第三幸I-1「騎士になれなかった愚者は、もう一度騎士道に挑めるのか?」
緑昇に殺されそうになった、銀獣の会の残党の男を救うエンディック。
互いのぶつけ合った言葉は和をもつことなく、いずれ再戦の予感を告げる。
そしてエンディックが救った罪人は、やはり裁かれ、勇者狩りのハンターパーティーが動き始める…
(孤児院への帰路)
時刻は夕に近い。
エンディックは帰る途中で、キリーの背中を見かける。学校帰りなのか、本を入れてるような袋を肩掛けていた。
「よぉ、帰りだな?」
振り返ったキリーはこちらを視認すると、慌てるように早歩きで進んだ。
エンディックは首を傾げ、その背中に追いつく為、走る。
「おい、どうしたんだよ? 何か悪いこと言ったか俺?」
横からキリーを見て、彼は気付く。
髪や服が所々汚れていることに。袋が汚れていることに。
「キリー……お前」
キリーは次の言葉を聞く前にエンディックを押し退き、帰り道を走って行った。
残されたエンディックは、強く追求することが出来ない。
なぜならエンディックもまた、『経験者』だからだ……。
もし……彼の予想通りの問題が、学校で発生しているのであれば……。
「大方、孤児院の出とか貧富のネタだろうな……。そうなると、今のキリーの現状は……俺のせいか」
どう相談し、解決するか? と帰路を歩いた。
だが既に手遅れなのだ。
そして夜。
「今から家出したキリーの、生体反応を探知しますね」
エンディックとシナリーは、キリーを探しに行く為、孤児院を出るところだ。
夕飯前に孤児院や教会の、どこにも居ないことが発覚したのだ。
前例の無い家出にサーシャは大心配し、彼女を安心させるよう、エンディックとシナリーは夜道を進んで行った。
「私、ネガティヴですから。もしもを想定して、家族全員の生体反応を魔言『SCOPE』で視て、事前に記録していたんです。
今から魔力を地面に流して、探知出来た生体反応とキリーの記録を照合します。そうして練り歩けば、あの子のおおよその位置が掴める筈です」
シナリーは魔言杖ファイスライアを両手で縦に構え、杖の下を地面に突き立てた。
「魔言『SCOPE』+『SHOT』」
彼女の目の近くに薄い水晶体、レンズに似た物が現れ、杖からは広域化した魔力が、地を伝わり広がっていく。
魔力は現時点で地に接触している生命体に反応し、その反応を水晶体が数値として記録。
シナリーは水晶体に流れていく数字を読み取っていき、手元の手帳と見比べた。
「キリー以外の家族の反応しか有りませんね。もっと都心部に行ってるのかも……」
エンディックはそれを横目で見ながら、去来する可能性を示唆する。
「なあ……それ関係無い人間全部の反応も頭に入れるんだよな? かなり……疲れないか?」
「そうですねー。普通の人ならゆっくり少しずつ確認するんでしょうけど、今は緊急時ですから。それに私は普通の人より、体の性能や許容量が高いので……」
その後もシナリーは、一度に大量の情報を取得しては確認する作業を繰り返しながら、額に汗を滲ませながら、どんどん夜の街の中心部へ進んでいく。
(ライピッツレース会場付近)
「どうしてこんな遠くに……?」
やがて二人が歩みを止めたのは、緑昇の拠点である酒場が有る、治安の悪い裏通り。
キリーの反応は、この近くだと言っている。
「念の為持参してきたコイツが、役に立っちまいそうだな」
エンディックはマモンの犯行の可能性を危惧し、素材の入った袋と小手、鉄棒を持ってきていたのだ。
二人は嫌な予感がしつつも、キリーの反応が有るその地に向かった。
キリーの悲鳴がエンディックらの耳に届く。
駆けつけた先は、狭く長い裏路地。
そこを進んでいくと、少年を取り押さえている二人の騎士甲冑の男達を発見した。
エンディックは堪らず前に出る。
「テメー! キリーに何しやがる!」
「おや、エンディック君も来てしまったね」
暗がりで解らなかったが、一歩進み出た騎士の顔は、ニアダ=ゲシュペーだった。
村で共闘したこともある、良識的な長髪の男は、今は右手の大剣をエンディックに向け、左腕にはなぜか木製の盾を付けていた。
「どういうつもりだニアダさんよぉ……? 村で戦ったアンタのことは、騎士でも嫌いじゃなかったのによ」
「今は騎士ではなく、銀獣の会の任務として来てるんだ。この街の騎士団は、昔から彼らと縁故にしていてね」
「銀獣の会だと? 巷の風評は嘘っぱちだったのかよ! そんな奴が義姉ちゃんに近付いて」
突然、シナリーの背後から襲いかかってくる影が。
シナリーは振り向いて対応し、振り下ろされた短い鉄棒を杖で受け止める
「ほぉ〜、俺っちの闇討ちを防ぐとはなー! こりゃ捕まえた後が楽しみだぜぇ〜?」
その男も騎士の格好の男で、名前はジョイチという。
振り向きたいエンディックだが、ニアダの上段に構えられた剣と、殺気から目が離せない
「背を向けない方がいい。今は僕が君の『敵』になってあげるよエンディック君。いや……黄金騎士」
「ち……ピンスフェルトで顔を見られたか? なら出し惜しみはいらねーな。錬金開始!」
エンディックは棒を地に突き立て、上に振り上げる。
撒き上がった土と砂が棒に集まり、彼の獲物の槍となった。色はくすんだ黄色だ。
「へー、原理は理解不能だけど、凄い特技だ。君のことは最近知ってね。情報提供者からあの勇者の周辺の者の事情は、既に伝えられているんだ。
まさか君みたいな若者が、謎の英雄の正体とは……一応僕は君のファンだったんだよ?」
そう言いながらニアダは、大剣を下げ、両手を後ろに引き、剣と地面とを平行にした刺突の構えを取る。
この横幅の狭い場所で、長物は不利だ。
だからニアダの大剣は、振り下ろしか突きを選ぶしかない。
「僕は昔から勇者や英雄が好きだった。だから君のような悪と戦うのヒーローを応援し、そして僕の手で殺すことを、人生の意味だと思ってる。
だって英雄の存在は非現実的だから、『諦め』がつくんだよ? もし実在しているなら……『許せなくなる』じゃないか!」
「歪んだ愛情ってか? アンタの事情は知らねーけどよ、それって自分が変身出来なかった妬みなのかよ……?」
エンディックはニアダの暗い気迫に押されながらも、偽物の富を構え、勝因を探る。
彼も旅の中で様々な敵と対決してきたが、眼前の騎士の方が経験と技量は上だろう。恐らく突き合いを選んだのも、こちらの槍を大剣の大きさで押し、強引に急所に斬り込む算段。
リーチはこちらが上なことから、先に踏み込んで来るのはニアダだ。
「妬みなんて、高等な物じゃない。逆恨みさ。普段の僕は育ての親から教わった、理想の騎士道を目指しているんだ。でも今は騎士ではなく、僕の『一身上の都合』で剣を握ってる。
勇者を殺す為に……ね。ここに居るのは、勇者に恨みが有る連中の集まりさ」
「……アンタの口からも『勇者』かよ。最近自分も含め、夢見がちな奴ばっか辟易するぜ」
しかしエンディックには錬金術という、ニアダには予知不可能な強みが有る。
(突く瞬間、槍の長さを変えて、ニアダが目測した間合より長く、先に俺の攻めが届く! 更に横殴りのときは短くすれば、俺に長物の欠点は無くなる。行ける……この勝負、俺の有利だ!)
小手の機力を集中し、素早く武器の形態を変えられるよう、用意する。
「なぁに、男子たるもの幼き頃は、英雄に焦がれるだ……ろう!」
ニアダが踏み込む。
エンディックは敵の間合いになる前に前に出て、槍を伸ばしての先攻を狙うつもり。
接近するニアダが両手を引き、大きく詰めてくると思った直後。
逆にニアダの方が届かぬ距離で、その場で斜め下に突きを放った。
右手だけで伸ばし、手を……離す。
放たれた大剣は少年に届かず、彼の右足の前の地面に、刃を向けて突き刺さった。
「な……?」
武器を捨てたニアダは、防具の重さを無視した素早さで、エンディックまで走りこむ。
エンディックは迎撃の為、左足を前に出し、右足を……の前には大剣の刃が。
前に足が出せない。
(突きの為の勢いが……足りない!)
ニアダの右拳が少年の頬を、左拳が顎を、右拳ががら空きになった腹に、左拳がみぞおちに。
叩き込まれた。
「ご……が……あぁ!」
人は鉄より脆い。
小手や手甲、盾といった鋼鉄で殴れば、人間は容易く死ぬ。
ましてやニアダの剛力なら、全身を防具で守っていないエンディックに、膝を着かせるなど造作もない。
「君の錬金術とやらは、魔物の鋼鉄すら分解してしまう、恐ろしい力だ。そんな接触出来ない敵と、マトモに斬り合うわけないだろう? 僕の武器を壊されたら困るしね」
経験の差であり、筋肉の差であった。
英雄や模範的な騎士を目指すがゆえに、徹底的に肉体を苛め抜いたニアダ。鎧を着ていようが俊足、武器が無かろうと、防具を着た体その物が凶器なのだ。
己の才能と、小手の力を頼りにするエンディックとは対照的であり、彼が過去敗北した『騎士戦闘術』、とりわけ重量戦闘の達人だったのがニアダなのだ。
ダメ押しにと、脚甲を付けた右脚でエンディックの頭を蹴りつけ、壁に叩き付けた。
「僕が幼い頃、母が強盗に殺された……。そのときなぜか勇者が助けに来なかったんだよ。これっておかしいと思わないかい?」
頭と鼻から血を流し、無様に呻くエンディックを見下ろす騎士。
彼の目に光はなく、濁った闇でどこか遠くを見ているよう。
「僕も母も善良な人間だった。ならば悪者に殺されるわけがない。勇者が助けに来るからね。
でも誰もお母さんを救いに来なかった!
なら勇者なんか居ないことになる。良い行いをして生きても、何も有益がない! この世に道徳は、最初から存在しないことになるよなぁ!」
かつて少年だった騎士は、糾弾のように黄金の英雄を蹴りつける。
まるで黄金騎士こそが、この世に善意を広めた張本人のように。夢や希望、正義や法を塵だと踏み付けるように。
「君はそんな世の中を許せるかい? 僕はとてもじゃないけど、許すつもりはないなぁー」
ニアダ=ゲシュペーの夢は、腐っていた。
童心が描いた青い果実は、熟成を通り越し、既に賞味及び消費期限を過ぎている。
腐った、青い、幽鬼の炎。
腐乱夢。腐乱夢。
ついに本性を現したニアダさん。仲間になりそうな三枚目キャラが、敵になるのは意外かなーと思いました。
出てきた当初は弱そうな感じでしたが、シナリーと一緒に魔物を倒す直前まで行ったのは、相当な実力者なんですよね。
今回戦闘も凝ってて、構えを変えたり、間合いの読み合いは、前からどこがでやりたい場面だったんですよね。
でもこの作品、人間同士の戦い少ないからなー(・_・;
次回は1人残されたシナリーの戦いと、戦いの中盤までか、終わりまで載せようかなと。
分量によって決めましょう!




