6-11話 交差していく夏(5)
【読者さまのコメント】
たかまつかずや違い!?
夏村さんは絶対に負けたくない相手と出会い、怒りをたぎらせる!
何が何でも勝ってやる!!!
そんな風に思っていると、高松から連絡が。
少林寺の思い出……なるほど! ここに繋がるのか!
二人は将来を掴むため意気投合する!
和也の家での勉強会を終え、夏村は家に向かっていた。
お盆中ということで和也の母も来客の対応で疲れたらしく、夕飯は外食で済まそうという話になった。
多江ちゃん、吉川が来るようになって、和也の家で夕飯を食べていくことがなくなった夏村は、駅前のCORSOに立ち寄り、地下の食料品店で今晩の献立を考えたが、疲れ果てていたのか、残っていた定価から五十パーセント引きの弁当と総菜を買って店を出た。
階段を上がり、地上に出ると、一気に熱波が襲ってきて、店内とは天国と地獄のような差であった。
買い物商品を入れたビニール袋を肩にかけて、自宅に向かおうとした時、
「おっ! 夏村じゃねぇ」
と男性に呼び止められた。夏村は声のする方向に振り替えると、そこには大柄な高校生らしき男性がいた。
「ご無沙汰です。夏村・さ・ん」
「お前は……」
「高松だよ。小学校の時、同じ少林寺拳法の道場に通っていた、高松一哉だよ」
夏村の顔色が一気に蒼ざめる。
「本当にお久しぶりだね。小学校の時、少林寺やっていて、そのあとも実は会っているんだけど、正面きっては六年ぶりくらいかな? 相変わらず威勢がいいのは進学塾で拝見したよ。でも少林寺では俺に一度もかなわなかったよな」
と一哉が言うと、夏村は唇を噛んだ。
「で、夏村、今高校どこ行ってるの? 小学校は俺と同じ、埼玉大学附属小学だったよな」
「お前に言う必要あるのか?」
「ああ、少林寺の大会の時、一緒に写真撮らせてやったのに、喧嘩売ってきたしなぁ。あの時もお前、俺の次の二位だったもんな。俺は中学から別の中学に行ったけど、夏村は今どうしているのかなって思っていたわけよ。あの気の強い夏村がさ」
「ちなみに、俺は中学からのエスカレーターで埼玉栄東高校行ってるよ」
埼玉栄東高校とは彼らが中学時代に新設された私立学校で、兄弟校である埼玉栄高校はスポーツで名前が知られており、栄東高校は進学校として売っていこうとしていた学校だった。
中高一貫教育で現在では県内有数の進学校となっている。
夏村は手を握りしめながら、答えた。
「県立浦和大鳳高校……」
「ありゃ? 高校も勝っちまったよ! 連戦連勝だな?! よくあんな馬鹿学校行っているのに、大学受けようなんて思っているよなあ! 附属中学も落ちたもんだな。大鳳にいくなんて、よっぽどのことやらかしたんじゃねえの? ヤンキー化して暴れたとかよ」
夏村はなぜヤンキーであったことをこいつは知っているんだと焦ったが、その時、和也の顔を思い出し、落ち着きを取り戻した。
「俺は以前とは違う。勝つことばかりに目が行ってしまって、いろいろと尖ったこともしてしまった。でも、今は頼りにできる相棒が出来て、そいつが俺を大学合格にまで引っ張って行ってくれると約束してくれた。だから今はそいつを信じてついていくだけだ」
「ふ~ん、バカはバカ同志で馴れ合ってればいいさ。お前の高校からだと名前も知らない大学がせいぜいだと思うけど、俺、第一志望、早稲田だから。また、勝っちまったかな?!」
夏村は肩にかけた夕食の入ったビニール袋を怒りから肩から下ろしながらこう言った。
「うるせぇ! 絶対にお前よりいい大学に入ってお前を見返してやる!」
「はいはい。ああ、俺、お前と同じ進学塾の選抜クラスにいるんで、何かあったら来ていいよ。教えてあげるから!(笑)」
「馬鹿にするな。相棒はお前よりもっとすごいんだ。二人でお前を叩き潰す!」
「やれるもんなら、やってみな!」
というと、一哉は夏村とは別方向に向かって歩いて行った。
天気の良い夏の夜は湿気がベールのごとく天上を覆い、星を目立たなくさせていた。
暗い帰り道を一人街路灯を頼りに歩いていく夏村。
一哉は小学校時代の同級生で同じ少林寺拳法の道場に通っていた。
同学年ということもあり、練習や試合で彼とは何度も対戦したが一度も勝てなかった。
ある大会の後、一哉、夏村、三位の子と写真を撮ったが、そのあと一哉に『もっとがんばれよ。どうせ勝てないけど! もし、負けを認めたら彼女にしてやってもいいぞ!』と言われ、頭をなでられたことから、口論となった。
その時、三位の子の兄が仲裁に入り、夏村をかばってくれたことでその場は収まったが、そのことを夏村が根に持っていた。
そして衝撃の遭遇。
そして、喧嘩を売られた。
今度は大学受験での合格校での挑戦状だ。
自宅に帰ってもしばらくは周辺の状況を受け入れられなかった。
和也からかかってきた電話も理由をつけて、後で電話するようにお願いした。
なんか、むしゃくしゃする……。
すると、和也から言われたことが頭の中を何度も通り過ぎて行った。
勝手に言わせておけば……!
最終的に勝てばいいんじゃない……
そんなことを気にかけていても時間の無駄だよ、気楽に行こう……
努力すれば何とかなるよ、結果はおのずと付いてくる……
そんな言葉の数々が頭の中を駆け巡っているうちに、和也の笑顔が浮かび、ある言葉が聞こえてきた。
だいじょうぶ、夏村さんは俺が絶対に守るから……
気にするのは止めだ! 止め、止め!
俺には和也がいるんだと思ったら、いつしか夏村の心は軽くなっていた。
絶対に、和也を信じていこうと夏村は思った。
「よし! 今からだと風呂入ってくる時間あるな。さっぱりしてから電話待つか!」
そんなことが有っての、和也からの電話だった。
突然、医学部、それも国立大学狙うって、俺に勉強教えている場合じゃねえんじゃないかと思った上に、第二志望が一哉と同じ早稲田大学と言われたことで、完全にカチンと来てしまった夏村。
自分も負けたくないという意思に火がついてしまったのだ。
「だけど、だけど俺は負けたくないんだよ! もう負けたくないんだ! たかまつかずやに!」
『えっ?! 俺に負けたくないの?』
「違う、高松和也じゃない、高松一哉だ!」
その名前を聞いた時、和也は絶句した。
「高松一哉って、あの少林寺……」
と言いかけ、和也は口をつぐんだ。
「和也、もしかして、あの時のこと覚えていたのか?」
そう、昨年の年末、夏村の家の大掃除を手伝った時、夏村のご両親の仏壇に飾られた写真の裏にあった写真、それは和也が一哉、夏村さん、そして妹の晏菜を撮った少林寺拳法の大会の写真であったのだ。
その時、和也は夏村が昔、晏菜が姉のように慕っていた子であったことを思い出したのだ。
初めてのデートの時、池袋の駅前で声をかけてきた男性の腕の決め方が少林寺の戦法だった。
たぶん、晏菜は真っ先にあの時のお姉さんだと思い出し、真っ先に仲良くし始めたのかと和也は思った。
すべての線が合致したのだった。
「薄々とはわかっていたかな……?」
「てめえ、水臭いぞ! 早く言えよ! だから言ってただろう、和也のこと昔から好きだったって」
ここでまた、疑問が一つ解決したのだ。
以前から、夏村が言っていた『俺のほうがお前より前から好きだったぞ』という意味を和也は理解することができたのだ。
そのうえ、和也が夏村と一緒に臨んだ最初の試験前に夏村の家で告白した時、食事を片付けながらキッチンの方で大きな何かを蹴る音がしたのも合点がいった。
しかし、なぜ、夏村は、その写真を見返したら絶対に機嫌が悪くなような、悪い思い出の写真を隠し持っていたのだろうか?
『あの~、ひとつお聞きしていいでしょうか?』
「なんだ、言え!」
『怒らないでくださいよ。昨年の大掃除の時、ご両親の仏壇のところでご両親の写真を見ていましたところ、後ろから少林寺拳法の大会の写真が出てきまして……』
「お前、あれ見たのか!」
『すみません。見てしまいました。でも、なぜ、一哉に恨みがあるならあの写真を残しておいたのですか?』
「そ、それはだな…… まあ、いろいろあってだな…… ああ、もういい! 言ってやる! あの写真を残していた理由は二つある。一つ目、この写真を見るたび、一哉に今度は絶対に勝つという意思を持ち続ける、いわゆる中国故事の『臥薪嘗胆』ってやつだよ」
臥薪嘗胆、「十八史略」と言う中国の歴史書の「春秋戦略」にある次の故事に由来している。
『春秋時代、呉王の闔呂は越王の勾践に敗れて戦死。闔呂の息子である夫差は、父の仇を討つために固い薪の上に寝て、その痛みで復讐の志を忘れないようにし、三年後に会稽山で勾践を降伏させた』とある。
『臥薪』は『薪の上に臥し寝ること』、『嘗胆』は『苦い胆を嘗めること』で、どちらも自身を苦しめることで復讐の志を奮い立たせることを表している。
それが転じて、「目的を達成するために苦心し、努力を重ねる」といった意味で用いられるようになったのだ。
『まぁ、それが今の努力にもつながるって訳ね。もうひとつは?』
「もうひとつは…… ああ~ こっぱづかいしいなあ! 言うよ! 言えばいいんだろう!」
『はあ?(何を言い出すんだろう?)』
「この写真を撮ってくれたのが和也だったんだ。そして一哉との口論を収めてくれたのは和也だったんだ。この写真を見ると、笑顔で写真を撮ってくれていた和也をいつでも思い出すことが出来たからなんだ!」
『えっ! そうだったの!』
和也も夏村の返答に、素っ頓狂な返事を返してしまっていた。
実は和也も勘違いをしていたのだ。
喧嘩はしていても夏村は一哉のことが好きで、同じ『かずや』つながりで俺を一哉だと勘違いして、思い慕っていてくれているのかと思っていたのだ。
だから、和也はこの写真を思い出すたびに、『夏村さんが俺のことを間違って慕っているのなら、一哉に負けないようにしないとな』と思い、頑張ってきたのだった。
そして、夏村が大学受験に合格したら、自分は一哉ではないことを打ち明け、夏村さんに最終的に自分を選んでくれるか決断をしてもらおうと思っていたのだ。
『はぁ~、そうだったんですね』
和也は夏村が最初から自分を和也と認識して今まで付き合ってくれていたのかと考えると、ばかな勘違いをしていた自分が恥ずかしくなった。
『ところで、夏村さん、なんで俺の前だとヤンキー言葉のままだったの?』
「たぶん、この言葉使いの方が私を思い出してくれると思ったから……」
確かに小学校の時から口悪かったよなと思うと和也は笑ってしまった。
「ということだ。だから、一哉に勝ちたい。だから慶応に合格させてくれ」
『簡単に言うけど、慶応って超むずかしいよ』
「かずやががんばろうとしているんだ。俺もがんばる」
『わかったよ。ちょっと作戦をねるから時間を頂戴ね。そのためにも八月二十六日の全国模試、お互いがんばらないとね』
「よし、わかった。気合入ってきた! …………」
『えっ? どうしたの?』
「いろいろとかずやに俺の思いとかがバレた……」
『そのおかげで、もっと夏村さんを応援しないといけないなと思ったよ』
「そうか、応援してくれるか! ありがとう! よし合格決まったら、毎週かずやの下宿行ってやる」
「合格したらね」
電話を切った夏村は、途端にいろいろなことが和也にばれてしまったことに赤面してしまう。
「明日の勉強会、どんな顔して会おう…… やば、興奮して眠れない! もう一回シャワーしてこよう!」
電話を切った和也は、夏村とは正反対に落ち着いていた。
そんなに以前から自分のことを思ってくれていたのかという感謝と、これから迫りくる難関撃破の道。
まずは、やはり彼女には確実に受かってもらうために、受験科目を絞るべきかと思った。
進学塾の私立文系コースを選んだ時点である程度納得はしてくれたが、やはり校内の成績は、元ヤンキーたちの目標になるため維持はしたいと言っていた。
やはり彼女との話し合いが必要だなと思った。
明日話そうと思い、風呂の準備をしたところで、急にあることを思い出した。
和也は晏菜の部屋に行き、ノックをした。
「ああ、おにぃ、入っていいよ。下着姿だから」
「入れるわけないだろう!」
「冗談、冗談、いいよ。勉強中だから」
「悪い」
と言って、晏菜の部屋に入った。
「どうしたの?」
「お前、夏村さんって、小学校の時、少林寺拳法の道場で仲良くしていたお姉さんだって、もしかして知ってた?」
「うん、最初雨の中、うちに来た時から知ってた。名前と目と口の下のほくろでわかってた。もしかして、おにぃ今日知ったの?」
「そのとおりでございまして……」
「おにぃ、本当に鈍感! あの時から沙羅ちゃんはおにぃのこと好きで、会うたびにおにぃのこというから(私も……)」
「えっ? 何、最後聞こえなかった」
「そんなことはどうでもいいの! 本当に鈍感通り越してバカだね」
「うるせえ! ………… そんなことはこちらに置いといて」
「置いておけない!」
「置いとけ! それよりもお願いがある、少林寺の道場にいた、おれと名前がかぶっている高松一哉って覚えているか?」
「あの、嫌なやつね。思い出したくもないよ」
「実は夏村さんと同じ進学塾に通っていて、また喧嘩を吹っ掛けられた。どっちがいい大学に行くかってよ」
「沙羅ちゃんも負けず嫌いだよね。で、一哉のこと調べるの?」
「お願いしたい。今、埼玉栄東の二年だ」
「進学校か…… 相手結構強いね」
「俺個人としては大学受験以外でも叩けるチャンスがあれば潰したい。そして大学受験終了時には完膚なきまでに潰してやりたい」
「おにぃ、おもしろいね! やっと中学時代のギラギラのおにぃが戻ってきてくれて私は嬉しいよ。まあ中学時代の失敗は繰り返さないでよ! 私も大鳳行くんだから」
「お前、本当に来るのかよ?」
「だって、おにぃのそば(じゃなくて)、沙羅ちゃんのそばにいたいんだもん!」
「おにぃって何だ?」
「内緒!」
「まあいいや、なんでもいいから情報を入手してくれ」
「栄東、女子の先輩でも何人か行っているから教えてもらうよ。ゲットしたらおにぃに伝えるから。そのかわり……」
「そのかわり?」
「九月にある埼玉スーパーアリーナである『STM51』の握手会のチケット、3枚分くらいほしいな」
「俺も行くし! まあいいや、一緒に買ってやるよ」
「サンキュー!」
和也は、『STM51』のコンサートとか握手会、さよりの一件で行けてなかったことを思い出した。
推しの緒方那奈ちゃんは今回も選抜から外れた。
応援しに行きたいなと思いながら、和也は着替えの準備をし、風呂のある一階に向かった。
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編集記録
2022/11/04 校正、一部改稿




