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第六幸 Q-4 「俺達は主人公ではないし、ならなくても良い」

緑昇が死ぬまで戦い続けるということ。


それは緑昇を案ずるモレクや、知り合った人々を諸共に虐殺するということ。


彼らは悪人か?


そんなわけがない!とエンディックは吠える。


ヒーローとヒーローではない。


それに憧れた子供だった男達の、最後の喧嘩が始まる!

 エンディックの放った金籠手の右拳は、緑の勇者の胸鎧にぶつかった。


 そして緑昇は意に返さず、握り締めた鋼の拳を少年の顔面に叩きつけた。


「うぐっ……!」

「君が地に足を付けて、勇者に勝てるわけがなかろう。

黄金騎士の力は、騎乗錬金戦闘法が有ってこそだ。錬金術を欠いては、君は両手を塞がれているのと同じだ」



 少年は先ほどから威勢良く勇者に挑んでるものの、単純な拳の応酬ではまるで勝負になってなかったのだ。


 血で濡れる口元を拭きながらエンディックは、後退り倒れそうな体をなんとか踏み止まらせる。



「へ……簡単……だぜ。今に……見てろよ、こっから逆転すっからよ」


 口では強がるも、力の差は歴然。体格、体力、腕力、あらゆる点で緑昇に分があるのだ。


 勇者に膝を付かせるには、顎を狙うか腹部への一撃が必要。


 だが緑昇の大柄な体と、小柄なエンディックでは、顔に拳が届くまで遅い。

 更に少年の腕力では、緑昇の防具越しに衝撃は入らない。



(もう複雑な錬金術は使えねぇ。残った機力を拳に乗せて、敵の中身を揺らすしかねえな)


 エンディックは勝利方針を決め、最後の一撃に賭けんと構えるが、遅かった。

 緑昇は対戦者の意識の変化を察し、素早く距離を詰めてきたのだ。



「己の鍛えた肉体だけで勇者に挑む……その精神は認める。俺は感動した。

 無手で戦う英雄を見て、悪人の中には改心して立派な人間になれるかもしれない。

 だが無意味、だ」



 エンディックの腹にパンチがねじ込まれる。

「かはっ……!」

「……これで決まりだ」

 先に緑昇の方が無感情に勝負を終えにきた。



 今は黄金騎士ではない、ただの少年は、意識を失おうとして……。

 沈みゆく脳裏に、自己犠牲による勝手な復讐を達成しようとする、親友の顔が浮かんだ。




(緑昇に負けて、コイツに己を殺す旅路に行かせるってことは。

 一人で苦しめば良いっていう昔の『アイツ』が、正しいってことになる……)




 彼女が一人でやりたくない非道に苦しめば、ゴール一家は出会わずに済んだかもしれない。


 彼女が助けてなんて言わなければ、両親は死なずに済んだかもしれない。


 その場合、エンディックは彼女と親友にはなれなかったかも……しれない!




(それでも父さん達はよその子供を助けようとした……。



 ライデッカーは俺達を助けようとした。


 俺はアイツを助けようとした。



 そして目の前には! 不幸な奴が幸福になれないまま! 死のうと!してる!



 ライデッカーのハゲが! 間違っていたということになる! そんなことは!)




「……魔言『HEAT』」



 掠れる声で振り絞ったパスワードは、運良く空間に認証される。

 小さな魔力円が彼の右踵に発生。点火する。



 背の低い側の少年の、唯一の有利点。

 それは緑昇の視点からは、エンディックの足回りは見え難いこと。



「そんなことは……息子の俺が許さねぇぇえ!」



 最後の気迫と共に振り上げた右足は、緑昇の足の間、つまり股の真ん中に加速してぶち当たり、残った機力を衝撃力へと変える。


「ぐぅ……!」

 勇者鎧の股間は勿論硬い装甲で守られているが、衝撃と機力は鋼鉄を伝わり、男の急所にダメージを通す!



「……頭は避けられる……鍛えた体には一発じゃ倒せない。だから鍛えようがない所を狙ったぜ。殴り合いとは言ったが……蹴るなとは言ってねーよな……?」



 少年は股間を抑えて膝をつく英雄を、見下ろして言う。

 これにはたまらず女妖精の抗議が鳴り響いた。



「貴方! こんなタイミングで何てことしますの! 殿方ならこれが……」

「いや……良いんだモレク。相手を見くびって、この無様を避けられなかったのが悪い。僕には、今の俺にはお似合いの負け姿だ……」



 痛みを受け入れる緑昇の声色は、己の醜態への自嘲か、敗れた結果への安堵か、どこか明るかった。



「……緑昇、もうモレク任せに殺すのは止めろ。自分で殺せないなら、殺すな……。普通の人間として生きて、その内死にやがれ……。

 人間ってのは、死ぬのが『正しい』んだからよぉ」



 エンディックもまた腹部へのダメージで立っていられず、背中から倒れてしまった。

 霞む意思と掠れた声を口から出し、自己犠牲に酔っていた男に言葉を伝える。



「アンタの思い悩みは『役』を演じ過ぎたからだよ……そろそろ……… 客に戻る時間だぜ。

 俺さ、思ったんだけどよ。アンタに……俺達に必要だったのは、孤独な運命を受け入れることでも、硬い心でも、強力な能力でもない。


 同じ光を見てくれる…友達だったんじゃねぇかって」

「友……だと?」



 そうなのだ。

 ニアダ=ゲシュペーとも、もっと早く出逢えていたら、彼の心を救えたかもしれない。

 今度は逃がしはしない。



「どちらか片方しか救えないなら、ヒーローの両手から溢れた人数は助からないなら。

 別の誰かが残りを助けてやれば良いだけだろ?

 緑の勇者が救えなかった奴らを、黄金騎士が救う。


 これで全部だよな?」



 少年の意見に面食らった顔をする緑昇。

 彼の思い出す記憶の中で、勇者の仲間達は何度言っていただろうか。




 仲間達は緑昇の殺戮の旅を肯定はしなかったが、止めもしなかった。

 勇者達はそれぞれ理想が異なる。それが対立し、勇者の力がぶつかれば、世に大きな被害を及ぼす。


 ゆえに互いの行動になるべく干渉しないよう、暗黙のルールがあったのだ。




「……異世界からきた英雄が世界を救済し、その勇者を救う現地の英雄が、君か……。

 シナリー=ハウピースのこといい、君は偶像を憧れ眺めるだけではなく、その側に寄り添おうとするのだな」




 緑昇は忘れていたあることを恥じた。


 そうなのである。

 子供達が憧れるヒーローは、決して一人ではなかった。

 どの時代でも彼らの理解者が、共に戦う友がいたのである。



 それは同じ宿命を背負う同類であったり、ただの人でありながら同じ義憤に燃える者が。

 彼らもサブヒーローもまた、子供達からの憧れを受けていたはずである。



 緑昇にとってモレクは体を共有する存在であり、結局一人でしかない。



(俺が舞台から客席まで降りたのだとしたら、そこから見えるこの少年は、彼こそが僕の……)



 子供だった男はほくそ笑んだ。


 子供を止めた少年は立ち上がり、同族に手を差し伸べる。



「緑昇は悩んだらいい。アンタが悩んでる間は、黄金騎士が現実に現れるからよ。俺には世界を変えようなんて大きな力も、人生ぶん投げるような意志もないがぁ……。


 目の前のお仲間の……英雄に憧れた子供の笑顔くらいは、取り戻せるんじゃないかと思う」



「……ヒーローに敗れた敵役に、この手を拒む権利こそ、無い……な」


 緑昇を騙る男は黄金騎士の手を取り、立ち上がるのであった。


「ふ……年下に説法されるとはな」

「何言ってんだ? 俺も、アンタも、未だにこんなもんに憧れる、デッカいガキじゃねぇか?」



 エンディックは緑昇の手を放し、近くに落ちていた黄金騎士のフェイスガードを……仮面を顔に飾る。


「違いない……な」





 今日、緑の勇者という恐怖は死んだ。


 これで世界中の多くの人間が助けられず、悪は跳梁跋扈するかもしれない。

 だが確実に、ヒーローに憧れた少年だった者の心は、一人救われたことになる

資格不要論の話で、ヒーローに憧れた子供が、ヒーローになりたい!だから、なる!必要は無いんですよね。


だって善行を行うのに、肩書きはいらないから。


1話のシナリーとポンティコスの問答の通り、

Aだから、Aである運命はない。


勇者じゃなくても、使命なんかなくても、己を傷付かなくても、全てを救えなくても、


善行をしても良いんですよね。


この話は、緑昇が世界を救えなくても、悪人を殺さなくても、それを許す物語。


まあこの人は、エンディックを認めた時点で、罪を償うという口実で、苦行から降りたかったんでしょうね……。


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