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33_たとえ記憶が全て消えたとしても

 

 オリビアの牢屋を訪ねた一週間後。


 エミリーは毎日、アステラのお見舞いに行っていた。身体を拭いたり、マッサージをしたり、話しかけたりして過ごしていた。それ以外は普段と変わらず、医療魔術師として患者に向き合っていた。


 今日はリノもお見舞いに来てくれていた。リノは、オリビアがエミリーにかけた記憶を奪う魔術の概要書を持ってきた。


 エミリーはそれを見ながら、物憂げに目を伏せる。


「やっぱり、記憶を奪う禁術にも、代償があるんだね」

「うん。恐らくオリビアは自分の寿命を……」

「…………」


 禁術に代償があるということは知識として知っていたため、オリビアも何かを代償として支払っているとは分かっていた。


(まさか、代償が寿命だったなんて)


 オリビアがなぜ、自分の寿命をかけてまでエミリーからアステラの記憶を奪ったのか、真実は本人にしか分からない。彼女が言うように、アステラへの脅迫のためだったのかもしれない。


 けれど、ひとつ確かなのは、一時的に記憶を失っていたからこそ、エミリーは自滅覚悟で単騎で魔物に立ち向かうなんて無茶をせずに済んだのだ。


 アステラを失うかもしれないと思っていた過去のエミリーは、自暴自棄になっていて、オリビアに止められたのにもかかわらず、ひとりで森に向かったのだから。


 エミリーにとってアステラは、自分の命より価値がある存在だった。医療魔術師として崇拝し、ひとりの男性として愛していた。


 複雑そうな表情を浮かべていると、リノが言った。


「どんな理由があったとしても、彼女は罪を償わないといけない。これから大変だろうね」

「……うん、そうだね。やっぱり私、オリビアとは親友だと思ってる。またいつか、普通に話せる日が来るといいな」

「きっと来るよ」


 これから重く苦しい道が待ち受けているオリビアに、エミリーは心の中でそっとエールを送った。


 ふたりの間に気まずい空気が流れたので、エミリーは雰囲気を変えるために明るく言った。


「楽しい話をしよっか。グエン先生も聞いてるし。そうだ、最近ここの近くにパスタのお店ができたの知ってる?」

「あー、さっき看護師がしゃべってるの聞いた。すごい美味しいんだってね。このあと一緒に行ってみる?」

「行く!」


 そう満面の笑みで答えたとき、寝台の上掛けからするりと手が伸びてきて、エミリーの手首を掴んだ。


「また浮気ですか」


 その声に、エミリーは目を見開く。振り向くと、アステラと視線が交錯し、心臓が大きく音を立てた。


「彼と観劇にも、植物園にも行ったんでしょう」


 彼が目を覚ましたことに驚いたエミリーは、目を泳がせ、言葉を失っていた。

 するとリノがエミリーの代わりに、アステラに答えた。


「安心してください。俺はフラれてるので」

「……」

「それじゃ、無事に意識が戻ったみたいなので、俺は帰ります。お大事に」

「ありがとうございます」


 リノは去り際、エミリーの肩をぽん、と叩き、「パスタ屋は今度グエン先生に連れてってもらいな」と言い残した。

 病室から早々に出て行くのも、エミリーとアステラをふたりきりにしようというリノの配慮だろう。


 リノが部屋を出て扉が閉まった直後、エミリーは横になっているアステラに抱きついた。


「全部、思い出しました。グエン先生に会ったときから今までのこと。……また浮気って、なんですか。私はずーっと、アステラさん一筋ですよ……っ」


 彼が目覚めたことへの安堵はもちろん、彼を忘れていた罪悪感、もう一度記憶を取り戻した状態で彼に会えた喜び、色んな感情が入り混じり、エミリーの声が震えた。


 アステラはゆっくりと自分の腕をエミリーに回して、優しげに囁く。


「……知ってますよ」


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