第五幸 N-4 「理由無き幸福権利。理由有る正義人形」
黄金騎士の機力が炎に与えられ、草原に与えられ、その燃えた煙に加えられる。
悪魔にとって猛毒とも言える錬金術師の機力を、全身に浴びた勇者。
真実の富による物理防御。
鏡面装甲の魔力反射を剥がされたマモンは、再び翼を突き千切られる。
「馬鹿な……!ワタクシメが……あんな親の七光りの餓鬼にぃ……!」
未だ熱の残る黒い大地を、翼を失った鳥人間はよろよろと逃げ歩く。
金球とは離れた場所に落下したので、お供を求めて、惨めに向かっている次第だ。
そんな悪魔の遠い後方より、人の呼びかけが。
エンディックが再び金獣を錬金し、敗走者を追ってきたのだ。
「おぉーい! テメー悪魔なんだよなぁ? 願いを叶えてくれるんだよなぁ?
俺の欲望を聞いてくれたら、見逃してやってもいいぜー!」
「……ほう、悪魔と取引なさりたいと?」
逃げながら振り向くマモンは、時間稼ぎの為に答える。
ここまで己に屈辱を与えた敵を、生かしてはおかない。武器に再接続して、金に変えてやるつもりだった。
「おうよぉ〜、俺の欲望は……」
黄金騎士は速度を遅めて追っていたが、やがて止まる。
彼が欲望の悪魔に望んだ願い。それは……。
「世界平和」
「は……?」
「全ての人の幸福。争いのない世の中。不幸の根絶。テメーが今まで殺してきた人々の蘇生」
少年のあまりにも子供じみた願いに、欲望の悪魔は思わず答えてしまう。
「……そんなこと出来るわけが」
「誰が出来ないことを許したこのド無能がぁァァァァァッ!」
裂帛の殺意と共に、黄金騎士は槍を構えて、突進。
エンディックにとって、一度止まろうと、何度立ち止まろうと関係ない。
人がまた走り出すことも、追いつくことも、全て『己自身が決める』のだから。
「く……屈辱ですな。勇者でも龍でもない、貴様のような餓鬼にこれを使うほど追い詰められるなど!
ケルベロス・アローポッド! 発射!」
呼び出した細長い鉄箱を、マモンは後ろ向きに右の逆手で構えた。
箱の蓋が開かれるとすぐに飛び出した三本の黒槍は、宙を切り裂きながら敵を目指す。
充分に加速に乗った猟犬の追跡を、もう中距離まで接近したエンディックに避ける余裕はない。
「……成る程ねー。錬金術っていうのは……テメーら異世界の奴らと、戦う為に有るようなもんだ、なぁ!」
少年は三匹の魔犬に真っ向から挑んだ!
一発目の左からのミサイルを槍で突きズラし、正面からの二発目を返す槍で横に殴り飛ばす。
武器が接触した瞬間に機力を流し、三発目の魔犬の右上方からの突進を、ただ強引に加速して、下を通り抜けた。
先の二発のケルベロスは、獲物を後ろから追い直さんとするも、パーツ毎にバラけてしまい、最後の魔犬は無事なれど、もう『間に合わない』。
「壊せないミサイルを解体して避けるだとぉぉぉお!」
もはや魔言を唱える程の距離は、両者には無い。
最後の力を支払われた金獣の速度は、逃げようとする勇者に一気に追いつく。
「叶えてみせろ偽物の富! ヴァユンⅢ! ……俺の欲望をラァァァァァァッ!」
叶え、られた。
突き出された金槍は、黄金の勇者の王冠の、金十字の封印中心にあるピンクの宝石に、少年の想いを届ける。
彼が今まで抱いてきた恐怖、劣等感、悲しみ、怒り、そして殺意を。
槍先端が宝石表面に触れ、砕きながら中に侵入し、王冠向こう側へと内部機械を突き出したのである。
「叶えて見せろ! 人の幸せを! 希望を! 俺の欲望の受け皿になれぇぇぇ!」
エンディックは槍を引き抜き、獣から降りて、突き飛ばされた敵に飛びかかる。
マモン=グリーズの王冠に穴が開けられており、その金十字の装飾は抉られ、中央の桃色の宝石は欠損しても残っている部分が有る。
少年は槍を放り、勇者に馬乗りになり、黄金の両籠手でその石と封印を殴り付け始めた。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ねぇ!」
偽物の富とヴァユンⅢ。
両親の残してくれた二つをはめた拳は、悪魔が宿るとされている金十字装飾の、その中枢に何度も振り下ろされる。
「……結局! テメーの望む崇高な欲望ってのは、テメー個人で完結した小せぇー物だったんだぜ。
世界規模、人類規模のガキの戯言に、負けるくらいには……なぁ!」
少年の『勇者を殺す』という不可能な、しかし身から溢れるほど大きな欲望は、ついに残った宝石を砕き、王冠にヒビを加えた。
宿願を果たした途端力が抜け、エンディックは勇者の胸に倒れこんだ。
「はぁ……はぁ! へへ……ついに殺ったぜぇ。俺が……勇者でもないこの俺が!
勇者を殺した!」
魔力を使い果たし、消耗の大きな錬金術を連続使用したので、少年の機力はグチャグチャだった。
「……なぁ、もう起きてるかシナリー?」
エンディックが身を起こすと、黄金の勇者鎧に異変が。
装甲の接合部が外れ、体にフィットするよう巻かれていたチューブが緩み始めたのだ。
電子生命体の管制停止による、強制脱着である。
勇者鎧召喚システムが使えなくなった際の、緊急措置だった。
「……う……ひっく……」
少年は勇者の顔まで隠している兜を外し、中身を露わにする。
そこにはただの人間に成り下がった、か弱い人間が泣いていた。
「エンディックん……私は……」
「マモンもアホだよな。コイツに欲望が無いなんて……。シナリー、テメーは昔から強い欲を抱えて、それを他人の都合も気にせず振り回す、傲慢な奴だったんだよ」
叱咤されると思っていた少女は、意外な台詞にキョトンとする。
エンディックは立ち上がりながら、ずっと前から薄々感付いていたことを口にした。
「シナリーの欲は『独占欲』だ。強欲の勇者になる素質有りだぜ。テメーは小さいときから女が好きだった。俺の母さんに惚れたんだって気付いたのは大人になってからだけど、母さんの死を、その罪悪を独り占めしたかったんだ。
だから自分が殺したんだって、自分を満足させる為に吹聴しやがった。シナリーは罪悪感で悩むなんてタマじゃない。むしろ罪悪で欲を満たすような俗人だ」
黄金騎士でなくなった少年は、寝たままの勇者でなくなった少女に、手を差し伸べる。
だがシナリーの目と体は、迷いに泳いだまま横を向いた。
「私が……『私に』すら復讐出来なかったら、誰が私を罰してくれるんですか……。
このままズルズルと生き延びたって」
「良いじゃねーか、許されなくても、さ!」
エンディックの右手は御構い無しに、生き迷う幼馴染の腕を引き上げ、無理に立たせた。
肩を貸して並ばせたシナリーの暗い顔に、友は冷淡に『同じ言葉』を掛けるのである。
「別にテメーが正しくなくても、罪が有っても、生きる資格が無くても、生きる希望が無くても、正しく生きて幸せになる権利は有るんじゃねーのか?
マスクを脱ぐときだぜ、シナリー」
シナリーは悔しさか、情けなさか、俯いて目に涙を溜めてる。
エンディックはその友人の迷いを無視し、帰路へと引っ張っていったのだった。
「エルヴの兵器を舐め過ぎなのよ……あの坊や相手に貴方が勝てていたのは、その飛行能力ゆえ。地上戦であの『化物』に勝つには、『ワタクシ』のように圧勝戦を狙うべきでしたわね」
歩き出した二人の若者。
それを遠くから見守る存在が居る。
「……結局エルヴのハーフの子供にすら勝てないようでは悪魔達の戦争も、負けて当然よね。あれだけ外に出たいと願っていたワタクシ達は、あの封印が無くなれば、空間にデータが霧散してしまう……。
もう死人のような物ですけど」
『彼女』は自分の不甲斐なさに辟易しつつ、少年達の勝利にはどこか納得していた。
(ワタクシ達は物理的な肉体の枷から解放され、かつ他の物理存在には一方的に干渉出来る、上位の生命体。ゆえに悪魔と呼ばれている……。
ですがそのせいで、後から科学的に文明発達したエルヴ達に戦争で敗れ、こんな姿になってしまったのだから……本当滑稽ですわ。
これではあのときの再現でしかないわ。その過去が何百年先か、何千年先かは、メモリーの劣化でアヤフヤですがね)
「あ……あぁ……」
やっと緑の勇者『本人』が発声する。
覚醒したその意識は、バラバラになって置き去りにされた、強欲の勇者鎧の残骸に注がれる。
「……貴方様? もう『戻り』ましたの? わ、ワタクシのことが解ります? 自分が誰なのか、覚えてます?」
「……必要……ない……のか?」
女悪魔の呼びかけにも応えず、その肉体の持ち主は自己認識を崩していく。
無論、それは相棒である彼女にも伝わった。
「ダメ……ダメよ貴方様! そんな考えに到ってはダメ! だって貴方は今まで」
「彼が……居る。この世界に……本物の英雄が現れた。『僕のような』フィクションヒーローではない、本物の……! 自発的に生まれたマスクマンがぁ……。
本物を騙った僕は……『裁かれなくては』ならないぃ……!」
(だんだん精神操作が効かなくなってきているんですの……? これでは緑昇との約束が、果たせなくなってしまう!)
大食の勇者緑昇も他の者と同じく、悪魔と取引をしていた。
彼が支払った代金。
それは己の全て。
肉体、精神、誇り、正義、彼の人権全てと。
自身の『道徳』だ。
(このままでは緑昇が壊れてしまう……。その前に何としても……殺さなくては!)
緑昇という人間が、何もかもを売り払ってまで、欲した物。
緑昇と名乗るこの男の欲望とは……。
次回予告!
エンディック=ゴールを縛り付けていた、過去からの因縁。
それらを突き払った少年に送られる、緑の挑戦状。
明かされる魔力世界シュディアーの、何度も繰り返されてきた勇者召喚の物語と、封じられし七人の悪魔の正体とは。
そして緑昇とは、一体『誰』なのか……?
今現実と空想の英雄達が激突する!!!
これは勇者になれなかった者と、勇者になった者の物語ではない。
英雄になった者と、英雄になれなかった少年『達』の、醜悪劇である。
次回!第六幸!
『壊れた水の秤と望まれた欲望』
人はフィクションにはなれない。
そんなこと大人になれば、誰にでも解ることである。




