6-7話 交差していく夏(1)
【読者さまのコメント】
高松は怪我をする前、バンドのメンバーと約束していたことがあった。
怪我さえなければ立てたはずの舞台。でも、今はもう……。
高松は勇気を振り絞ってバンドメンバーに会う。
涙がこぼれてしかたがない。
でも、みんなのこれからを思えば。
◇◇ 六月三十日 ◇◇
今日はバンドの練習で新宿に来ていた。
梅雨前線は絶好調と言わんがばかりに日本列島に雨を降らしていた。
さすがにバンド練習の時に長靴を履いてではテンションが上がらないので、水浸しになりながら、白のデッキーシューズを履いてきた。
よく考えると、電車を使ってスタジオに来たのは俺だけだった。
靴はベチャベチャ、ギターケースやリュックは水浸し……
そんな悪い天気にも関わらず、俺の心は快晴であった。
すでにこの時期には、さよりと川崎さんとの和解は達成できて、たまの休日には二人で出歩くこともあったようだ。
達成感もあってか、バンドの練習にも熱がこもっていた。
濡れていた靴や服はいつもより少し高くなった体温が練習終了までには乾かしてくれていた。
練習終了
「かず、今日はなんか調子よかったな。夏村さんがいないからテンション下がっているのかと思ったけど、いない方が自由なんじゃない?!」
おーさんは帰る準備をしながら俺に声をかけてきた。
この日は、夏村さんはお祖父さんの五郎さんから呼び出しがあったらしく、そちらに向かった。
たまには孫の顔をみたいのだろう。
「勘弁してくださいよ。もし聞いていたら夏村さんに殺されるの俺なんですから……」
と俺が返答すると、バンドメンバーはみんな笑った。
「そりゃあ、怖ぇえな!」
「きょんさんも! ひどいなあ!」
「ところでだ!」
PAルームから出てきた畑中さんは俺たちの話を遮るかのごとく話を始めた。
「ちょっといい話がある。反省会の時に話すので楽しみに」
畑中さんの『ちょっといい話』という言葉と期待させる口ぶりが俺たちの想像力を掻き立てたため、そこで夏村さんの話は立ち消えになった。
俺たちはいつものように、場所を近くにあるバーガーショップに移動した。
みんなは荷物を近くの駐車場までもっていき、車に入れ身軽になってやってきた。
結局、俺だけが荷物の多い状態になってしまう。
おれはすみませんねと言いながら、ベンチシートの椅子の方に座り、シートの上に荷物を置かせてもらった。
「全員揃ったね」
と周りを見回し、畑中さんは話始めた。
「実は浦和の荒川土手に田島ヶ原という場所があって、そこで毎年、『田島ヶ原野外コンサート』が行われるのを知っているか? 実は今年は八月二十五日に開催されるコンサートに出ないかと主催者である浦和ロックンロール・センターから連絡があったんだ。昨年の大鳳高校でのコンサートを観た人が、主催者にこんなバンドがあると言ってくれてお誘いを受けた形になったんだ」
『田島ヶ原野外コンサート』……一九八〇年代、旧浦和市のさくら草公園(田島ケ原の一角の公園)で開催されたコンサートで、当時は駆け出しでその後有名になった四人囃子、安全バンド、その上、オノ・ヨーコ&プラスティック・オノ・バンドなども出たことのある伝説のコンサートだった。
そのコンサートは多くのプロミュージシャンを輩出しており、プロへの登竜門的な扱いであった。
「すごいじゃん! かずの奮闘が意外な結果に結びついたって感じだな。参加異議なし」
「野外っていうのが気になるけど、実力を試すにはいいチャンスかもしれないね。異議なし」
「おれもここらでひと花って思っていたので、すごいチャンスだと思う。異議なし」
「さて、かずはどうする?」
「俺は少しでも和田さんのレベルに近づきたいのでもちろん、異議なしです」
「よし、全員一致で参加な。俺の方から主催者には連絡しておく」
意表を突いた感じで俺の夏のもう一つの目標が決まった。
畑中さんは、今までのコンサートの楽曲の傾向を調べ、このコンサートに来る人たちの好みをリサーチし、練習曲から曲をセレクションしてくれた。
あとは練習して目指すコンサートの成功に向けて奮闘するしようと思った。
さて、コンサートに参加することは決まったが、自称浦和最強のファン、夏村さんにいつ言うべきかと俺は迷った。
せっかく、夏期講習の日程も決まり、それに向けての勉強と期末試験の勉強を始めていたため、夏期講習の終了日の八月十七日に話をしても遅くはないと思った。
まずは当面の目標は期末試験、これに集中させるべきと思った。
俺は演奏の練習と並行しながら、期末試験に臨む形で日々邁進していた。
※※※※
そんなさなかの七月九日にあの事件は起こった。
激痛の中、鎮痛剤を飲んで痛みをだまし、期末試験、終業式は終えることができたが、痛みから何もやる気は起こらなかった。
当然ギターなど握れるわけもなく、イヤホンでスマホに落とした畑中さんのコンサート用の音楽ファイルを聞いても数分で嫌になってしまう。
ただ、夏村さんには心配を掛けたくなかったのでラインだけは欠かさず連絡した。
やはり責任を感じたのか夏村さんは事件が起こってから家に来たがらなかった。
それを放っておいていいことはない。
まずはコンサートより、夏村さん優先で考えるべきと俺は判断した。
七月二十三日の夏期講習の初日に俺は夏村さんを見送りに駅までいった。
その時に俺の両親が寂しがっているからという理由と、俺がこんな怪我の状態では夏村さんの家に行っての勉強会は無理なので、俺の家で勉強会はやろうという理由を口実に、夏村さんが俺の家に訪れることを納得させた。
両親が寂しがっているのは確かだが、俺の方も寂しかったのだ。
夏村さんの夏期講習が始まってのからの勉強会は、夏村さんの夏期講習の予習復習の対応で他に手が回らなかったが、一週間も過ぎると予習復習の流れもスムーズとなり、それと並行して進めていた学校の宿題も粗方終わることができた。
夏村さんの通う進学塾の夏期講習のテキストを見ても、さすが私立難関文科系クラスの内容である。
自分で説いていてもよく考えられた問題を選りすぐっているなと感心することの連続であった。
やはり勉強会をする意味はあったと自分は思った。
◇◇ 七月二十七日 ◇◇
大宮の赤十字病院に行き、抜糸、テーピングを外してもらった。
さすがに三週間、左手を使わない日々は辛かったが、いざテープを外してみると腕が想像以上に軽く感じ、今までこんなに重いものを巻き付けられていたのかと実感した。
しかし、その左腕はか細くなってしまい、左右の腕を見比べると別人のような腕に変わっていた。
また神経断裂の影響か、違和感と終始襲ってくる鈍痛で左腕が自分のものではないと勘違いさせるほど、自分の言うことをきいてくれなかった。
医師から八月以降の運動については了解をもらっていた。
テーピングは外したのだが、明らかに俺の傷を晏菜が気にするため、病院の帰り道、スポーツ用品店で腕用のサポーターを二つ購入した。
夏村さんは明日明後日の土日はゆっくりしろと言い、俺の家での勉強会はスキップとなった。
夏村さんも傷跡を気にしてはいないそぶりを見せてはいたが、明らかに表情に出ていたため、終始みんなの前ではサポーターを付けていようと思った。
◇◇ 七月二十八日 ◇◇
俺は新宿に気晴らしに行ってすぐに帰ってくるといい、外出した。
目的地は六月三十日に田島が原野外コンサートの参加の話を振られたスタジオだった。
メンバーには怪我をしたので、七月十四日から何回か練習は休むとは伝えていたが、コンサートまで時間がない。
ここはメンバーと会い、みんなにも、自分に対しても決着を付けなくてはいけないと思った。
俺がスタジオに入るとPAルームのミキサーの前で準備をしていた畑中さんと目が合い現状を報告した。
畑中さんは明らかにがっかりした様子だったが、表情を戻し、俺の肩を押した。
スタジオ内では残りのメンバーが演奏の準備をしていたところだったが、一人二人と俺の存在に気づき手を振っていた。
俺は空元気を出して、スタジオに入っていった。
「かず、大丈夫か?! 怪我はもう大丈夫なのか?」
「こっちは早くコンサートしたくて、うずうずしてるよ!」
「……」
おーさんの言葉が俺の心を締め付けた。
達也さんは弟の功から情報を聞いており、口を閉ざしたままだった。
俺は、PAルームから畑中さんもスタジオ内に入ってきたことを確認し、決意を話はじめた。
「みなさん、今回はすみません。迷惑ばかりかけてしまって。今日は皆さんに改めてお詫びがあります。実は七月九日の学校での事故が原因で、左腕を怪我をしてしまいました。昨日の抜糸は済んだのですが、当分はギターを演奏することは無理かと思います。左手の違和感もありますし、中指、薬指が意思のとおり動いてくれないんです。自分としては八月のコンサート、絶対に出たかったんですけど…… みなさんと一緒にプレイしたかったんですけど…… 無理であると判断しました。また、傷が深かったので、後遺症となった場合、一生ギターは無理ということになりますので、今回は苦渋の選択ですが…… 苦渋の選択ですが…… これ以上皆さんにご迷惑をかけたくないので、このバンドを辞めたいと思います。皆さんと夢を紡いできましたが、その夢から勝手に抜けてしまいますことをお詫びいたします」
俺は涙を流しながら、メンバーに向かって頭を下げた。
「かずや、腕は?」
と聞かれ、俺はシャツをめくりあげ、傷跡を見せた。
それで俺の腕の傷がどれだけひどい状況なのかを悟ったメンバーは何も言わなかった。
「後遺症が出ない可能性もあるから、籍だけ置いて、活動休止中にしたらどうなんだ?」
「それも考えたのですが、早めに、新しいメンバーを入れて活動を始めた方が、新しいバンドの形を作りやすいと思ったんです」
「左手の状態の詳細は?」
「中指、薬指の力が入らない状態なんです。たぶんコードも押さえられないし、速弾きは無理だと思います」
ーーーーーー
俺は、涙を拭いながら畑中さんの方に向き、こう言った。
「こんな時に申し訳ないのですが、もし了解が得られたらなのですが、今度のコンサート、ヴォーカルはうちの高校の山田信子を使ってはどうかと思うんですが?」
「あのヴォーカル対決したあの子か?」
そう、今は軽音楽部に所属しているが、以前俺が軽音楽部に引っ張り込んだ美声の持ち主だった。
「今から、曲変えられるか?」
「お前らの練習次第だよ。俺だったらいつでもオッケーさ、そうなるとギターも必要だな。適当に知り合いを探してみる」
さすが畑中さん、プロの顔の広さと底力を感じてしまう。
俺は早速、スマホで山田に電話をかけてみる。
「あっ! 一組の高松です。おひさしぶり! ところで山田ってクラス何組?」
「えっ! 久しぶりに電話してくるから何かと思ったらクラス聞きたいの? また六組だよ」
「そうか、ごめんごめん、実はお願いがあってさ。八月の二十五日土曜日に田島ケ原のさくら草公園で『浦和ロックンロールコンサート』っているのがあるんだけど、実は俺出れなくなっちゃって、代わりに出てくれないかな?」
「そのコンサートって知ってるけど、高松くん、出れないんだ。例の一件が原因? 用はないんで別にいいけど」
「バックバンドはうちのバンドになるけど、いいよね」
「畑中さんがいるバンドだよね。畑中さんには兄さんが世話になっているから断れないし、高松くんのバンド、腕いいもんね」
「ありがとう。ということは決定でいいかな? 今後の連絡は畑中さんの方から連絡するから」
「いいよ。わかった。サンキュー! あの一件の後、高校夏休みになっちゃったから、どうなったのかなって思っていたんだけど…… 参加できないのか……」
「その通りなんだ。だけど、バンドメンバーや同級生で例の一件知らない奴には内緒にしてくれ。自分に回り回ってその言葉を聞くと寂しくなるんだ。まあその話は忘れて、まずは成功を祈ってるよ」
「ありがとう。このチャンス絶対つかむわ!」
山田さんはオッケーをくれたが俺の胸のつかえはとれなかった。
「というわけで、あとは山田さんに任せますのでよろしくお願いいたします」
「ところで、かずはこれからどうすんだ?」
「ギターは辞めようと思います。まずは当面の大きな人生の目標が今のぼくにはあるので、それを達成してからでもほかのことはできると思うんですよ。この左腕、今後どうなるかはわかりませんが、以前のように動くようになったら、皆さんを目指してがんばるかもしれませんし、全く違う世界でがんばるかもしれません。それまでは一時お別れということにしたいと思います」
「いつまでもお前をまっているぞ」と畑中さんは手を伸ばしてきた。
同様に、おーさん、きょんさん、達也さんと握手をし、別れた。
スタジオを出るとき俺は、
「いろいろありがとうございました!」
と大声で挨拶し深々と頭を下げた。
涙はほほを伝わることなく、廊下に向かって落ちた。
階段を上がろうとしたとき、スタジオから達也さんが出て来て、俺に声をかけた。
「おい、かず! 本当は、今は自分のやりたいことよりも、夏村さんのためにがんばりたいんだよな」
俺は達也さんの方に振り返り、こう言った。
「手間のかかるやつが有名私立大学行きたいって言うんで、自分はできるだけのことをしてみたいと思います。これが俺の『最強のファン』にできる恩返しだと思っているので」
「わかった。でも自分の将来も良く考えろよ。夏村さんが大学行って、お前が浪人だと夏村さんが責任感じるだろう。その辺もよく考えろよ。それと、功たちもかずが離れていってしまったって感じているんで、たまには仲良くしてやってくれ」
「ありがとうございます。おれも一つのことに集中すると他のいろいろなこと忘れてしまうって癖があるので十分注意します」
「さよならはいわないぞ。かずや、またな!」
「はい、失礼します!」
俺は達也さんに礼を言うと階段を一気に駆け上がった。
俺は家に帰るとリビングダイニングに誰もいなかったので、そのまま自分の部屋に向かった。
部屋に入ると、一つため息をつき、ベッドの横に置いてあったギターケースを持ち出し、ギターを出し、ボディを膝の上にのせてギターを弾てみる。
左指の中指、薬指は動くには動くが、やはり力が入らず、弦を完全に押さえることができなかった。
速弾きをしたが、左手が右手の動きに追いつかないし、やはりしっかりと弦を押さえることはできなかった。
なかば自分の現状の不甲斐なさからギターのネックを右手に持ち、床にたたきつけようと思ったがそれはできなかった。
頭の中に、小遣い・お年玉を貯め、胸を弾ませ、昔、浦和駅そばに有った楽器店で何度も予算内のギターを弾かせてもらい、最終的に購入したのがこのギターだったことを思い出した。
中古で買った、フェンダーのストラトキャスター。自分の尊敬するギターリストであるエリッククラプトンがよく使っていた色と同じものだった。
「悪い、自分が悪いのに、お前を攻めようとしちゃったよ」
と独り言を言い、すべての弦をゆるめ、ギターケースに収めると、吸湿剤がいっぱい入った、クローゼットにギターを入れた。
クローゼットにはオヴェーションのフォークギターとエピフォンのセミアコVintage635が収まっていた。
「ごめん、当分お前たちの顔を見ることはないが、絶対にまた、日の目を見せてやる」
といい、足元に転がっていたエフェクターや替弦など一式をクローゼットにしまって扉を締めた。
やはり、人間というのはこういうけじめが必要らしく、スタジオで山田さんに電話した後の胸のつかえはとれていた。
これで夏村さんと自分自身に集中ができると満足気にしたっていると、誰かからラインが来た。
『かずさん、私、さいたま新都心のデニーズでのバイトほぼ決まりました。あと、バイトでいそがしいので勉強教えてくれますか? 週一でいいんで 吉川さより』
しょうがねぇなあと思い、俺はこう返信した。
『来てもいいけど、仕事を覚えてからな! 夏村さんもいるけどそれでもいいなら来い それと一学期の成績はどうだったんだ? 高松』
すると、ちょっと間が空き、こう返信があった。
『研修終わるの来週末なので、そのころ連絡の上、参ります。成績は下の上 吉川さより』
下の上かよ! 夏村さんと違って進学校出身という背景がないこいつに勉強を教えるのは大変だなと思った。
でも、まあ来るもの拒まずだけどね。
しかし、やつも来るということはこの怪我に関する当事者が二人とも揃うことになる。
こいつらに心配を掛けたくない。
その上、さよりに対して両親、特に晏菜の反発が心配だった。
それについては自分で蒔いた種、自分でなんとかしようと思った。
あとは、この不甲斐ない左手をいじめ抜いて、正常にもどしてやろうと思った。
週一のリハビリはあるが、自分は若い男の子である。縫合した筋肉は痛めつければ痛めつけるほど復活することわかっていた。
そして、早めにこの二人の不安を取り除いてあげたかった。
そして八月一日からの学校でのリハビリが俺の予定表に追加されたのだった。
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編集記録
2022/10/30 校正、一部改稿




