おまけ①『裏・永禄の神隠し:空白の関東と魔導戦国史』
永禄四年(1561年)、初夏。
関東に、つかの間の平穏が訪れていた。
「軍神」長尾景虎(後の上杉謙信)による小田原包囲網は、北条氏康の堅守の前に崩れ、越後軍は撤退。小田原城下では、戦勝の傷跡を癒やし、日常を取り戻すための復興作業が進められていた。
誰もが、北条の支配がこれからも続くと信じていた。
だが、運命の日は唐突に訪れた。
上杉軍の撤退から数週間後。雲一つない晴天の朝、相模湾一帯を、視界を奪うほどの極光が包み込んだ。
光が収まった時、そこに「あるべきもの」はなかった。
難攻不落を誇った小田原城、賑わいを取り戻しつつあった城下町、そして当主・氏康を含む北条家の中枢。それら全てが、大地ごと円形に抉り取られたかのように消滅していたのである。
そして、その広大な空白地帯には、まるで別世界から移植されたかのような、不気味に脈動する『常世の森』が鎮座していた。
支配者を失った関東平野に、異界の魔境が突如として出現した瞬間であった。
「北条、消滅す」
この衝撃的な報せは、早馬によって瞬く間に諸国へ伝わった。
最初に動いたのは、甲斐の武田信玄と、越後に帰還したばかりの上杉謙信であった。
両雄は、支配者を失った関東の覇権を握るべく、即座に軍を反転・進軍させた。北条の支城群は、本城の消失により統率を失い、混乱の極みにあった。
しかし、彼らが相模の地で目にしたのは、敵兵ではなく、異形の怪物たちであった。
『常世の森』から溢れ出した、テラ・ノヴァの魔獣――「牙猪」や「森狼」の群れである。
それらは、北条家という「蓋」を失った森から、餌を求めて拡散を開始していた。
川中島で激突するはずだった武田・上杉の両軍は、期せずして、この魔獣の群れと遭遇戦を行うこととなる。
従来の槍や弓が通じぬ剛毛と、岩をも砕く突進。
未知の脅威を前に、戦国の両雄は一時的に矛を収め、魔獣討伐という共通の目的のために戦わざるを得なかった。
この「相模の魔獣狩り」において、彼らは森から漏れ出す未知のエネルギー「気」の存在と、魔獣の体内に宿る「霊石(魔石)」の力を発見することになる。
『常世の森』の出現は、日本の環境そのものを変質させた。
支配者を失った小田原の地から、抑えようのない高濃度のマナが噴出し、日本列島全土へと拡散したのである。
日本人は古来より、自然の中に神や霊を見出す感性を持っていた。マナの充満は、これまで「迷信」とされていた陰陽術や修験道の術式に、物理的な干渉力を与える結果となった。
各地の神社仏閣では御神木が輝き出し、刀鍛冶が打つ鋼には不思議な紋様が浮かび、祈祷師の護符が実際に病を癒やすようになった。
これを歴史学者は「霊気革命」と呼ぶ。
この力に最も早く適応したのは、武田信玄であった。
彼は、魔獣狩りで得た霊石を軍事転用することに着手した。黒川金山の技術者を動員し、霊石を埋め込んだ馬具を開発。マナによって身体能力を強化された「魔装騎馬隊」は、戦場を疾風の如く駆け抜け、敵を蹂躙した。
一方、織田信長は、南蛮由来の「鉄砲」と霊石を融合させた。
火薬の爆発力に霊気の衝撃波を上乗せする「霊式火縄銃」の実用化である。
長篠の戦いは、戦国最強の魔装騎馬隊と、新時代の魔導兵器が激突した、日本史における魔法戦争の幕開けとなった。
戦国時代は、領土の奪い合いから、「霊脈」と「常世の森の資源」を巡る争いへと変質した。
主を失った旧小田原の地は、誰もが支配を望みながら、強力すぎる魔獣のために誰も手を出せない「禁足地」となっていた。
しかし、命知らずの野武士や忍びたちが森へ潜り込み、万病に効く「仙薬(エルフの薬草)」や、高純度の霊石を持ち帰るようになる。彼らは「探索衆」と呼ばれ、新たな富裕層を形成した。
そして、天下統一へ邁進する織田信長は、安土城の建設にあたり、画期的な技術を導入した。
信長は、ドワーフの技術書も北条の知識もない中、独力で日本のからくり技術と霊石を融合させ、城そのものを巨大な「霊気増幅炉」としたのである。
夜空に怪しく輝く安土の天主は、日本全土の霊脈を制御し、信長に逆らう者には天候操作による落雷を見舞った。人々は彼を「第六天魔王」と呼び畏怖したが、それは比喩ではなく、物理的な魔王の力であった。
しかし、本能寺の変において、明智光秀は信長を討つために、大規模な「破魔の儀式」を用いた。
安土城の霊気炉を暴走させ、信長をその強大すぎる魔力と共に次元の彼方へと消し去ったのである。
燃え盛る本能寺から立ち上ったのは、煙ではなく、七色の極光であったと伝えられている。
信長亡き後、天下を統一したのは徳川家康であった。
家康は、マナという力がもたらす混沌と、小田原から広がり続ける魔獣の被害を重く見た。彼は、強大すぎる「個」の武力を封じ込め、秩序ある平和な世を作るために、あえて「霊気の封印」という道を選んだ。
彼は、天海僧正ら高位の術師を動員し、江戸に巨大な結界を構築。富士山と筑波山、そして元凶である『常世の森』を霊的な要石とし、関東平野全体の霊気の流れを固定化・沈静化させた。
さらに家康は、旧小田原領を「特級封鎖区」に指定。
周囲に「関東二十四関所」を設け、魔獣の流出を防ぐとともに、許可なき者の立ち入りを厳罰に処した。
一方で、幕府は森から産出される霊石を独占管理し、それを動力源とした「からくり技術」を、農業や治水といった平和利用にのみ限定して発展させた。
これにより、日本は「魔法と科学が融合した、独自の鎖国文明」を築き上げることになる。
現代――霊都・東京
「東京」と呼ばれるこの巨大都市は、世界でも類を見ない景観を誇っている。
高層ビルの合間を縫うように、霊気を動力とするリニア・モノレールが静かに走り、夜になれば街は魔石灯の柔らかな光に包まれる。
かつて北条氏康が治め、忽然と消えた小田原の地は、今や「国立常世研究特区」と呼ばれている。
そこは、厳重な結界に守られた、世界最先端のマナ資源採掘基地であり、同時に異界の生態系を研究する学術都市でもある。
かつて武田軍を苦しめた「牙猪」は、今や品種改良され、スタミナのつく高級食材としてデパ地下に並んでいる。
都内の高校に通う歴史好きの少年、北条 湊は、放課後の教室でタブレット端末を開いていた。
画面には、歴史の教科書が映し出されている。
『――1561年、小田原城消失事件(永禄の神隠し)。上杉軍の撤退から数週間後に発生したこの未曾有の怪異こそが、我が国の霊子科学の夜明けであり、近代化への第一歩であった。当時、城と共に消えた北条氏康公とその家臣団、そして数万の領民がどこへ行ったのかは、現在も最大の歴史的ミステリーとされている……』
湊は、ふと窓の外を見た。
西の空、箱根の山々の向こうに、巨大な「世界樹」の枝のような影が、蜃気楼のように揺らめいている。それは『常世の森』の中心に生えた、異界の植物だ。
彼は、幼い頃から祖母に聞かされたお伽噺を思い出していた。
――遠い遠い世界の向こう側で、私たちのご先祖様は、まだ戦っているんだよ。
――あちらの世界でも、きっと立派な国を作って、笑っているはずさ。
――いつか、星の巡りが合った時、また会えるかもしれないねえ。
「……会えるかな」
湊は呟いた。
彼が首から下げているのは、実家の蔵から出てきたという、三つの鱗が刻まれた古びたお守り。
そのお守りが、一瞬だけ、微かに熱を帯びた気がした。
まるで、時空を超えた遠い場所から、誰かが「我らの戦は、まだ終わっていない」と、力強く語りかけてくるかのように。
日本の歴史は変わった。
だが、そこに生きた人々の「国を守り、民を安んじる」という魂の形は、二つの世界に分かたれてなお、共鳴し続けているのかもしれない。
小田原城が消えたその場所に、今日も異界の風が吹き、日本の桜が舞っている。
二つの世界は、背中合わせの鏡のように、それぞれの歴史を紡ぎ続けていく。
(完)
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