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34_たとえ忘れられたとしても【最終話】

 

 植物園デートが実現したのは、アステラが目覚めてから一ヶ月後のことだった。彼はすでに職場復帰しており、以前と変わらずバリバリ働いている。


 エミリーの浄化魔術によって、経過は良好。浄化の腕次第で後遺症が残る可能性があるが、エミリーが絶対に残させない。


「やっと念願が叶いました! まさかあのグエン先生とまた植物園デートできるなんて、夢みたいです」

「『あの』グエン先生とは」

「『あの』グエン先生ですよ」


 ずっと憧れてやまなかった、天才でクールな医療魔術師、アステラ・グエンだ。


 浮かれてスキップを踏むエミリーを無表情に見つめるアステラだったが、手はしっかりと恋人繋ぎをしてくれている。しかも、繋いできたのは彼なのだ。とてもかわいい。かわいすぎて死にそう。


「そういえば、新しくいらした石吐き症の患者の具合はどうですか?」

「エミリーの治療経過をお見せしたら、ヘリオス魔術を受けたいとおっしゃいました」

「そうですか。その方も良くなるといいですね。ヘリオス魔術の承認は進んでいますか?」


 エーリクは国外追放となり、アステラの研究を邪魔する者はいなくなった。


「はい。もう少し臨床データを集めれば、二年以内には認められるはずです」


 ヘリオス魔術が広まれば、石吐き症は治らない病ではなくなる。だが、それはまだしばらく先の話だろう。


 ふたりはたわいもない話をしながら、熱帯植物のコーナーを見て回った。エミリーは大きな手のひら型の葉が広がる細い木を指差した。オレンジ色の果実が、鈴なりになっている。


「アステラさん、見てくださいパパイヤですよ」

「パパイヤですね」

「パパイヤの種子の特徴って、知ってますか?」

「乾燥に強く、発芽しやすいです」

「すごい、正解です。じゃあ、あっちのジャックフルーツは?」

「白っぽい種子は、火を通せば食べられます。湿度と温度の調整が難しく、一般の栽培には向いていません」

「すごい、大正解」


 エミリーは頭の上で大きな丸を作り、嬉しそうににっこりと笑う。


「種マスターになれますね。さすがの記憶力です。やっぱりアステラさんはすごいです」

「さっきからすごいすごいって。そんなに褒めても何も出ませんよ」

「だって、本当にすごいんだもん」


 もはや、エミリーより種子に詳しいかもしれない。

 すると、アステラは身をかがめ、こちらをじっと見つめながら言った。


「好きな人の好きなことに関心を持つのは、自然では?」

「……!」


 アステラはなんでもないことのように、さらりと言ってのけたが、『好きな人』という言葉はさすがに殺傷力が高すぎる。萌えすぎて灰になってしまいそうだ。


(今、好きな人って……)


 エミリーの顔が、耳の先まで赤く染まっていく。そんなエミリーに対し、彼はさらに続けた。


「今日の格好、かわいいですね」

「えっ、ありがとうございま――」

「モンステラ・アダンソニーみたいで」

「…………」


 後ろの植木を指差しながら、彼がそう言う。

 モンステラ・アダンソニーは、ハート型の葉が特徴の熱帯植物だ。確かに今日のワンピースは緑だし、ハートの模様も入ってるけれど……!


(何そのたとえ、かわいすぎ。大好き)


 エミリーは口元に手を当ててしばらく悶絶した。記憶喪失になっていたときは忘れていたが、エミリーはアステラのことになると若干オタク気質になる傾向がある。


 花より団子、種子よりアステラ。

 紛うことなき、ベタ惚れだ。


 アステラにエミリーなりにアタックをし続け、恋人になったことも、今はちゃんと覚えている。


「す、す…………」

「ん?」


 真っ赤にしながら口をすぼめ、言い淀んでいるエミリーを見て、彼が小首を傾げた。エミリーは勇気を振り絞って言う。


「す、好きな人……に会うので、かわいくしてきました」

「……では、もっとかわいくして差し上げましょうか」

「はい、お願いします……?」

「左手を出してください」


 言われるがままに左手を差し出すと、アステラに返していた婚約指輪が嵌められていく。

 ほんの少しの間だったが、彼との愛の証を手放していたことが悔しく思われた。同時に、アステラへの愛しさが込み上げてきた。


「私を婚約者にしてくれるんですか? 私のこと……まだ好き?」

「…………」


 すると彼は、エミリーの腕をぐいっと引いて口づけをし、いつもはあまり見せない柔らかな笑顔を浮かべた。ときめきすぎて、必死に堪えていなければ口から心臓が飛び出してしまいそうだった。

 胸の奥がきゅうと締め付けられるのを感じていたら、アステラが甘やかに囁いた。




「たとえあなたが僕を忘れたって、一生愛し続けてあげますよ」




 その言葉が比喩ではなく、本当のことだと、エミリーは誰よりもよく知っていた。


 記憶から抜け落ちたとしても、心に根付いた愛情が枯れることは決してない。

 きっと彼はこれからも、多くの魔病に苦しむ患者を救い続けていくのだろう。アステラは医療魔術師としての憧れであると同時に、誰よりも愛おしい人だ。

 そんな彼の隣で人生を歩んでいける幸せを、そっと噛み締めるエミリーだった。






 fin




医療もの(…と言っていい?)は新しい挑戦でしたが、どうにか駆け抜けました。不器用なクールヒーロー×明るい健気ヒロインの組み合わせ、そしてすれ違いは、何度書いても私の心が潤います。

次の新作は、8月くらいに投稿したいと思っております。作者をお気に入り登録してくださると、通知が届くので何卒…!


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや☆☆☆☆☆評価で応援してくださるととても嬉しいです!

それではまた、どこかでお目にかかれますように。ありがとうございました。

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