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第六幸 Q-2 「彼女が大事に大事に閉まっていた者が、目を覚ます」

黄金騎士は二人の出した答えに怒り、改めてモレクに打ち勝とうとする。


だが女妖精にとって、敵を罠にハメるだけの簡単な勝負なのだ。


以前と違い、避けられない距離で出された大型気象兵器が、か弱き者を押し潰す。



「ちくしょ……例え鏡の羽で竜巻の魔力を反射出来ても、実体化してる独楽に潰されるってか。だが……あのデカいのが触れられない風の刃じゃなく、物体だっていうなら、博打をするしか……ねぇな!」


 風の音が聴覚を、降り注ぐ雨が視界を、そして前から迫り来る独楽のあまりの質量に戦意を奪われそうになる。

 エンディックはヴァユンの足に機力を込め、槍を携える右腕の怖気をねじ伏せ、己が辛うじて多用出来る魔なる言葉を発した。


「魔言『HEAT』」


 小さな赤い魔力円を左足裏に移しながら、金獣から飛び上がった。

 天高く掲げた槍に、自壊したヴァユンの素材を集めながら、黄金騎士の得意技を叫ぶ。


「ジャイアントぉおお!」


 錬金された大槍を前に、左足を後ろに伸ばし、足裏の魔力を噴射。

 吹き出した炎は使用者を矢のように撃ち出した。


「バスタァァァ!」


 少年は無謀にもこの大嵐に、槍から突っ込んだのだ。


「ジャァベリィイインッ!」


 巨大かつ頑強な独楽に対し、巨人の大槍の先端はまるで刺さらず、回転する表面に擦り削られるだけなのだが……。



「あらあら、苦し紛れにあんなことを」

 モレクは兜のカメラをズームし、離れた位置から対戦者の末路を観察していた。

 どれだけ槍を大きくしようと、ブルー・S・スピナーの前では無力。武器が削り無くなり、次に少年が潰される終わりが、数秒伸びただけである。


(坊やの悪知恵もネタ切れかしら。あんな突撃で気象兵器が壊せると思って? 敗れるのは槍の方ですわ。そもそもあの槍の中身は、寄せ集めの物。

 見た目だけの贋作が嵐に立ち向かい、その金メッキを剥がされ朽ちていく……。坊やに相応しい死に方ですわ)



「オラァァァァアッ!」

 業風に負けないほどの耳を貫くような金属音が、槍と独楽の間でかき鳴らされる。

 確かに巨人の大槍の質量は、もはや半分もない。


 だがそのすり潰された寄せ集めの物は、どこに行くのか?


 独楽が掘り進めた土草などと共に風で吹き上げられ、空に上がってゆくのだ。

 その中の一部は独楽の溝に入り、内部に浸透していく。

 エンディックの機力で支配下に置かれた素材が、だ。

 その彼の機力が回転によって、独楽全体に行き渡り……。


「錬……金! 開始!」


 ブルー・S・スピナーに大きく亀裂が入り、嵐の独楽は回りながら砕け散った。


「物であるなら……錬金術でぶっ壊せるんじゃねぇかってな……!」


 賭けに勝った黄金騎士は、空中に飛散する残骸を残った槍で突き砕きながら、技の加速で飛んで行く。

 しかし止める障害物がないので、足の魔力を切った後、草地にもんどり打って転がりながら不時着するのだった。


「馬鹿な……ありえませんわ!」


 モレクの失敗は、つい同じ攻撃方法を選んでしまったこと。

 確かにブルー・S・スピナーは、魔力的及び物理的にも敵を圧殺可能な合成魔言だ。

 だが独楽が物理であるゆえに、錬金術師のエンディックには攻略の糸口になってしまったようだ。


「……だからどうしたんですの?」


 先の攻撃は必勝であることに変わりはない。

 避けても受けても、敵はそれで大きく消耗し、後は弱った相手を喰い殺すだけ。

 モレクはトドメを刺すべく、遠くまで飛んで行った少年目指して、油断なく歩いていく。


 右腕のグロ・ゴイルを携え歩む姿は、黄金騎士にとって死神に等しい。

 進んで行くと、独楽の残骸の横を通り過ぎる。

 破壊された独楽は一帯に降り注ぎ、そこらに大岩のように落ちていた。


「あら? あれだけの無茶をして、まだ立てるんですの?」


「……直れ、ヴァユン」


 遠くのエンディックはフラフラながらも起き上がり、再び相棒を錬金する。

 鎧も作れぬ少年は何とか獣に跨り、槍を傘状に変形させた。

 彼はまだ継戦するつもりである。


(苦し紛れの一つ覚えですわね。傘裏に鏡面装甲の羽を隠し、それでグロ・ゴイルを防ぐ腹でしょうが。グラトニオスカノンの射程であれば、跳ね返された後で避ける余裕は充分有りますわ)


 モレクは少年への歩みを止め、遠距離攻撃に切り替えようと考えるが……。

 それよりエンディックが槍を持たない左手を向け、彼にとっての決着の一手を告げる方が先だった。


「ジャイアント……バスター……」


(マモン戦のように、大きな槍に隠しますの? それなら作ってる間に、横に回り込めば終わ)


「ジャベリンズ……ナイツ」


『巨人の大槍騎士団(ジャイアント・バスター・ジャベリンズ・ナイツ)』。

 緑の勇者の後方、大きな独楽の残骸が超速変形した。

 起き上がるように仕上げられたそれは、いつぞやの黄金騎士の決め技。あの大型槍である。

 それが……三本。

 後ろ目で確認したモレクは動揺した。


(あの一瞬でこの策を思い付いたというの……? 複数の槍を作り、前に行った『素材を自分の場所へ呼び飛ばす』形で、間にいるワタクシへの挟み撃ちにするなんて……まあ、それが何? という状況ですが)


 敵の攻撃は何も変わってないない。

 あんな大きいだけの槍。動けない相手ならともかく、消耗してないこちらはグロ・ゴイルで容易く対処可能。

 少年もそれを理解しているはずので、これは前と同じく注意を惹くだけの、派手な目眩しでしかない。


 結局敵にとっての決定打は、傘に隠された鏡の翼だけに変わりない。


(坊やにまだ余力が残っていたのには驚きですが……もうこれで終わりでしょう?

 この勝機を潰せば、そちらは恐らくエネルギー切れ。貴方には背を向けたままでも勝てますわ)


 エンディックがモレクに向け走り出すのと同時に、残骸から錬金された大槍は浮遊。

勇者の背に三本の質量が猛スピードで飛来する。


「まずはこの手品から台無しにして、差し上げましょうね!」


 モレクは対戦者を無視し、飛んでくる槍に先に仕掛けた。

 右腕のグロ・ゴイルを左から右後ろまで振り抜き、己の手甲を狙う黄金騎士を、槍ごと一閃するつもりだ。


「この一振りで……終わりですわ」


 鰐の小手のレバーを左腕で引き、まずは左の飛来する大槍に風の刃が食い込む。

 流動する斬撃がどんな材質だろうと構わず、一瞬で両断する。

 そのまま真ん中の槍も、風は容易く食い千切った。

 少年の知恵を絞った策など、勇者の力技の前には障害にもならない。


 最後に遅れてきた右の槍もグロ・ゴイルが喰らい、跳ね返った風が武器もろとも右腕全体を切り刻んだ。



「なん……ですって……?」



 二度目の使用に耐えられなかったのか、グロ・ゴイルと共に砕け散る、鏡面装甲の羽。鏡の破片が光を反射し、モレクのカメラ内にキラキラと美しい光景を映す。


 巨人の大槍内部に隠された羽に接触し、反射された魔力がまたしてもグロ・ゴイルを破壊したのである。



(まさか坊や、あの独楽を破壊したドサクサに大事な切札を取りこぼして……!  それをバラした物の中に紛れ込ませたって言うの? 己の生命線とも言えるこの羽を!)


 驚く妖精の背後に走り寄り、肉薄する黄金騎士。

 緑の勇者のマントが翻り、裏面の唇から伸びた舌達が敵を迎撃せんとする。

 振り回された舌の切れ味は、槍の盾のような傘部分など容易に切り進み……。


(夜の戦いのとき……俺はそれを見た……。魔物ギガースの光の攻撃を受けたコイツのマントは、『焼き』溶けていた。

 裏から刃物みてーな舌が出てくる原理は解らねーが、布の部分は……燃えるってことだろ?)


 舌が傘を貫通するその前に、槍先がマントに開いた無数の口の、その一つ内部に侵入する。

「本来は風で吹き消されちまうんだろうが……この距離なら俺の火は消せないはずだなぁ! 魔言『HEAT』」


 舌を伸ばしている口の中で、槍先端の火炎が着火する。

 炎音と共にマント内で発した火は、すぐに全体に燃え広がった。


「ギャァァァァア!」


 マント裏側の舌達が焼かれながら、異形の悲鳴を上げる。

 エンディックはモレクのいる敵右手側でなく、意表を突くように左側へ抜け走る。

 モレクの横を走り去り側、無防備な左脇腹を黄金の槍が刺し抜いた。


「な……! このガキ!」


 少年の『予想』通り、身震いするほどの殺気を向けられながら、エンディックは素早く離脱し、緑の勇者から距離を取る。

 勝つ為の助走距離を、だ。

 敵へ反転しながら、槍に付いた血を見やる。


(もう体力的に限界の俺が、あの女に勝てるとしたら、この瞬間……だけ。俺から身を守る、装備という障害物を解除して。奴の攻撃魔言を遅らせる、取って置きの『挑発』で冷静さを損なわせた。

 この一瞬だぜ!)


 エンディックは『モレクを信じて』走り出す。

 最高速度の為に、敵への一直線走行。

 狙うは大食の妖精が封じられた、金十字の右手甲だ。


「やってみろよ……? 新しい武器を付け直すなり、返り討ちにする魔言を唱えるなり、脇腹を押さえて飛び逃げるなり、な。

 この戦いを見る限り……俺のヴァユンⅢの全力の方があ! まだ早いがよぉ!」



「……ッ! 魔言『RECOVER』」

「だろうなモレク。アンタなら」


 モレクの右手が血まみれの腹部に当てられ、回復の魔力円が治療を開始する。



「例え死なない体だとしても、緑昇の回復を最優先にするだろうってな」



一気に敵眼前に辿り着いた黄金騎士は、モレクの住まう右手目掛けて槍を突き出した。

 マモンと同じく、妖精という亜人はこの入れ物を壊されれば機能を停止する。


(結局ワタクシの望み通りになりましたか……)


 繰り出された黄金の突きは、確実に敵を貫いて止まった。


 守るように出された左腕を貫通して、先端は右手の金十字の宝石へと届かない。


「え……? どう……して?」


 彼女の疑問に、『彼』は涙声ながら答えるのであった。


「どうして……僕を置いていくんだ……モレク? 裁かれるのは僕であって……君ではない。君が罪の意識に悩まされる必要は無いんだ……」



 そこで黄金騎士の張りつめていた糸が切れ、ヴァユンⅢが、金の防具が、崩れ落ちた。

 槍が腕から抜け、兜が外れ、疲れ果てた少年の顔が露わになり、散らばった素材の中に倒れる。

 エンディックは息を整えながら、ついに対面を果たした同類に挨拶をした。


「もしかして……アンタ本人と喋るのは、これが初めてなのか……緑昇?」


「いや、モレクが僕を動かしている間、僕自身の意識は有った……。勇者でもないのに勇者を倒した君を、本当に尊敬しているよ……エンディック=ゴール」





以前勝てなかった罠を突き砕いたイベントは、彼のここまでの成長の現れですね。


モレクの語る真実と矛盾、それらを踏まえての『モレクにとって無価値なはずの、操り人形の方を狙う』の攻略法に辿り着いたわけで。


次回、モレクの胸中が明かされます。

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