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1-3話 夏村の理由

 六時限目の授業が終わった。


 五時限目に比べたら、すっかり落ち着きを取り戻していた。

 何分、五時限目は前述のようにいろいろなことが頭をかけめぐり、ノートを取る気持ちにすらならなかったのに対し、五時限目終了後のトイレの一件から落ち着いたのは確かだ。

 彼女の行ったことは現状守られているようなので、安心を取り戻せたのであろう。

 今日は、坂本の家での勉強会がある日なので、一番真面目にノートを取っている多江ちゃんに見せてもらえば、五時限のノート問題は解決するであろう。


 さて、この後は夏村さんとの打ち合わせかと考え、事前に自分の心づもりを決めておこうと思った。

 彼女に勉強を教えること自体には何も迷いもなかった。

 でもなんで突然勉強をしなくてはと思ったのだろうか。 

 正直な理由を聞きたかった。

 またどのレベルまで勉強したいのかでゴールも自ずと変わってくる。


 ぶっちゃけ、ヤンキーが将来のこと、特に進学について俺や勉強仲間のように悩むとは到底思えない。

 既に社会に反発している時点で社会の歯車になることは無理だ。

 でも高校に進学してきているということは、高校ぐらいは卒業しておきたいということなのだろうか。

 そう考えると、彼女の教育レベルを高校を卒業できるレベルに持っていけばそこがゴールではないかと俺は思った。

 そうであれば、気は楽になるのだが……。


 まずはゴールの設定だ。

 それにより、彼女とどのように接したらいいのか、どの時点まで付き合えば良いのか自ずと決まってくる。

 勉強の目的とそのゴール、まずはそれを聞き、確認すべきだな。


 一方、彼女に教える条件として、どこが分からないかを明確にしてほしいとお願いしていた。

 これを押さえておけば、赤点回避というラインまではなんとか持っていけるのではないか。

 また、頭に来てもキレない約束もしていることから、スムーズなコミュニケーションをある程度保障してくれているので、彼女も心を平静にして勉強できるだろう。


 俺のとるべき方向性はある程度決まった。

 あとは、彼女とどう向き合うかだけだ。

 そこが問題か……。 

 正直、休み時間にあんなやり取りはしたが、やはり面倒くさい。

 女性だし……。


「今日はこれからどうする?」

 坂本は勉強仲間に声をかける。

 今日は進学塾の休みの日なので、いつもなら坂本の家に行き、勉強会という流れだ。

「ちょっと俺、例の用件が終わったら行くから、お先にどうぞ。遅れるけど」

 俺がそう言うと勉強仲間は意図を察したか、無言でうなづき、席を立った。


「高松君、夏村さんと交際宣言して、今日はこれからデートの約束かな?」

 とからかい気味に自分のバッグを持ちながら井上さんは立ち上がった。

「そんなわけないでしょ。これから彼女に勉強を教えるんだから……」

「えっ! 交際じゃなくて、もしかして高松君が夏村さんの先生になるの?」

「いや、両方。交際して、勉強も教えるんだ」

「本当、高松君っておもしろいことを引き受けるね。まあがんばって!」

 と俺の肩を軽くたたき、井上さんは部活に向かった。


 廊下に出ると、多江ちゃんがひとり、俺が出てくるのを待っていた。

「かずくん、一言言っておくけど、なっちゃんてヤンキーになる前は成績が優秀だったんだ。だから、やり方を考えてあげれば多分うまくいくと思うよ」

「ふ~ん、そうなんだ。その情報だけでもありがたい。多江ちゃん、ありがとう!」

「何度も言うようだけど、なっちゃんをよろしくね」

「わかった。できるだけのことはやってみる」

 他の勉強仲間は先に行ってしまったようだが、待っていてくれた多江ちゃんのこの言葉は励みになった。


「ふ~ん。附属中学では成績が良かったんだ。じゃあ、なおさら、夏村さんが再び勉強したくなった理由を聞きだして、きっかけを作ってあげるのがベストだな」

 さあ、おっ始めますか……

 俺はシャツのそでをまくり上げ、右肩にリュックを背負い、階上に向かった。


 昼休みとは異なり、俺は落ち着きを取り戻していたため、三年一組の教室へ向かう足取りは、いくらか軽かった。

 俺が昇っていく階段には校庭にいる運動部員の掛け声とげた箱に向かうのであろう生徒の足音が響いていた。

 ふと、その声を聞いた時、なんで俺はこんな大変なことを引き受けようとしているんだと被害者妄想に苛まれる。

 その上、後ろから階段を上っていく風が俺を押しているような感じがして、風にまで嫌悪感を抱いてしまった。

 あ~、階段、面倒くさい……。


 四階に着く。

 三年一組の教室を見ると窓から教室の蛍光灯がともっているのが分かった。

 まだ、蛍光灯を付けるには早い時間だが、電気が付いている方が安心だと俺は思った。

 暗いと気がめいるからだ。


 ドアをノックし、呼び出された時と同様、『失礼しま~す』と言って俺は教室に入った。

 すでに夏村さんは一番後ろから二番目の席の椅子を逆に向きを変え、前のテーブルを挟んで腕を組んで座っており、反対側に座れと組んだ腕をほどき、俺に無言で指図した。

 なぜ、無言? 怖いんですが……。


 俺が着席するや否や夏村さんは連行時の怖いトーンでこう言った。

「どうだ、休み時間、俺が彼女でよかっただろう?」

 えっ! 何でまたそんなに怖いトーンで話すんですか?

 俺、何か悪いことをしたかなぁ?

「はい、いろいろと、ありがとうございます……」


 突如、夏村さんは声のトーンを変えてこう言った。

「てなっ! おまえ、今、マジでビビっただろう!?」

「ビビりますって……」

「おまえ、俺らは付き合ってんだから、もう少し口調を変えろよ」

 でも、俺のこと『おまえ』に戻っちゃてるじゃないか。

「あの、夏村さんも俺の呼び方変わっちゃったし、口調が元に戻ってますよ?」

「やばっ! もうどんな口調か忘れちまったよ。こりゃ慣れるまで時間がかかるなぁ」

 思わず吹き出しそうになったが、赤いアイラインの入った化粧姿を見ると、緊張感がザワッっと戻ってくる。

 普通の化粧でいつもフランクに話せるといいんですけどね。

「よし、なるべく時間を作るからおまえと会う時間、増やすぞ!」

 うそ、うそ、うそ! 俺の自由を奪うな。

 そうだ今日は坂本の家での勉強会があるから、用件をさっさと進めよう。


「ところで勉強を教える件ですけど、日時場所はどうしますか?」

「原則、毎日でもオッケーで場所は俺らがタムロってる茶店(さてん)かマックか?」

 その場所は絶対いやだ。

 知り合いに見つかったらヤバ過ぎるし、茶店って響き、怖そう。

「タムロってらっしゃる場所は嫌なんですが……。できれば、落ち着いて教えられる場所がよろしいのではないかと……」

「じゃあ、おまえんち!」

「絶対ダメ!」


「じゃあ、必然俺んちだな」

「ちょっと待って。見ず知らずの男性を呼んだら、家族の方、怒るんじゃないんですか?」

「俺の家族、家にいないからモーマンタイ(無問題)よ」

 たまに出る言葉の意味がよくわからない……。

 気に入っているギャグらしい。

 まぁ、確かに夏村さんの家なら、彼女も落ち着いて勉強するだろうし、いい方向に進むかもしれない。

 でも、俺、女性の家なんか一度も行ったことがないんだけど、いいのかなぁ?


「何考えてんだ、あー?」

「いや、俺、女性の部屋って行ったことがないんで、いいのかな、と思いまして」

「おまえ何を考えてんだよ! 家庭教師、雇ったら先生が家に来て教えてくれるだろう。それと同じだよ。何、おまえ意識してんだ。おまえのこと食おうなんて思ってねーよ!」

 俺を食うつもりはないのね、よしよし!

「そうですね。家庭教師に行くと言えば俺の家族にも説明しやすいですね……」

「だろう! 俺ってさえてるな、最高! よろしく!」

 また、最後に『よろしく』付けてる。

 まずは言葉使いを直したいと思うが……無理だろうな。

 さて、場所は夏村さんの家で決まった。


 日時であるが、原則、月水金は進学塾があるのでダメ。

 土曜日は趣味に使いたいのでこれもダメ。

 結局、初回は今週の木曜日の六時限目が終了した後、夏村さんの家に集合で決定した。

 なお、夏村さんの意向から十八時集合との指示があったので了解した。


 俺は夏村さんに確かめたいことがあった。

 先ほど考えていた、夏村さんが勉強したいと思った理由である。

 今ならぶつけても大丈夫かなと思い、聞いてみた。

「ところで、夏村さんは今回、何を勉強したいのですか? どの科目とか何年の勉強とか具体的なものって有りますか?」

「俺はどの科目もこの学校の中から上のレベルになりたいんだ。少なくとも俺のメンバーの中ではトップで、できればもっと上になりたい」


 意外な言葉だった。

 ぶっちゃけ、ヤンキーが何言いだすんだと俺は思った。

 しかし、それを言った時、夏村さんの目から険が取れたことに俺は気付いた。

 彼女は何か原因があってヤンキー姉さんにはなっているが、やはり多江ちゃんが言っていたように進学校出身であることは変わりないのだ。

 向上心は捨ててはないと俺は感じた。

 そこで俺は夏村さんの目を見ながらこう問いかけた。


「夏村さんは将来、何になりたいんですか?」

「最強のヤンキーだ」

「違うだろ、何になりたいんだ?」

「最強のヤンキーだって言ってるだろう!」

 ああ、面倒くせぇ。

 俺は頭をかきむしりながらこう言った。

「違うだろ! 何になりたいのか聞いてるんだよ! 言ってみろ!」

 俺は殴られるのを覚悟の上で夏村さんに声を荒げて言った。

 これは教える立場の俺の覚悟だ。

 彼女がなぜ勉強をしたいのか、本音を本人から聞きたかったからだ。


 すると夏村さんは声を荒げながら、こう言った。

「大学に行きたいんだ! そして親戚連中の鼻をあかしたいんだよ! るせぇなぁ!」

 こう言いながら夏村さんは俺の胸倉をつかんだ。

 しかし、つかんだ腕は微かに震えていた。


「良く言った、夏村さん。ありがとう」


 俺は夏村さんの手を両手でやさしく包んでこう言った。

「よし、大学へ行こう。俺も応援する」

 俺からの返事は彼女が意図していなかったものだったのであろう。

 俺が彼女の手を両手を包んだと同時に、彼女は俺の胸倉から手を放し、うな垂れた。

「誰もわかってくれねぇんだよ、わかって……」

「わかった。俺が手助けするから。多江ちゃんからも頼まれてるし」

「小倉さんか……。わりぃ……。かず、迷惑をかけてもいいのか?」

 そこで俺は心を決めてこう言った。

「俺たち付き合ってるんだろう。彼女を助けるのが彼氏の役目だよ」


 彼女は決して涙を見せなかった。

 しかし彼女のまとう怖いオーラは消え、一女子高生に変わっていた。


 彼女が開けていたのか、教室の窓から夕方の涼しい風が教室を吹き抜けていく。

 それは彼女の怖いオーラを払いのけていったのかようだった。


 しばらくの沈黙の後、夏村さんはこう言った。

「おまえ……じゃない。かずが彼氏でよかった。よろしく頼む」

「あぁ、俺もよろしくお付き合いを頼む」

「やっと、話し方を変えてくれたな」

「夏村さんから怒られないと思えばいくらでもできるよ」

「ありがとう。じゃあ、木曜日からよろしくな」


 俺は夏村さんの秘密を一つこじ開けてしまった。

 彼女と責任をもって接しなくてはと思った。


 俺と夏村さんが下校した時はすでに太陽は西に沈み、東の空には一番星が輝いていた。

 夏村さんのバスを見送り、時計を見た時、今日の予定を思い出した。

「やばっ。坂本たち、俺のことを待っててくれるかなぁ」

 自転車を高速でこぎ、坂本の家に向かったが、着いた時にはすでに勉強会はお開きであった。


 帰りのバスの中。

 満員には程遠いバスの席に座りながら、夏村さんは車窓を通過していくいくつもの光を見ながらこうつぶやいた。

「やっぱ、かずは、俺が悩んでいるときはいつでも助けてくれるんだな……。昔と全然変わらない」

当作品をここまで読んで頂き、ありがとうございます。

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編集記録

2022/08/18 校正、一部改稿

2023/04/30 改稿

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