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第五幸 N-1 「やってみなければ解らない、と誘えば」

シナリーの今現在の願いは、自分が真っ当だった頃を知る友の生存だった。

少年はやっと聞こえた彼女の『助けて』という欲望を叶える為、何より自分達の不幸の落とし前をつける為、闘志を取り戻して黄金騎士を錬金する!


だが時既に遅し。

復讐のゴングは、緑の勇者の死によって鳴らされるのであった……。

 黄金騎士と黄金の勇者の因縁の戦いは、最悪の始まりを迎えた。

 マモン=グリーズは正規装着者である、成長したシナリーを手中に収め、かつてないほどの機力と魔力をその身に纏っている。

 対してエンディックは頼みの綱である、緑の勇者が死亡。

 以前より敵は強大になったのに、味方は減り、両者の戦力差は絶望的となった。

「だからぁ……なんだ!」

 少年は一喝し、乗ったヴァユンⅢを走らせる。

 向かうは正面の空飛ぶ悪魔。加速して行き、跳躍するのに充分な助走を得た所で右にズレ、マモンの下を抜けていった。

「く……!」

「おやおや、仇を前に怖気ついてしまわれましたか?」

 そう言って勇者は供の金球を一つ飛ばし、走り去っていく少年を追わせる。

 黄金騎士は逃げるように離れながら、上ずった言い訳を口にした。

「うるせぇ! 勝てるかどうか『やってみなくちゃ解らねぇだろ!』」

「それは事前に勝利への努力を捨てた、敗者特有の台詞。何の意味もありませんな。

魔言『POISON+METAL』」

 悪魔が手にした槍を金球の方へ向けると、遠くで飛行している金球に魔力が注入。

 金球はヴァユンⅢには追いつけないものの、その身に金属毒を滴らせ、すぐにでも背後から死の光線を放つ勢いだ。

「いや意味は有るだろ。不用心に一個だけ寄ってきたし……な!」

 金獣はなぜか減速していき、力を込めて足を踏ん張り、くるりと反転する。

 眼前にはすぐに追いついた金球が。

 そこへ一歩踏み込み、エンディックは槍の一突き。

「錬金開始!」

 攻撃を認識した金球は行動を自動防御に移し、力場と槍がぶつかった。

 その槍の穂先から流れた機力は、最小限の大きさで発生した力場表面を伝い、裏側に進入し、本体に到達する。

「つまり俺が何の策もない弱い奴だって、舐めてくれるわけだ。テメーを殺す野郎のぉ! 台詞にしてやらぁー」

 金球が地面にゴトリと落下した。

 エンディックは兜の中で勝ち誇った笑みを浮かべ、飛行してくる敵を見上げる。

「魔物の装甲を脆くするのと同じだぜ。この力場を飲み込む量の機力を流して、中の機械にアンタの力を押し出すくらい、中の仕組みを満たせばいい。

 今このキンタマは、どっちの命令を聞けばいいかパニクってるだろうぜ」

「成る程……ワタクシメの不注意でしたなー。ではこれはどうですかな?」

 マモンは平静を装いつつ接近。黄金騎士上空から金属毒光線を放った。

 すぐに走り出したエンディックの後に、眩い害意の輝きが草原を塗り、表面を金に変えていく。

 黄金騎士は左曲がりに速度を上げながら、三つの金球が主から離れていないのを後ろ目に確認した。

(安産第一ってかぁ? なら見え辛くしてやるぜ)

「魔言『HEAT』だ!」

 カーブから回って加速し、遠く空飛ぶ敵の左側を一気に取る。

 槍先端に赤い魔力円を発生させ、火炎放射で彼我の距離を繋ごうとした。

「おやおや、魔言使いでもない魔力が効くはずもないことをお忘れか?」

 宣言通り、少年のか弱い炎は金球の防御力場に阻まれてしまう。

 だがエンディックは気にせず減速し、力場に火炎を浴びせ続けた。

 力場表面で燃える炎は、やがてマモンの視界いっぱいに広がり……そのタイミングで黄金騎士は速度を上げる

「何……?」

 魔の炎が急に消え、マモンの左側に黄金騎士の姿は無くなっていた。

 追う視線の先は後方。エンディックは一瞬でマモンの後ろに回り込み、そこから加速。

 ヴァユンの脚は簡単に離れていた距離を詰め、振り返った勇者の下を取る。

「おら……二個目だぜ」

 金獣は敵真下から跳躍し、乗り手の槍が空飛ぶ悪魔の下方向の守りに設置された金球を突く。

 母機を守らんと攻撃しようとした金球。すぐさま自衛の為に力場を形成するが、エンディックと共に草地へ落下していった。

 黄金騎士は距離を取りながら、強気に槍を敵へと向けて言い放つ。

「緑昇から聞いてるぜ……テメーの子分みてーな浮いてる武器は、主人が狙われそうになると、その守りを自動で優先するってな。

 つまり誘いを掛けた後から守ってる子分を殴れば、キンタマ自体の防御が遅くなるかもって寸法よ! あと二個ぉ、ぶん盗って丸裸にしてやるぜ」

 エンディックは士気向上の為に、無理に勝利を確信しようとしていた。

 このまま敵の防御を崩していけば、この槍はいつか怨敵に届くのではと。

 だがそれは、これからの接近戦に勝てれば……の話である。金球を落とすのは、あくまで敵を低空に降ろす為の手段なのだから。

「ではここからは、少し本気を出しますかな」

 想定通り悪魔がイラついている……とエンディックは感じた。

 マモン=グリーズは振り返り、走る黄金騎士へと斜め下に急降下。手にした真実の富で少年の後ろから斬り掛かった。

「うぉっ……とぉ!」

 エンディックは横目に確認しながら、寄られると同時に更に前へ加速した。

 ヴァユンに支払われた機力は勇者の追跡速度を超え、右に回り込みながら、逆に敵に仕掛ける。

(地上戦ならぁ、追うか追われるかは俺の方が決める。まんまと降りてきたテメーを逃す手はねぇー!)

 黄金騎士は黄金の勇者右側面からランスチャージ。

 錬金術師の槍が接触すれば、そこからエンディックの大量の機力が流し込まれ、敵武装材質を支配出来る。その部分を脆くしたり、肥大化させたりして動きを阻害するのが、黄金騎士の基本戦法だった。

「おや、そんな速い動きをして……ですが」

 無論、マモンもそれを警戒して、直撃を避けんとする。

 突き出された少年の槍を振り上げた両刀槍で弾き、金の翼を羽ばたかせた。

「お忘れですか? ワタクシメの翼は飛んでいるのではなく、重力操作にて浮いているのですぞぉ?」

 マモン=グリーズはその姿勢のまま、右斜め上の宙空に回転移動。

 下を通り過ぎようとするエンディックに、逆に悪魔の一突きが襲いかかる。

 地を走る者は防御間に合わず身を屈めるも、背の鎧と肉と血を金の刃が繋いだ。

「ちぃ……!」

 少年は金獣に張り付くように更に身を低くし、走りながら敵の槍を抜き掠めた。

 距離を取るべくヴァユンⅢを速めるも、悪魔はそれを許さずと追撃する。

「ちと浅かったですなぁ。ですが、いたぶった方が御嬢様も楽しめるでしょう」

 逃げる黄金騎士の左後方からの横一線、右斜め上から振り下ろし、そして真正面から連続突きと勇者の熾烈な強襲。

 対してエンディックは、左に槍を払い、振り下ろされた刃は槍の腹で受け止め、前からの攻撃は等しい数の突きをぶつけ、捌こうとする。

 だが間に合わない。

 ただの人間と勇者の動きに差が有り、いくつかは鎧のない場所を切り割き、頭を逸らさねば死んでいた一撃も少なくない。

 交錯から離れ、エンディックは所々から血を流し、その後ろへ飛んでいくマモンは無傷である。

「おんやー、ワタクシメを殺すのでしょう? 今の一合……こちらが加減してなければ、死んでいましたぞ? 腕の動き一つとっても、肉体調整された勇者について来れるわけありませんなぁ」

 少年は悪魔の笑い声に頷きそうになった。

 実際勇者との接近戦で遅れを取ってしまってる。シナリーを得た敵の動きは、本来龍や魔物を屠るものだ。騎乗錬金戦闘法がいくら早い移動と錬金術が可能でも、瞬間的な小回りや自由度において相手が勝る。

 そして戦略においても。

(くそ……俺自身の実力が劣ってるってのか。せっかく降ろしたのに、奴の羽をむしり取ることも出来やしなかった……。ついでにお供のキンタマでも狙っとけば)

 否。先のマモンは残り二個の金球を連れていなかった。

 金球は今、悪魔を憎々しげに振り向く黄金騎士の進路方向上空で浮いており……。

金属毒光線(アイアンヴェノムビーム)、照射」

 前を見てなかったエンディックは迂闊に金球の下に入ってしまい、そこへ邪悪な光が振り下ろされる。

 罠である。マモンは浮遊砲台が無力化されないよう、接近戦にて敵注意を引き、逃げた先に金球を設置していたのだ。

「グフフフ、これで御嬢様のお友達もお庭に飾れますなぁ」

 光線の雨を通過したエンディックは、鎧を更に光り輝かせながらUターン。

 猛毒の直撃を受け、金像に変わる前に報いようというのか、すぐ勇者へと向かっていく。

「おやおや、死に物狂いの突撃が届けば良いですな……む?」

 だが早い。

 ヴァユンは敵を正面に捉えると爆速し、主の間合いを敵に届けた。

 一瞬で遠い距離を詰めて飛び上がった黄金騎士の槍は、悪魔の上昇を許さず、頭の王冠を狙う。

 だが決死の一突きは、守りに構えられた両刃槍に捌かれ、槍先端が王冠の金十字に掠る程度で終わってしまうのだった。

「……ちぃ! 調子に乗るな糞餓鬼がぁ!」

 マモンは焦りと怒りで槍を持った腕を振るい、飛んできた黄金騎士を殴り落とす。

「くそ……しくじった……」

 相棒と離れそうになった少年は必死に股で獣を挟み、ヴァユンもまたその身を一回転させ、足でしっかり草原に着地した。

 そして逃げるように走るエンディックのその身は、未だ金属化していない。

 なぜなら……偽物の富に金属毒光線は、『効かない』のだから。

「ほう……魔言の行程の一つ、支配を無視する為の『同じ色』ですか……」


 魔言技術の効果行程とは、『支配→設計→発動による支配』となっている。

 呼び出した技術を、使用者の魔力で支配。

 効果範囲を、魔力で想像設計。

 そして発動した技術の力が、力より抵抗の弱い対象を支配し、変化させているのである。支配しやすい魔力が悪魔毎に異なるので、勇者鎧が得意とする属性や技術も変わってくるのだ。


(ワタクシメの金属毒光線は対象を金色に着色=支配し、そこから毒素を付与する物。

確かに元から『金色』の物体を金に変えることは出来ませんが……)

 マモンは未知の脅威に冷静さを取り戻し、遠ざかる黄金騎士を空中から観察する。

 確かに金色の鎧は、こちらの得意技への耐性になるだろう。

 だが防具下の衣服は金ではないし、それに兜は顔隠していると言っても、視界の為の穴が空いてる。掠る程度ならまだしも、真上からの直射を受け、金属化もせずピンピンしているわけがない。

(先程あの鎧……やけに発光したように見えましたが、もしや光線を受ける直前に光り出したのでは?)

 いずれにせよ悪魔の中で油断や侮りがなくなり、少年の勝機はますます減ってしまうのであった。


(ちくしょー……今ので殺れなかった! 偽物の富に実は奴の技が『効かない』ことは、トドメを刺すそのときまで秘中の秘なのによぉ!)

 エンディックは兜の中で汗を流しながら、秘策の消滅の焦りと後悔に、心を引きずられていた。

 そうなのだ。この金の鎧は、マモン=グリーズを模倣して作られた作品のプロトタイプ。技術を作ったものの実用的ではないとして、完全な完成の前に放棄された可能性が高いのだ。

(あの光線は恐らく魔力と機力が含まれている……。だから鎧表面に強い機力を流し続けて、光の作用を意図的に鎧に誘導する……これが偽物の富の強みだ。

 これは俺が後に思い付いたアイデアで、奴に知られることがなかった。……俺の自信の作戦だったのに!)

 きっと自分達にもしものことが有ったときの為にと、両親がライデッカーに作品の一部を預けたのだろう。

 それを将来息子が完成させるかもしれない、そんな希望を信じて。

 だが、その希望は砕かれた。

 仕損じた今となって、敵はもう金属毒光線を多用することはない。

 更に……敵が侮ってくれなくなるということなのだ……。


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