表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/125

おまけ②『落日の魔導都市と、最後の評定』

盟約暦三五〇年。


 大陸東方、かつて小田原城があった場所は、今や人類史上類を見ない巨大都市へと変貌を遂げていた。


 天を衝く摩天楼のごとき石塔群。その間を縫うように、魔石を動力とする「浮遊船」が行き交い、地上にはドワーフの技術の粋を集めた「魔導列車」が疾走する。


 エルフの魔法とドワーフの工学、そして北条の組織運営術が融合して生まれた、究極の魔導文明。

 人々は飢えを知らず、病を克服し、この繁栄が永遠に続くと信じていた。


 だが、その驕りを嘲笑うかのように、空の「赤い星」は、三五〇年前とは比較にならぬ輝きを放ち始めていた。


 『第二次大災害』の到来である。

 今回の「収穫」は、魔物の暴走などという生易しいものではなかった。


 星そのものが、地上の文明を「脅威」と認識し、直接的な排除行動を開始したのだ。

 天から降り注ぐ、無数の光の杭。それは都市の防衛障壁を紙のように貫き、魔導炉を暴走させ、大地を焦土へと変えていった。


 崩壊しつつある都市の中心。

 かつての本丸御殿の跡地に建てられた「中央司令塔」の最上階で、一人の男がモニター(遠見の水晶板)を見つめていた。


 北条家15代目当主、北条氏胤(うじたね)


 彼は、先祖伝来の陣羽織ではなく、機能的な魔導強化服に身を包み、その腰には、初代・氏康が遺した太刀『禄寿応穏』を佩いている。


「……防衛障壁、第七層まで突破されました! ドワーフ居住区、壊滅! エルフの森林ドームも、火災が発生しています!」

 オペレーターの悲鳴のような報告が飛び交う。


 円卓を囲むのは、かつての英雄たちの子孫である。

 ドワーフ代表のガイン、エルフ代表のシルフィ、オーク代表のバルグ。

 彼らの顔には、隠しようのない絶望の色が浮かんでいた。


「我々の技術を持ってしても、止められぬというのか……!」

 ガインが机を叩く。


「星は、我々が育ちすぎたと判断したのだ。今回の災害規模は、氏直公の時代の十倍……いや、百倍だ」

 氏胤は、静かに立ち上がった。


 その瞳は、かつての氏康と同じく、絶望の中でも理性を失わない、冷徹な光を宿していた。


「皆、聞け。……もはや、この都市は守りきれぬ」

 その言葉に、室内の時が止まった。

 北条の当主が、敗北を認めた瞬間であった。


「だが、我々は負けるわけではない」

 氏胤は続けた。


「初代様が遺された言葉を思い出せ。『禄寿応穏』とは、ただ生き延びることではない。命を、知恵を、次へと繋ぐことだ」

 彼は、懐から一枚の古い鍵を取り出した。


 それは、代々の当主のみに受け継がれてきた、最後の切り札。

 『タイムカプセル計画』の起動キーであった。


 計画の全貌は、あまりにも壮大で、そして悲壮なものであった。

 現在の文明、技術、歴史、そして遺伝子情報。それら全てを、地下深くの堅牢なシェルターに封印し、地上が滅びた後の、遥か未来の世代へと託す。


 それは、現在の自分たちの「死」を前提とした、未来への賭けであった。


「地下遺跡(旧小田原城遺構)への搬入を急げ!」

 氏胤の号令一下、最後の作戦が開始された。


 ドワーフたちは、最高の技術を記した設計図と、ミスリル製の工具を。

 エルフたちは、植物の種子と、魔法の知識を記した書物を。

 オークたちは、武具と、戦いの記録を。


 そして北条家は、建国の歴史と、三つの家宝の刀、そして初代の言葉が刻まれた石碑を、地下の最深部へと運び込んだ。


「氏胤様、あなたもカプセルへ!」

 側近が懇願するが、氏胤は首を横に振った。


「誰かが、この扉を外から閉じ、封印の術式を完遂させねばならぬ。それに……」

 彼は、崩れゆく窓の外、炎に包まれる美しい都市を見下ろした。


「船長は、船と共に沈むものよ。民を逃がす殿しんがりこそ、北条の当主の特権だ」


 地下シェルターの巨大な扉が、重々しい音を立てて閉まり始めた。

 中には、選ばれた数千の子供たちと、文明の記憶が眠っている。


 扉の外に残ったのは、氏胤と、彼に付き従うことを選んだ、各種族の代表たちだけであった。


「いいのか、お前たち。生き残る道もあったろうに」

 氏胤が問うと、ドワーフのガインはニカっと笑った。


「はん。地下の空気は美味いが、最期くらいは広い空の下で暴れたいんでな」

 エルフのシルフィも、弓を構えて微笑む。


「未来への種は蒔きました。後は、その芽を守るのが、私たちの役目です」

 オークのバルグは、無言で巨大な戦斧を担ぎ上げた。その背中は、かつての大族長グルマッシュのように頼もしかった。


 彼らは、崩壊する司令塔の屋上へと出た。

 空は赤く染まり、無数の光の杭が、雨のように降り注いでいる。


 敵は、星そのもの。勝てる見込みなど、万に一つもない。

 だが、彼らの顔に恐怖はなかった。


「――行くぞ、最後の評定だ」


「議題は一つ! いかにして、あの中で眠る子供たちの朝を、一秒でも長く守り抜くか!」


「「「異議なし!!」」」

 各種族の英雄たちの末裔は、ときの声を上げ、迫りくる滅びの光に向かって、最後の突撃を敢行した。 


 時は流れ――現代。

 発掘されたオダワラ地底遺跡の最深部。


 歴史学者のエリアーナは、一枚の石板の前に立ち尽くしていた。

 そこには、神話の時代の文字ではなく、もっと新しい、しかし解読不能なほど風化した文字で、こう刻まれていた。


『我らは、ここに眠る。

 敗北したのではない。未来へ託したのだ。

 遥かなる子孫たちよ。もし、この扉を開く日が来たのなら、どうか思い出してほしい。

 かつて、この大地には、種族を超えて手を取り合い、星の運命にさえ抗った、誇り高き「連合」があったことを』

 そして、その石板の下には、朽ち果てた魔導強化服の残骸と、一振りの刀、鎚、弓、戦斧が奇跡的に形状を保ったまま抱かれていた。


 エリアーナの頬を、涙が伝う。

 それは、数千年の時を超えて届いた、祖先からのラブレターであった。


「……届きましたよ」

 彼女は呟く。


「あなたたちが守ってくれた種は、こんなにも大きく、育ちました」

 遺跡の外には、青い空が広がっている。


 そこには、かつて氏胤たちが夢見た、平和で、賑やかな世界が、今日も息づいているのだった。


(おわり)



 本日もお付き合いいただき、誠にありがとうございます。

 皆様の応援が、何よりの執筆の糧です。よろしければブックマークや評価で、応援していただけると嬉しいです。


 もう少し続くんじゃ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ