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エーデルラントの賢者

 エーデルラント王国は、三年前に即位した新国王カール・フォン・エーデルラントとその彼が宰相に任命したユリウス・フォン・ルーデンドルフによって空前絶後の繁栄を謳歌していた。


 先代国王フリードリヒ王の文化奨励政策を撤廃して、財政・軍制の改革に着手してエーデルラントをゲルマニア有数の軍事国家へと成長させた。


 しかし、この軍拡政策は周辺諸国に強い警戒心を与える事となった。

 エーデルラントを含むゲルマニア一帯は、神聖ゲルマニア連邦という巨大な国家連合によって統治されている。

 連邦の国家元首である神聖エルトリア皇帝は、選帝侯クルフュルストと呼ばれる連邦加盟国の中でも有力国の君主による選挙で選帝侯クルフュルストの中から選ばれるのだが、近年では連邦加盟国随一の大国ハプスブルク王国がその武力と財力にものを言わせて、皇帝位を独占するようになっていた。

 そんなハプスブルクにとって年々力を付けるエーデルラントは脅威でしかない。


 そこでハプスブルク国王フランツ二世は一計を案じた。

 自身の傀儡国家ホルシュタイン王国に対して、エーデルラントとの貿易を制限したり、関税を引き上げたりする経済制裁を課す事を命じたのだ。

 エーデルラントとホルシュタインは国境が接している隣国同士であり、経済的に交流が深かった。


 このホルシュタイン王国との貿易に制限が掛かる事は、無論エーデルラントにとって大きな痛手となったが、最もエーデルラントが問題視したのは、ホルシュタイン王国領に開通している“キール運河”の通航権を剥奪された事だった。


 キール運河は、ホルシュタイン王国領内に設けられている人工運河で、ユドラント半島に二分された二つの海を繋ぐ海上交通の要所。

 十年ほど前に時の神聖ゲルマニア皇帝が連邦加盟国全てに資金・人手・物資の提供を命じて築き上げた大運河だ。

 後に世界三大運河の一つにも数えられるこの運河は、連邦加盟国全てに通航権が与えられていたのだが、これを一方的に奪われた。


 しかし、ユリウスはこの危機に強気な姿勢で立ち向かった。


「キール運河の通航権の与奪は、畏れ多くも皇帝陛下の権限のはず。それを自国の領土内の事だからと我が物顔で占有するのは皇帝陛下、そして連邦への反逆行為に他なりません」


 ユリウスは皇帝の権威を後ろ盾に半ば強引に戦端を開いた。


 後にホルシュタイン戦争と呼ばれるこの戦いは、序盤からエーデルラントの連戦連勝であり、他国に介入の隙を与えない電撃的勝利を勝ち取った。


 これはユリウスが推し進めた軍拡政策の成果を内外に示したと共に、エーデルラントを勝利へと導いた二人の名将を一躍有名にした。

 一人目は、ヘルムート・フォン・モルトシュタイン元帥。

 エーデルラント軍が誇る歴戦の名将であり、ユリウスによって参謀本部総長に抜擢された。

 ユリウスが実施したとされる軍制改革はそのほとんどが、彼の立案であり、現在のエーデルラント軍の父とも言える存在である。


 もう一人は、テオドール・フォン・ヴァルローン大将。

 前線指揮官として活躍した将軍で、巧みな用兵と大胆な指揮ぶりでホルシュタイン軍を幾度も蹴散らしてきた猛将である。


 両将の活躍により、当初は長引くと予想されていた戦争は一ヶ月も続かずに終結を迎えようとしていた。


 ユリウスは、最後の和平交渉のために現在エーデルラント軍の占領下にあるホルシュタイン王国の王都キールへと自ら足を運んだ。


 軍事物資を迅速に戦地へ送るためにモルトシュタインが敷設した鉄道を使って行ける所まで移動した後は、馬車に乗り込んでキールまでやって来た。


 ユリウスと交渉を行うのはホルシュタイン王国外務大臣ヴァイツゼッカー伯爵。

 ユリウスの三倍は歳を重ねている老練な外交官であるが、今の状況ではその貫禄は微塵も感じられない。

 もう少し歳の開きがあれば祖父と孫くらいの年齢差になるところだった両者の力関係は、交渉が始まる前から既に固まっている。

 余裕な態度で交渉に望むユリウスに対して、ヴァイツゼッカーは少しでも交渉を有利に運ばなければという焦りが垣間見えた。


「単刀直入に言います。我がエーデルラント王国が貴国に要求する事は、貴国の軍隊を我が軍に統合する事、貴国の領土であるアルス島を我が国に割譲する事、貴国のキール運河の管理・運営の全権を我が国に譲渡する事。以上の三点です」


「……失礼ながら、ルーデンドルフ公はその要求を我々が手放しに受け入れるとお思いですか?」

 やや言い辛そうにしつつも、ヴァイツゼッカーは目を逸らすことなく言い放つ。


「いいえ。しかし、これは貴国にとって大きなチャンスが到来したという事をあなたが理解できていれば、話は変わってくるのではありませんか?」


「チャンス? 何の話をしているのです?」


「貴国は長い間、ハプスブルク王国とデンマルク王国の双方から属国として扱われて微妙なバランスの上で綱渡りを強いられてきた」


 デンマルク王国は、ホルシュタイン王国のさらに北に位置する国家で、ユドラント半島を含む大陸最北部の各国に強い影響力を持つ。

 ホルシュタイン王国は、地理的歴史的な背景もあって、そのデンマルク王国とハプスブルク王国の間に立たされて、難しい政局の中で生きる事を余儀なくされていた。


「キール運河の利権もしょせんはハプスブルク王国が貴国を繋ぎ止めておくための餌。実際には度重なる遠征への部隊派遣と物資の無償提供で国力をすり減らしているはず。でなければ、いくら我が軍でもこれほど早くキールを陥落させるには至らなかったでしょう。それに国内では親デンマルク派と親ハプスブルク派が対立を深めて内戦の危険性すらあったと聞いています」


「な、なぜそれを!?」

 他国に弱みを見せまいと必死に隠していた事実を、淡々と述べるユリウスにヴァイツゼッカーは驚きを隠せなかった。


「私が売り言葉に買い言葉でこの戦争を始めたとお思いですか? いずれこのような事態が起きる事は予想しておりました。ですから事前に貴国の内情については色々と調べを進めていたのです」


「……流石は賢者マギと言ったところか。では、逆に聞くが貴公の言うチャンスとは何です? 貴公に大人しく従ったとして、我が国に何のメリットがあるですか? いいや。それ以前に貴公は何をするつもりなのですか?」


「大した事ではありませんよ。ただ、ハプスブルク王室が長年に渡って占有してきた帝冠を我が王の頭上に頂くだけです」


 さらりと言ってのけたユリウスの言葉に、ヴァイツゼッカーは絶句した。そしてしばらく言葉を失った後、恐る恐る口を開く。

「ッ! ……そ、それは、皇帝位を簒奪するという事ですか?」


簒奪さんだつとは、人聞きの悪い言い方ですね。正統に皇帝位を頂くだけですよ」

 微笑みながら言うユリウス。

 その笑みを見たヴァイツゼッカーはユリウスに対して賢者というより悪魔のようだと心の中で思った。


「いずれにせよ。いくら賢者マギとはいえ、そのような壮大なお話が実現できるとはとても思えませんな」


「貴国のキール運河が生み出す莫大な利権さえあれば、充分に可能です。……このままハプスブルクとデンマルクの双方に神経を尖らせて生きていくくらいなら、ここで我が国に賭けてみてはどうです?」


「……二つ条件があります」


「伺いましょう」


「キール運河から上がってきた通航税の二割を我が国に納めて頂きたい」


 キール運河の管理・運営の全権をエーデルラントに譲るという事は、維持費などの必要経費全般をエーデルラントが負担する事を意味する。

 にも関わらず、通航税の二割をホルシュタイン王国に納めるとなると、ホルシュタイン王国は何もしないで収入を得られる事になる。

 二割という割合が良い落とし処なのかどうかはユリウスにも判断が難しいところで、流石は老練な外交官だなと内心で感心する。

 こうなってくるとユリウスにとって怖いのは、二つ目の条件だ。


「我がホルシュタイン王室に選帝侯クルフュルストの地位を」


「ほお」

 ユリウスは思わず感嘆の声を漏らす。

 神聖エルトリア連邦加盟国は大小合わせて百を超える。その中で、選帝侯クルフュルストの地位を持つ国は僅か十ヶ国。エーデルラント王国もその一つだ。

 皇帝の選挙権は、持っているだけで巨大な権威となり、莫大な富を生む。

 キール運河の利権を奪われ、領土を切り取られたとしても、選帝侯クルフュルストの地位さえあれば立ち回り次第で復興の機会はいくらでも生まれるだろう。


 エーデルラントとしては中々骨の折れる条件ではあるが、元よりホルシュタイン側に骨を折らせるのだから、こちらも多少のリスクは負うべきか。そう考えたユリウスは口を開く。

「良いでしょう。二つの条件を受け入れます」

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