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29_襲われた医療魔術師

 

 マイクとティナミアの協力によって、まもなく魔物を討伐するための部隊が編成された。

 討伐に向かう朝、エミリーは特異医療院に休みをもらい、部隊に同行することに決めた。


(グエン先生には無茶するなって言われたけど、やっぱりじっとしてなんていられないよ。きっと、グエン先生が私ならそうしたはず。そうでしょ?)


 医療魔術師用の白ローブではなく、戦闘用の黒いローブに身を包むエミリーを見たマイクが声をかけてくる。


「想い人のために魔物に立ち向かうたァ、奇特な女がいたもんだ」

「……私はもともと、治癒系より戦闘系の魔術の方が得意なんです。足を引っ張らないようにするので」

「引っ張るだァ? とんでもねェ。あんたの話は聞いたぜ。相当な逸材だったんだろ?」

「そ、そんなことは……」


 周囲から期待されていたのは事実だ。しかし、エミリーが選んだのは、人気があまりない医療魔術師の道だった。

 魔物を倒す魔術師より、目立つ仕事ではないが、日々やりがいを感じている。エミリーには人を癒すこの仕事が合っていた。


 部隊が集まっていたのは、王国魔術師団の敷地だった。いざ出発しようというとき、魔術師団長のエーリクが現れて言った。


「ここで何をしている。今回の作戦を許可した覚えはない。速やかに中止するんだ」


 エーリクの鋭い声に、辺りがざわめく。すると、魔物騎士団の長であるマイクが前に出た。


「何を今更言ってやがる。王女様直々に命令を受けたんだろ?」

「だが私は許可していない。下の者たちが勝手な真似をしているだけだ」

「おいおい、王国魔術師団は王族直下の組織だ。てめェの意見より、王女様の命令が重いに決まってる」

「…………」


 それを聞いたエーリクは言い淀み、悔しそうな顔をする。


 ティナミアの要請に、唯一難色を示したのがエーリクだった。彼はなおも食い下がろうとする。


「たったひとりのためにこのような大部隊を派遣するのは、非合理的だ。すでに死にかけている者など、見捨てればいいだろう」


 見捨てればいいと聞いたエミリーは、言葉を失った。

 これが、国を守るための王国魔術師団トップの言葉だとは、とても思えない。


(ひどい)


 エミリーが拳をぎゅっと握り締め、反論の言葉を堪えていたとき、別の声がした。


「――見捨てさせなどいたしませんわ」


 一同の前に、複数の護衛騎士を付き従えたティナミアが現れた。

 王女の登場に、その場に居合わせた者たちは、恭しく頭を下げる。彼女は毅然とした態度でエーリクに対峙した。


「見損ないましたわよ、エーリク様。あなたたちは国民の安全を守るための存在でしょう?」

「……恐れながら王女殿下。公務のお勉強は大変ご立派ですが、現場のことは我々にしか分からないものです。夢のような理想を語るのは夢の中だけにしていただきたいものですね」


 それは『余計な口出しをしてくれるな』という牽制だ。とても、露骨な。


「ふふ、わたくしは勧善懲悪の物語を読むのが好きですの。あなたのような――悪人がきちんと成敗されるね」

「はったりです」

「はったりなどではございません。あなたたち――罪人の拘束を」


 ティナミアがひと言命じると、後ろに控えていた騎士たちが、エーリクを速やかに拘束していく。


「な、何をする……っ。私はこの王国魔術師団団長だ。このような無礼が許されると思っているのかい?」

「殿下のご命令です。大人しく同行してください」


 抵抗する彼に、ティナミアは続けて言う。


「あなた、禁術を使って魔物を操り、グエン先生を襲わせたのでは?」

「はっ……そんなことするはずがないでしょう。あのような平民を排除して、私になんの得があるんです?」


 騎士たちに拘束されながら、エーリクは冷笑する。


「魔物襲撃について調査をしたところ、不自然な点がいくつも出てきました。本来、討伐に随行した医療魔術師は、安全なテントに配置されます。ですがその日、グエン先生は前線近くで治療をさせられていたとか。――あなたの指示で」

「そ、その日は怪我人が多く、テントに人がいっぱいだったからだよ」

「記録に、そのようなことは書かれていませんでした」


 ティナミアは討伐報告書を見ながら、淡々と語る。これには、エーリクも返す言葉が見つからない。


「…………」


 ティナミアが語る後ろで、エミリーは戦慄していた。


(団長がグエン先生を襲った? まさか、利権のために?)


 エーリクは以前から、経営する製薬会社の利益を守るために、アステラの論文発表を邪魔していた。アステラのヘリオス魔術が正式に認められたら、製薬会社は莫大な損害を被ることになるから。


 混乱するエミリーをよそに、ティナミアは淡々と続ける。


「そして、グエン先生を襲った魔物は他の魔術師たちに目もくれず、先生を真っ先に狙ったそうではありませんか。そして――その魔物は、青い瞳をしていたとか」


 通常、魔物の瞳は赤だ。

 マイクが魔物の魔力の破片を胸に埋め込まれたときも、彼の瞳は魔物と同じ赤色に染まっていた。

 だが、魔術で操られている魔物は、稀に瞳が青くなることがある。


 エーリクは瞳に額に汗を滲ませ、引きつった笑顔を浮かべた。


「言いがかりはよしていただきたい。魔術師たちの証言以外に、証拠は何もないのでしょう?」

「有力な証言者なら他にもおりますわ。ここに彼女を連れてきなさい」


 ティナミアの命令によってまもなく、人々の元にオリビアが連れて来られた。彼女の細い手首には手錠がついている。


(オリビア……!?)


 オリビアは騎士たちに乱暴に座らされた。その姿を見たエーリクが、露骨に動揺をあらわにする。


「オリビアっ、君……まさか、しゃべったのかい……!?」

「あなたが隠そうとしたところで、どうせ私たちはもうおしまいよ」


 どこか諦めたような、虚ろな声だった。

 ティナミアがふたりの会話に口を挟む。


「オリビアさんには、禁忌魔術使用とベルベラ夫人殺害の容疑がかかっております。彼女の自宅から、禁止されている魔法薬が見つかっております」


 すると、ティナミアの横にいたリノが、オリビアが使用したとされる魔法薬の瓶をかざした。その薬は、特にベルベラのような病気を抱えている患者には絶対に使ってはならないものだった。


 座らされたままのオリビアが、声を荒らげる。


「だから、私が殺したって言ったでしょ! ベルベラ夫人にエーリク団長との関係を知られて、バラすって脅されてたの。だから、口封じのために……っ」


 その告白に、空気が凍りついていく。エーリクは誰よりも驚愕していた。


「嘘だ、君が妻を……? そんな馬鹿な……あ、あぁ……」

「嘘じゃないわ。アステラさんを殺そうとしたあなたに、私を責める資格なんてないと思うけど。討伐に参加した人たちは、黙ってるだけでみんな魔物が操られていたことに気づいているわ」


 その討伐には、オリビアも参加していた。

 オリビアが唇の端を吊り上げながら冷酷に告げれば、エーリクは力なく崩れ落ち、肩を震わせて涙を流した。不倫していたものの、エーリクは曲がりなりにも妻を愛していたのだろう。


「――それで、真実を知っていたエミリーさんの記憶もあなたが奪ったのですね?」


 ティナミアが目配せすると、リノは懐から布の包みを取り出した。清潔な白い布の上には、赤い結晶が乗っていた。


「これは、オリビアさんの部屋から押収されたものですわ。エミリーさんの記憶の結晶――ですよね」

「……ええ、そうよ」


 目を伏せたオリビアの回答を聞いて、エミリーの心臓がどきんっと大きく跳ねた。あの結晶が見つかったということは、失われた記憶を取り戻せるかもしれない。


「いずれにしても、例の魔物の操られた痕跡を調べれば、真相は明らかになるでしょう。それまでの間、エーリク様とオリビア様には、じっくり話を聞かせてもらいますわ」


 ティナミアは手を叩き、ふたりを連行するように騎士たちに命じる。引きずられるようにその場を去っていく彼らの後ろ姿を、残された者たちは呆然と見送った。


 すると、リノがエミリーに記憶の結晶を差し出す。光沢がある美しい石だった。


「よかったな。お前の記憶、全部戻るよ」

「!」


 この結晶を取り込めば、アステラとの思い出だけではなく、ベルベラ夫人殺害の真実に手が届く可能性がある。


 だが、エミリーはそれを受け取らずに首を横に振った。


「もう少し、預かってて。今は魔物を倒すことに集中したいの」

「分かった」


 結晶を戻すには、特別な魔術を行わなくてはならない。今はまだ、他に優先したいことがある。

 そして、エミリーを含む討伐部隊は出発するのだった。彼女の背中を、朝日がそっと照らしていた。


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