗北を認めた瞬間であった。
「だが、我々は負けるわけではない」
氏胤は続けた。
「初代様が遺された言葉を思い出せ。『禄寿応穏』とは、ただ生き延びることではない。命を、知恵を、次へと繋ぐことだ」
彼は、懐から一枚の古い鍵を取り出した。
それは、代々の当主のみに受け継がれてきた、最後の切り札。
『タイムカプセル計画』の起動キーであった。
計画の全貌は、あまりにも壮大で、そして悲壮なものであった。
現在の文明、技術、歴史、そして遺伝子情報。それら全てを、地下深くの堅牢なシェルターに封印し、地上が滅びた後の、遥か未来の世代へと託す。
それは、現在の自分たちの「死」を前提とした、未来への賭けであった。
「地下遺跡(旧小田原城遺構)への搬入を急げ!」
氏胤の号令一下、最後の作戦が開始された。
ドワーフたちは、最高の技術を記した設計図と、ミスリル製の工具を。
エルフたちは、植物の種子と、魔法の知識を記した書物を。
オークたちは、武具と、戦いの記録を。
そして北条家は、建国の歴史と、三つの家宝の刀、そして初代の言葉が刻まれた石碑を、地下の最深部へと運び込んだ。
「氏胤様、あなたもカプセルへ!」
側近が懇願するが、氏胤は首を横に振った。
「誰かが、この扉を外から閉じ、封印の術式を完遂させねばならぬ。それに……」
彼は、崩れゆく窓の外、炎に包まれる美しい都市を見下ろした。
「船長は、船と共に沈むものよ。民を逃がす殿こそ、北条の当主の特権だ」
地下シェルターの巨大な扉が、重々しい音を立てて閉まり始めた。
中には、選ばれた数千の子供たちと、文明の記憶が眠っている。
扉の外に残ったのは、氏胤と、彼に付き従うことを選んだ、各種族の代表たちだけであった。
「いいのか、お前たち。生き残る道もあったろうに」
氏胤が問うと、ドワーフのガインはニカっと笑った。
「はん。地下の空気は美味いが、最期くらいは広い空の下で暴れたいんでな」
エルフのシルフィも、弓を構えて微笑む。
「未来への種は蒔きました。後は、その芽を守るのが、私たちの役目です」
オークのバルグは、無言で巨大な戦斧を担ぎ上げた。その背中は、かつての大族長グルマッシュのように頼もしかった。
彼らは、崩壊する司令塔の屋上へと出た。
空は赤く染まり、無数の光の杭が、雨のように降り注いでいる。
敵は、星そのもの。勝てる見込みなど、万に一つもない。
だが、彼らの顔に恐怖はなかった。
「――行くぞ、最後の評定だ」
「議題は一つ! いかにして、あの中で眠る子供たちの朝を、一秒でも長く守り抜くか!」
「「「異議なし!!」」」
各種族の英雄たちの末裔は、鬨の声を上げ、迫りくる滅びの光に向かって、最後の突撃を敢行した。
時は流れ――現代。
発掘されたオダワラ地底遺跡の最深部。
歴史学者のエリアーナは、一枚の石板の前に立ち尽くしていた。
そこには、神話の時代の文字ではなく、もっと新しい、しかし解読不能なほど風化した文字で、こう刻まれていた。
『我らは、ここに眠る。
敗北したのではない。未来へ託したのだ。
遥かなる子孫たちよ。もし、この扉を開く日が来たのなら、どうか思い出してほしい。
かつて、この大地には、種族を超えて手を取り合い、星の運命にさえ抗った、誇り高き「連合」があったことを』
そして、その石板の下には、朽ち果てた魔導強化服の残骸と、一振りの刀、鎚、弓、戦斧が奇跡的に形状を保ったまま抱かれていた。
エリアーナの頬を、涙が伝う。
それは、数千年の時を超えて届いた、祖先からのラブレターであった。
「……届きましたよ」
彼女は呟く。
「あなたたちが守ってくれた種は、こんなにも大きく、育ちました」
遺跡の外には、青い空が広がっている。
そこには、かつて氏胤たちが夢見た、平和で、賑やかな世界が、今日も息づいているのだった。
(おわり)
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