第六幸「壊れた水の秤と望まれた欲望」 O-1
挑戦状の差出人は、緑昇ではなくモレクの方。
いや少年が共闘してきたのはこの男はではなく、彼女の方。
いや緑の勇者とは、緑昇のような脇役ではなく、彼女を示す単語だった。
ついにラストバトルが始まる!
完璧な世界『シュディアー』。
ここでは生物の感情をコントロールする上位種族が存在し、彼らによって争いのない平和な世界が作られていた。
彼らは他の生命体の負の感情を吸収し、世に良い感情=幸福だけを残してきた。
彼らは他の種族と違い、肉体の鎖から魂を解放した、情報の空を自在に舞う者。
その身と様々な技術を情報化し、自分達が作った情報空間を行き来し、技術銀行に収めた様々な超技術を、他種族に貸し与え、シュディアーに繁栄をもたらした。
彼らは感情吸収能力と、技術銀行に保存された技術付与で、事実上シュディアーの頂点の座に君臨していた。
だがこの種族は生物の感情を操作する力を持ちながら、一方的な支配を望まなかった。
彼らはシュディアーを愛し、他種族を平等に扱い、世の調和と発展を自らの使命としていた。
当然、異世界からの侵略者を許さず、他種族をまとめ上げ、これに立ち向かった……。
<<中略>>
元は理想郷の完璧だった世界『シュディアー』
夢も希望も無くしたこの世界に定住し、人口を増やしていった異世界人達に災厄が降りかかる。
いずこから現れた巨大災害『機械』生物、龍の存在である。
そしてスレイプーン王国の王が、何度目かの『勇者召喚』を行なったことで、バランスが崩れてしまう。
悪魔鎧を身に纏った七人の勇者は龍を倒してしまい、人を脅かす大きな存在が居なくなってしまったのだ。
ここからスレイプーン王にとって思いもよらない事態が発生する。
勇者達が使命を果たしたのに、元の世界に帰れないのだ。
これは亜人エルヴ族側が悪魔鎧に施した、悪魔の力が異世界に持ち出されるのを防ぐ仕掛けである。
世界最強の武力を持った勇者達は恐れられ、欲しがられ、それから数年後である。
帰れない勇者達によるスレイプーン王国制圧が始まった……。
ここ魔力世界シュディアーのスレイプーン王国は、実質機力世界マシニクルの占領地である。
しかしマシニクルでの勢力下が変わる毎に、異なるマシニクルの軍隊が差し向けられ、支配者が変わる度に王家は彼らに頭を下げてきた。
何度も勇者を呼び寄せ、何度も侵略された異世界。
それがシュディアーである。
だが財団政府から送られてきた勇者達が、世界を繋ぐ結界門を破壊したことで、この繰り返しがひとまず終わることとなる。
「グラトニオス・カノン連続射撃」
大食勇者モレク=ゾルレバン2の左腕砲から竜巻が連射され、右から回りこまんとする黄金騎士を追いかけた。
モレクは敵の運動性を考慮し、一つの竜巻で薙ぎ払うのではなく、短い間隔で竜巻を撃つ。
「けっ……! つまり昔テメーらが閉じ込められたから、エルヴを恨んでるってか? その話がよぉ、俺個人には関係ねーじゃねぇか! そんなんで喧嘩売られちゃ、俺も頭にくるぜ!」
エンディックは後ろから徐々に近付いてくる、竜巻が地を抉り飛ばす音に振り返らず、それを上回る速さをヴァユンに注ぐ。
すると鉄の獣は一気に敵の真横に飛び出し、悪魔の住まうであろう右手甲側へ急カーブした。
(緑昇の体が支配されてるなら、マモンと同じようにあの金十字のパーツの宝石を潰す……。
頭のアイツと違って、モレクは手の上だから狙い辛ぇがな)
対する女悪魔は射撃を止め、すぐに右腕にグロ・ゴイルを構えて、意識を近接戦闘に切り替えた。
「憎いのは……ワタクシ達だけではなく、この世界その物を裏切ったくせに、今や世界の管理者のなっていることですわ……」
突撃した黄金騎士の金槍と、緑の勇者の振り下ろす非実体チェーンソーがついに激突する!
偽物の富の槍表面には機力が流されており、接触した武具を素材とし、無理やり弱体化や装備外しをしてしまう、錬金術師の武装。
まさに最強の盾すら外して突く無敵の矛である。
それが回転する風の刃と鍔迫り合えば……。
「機力が通らねぇ……かよ!」
対龍兵装グロ・ゴイルの実体無き刃の、流動し続ける風には外部からの機力が浸透せず、素材に出来ないのだ。
少年は危うく切り落とされそうになった槍をズラし、勇者後方へ走り抜けようとする。
(う……何だ?)
エンディックは緑昇の後ろへ抜けて、走って距離を取ろうする際、殺気に当てられ、敵の『露わに』なった背中を見てしまう……。
マントが風でめくれて、裏返っていたのだ。
赤いマントの裏側に、無数の唇が生え、そこから粘液が溢れ出して、舌が……。
無数の舌が高速で伸び、エンディックを逃がさんと迫り来る!
「うへぇ! 後ろも死角無し……かよ!」
急いで鉄獣を走らせて離脱した後に、鋭利な舌が宙と地面を斬り刺したのだった。
あまりにも気色の悪い迎撃に、少年は怖気と共に大きく距離をとる。
伸びた舌はマントが元に戻るのと同じく、赤い布の下へスルスルと収納されていった。
(初めて緑昇と戦ったときは、こっちから近付くことすら出来なかったが……寄ったら今度は前後共に、槍を拒否ってきやがる)
またしても攻めあぐむ黄金騎士に、緑の悪魔は先の言葉を続ける。
「以前のエルヴ族はただの森にこもった、田舎者にすぎませんでした……。
ですがワタクシ達だけが理解可能だった機械技術や機力を真似し、侵略者にすぐさま尻尾を振ったことで、今や亜人の長はエルヴです。
エルヴとそれに連なる亜人供は、現在のうのうと国境領土で生き延びてますわ。国同士で管理するはずが、いつの間にか人間達を支配し、管理する上位種族と呼ばれるようになってね!」
敵との距離が空いた途端、モレクは左腕の竜巻砲を連射。
エンディックはまた砲から遠い敵の右腕側を狙う為、回避しながら大きく迂回を選ぶ。
「ち……アンタらも結局俺と同類かい。恨みで生きていくしかねー奴ってな。
同族嫌悪も有るし、理解も出来るぜ……」
何度も異世界から勇者を呼び出し、やがて人間種族が住まう機械世界に侵略された、勇者召喚世界シュディアー。
この悪魔達はきっと自分達の世界を愛していたのだろう。
だからマシニクル人とも戦ったし、その愛する世界を余所者に売った他の亜人を憎むのも道理である。
「モレク、俺はテメーら悪魔が人間と亜人を憎むのは認めるぜ。復讐ってのは、他人が止めて良いもんじゃねーからな。
だから俺も正々堂々と抵抗させてもらうぜ。例え特に恨みのねーテメーら悪魔供をぶっ壊すことになろーともよぉ!」
黄金騎士は復讐者の殺意を否定しない。
その復讐を、挑戦を受けると、ハッキリ明言したのだった。
モレクは少年の態度に満足し、しかし訂正を促す。
「感謝しますわ、抵抗してくれた方が、殺しがいがありますもの。ですが『悪』の『魔』と呼ばれ、蔑まれる呼び名は、ワタクシ達の種族名ではなくてよ?
魔言『KICK』、グロ・ゴイル」
魔なる言葉が白い魔力円を呼び出し、それが緑の勇者の両足に重なる。
緑の脚甲の上に白い装甲が装備され、彼女の脚力を強化した。
更にモレクが左腕を横に振るうと、腕甲の鰐の頭が砲筒を収納し、代わりに空間から二枚の茶色の板と小さな風車が排出。
それらのパーツが組み立てられ、鰐の口が食らい付いて固定した武器は、もう一振りのグロ・ゴイルだった。
モレクが選んだ戦略は機動力強化と、グロ・ゴイルの二刀流である。
「殺すからこそ名乗らせて頂きますわ……。ワタクシはモレク=グラトニオス。
完全世界シュディアーの感情を支配する上位種族
『妖精』
の生き残りでしてよ!」
モレクは真名を名乗りて、敵へ踏み込んだ。
爆発するように噴出する脚甲の魔力によって、その一歩は彼我の距離をすぐに消し飛ばしてしまう。
(コイツから接近戦だと……!)
緑の勇者の今までの戦いから、いつも少年を待ち構えていた、という先入観が有った。 なのでエンディックの反応は一瞬遅れた。
彼は遅くなっていた速度を速め、緑の勇者の横へ走り抜けようとするが、自らを弾丸のように飛ばしてきたモレクの間合いからは逃げられない。
(なら! 傘だ!)
進路方向の右から左へ振り放たれた左腕のグロ・ゴイルを、傘のように展開した槍で受け止め……られない!
人間を軽々しく分解する龍殺しの衝撃は、黄金騎士の咄嗟の守りを弾き上げ、続けて右のグロ・ゴイルの突きが、空いた胴へ。
「ヴァユン……崩れろ!」
少年が乗っている金獣が即座に回避行動を取る。
バラバラに自壊したのだ。
乗り手は預けていた尻からストンと地に転がり、彼の頭上を竜巻の刃が通過する。
「何ですって……!」
脚力強化の勢いで緑の勇者はそのまま遠くへ行き、エンディックは転がりながら、横にすぐにヴァユンⅢを再度錬金する。
エンディックは急いで黄金の獣に乗り込み、不敵に敵を見据える。
(はぁ……はぁ……! 何とかなったぜ。騎乗錬金法だからこそ、やれた裏技だな。
まあ瞬間的に作り直すだけで、かなり機力を持ってかれるけどな……)
少年は何とか平静を装いつつも、モレクが名乗った真名を反芻する。
彼もまた亜人の昔話や逸話を聞いたことはある。
機械技術に長けたエルヴや、島のような巨大生物に住まうマーメイツ、長身で美しい男性しかいないと言うドワンプ族など。
だがそのフェアレィという言葉は、初めて聞いた名だ。
(察するに歴史や童話からも抹消された亜人種族ってことか……。そりゃ恨みも深ーわな)
これは復讐劇である。
誰の? 誰への?
愛する世界から拒まれた妖精達の。
勝手にシュディアーに住み着き、我が物顔でシュディアー人を名乗るマシニクル人への。
裏切り者である他の亜人達への、復讐である!
つまり! 今武器を向け合っている二人は、復讐を終えた人間の少年と。
今まさに復讐を行い続けている妖精の女なのだ!
もう解ってると思うけど、このシュディアーでは、ファンタジーでよくある架空存在は全て機械的存在となります。
剣の魔法の世界なら、高度な機械テクノロジーやロボットは、すべからく理解不能な異形ですよね。
シュディアーは確かにファンタジーな世界ですが、管理者である妖精、次のエルヴやマシニクル政府はガチガチのサイバー野郎共です。
というか亜人達は人間種族、侵略者であるマシニクル人達に対抗する為、バリバリ近代化しており、亜人領は近未来の世界となっております。




