第六幸 P-1 「殺さなければ、相手より偉くなれるのか? ただ悪と己を差別化したいだけだろう?」
何とかモレクに対抗せんとするエンディック。
だが敵の武器は破壊出来ず、背後を狙おうも死角はなし。
マモンのとき以上に、こちらの手は知られていた。
モレクは余裕ぶりながら世界の秘密を、男の真実を語る。
これはある無能者の物語……。
彼は勇者となったが、優し過ぎる心根は変わらなかった。
国中に散らばった無人兵器群、魔物掃討の旅の中で彼は勇者らしく己の正義を振り回した。困っている人の声を聞けば助け、人を害する者あらば勇者の強過ぎる力で追い払った。
それが悲劇を生んだ。
(エストーセイ地方・プチェン村に続く街道)
緑昇は斬りかかってきた男を手刀で昏倒させると、最後の一人に向き直った。
「君達の部隊は……もはや勝利出来ない。降伏すれば、命は取らない」
「ひぃぃ! 何なんだよお前その格好はぁ……ま、魔物なのか?」
今の緑昇は勇者鎧を身に纏っており、武装盗賊団を無力化する為に振るわれた両手は、鋼鉄である。
全身に重そうな装備を着て、剣を避け、弓を弾く素早い立ち回りを見せた彼は、確かに超常の化物だろう。
その日、緑昇が寝泊まりしていたプチェン村を、武装した集団が襲った。
運良くその場に居合わせた勇者は、怯える村人の願いを聞き届け、敵を強襲。混乱に乗じて徒手空拳で排除したところである。
「た、頼むよ見逃してくれ! オラ達も本当はこんなことしたくなかったんだ……」
そう語る盗賊団の首領もまた、近くの農村の人間だと言う。
彼らの村は領主に納める今年の税が足りず、犯罪ギルドに仕事を斡旋してもらう他に道がなかったと言う。
「オラ達だって盗賊のフリしてっけど、何も全部奪っていこうなんて考えてなかったんだ。ただ必要な分だけ……そう分けて貰えればそれだけで……!」
緑の勇者はその男の命乞いにとても同情し、武器だけ奪って、騎士団に引き渡さずに逃がしてしまうのであった。
「良いんですの貴方様? これで悪人を見逃すの何度目です? あの者達が例え『本当に』貧民であっても、犯罪をしていい理由にはならないでしょうに。
これからその村の領主に話をつけに行くにしても、助けた敵がまた刃を貴方様に向けないとは限りませんわ」
相棒の女悪魔は契約したときから、今の主の異常性に呆れていた。
歴代のモレクの主人は、モレク=ゾルレバン1の残虐性溢れる武装の数々を活かせるような、好戦的で猟奇的な勇者が多かった。
そこに彼女の高度な戦略が加わることで、他の勇者鎧に劣りがちな大食でも大きな戦果を上げてきたのだ。
だがこの緑昇という男。
魔物以外にも、積極的に人間の事件に絡んでいき、絶対に無殺で事を終えようとする。
彼はマシニクルの兵士だ。
決して殺人未経験というわけでもあるまい。
なのに頑なに命を奪うことを、いや相手を害することを嫌っているのだ。
ゾルレバン2への改良により強化されたグロ・ゴイルなどの主武装も、龍撃退からほとんど使用してなかった。
(まぁ、お人好しの方が、これから疑われずに人格を乗っ取れそうですし……。せいぜいワタクシの力を使って、正義の味方ごっこを楽しみなさいな)
「僕には勇者という圧倒的な力があるんだよモレク。
力こそが全てだと言うなら、一度罪を犯した者が改心しない、という常識を絶対者である僕が、変えて良いということになる。
敵をただ殺すしかない、なんて諦めや納得をしなくても、僕が勇者ならまた襲われても殺されないし、殺さずに対処可能だから大丈夫だよ」
このときの緑昇は、全ての人に良心と可能性が有ると、盲目的に信仰していた。
「確かに彼らは悪人かもしれない。でもその人物像は一見で解ることじゃないんだ。
彼らにもそうするしか道が無かったり、今まで道徳や幸福を知らずに生きてきたのかもしれない。
ずっと不幸で、誰からも施しを受けたことも無かったのかもしれない。
それでも一度でも勇者が助ければ、『救いを受けたことが有る』ことになる。人は何かのきっかけさえ有れば、良い方向に変われると僕は信じてるよ。
何の可能性も無かった僕にとって、君が救いの主だったように……」
「……」
いっそのことバラしてしまおうか? とモレクの考えが浮かんだ。
英雄の武具に封印された彼女らが、使用する勇者達を呪い殺す本当の悪魔であることを。人の善良さを信じるこの愚か者が、それでも人を信じると言えるのか? どんな顔になるのか? とても興味が湧いた。
いや……悪魔と指差された妖精達は、それを知っているはずである。
他でもないモレク達こそが、シュディアーに生きる同胞達を盲信し、散々世の為に働いて戦った挙句、最後は裏切られてこんな鎧に閉じ込められているのだから。
(救い……ね。結局あのときワタクシ達に味方する他の亜人なんて、ほとんど居ませんでしたわ。やがて誰もが侵略者に尻尾を振り、誰もワタクシ達をここから救う行動など、してくれなかった……。
ふふふ、緑昇。貴方様の大好きな正義や道徳というのはね? ワタクシ達のことを示すんですのよ? 正義の妖精達が悪の侵略者の体を乗っ取り、この世界からマシニクル人と恭順した亜人を一掃する……。
そのお手伝いが出来るなら本望ですよね? 緑昇はきっと正義の仮面のヒーローに、英雄になれますわ。
貴方様がこれまで守ってきた、マシニクル人をその手で虐殺することによって……ねぇ)
このときのモレクは緑昇という人間と契約する、その危険性を理解してなかった。
彼女にとって、この愚かな男と出逢ったことが、運の尽きともいえる。
「ユーシャ様が帰ってきたー!」
「やっぱスゲーや! おれたちも将来ユーシャになるー!」
プチェン村に戻ってきた全身鎧の男に、多くの村人達が感謝の意を伝えた。
先の声は幼い男の子達が、大人達をすり抜けて最前列で騒いだものだ。
ここは閉鎖的な村で住人達は余所者に冷たかったが、この少年達は違った。
彼らは勇者というワードに惹かれ、童心に任せて村を案内してくれたのだ。
緑昇は子供達の羨望の眼差しを受け、自身の在り方に満足した。
少年達からは自らも正しい人間にならんと、勇者となって世の平和を守らんと熱く語られ、緑昇も応える。
「あぁ、そうだ。君達のように正しさを尊ぶ子供がもっと増え、やがて大人になっていけば、世界はきっと良くなるよ」
緑昇の勇者道とは、道徳の模範。
弱者を助け、全ての命を守り、正しい人の姿を周りに見せつけることだった
幼き彼のように、誰もが勇者に憧れ、善という道徳があることを『信じれば』、乱れた世はきっと良くなると信じているのだ。
「サイラ〜、勇者様のお嫁さんになる〜!」
そう言って鋼鉄の体に抱き付いてきたのは、サイラという少女。
赤い髪をツインテールにした笑顔の可愛い少女で、子供達の中で一番の年上で、緑昇に最初に接触してきた子だった。
「はは……嬉しいけど、サイラは村長の所の子だろ? それなら余所に娘を出したがらないと思うよ? 僕はここだけじゃなく、国中を旅して回らなきゃいけないんだ。
まだスレイプーンには、多くの魔物が隠れているからね。サイラの人生はまだまだ続くんだ。将来もっといい相手が見つかるさ」
「えー! でもでも〜、勇者様ってなんだが危ないお仕事じゃない? だから〜サイラ奥さんが世話してあげないと、いつの間にか死んじゃうんじゃないかって〜!
サイラ勇者様と一緒に行く〜! 連れてって〜!」
必死にしがみ付く彼女をなだめる勇者に、手甲の相棒は彼にだけ聞こえる声でからかった。
(連れて行ってあげたら? 貴方様は顔が怖いですから、子連れの方が人々に好かれ易くなるんじゃなくて?)
(流石に女性を二人も連れて旅したら、何かのハーレムパーティーの一行だと邪推されるよ……)
連れて行くべきだったのだ。
ここで言うハーレムパーティー作った英雄は、二巻で出てきます。




