第五幸 N-3 「ゴールド・ダブル・ギャンブル」
エンディックは成長した。
以前は作れなかった傘の形を錬金し、シナリーの攻撃を受け切って見せた。
だがそれだけである。
勇者に打ち勝つには己の可能性ではなく、この場の地形から、存在しない勝ち目を見つけなければ。
今までの戦いから見出した思い付きは、通じるかどうか解らぬ、不確かな戦法であった。
「魔言『HEAT+SHOT』だ!」
金獣に跨る黄金騎士が構えた武器先端で、赤の魔力円と青き円光が重ねて発生する。
その青い光は魔力ではなく、機力による式の具現化。
エンディックは空中に錬金円を描いているのだ。
「うぅ……! ぬぅうっあ!」
少年は内なる力を抑え込みながら、脳内に想い描く形を現実に刻もうとする。
熱の技術の円に、彼の錬金円が解け、赤の中に青の彩りが加えられた。
魔力と機力、二色の円形を携え、黄金騎士はヴァユンを走らせ始めたのだった。
「それじゃあ……派手に燃やすぜ!」
エンディックは敵へではなく、横に武器を向けながら、槍から火炎放射を吐き出した。
彼の作戦とは、この草原地帯に火を掛ける火刑の策なのである。
「何です……? 空飛ぶ私を放火で炙ると……? 奇策というか意味不明ですなぁ」
上空で浮遊する悪魔は、敵の意図に首を傾げる。
黄金騎士がこちらを迂回しながら、炎をバラまき、自分が走る道を火の海にしていくのだ。
彼はジグザグに隈なく火をかけて行き、緑の海を炎の花園へと変えてしまう。マモンの下方も勿論燃え上り、その熱気は天地問わず蹂躙していった。
「相手の陣地に火を付けるのではなく、己の居る地上を燃やして何とします? まさか熱で装着者の体力を奪うとか?
ワタクシメの操り人形であるシナリー様が消耗しようと、エンディック様に遅れを取るとは思いませんが……魔言『COOL』」
マモンの呼び出した技術は、冷気発生の青い魔力円。2の階級。
円光が黄金の勇者頭上から足先まで通過すると、その身を冷気が包み、瞬時に鎧内部の温度を下げた。
「さて……撃ち止めですかな?」
鳥人間が空から見据えるのは、火の海の対岸である。
遠くの、まだ燃えてない場所でエンディックは立ち止まり、悪魔を睨んでいた。
魔力が無くなったのか、槍の炎は消えている。
「熱でないのなら、煙の目眩しで奇襲でも? しかしせっかく起こした草原の火も魔力の効果が消えてるのか、貴方様の命も風前の灯火ですよ?」
マモンは少年の意図を計りかね、しかし油断なく金球の防御力場を使えるよう身構えて、少しずつ敵へと進んで行った。
下の炎も始めは勢いよく燃えたものの、ほとんど黒い大地に帰っていく。
少年の自らの足元に火を付ける奇策は、何の成果も出さなかったのだろうか?
「もう充分だな……」
エンディックは一つ目の博打が成功したことに、この『攻撃』が敵に通ったことに口元をつり上げる。
(へへ……体に疲れがドッと来たぜ……。即興で錬金火炎をやり遂げたが、身体中の魔力と機力がこんがらがって苦しいぜ。
俺の技量じゃ、ただの火付けだけで精一杯だ。ま、火が早めに消えて助かったけどな……)
仕掛けは済んだ。あとは目論見通りに発動出来るかと、このヴァユン内部に素材として詰め込んだ『アレ』が通用するか、否か。
(次の一手で、勝ち負けが決まる……!)
エンディックは再び体内の機力を高めていく。
「今度は……無謀な突進ですか。もう終わりにしてあげましょうかねぇ」
強欲の勇者がある程度の距離まで近付くと、黄金騎士が走り出したのだ。
この直線的な動き、今までのジャンプ突きと符合する。
悪魔は白けた声を出しつつも、空中で返り討つ為に真実の富と金球達を構えた。
「行くゼェェ! 巨人の大槍!」
「え? ここでぇ?」
金獣が飛び、乗っていたエンディックもまた跳躍する。
すると下のヴァユンが自壊。掲げた主の槍に向かって殺到し、大きな槍を錬金した。
「魔言『HEAT』」
空中で少年の伸ばした左足裏と、槍の先端に赤の魔力が宿る。
足裏から推進力が生まれ、使用者を『下から上』へ、空飛ぶ悪魔の元へと届けようとした。
しかしこの技は敵に見られているし、普段とは違う、遅い上昇攻撃なので、マモンにとって避けるも受けるも容易である。
(その大きな槍は、機力による劣化を通さず、物理的に無理やりにトドメを刺す為に用いられる……言わば『大技』です。
本来敵を弱らせて、動きを止めてから出す物なのに、真正面からでは隙だらけじゃありませんかぁ?
グフフ、敗北を実感して、焦りから迂闊な戦法を選んでしまうとは……おや?)
空へ昇ってくる黄金騎士には、普段と異なる二つの点が。
一つは槍先端から火が燃え上がり、威力向上の為か、槍表面を燃やしての突撃であること。
二つ目は……エンディック自身の顔が、露出している!
「おやおや、余程燃やすのが好きなんですなー。それにお顔も出して……兜や胸当てといった、防具まで槍に注ぎ込んだ、という必死さで?
で、す、がぁ」
少年のこの一撃は、槍と籠手だけを装備した捨て身その物。
そしてついに、殺意を顔に貼り付けたエンディックの大槍と、マモンが力任せに振り下ろした両刀槍が激突する!
「エンディック様の全力の力比べでも、勇者には敵いません!」
やはり落下でなければ速度が足りないせいか、はたまた勇者の自力が強過ぎるせいか、少年の突撃はすぐに押し止められ、拮抗してしまう。
更にエンディックの周囲には、魔力を溜めた金球が配置されていたのだ。
「お忘れかな? 貴方如きの魔力など、鏡面装甲で容易く反射出来ることを。しかもわざわざそんな薄着になって、どうなさるおつもりですか?
一瞬でも空中に留まれば、金像に変えられ、地に落ちて砕けてしまいますぞぉ〜?」
決死の槍は空中で止められ、無防備な姿を晒す少年。
ここから魔言で攻めようにも、鏡面装甲で跳ね返され、空の上では槍を振り回すのも難しい。
エンディックは絶体絶命の窮地と、悪魔が『勘違い』してくれたことに、つい怒りの『化粧』を崩して笑ってしまった。
「……この技で俺が鎧を解けば、絶対その得意技でキメてくると信じてたぜぇ。本当良かった。テメーがあの炎のとき、力場で守らなくて……な」
「えぇ? 一体何を」
ビキィ……というその音は、両者の耳に確かに届いた。
発生源は……勇者の胸の装甲。その表面から。
「おかげで今頃全身に煙が、俺の機力が付着してるだろうからなぁ!」
凹んだ。
光輝く金色の鎧の数カ所が。
表面材質が内側に小さく壊れた。当然金の装甲の二層目、鏡の部分にヒビを入れることになる。
そしてまたしても地へと落下していく、金球達。
「先の炎魔言に機力を混ぜたぜ。その火に燃やされた草にもまた、俺の機力が混ざることになる。
草は燃えて煙や灰を作り、更に大気中に舞い上がったそれらを、テメーやキンタマは攻撃だと認識しなかった。
つまり……勇者様の装備一式、俺の素材として錬金出来るかもってな!」
先の火刑が成功する確証はどこにもなかった。
もし魔力が途中で底を尽きたり、魔言に機力を含ませるのに失敗したら、ただの犬死だった。
更にマモンが狙いに気付いて、防御力場で全身を囲うか、すぐに炎を消し飛ばされたら、本当に勝ち目が無くなる。
だが結果、エンディックは大博打に勝って見せたのだった。
「グフ、グフフフ……そう、です、か。だからどうしたと言うのです! 装甲を脆くされようと、力で押し切ってしまえば! 矮小な貴方など搔き消えましょう!
魔言『SLASH』!」
マモンは苛立ちながらも、巨人大槍を押し止めていた両刀槍を振り上げ、紫の魔力を発生させる。
切断消滅の技術が通過した槍は、もはや刃先だけではなく、刀身全体から紫色の光の刃を形成していた。
勇者の力によって現出したこれは、切り易くするではなく、悪魔の宣言通り消滅の剣である。
「さぁ、貴方のその不細工な槍ごと、真っ二つにしてあげましょう!」
再度振り下ろされる槍の光刃と、少年が防御にと構えた大槍が接触する。
巨人の大槍に集められた土草などの素材は、光刃に触れた箇所から消えていき、伸びたその切断消滅は少年ごと両断する……前に止まった。
真実の富が『反射』の衝撃でへし折れてしまったからである。
「はぁ……?」
使用者に跳ね返った斬撃の波が霧散し、防御力の下がった勇者の身体中を細かく切りつけた。
その一部が王冠部分にも飛び火し、中心の金十字封印に浅くない切り傷を付ける。
「がぁ……! 一体何が……」
悪魔は見た。
大槍が剥がれ落ち、中から黄金騎士の元の槍が露出しているのを。
その槍の手元を守るようにくっ付いている、金ではない別の色の異物を視認する。
元は金色で、今はエンディックから機力を流され、無色透明に周囲の光源を反射するそれは、大食勇者の片翼だったのである。
「あぁ、そうだぜ。前の戦いで、黄金騎士と緑の勇者が切り落とした、テメーの羽だぁ! わざわざ敵に知られてる技名を、叫ぶかブァアカッ!
もう一発ぅ、魔言『HEAT』!」
エンディックが浮かべたのは、悪魔にとって死神の微笑みか。
彼の改めて構えた槍の石突き部分に、赤い魔力円が発生。熱を噴射する。
再び推進力を得たエンディックは、敵の王冠ではなく、横の翼へと先端を向けた。
「そして今、もう一回右の羽を貰おうかぁぁぁ!」
あのときの、再現だ。
空中で突進した黄金の槍は、轟音を引き連れてマモンの右肩と、右羽を抉り折った。
重力を保てなくなった悪魔は、焼け野原の黒い大地へ落下を始めてしまう。
だが、まだ攻撃は終わらない。
「……グロ・ゴイル」
真下の地中から飛び出したその影は、脚力強化によって一気に上昇し、落ちる勇者と交差する。
瞬間、振り上げられた風の刃が悪魔の残った左羽をも切り飛ばした。
「何ぃぃい? 貴様、どうして生きて……!」
「……」
現れたのは胸を貫かれたはずの、緑昇である。
彼は無言でマモンを蹴り飛ばし、方向を変える。斜めに飛び上がる先には、慌てるエンディックが。
「や、やべー! 高く飛び過ぎて……!」
今度は下ではなく上に加速してしまったため、落下死のデメリットが。
しかも地上まで遠過ぎるので、先にヴァユンを遠隔的に下で作って、自分を受け止めさせる余裕がない。
「せっかく奴を地に落としたのに、死んでりゃ世話ねーぞ!」
「……」
宙でジタバタする少年だが、その彼を抱えるように現れたのは緑昇だ。
緑の勇者はエンディックを小脇に引き寄せて自由落下。
落ちる直前に風属性の魔力を両脚に集めて減速し、ブワッと緩やかに着地した。
「アンタ……いくらなんでも頑丈なんてノリじゃ、説明きかねーぞ。体に穴空いてんじゃねーか……」
実は胸に何か仕込んでいた……なんてことはない。
己の足で立ったエンディックが見る限り、緑昇の両胸鎧には穴は開いて大量の血が付着しているが、どうも傷が塞がっているらしい。
緑昇は黙したまま、未だ火が揺らめいている焼け野原を示す。
「あー、解ってるぜ。これは最初から俺の戦いだ……俺が裁定を下すさ」




