第五幸(5話)「願望不受理の黄金の器」M-1
エンディックはシナリーに宣言する。
自分は理由ではなく、酔狂にて変身すると。
その中で最善の道を走ってみせると。
それは自覚した、彼女達勇者への信仰心であり、そこから発露した少年自身の輝きは、もはやシナリーへの復讐を果たしてはくれない。
(クスター地方・アリギエ・孤児院敷地内の入り口前)
「今、昼に出発せんとする俺達の元に、この手紙が届けられたと……? 明らかに怪しいな」
そう言って手紙を読んでいるのは、ボサボサの黒い髪に茶色のコートを羽織った青年。
彼は緑昇と名乗っている七罪勇者の一人で、相棒の悪魔が宿る金十字の手甲を、右手に付けていた。
「開けてた窓からフラ〜と漂って入って来たですって? 恐らく遠距離から風の魔力を操作したのでしょう。これで罠と思わないマヌケはいませんわよ」
同意したのは桃色のドレスを着た、人外の美貌を放つ悪魔。
名はモレク。
緑の短い髪に青歯茎の飾りを付けていて、その身は実体が有るよう見えるが、それは緑昇の手甲から投影された映像なのだそうだ。
「俺も急いで窓の外を見たけどよ、奴を見つけられなかったぜ……。ち、俺らの場所が解ってるなら、掛かってくりゃ良いのによぉ」
そう言って拳をぶつけ合せたのは、背の低めな金髪の少年。
このエンディックの装いは、いつもの服の上に軽装の鎧だ。簡単な胸当て、腰当てに脚甲。そして錬金術師である親の作品の、金の両籠手を付けている。
肩には錬金術の素材を入れた麻袋、右手には金属の棒を持つ彼の、見つけた手紙にはこう記されていたのだ。
「我、降伏の意思有り。ギデオーズ=ゴールの身柄を、返還する。さすれば、逃走を認めるべし。ヴィエル農園行き途中、スキエル平原に、エンディック=ゴール一人で来るべし」と。
「小狡いことですこと。待ち合わせ場所が解っていれば、どこに隠れていようが構わぬくらい、長距離から土地ごと吹き飛ばすのに……。
人質を置かれたら、正々堂々待ち人を撃てなくなりますわ」
「どこが正々堂々なんだよ……。でも奴がこんな安っぽい小細工に頼ってきたってことはよ、二日前の戦いで追い詰められたってことだよな?」
モレクが嘲笑し、エンディックが半目でそれを見る中、緑昇は即決する。
「丁度良いではないか。黄金騎士……捨て駒としての本分を果たせ。
罠だろうと、貴様がぶつかって解除して行けば、後から俺が安全に歩ける」
黄金騎士と緑の勇者の取り決め。
脇役の身で舞台に上がるのであれば、我を捨てよという。
大人の冷酷な視線に、少年は怯まず答える。
「応っ! だがよう、昨日しこたま俺に二人でやる連携だの戦略だの教えやがったんだからよぉ。ちゃんと俺が死ぬ前に出てこいよな?」
「……善処する」
既に準備完了していた二人と一匹は、歩き出そうとする……が。
「エンディック……お兄ちゃん」
呼び止められ、後ろを見やると青い髪の男児、キリーがエンディックを見つめていた。
キリーの瞳は複雑な心境を映しており、迷いながらも相手に『望み』を伝えようとする。
「お兄ちゃんさ……また危ないことをしに行くの?」
「あぁ……シナリーの奴の為に、解決しなきゃなんねーことが先約で有ってよ。
帰ったら……キリーとお前の姉ちゃんのことも、一緒に考えてやるからな」
エンディックには死ねない理由の一つに、無理やり助けたこの姉弟の件も有る。
彼は黄金騎士の酔狂として、二人の今後も何とかしてやるつもりだった。
「そう……なら、勝手に……死なないでね」
少年なりの檄だったのだろうか、キリーは口数少なく、その場を去って行った。
「……待たせたな。行こうぜ」
エンディックは仕切り直すように連れの二人に言うと、緑昇がじっと見つめていたことに気付く。
対象は自分じゃない。
緑の勇者は歩いて行ったキリーの背を見ていた。その暗い眼からは、何も読み取れない。彼はキリーを見て、何を考えているのか……。
「……今度こそ、行きますわよ」
モレクが催促し、一行は決戦の地へと歩みを進めた。
(アリギエ〜ヴィエル農園間の街道・スキエル平原)
時刻は雲空から光が霞む昼時。エンディック達は街道を迷わず進んでいき、農園方向を目指していた。
その至る道筋を逸れ、緑昇が感知した『生体反応』を頼りに、左に広がるスキエル平原へ。
身を隠す物がほとんど無い、だだっ広い草の海を進んでいくと、遠くに一人の人間の姿を見つける。
(……行け、エンディック)
今の緑昇はモレク・ゾルレバン2を装着し、鏡の魔言でこの世界から座標を消していた。
その緑昇の歩く音が止まったのを確認すると、エンディックは一人で草を掻き分けて行く。
近付くにつれ、待ち人の姿がはっきり解ってきた。
何もない草原の中に、ポツンと木の椅子が置かれている。座っているのは、男性。
豪奢な装飾の付いた貴族のような衣服に、青い宝石が散りばめられた赤いマントを羽織ってる、何かの貴族のような……老人に見えた。
富んだ服に対し、着ている体は痩せ細り、肌色は良くないと思われる。茶色の髪や髭は伸ばしっぱなしで、朦朧としたその目はどこも見ていないようで、頭には青い宝石の付いた金の王冠。
互いに久しぶりなれど、エンディックには解る。
相手が己の血縁者なのだと。
「父さん……!」
進む足が早まり、目に涙を滲ませながら、少年は駆け出していた。
「会いたかった……ずっと探してた……生きてて良かった……またこうして見つけられて良かった!」
息を切らせながらたどり着いた、父の眼前。
エンディックの感情的な目と声に、父親は反応を示さなかった。
それでも少年の口からは、止めどない言葉が溢れる。
「俺生きてたよ。元気に暮らしてたよ。こんなに……大っきくなったんだ。母さんの仇を討つ為……ずっと、頑張ってきたんだ!
シナリーも元気だ。アイツまだ罪悪感に蝕まれてる。それを救ってやれるのは、父さんだけなんだ。
だから……だから行こうよ。早くあんな奴の所から!」
息子の必死の呼びかけに、父は応えない。
変わってしまったギデオーズは、辛うじて生きているようだが、魂が抜けているような有様だ。
それからエンディックが必死に呼び掛けるも、彼は無言のままである。
「間に合わなかったか……。長期間悪魔の精神汚染及び操作を受け続けたようだからな。装着者が廃人となっていても、おかしくはない」
緑昇は少年のように真っ直ぐ向かわず、迂回しながら周囲の状況を探っていた。
今は魔力で生成した鏡の内側から、外界で遠くに座っている椅子の男を見ている。
「ワタクシ達悪魔は、人間の感情を糧としていますからね。坊やの御父上も無理やりマモンの望む欲望を引き出され、彼自身の望まぬ行いを強要されて来たのでしょうね。
それもシナリーという娘よりも、一層強力な支配ですわ」
耳に直接聞こえるモレクの電子音声を聞きながら、緑の勇者は移動し、状況の真意を図る。
この草原に物理的な罠は無いようだが、勇者召喚もせずに待ち構えた、ギデオーズ=ゴールは一体……?
「あら……? 貴方様、あの男の王冠を見てくださいまし」
緑昇は兜バイザー内のカメラをズームし、ギデオーズ身なりを注意深く確認する。
「な……、なら奴はどこへ居る!」
「エンディック……?」
父から急に反応が有った。
エンディックはその意識を繋ぎ止めようと、強い意思の瞳を虚ろな目に合わせて言う。
「そうだよ……俺だよ! 父さんやっと気付いたのか。とにかくここから離れ」
「……大丈夫……だ。……さんは……大丈夫だ……きっと」
ギデオーズは未だ正気を取り戻していない。
ただ周りの動く物に反応しているだけだった。その反応行動はうわ言のような声を繰り返させている。
「母さんは……大丈夫だ……きっと蘇る……から」
「……! お、おい、何が大丈夫なんだ父さん! 母さん……? だって母さんは」
「ええ、エンディック様の御母様は、間違いなくお亡くなりになられましたぞ。はい」
エンディックは父の発言に驚くと、そこに第三者の声が天から響き渡る。
曇り空を割いて、爛々とした光が下降してきたのだ。
その陽の光の輝きを撒き散らす者の位置は、未だ上空。
鳥人間の形をした光は、電子的音声を奏でる。
「はて……何からお話しますかな? 例えばワタクシメとゴール夫妻の戦いが、そもそも行われなかった話題なんて如何でしょう?
ギデオーズ様が悪魔との取り引きに応じたとしたら?」
それは全身鎧の騎士だった。
丸みの有る細いフォルムで、梟の頭部を模した胸鎧と体にフィットした肩と腕と脚の防具を付け、各所に羽の装飾や模様が施されている。
鎧の間接部は黒いチューブが巻かれ、梟の意匠の兜の目元は水色の透明なバイザーが付けられており、奥の赤い二つのカメラが少年を見下ろしていた。
「父さんがテメーと取り引きするわけねーだろ!」
「両者の利害の一致でして。あのときギデオーズ様は今後を見越して、勇者鎧を破壊しない方法を探していました。
そしてワタクシメも幼い御嬢様ではない、新しい御主人様を求めていたのです」
兜の頭頂は王冠が付いており、金十字の装飾の真ん中に桃色の宝石が妖しく光る。
そこにおわす老人の意思が、眼下の少年へ機械の音を続けていた。
「ワタクシメは人の欲望を糧とする悪魔。それは何かを欲し『続ける』心であり、すぐに手に入るような欲では満足出来んのですよ。何せ欲深でしてなー。
ゆえに最初から高い地位にあるベネト様や、何もかも与えられて育ち、まだ幼かった御嬢様の抱く欲望など無価値です。
より良き欲とは! 決して手に入らぬ物を、消えない欲求を燃やし続ける心! シナリー御嬢様を解放する代わりに、ギデオーズ様に新たな御主人様になって頂いたのですよぉ」
その黄金の騎士を空に飛ばしているのは、背の巨大な翼となっている反重力装置によるもの。
梟の羽に似せた両翼に青い宝石が散りばめられ、そこから機力の反応を発していた。
「ちょっと……待て? テメーが父さん達と争わずに、シナリーを解放したなら……母さんは」
「ん? あぁー、それも今しがた着られたときに知りました。装着者の知識や記憶を共有してるんでしてな。シナリー御嬢様は罪悪感を独り占めしようと考えたのですよ。夫婦に助けを求めたせいで死んだのなら、己が殺害したも同義だと。
御嬢様が手に掛けたのは、御父上の狂って老いたベネト様の方です」
かぶりを振った鳥人間の右手に短めの両刃槍が有った。
それは対龍兵装『真実の富』と言って、両端に円対状の槍が備わった武器である。
「や……めて……エンディックんには……言わな……いで」
「そう言われたら、言いたくなってしまうのが生物の性ですよ『シナリー御嬢様』」
強欲の勇者鎧マモン=グリーズ。
その装甲、翼、槍、全て前と同じく金色である。
しかしその輝きと身に纏う力は、かつてないほどに強烈になっていたのだ。
地から見上げる少年に、以前の畏怖を思い出させるほどに。
それでも「彼女」の掠れるような声は、エンディックの怒りの燃料となった。
「おい……この悪魔野郎。シナリーを……どうした?」
「貴方との待ち合わせより早い時間に、手紙で朝に呼び出しておきました。孤児院のことをダシにしたら、すぐに頷いてくれたようで。
そこに衰弱したギデオーズ様を見せる! 昔から御嬢様は我慢強い方ですからなー。きっと今まで気丈に振舞ってきたのでしょう。ですが人の心は本来、堪え性のない物。
精神支配に掛けることなど、簡単でしたよ」
あれはシナリーだ。
消去法なのだ。父が勇者鎧を着ていないのなら、上空で見下ろしているあの勇者の正体は、本来の装着者シナリー=ハウピース。
これはエンディックの敵が、最高のコンディションで現れたことになる。きっとマモンは小細工など用意しておらぬだろう。
付け入る隙であったギデオーズ=ゴールを捨て、シナリーという元の鞘に戻り、万全となったあの怪物には、もう必要ないのだから。
エンディックの考えは当たっていたのだ。
以前の戦いで追い詰められたマモンは、性能が高くとも今の主では正規の勇者である緑昇に敵わぬと悟り、目的であるシナリーに急接近したに違いない。
それらも所詮、エンディックが迷わずマモンを仕留めておけば、こんなことにはならなかったはずである。
少年は悔恨を抑え込むように、怒りを添えて怨敵を叫ぶ。
「マモォォォォオンッ!」
「御安心をエンディック様。すぐに己が悩みで手一杯になりますよ。ワタクシメが御嬢様の嘘を暴いて差し上げるのですから」
「嘘だと! そういうテメーの言うことが先ず信じられねーよ!」
「このマモン、嘘八百は否定しませんが、これは真実です。貴方様の御母様を殺した仇は……ギデオーズ様なのですから」
実はこの更新は、ニ回分の話を一つにまとめた物です。
展開の方も、仮面の敵が父親だった→戦わないっていう、4話が良いフェンイトになりましたね。
普通なら仮面の親父がラスボスだと思うので( ´ ▽ ` )ノ




