1-2話 初連絡
空腹に食べ物を詰め込むだけの昼食が終わり、五時限目の授業は開始。
さっきまでの事件が何もなかったかのように、淡々と授業は進んでいく。
あんなことがあった後だ。
授業に集中出来るわけがない。
しかも、五時限目の担当は女性教師。
先生の声が、耳元の小声で話した夏村さんの声に聞こえてしまう。
俺は今までいくつもの面倒な出来事に対処してきた自負はある。
しかし恋愛事は別だ。
俺の高校生活に予定されたイベントではなかったし、心構えが出来ていなかったからだ。
職員室には本当に誰も連絡には行って無かったようで、担当の先生はいつもの時間に来て、いつものように授業を進めている。
あれだけの大騒動があったにも関わらず、教室内の情景はいつもと変わっていないことに俺はちょっと不愉快になった。
今、思い出すだけでも心臓が何度もバクバクしてしまう……。
誰も俺の受難を共有していないことに腹が立った。
しょせん、俺だけに起こった出来事で、奴らには何ら変わりのない日常の一部でしかなかったのだと思うと、納得してしまう。
そう、俺だけの問題であったのだ。
もう、こうなったら授業は諦めて、この時間は今後の対策について考えてみた。
さて、ヤンキーに勉強を教える、か……。
想像もしていなかった俺の新たな目標。
俺自身の高校での主たる目標は、高校である程度の成績を残して、最終的に大学に進めれば、付随したイベントはどうでもよかった。
ヤンキー姉さん……いや夏村さんに勉強を教えること自体が付随したイベントレベルで収まってくれれば問題ない。
逆にこれが、俺の高校でのメインイベントになってしまった場合、どうすればいいのだろうか?
今更ながら、俺は簡単に結論を出してしまったのではないかと不安になった。
しかし、こんなことを仲間に頼ることもできないし、ましてや教員に相談できそうにない現状では、教えることを否定する材料は見つからなかった。
諦めよう……。
その言葉を復唱しながら、自分の席の数席前方を見るとそこには多江ちゃんがいた。
ヤンキー姉さんと多江ちゃんを選ぶとしたらと質問されたら、真っ先に多江ちゃんを選ぶだろう。
高嶺の花とはいえ、俺は多江ちゃんと一緒にいることが楽しかった。
結局は自分の彼女への思いも諦めなくてはならない。
夏村さんが俺の彼女なのだから。
こうなったら俺が犠牲になってでも、勉強仲間の立場を守ろうと思った。
多江ちゃんとの関係は、夏村さんの成績を上げてからでも遅くはないと半ば自分に言い聞かせるような結論に収まった。
話は変わるが、同時に俺は夏村さんの『後で連絡する』がいつ来るのか心配でならなかった。
そこはヤンキー、授業中にラインで連絡があって、すぐ来いもありうると思い、スマホを度々チェックしてしまう。
うちの高校はその辺、校則がルーズなので授業中にスマホを見るのはおとがめがなかったので助かった。
くっそう! 全然落ち着かねえ……。
結局、授業中には連絡はなかった。
五時限目終了とともに勉強仲間は俺のそばに集まってきた。
「かず。おまえ、あのヤンキーと付き合うの。てか、オッケーをしたの」
坂本は昼休み俺が連行から帰ってきた時と同様、裏返った声で質問してきた。
坂本の昔からの動揺が隠せない時の行動だ。
小学校の時、一緒の音楽スクールで合唱の発表があったとき、緊張して声が裏返っていた坂本をよく見たからだ。
「うん、オッケーをした。付き合えば、俺たち、みんなも含めてだけど、危害は加えないって言ってたんだ。それと今回の中間試験の成績で俺がトップだったんで俺指名で声かけてきたみたいよ」
「初めから成績優秀者狙いだったのか。俺たちだったらオッケーをするだろうって思ったんだろうなぁ。立場が弱いし」
坂本は、今までの状況を解釈し、俺の判断に同情した様子だった。
俺自身も坂本の意見に賛成であった。
そこからは、いつもどおりのたわいもない話で時間をつぶした。
五時限目と六時限目の間の休みは短い。
昼休み中の自分の時間がほとんど取れなかったので、昼食を強引に飲み込んだせいか、腸が刺激され急に便意を感じ、席を離れた。
すると、俺の後から付いてくる気配を感じた。
振り返ると後から追ってきたのは多江ちゃんだった。
多江ちゃんは俺のシャツの裾を引っ張り、立ち止まった俺に向かって、こう言った。
「なっちゃんがごめんね。でも決してなっちゃん、もともとは悪い子じゃないんで、かずくんが見守ってくれると嬉しいな」
多江ちゃんからこんなことをされたことがなかったため、頭の中から夏村さんの顔が一瞬消え、多江ちゃんに置き換わった。
いかん、いかん……。
俺は頭を振り、現実に戻す努力をした。
この多江ちゃんの行動から夏村さんとは知り合いであることを把握できた。
以前から気になっていた多江ちゃんの発言にも合点がいった。
「もしかして、数日前のバーガークイーンでヤンキーたちを見たときの多江ちゃんの言葉の意味って夏村さんのことを心配していたんだね」
多江ちゃんは無言でうなずいた。
数日前ので塾の帰り、バーガークイーン仲間と時間つぶしをしていた時に、窓の外を通過していったヤンキー共を見たとき多江ちゃんの発した言葉の真意を俺は理解した。
とはいえ、夏村さんの面倒を、なんで俺がやるんだよと考えもしたが、夏村さんを俺が見守るという役割を多江ちゃんが俺に頼んだように思えたのだった。
「夏村さんがヤンキーになったのって、いつ?」
「中学三年の一学期の新学期の日。いきなりあんなカッコで登校してきて、私もまた同じクラスになったんだけど、教室中がかなりパニックになっちゃって、それからのなっちゃんはあんな感じで……」
「ヤンキーになってから、彼女と話をしたことは?」
「かけづらかったのでできなかった……」
俺は頭を搔きむしりながら、気を取り直し、多江ちゃんにこう言った。
「どこまでできるか分からないけど頑張ってみるよ」
俺が笑って多江ちゃんにこの言葉を伝えると多江ちゃんは俺のシャツの裾を離し、自分の両手を握りながらうなずいた。
本当に面倒くせぇ話だが、乗り掛かった舟だ。
なんとかしてやろうじゃねえか。
うちの高校の教室棟には両端に階段があり、その隣がトイレ、そして教室という並びになっている。
なぜかうちのクラスの隣のトイレには必ずと言っていいほど、うちのクラスのヤンキーがいるため、少し遠いが、反対側の階段横のトイレに行くのが勉強仲間の習慣となっていた。
男子トイレの前に着き、中に入ると、運悪く別のクラスのヤンキー共がタムロっていた。
ヤバいと思い、一瞬足が止まったが、六時限目まで時間がないのと、便意が我慢出来る限界であったため用を済まそうと中に入っていった。
ヤンキー共は俺に気が付いたようで、一斉に俺の方向に目線が集中した。
めんどくせえなあ!
俺はビビったふりをしながら、こう言った。
「すみません。トイレを使っていいですか?」
彼らは無言で何も言わず俺をにらんでいた。
本当にめんどくせぇなあと思いながらも、昼休みに夏村さんが言った言葉を思い出した。
どのぐらいの効果があるものか確認してみようと思った俺は、スマホのラインの画面を開き、その画面を一番すごんでいるヤンキーに見せた。
「ごめん、こいつ、俺の彼女なんで……トイレを使っていいかな?」
「な、な、なつさんが!」
奴らは、視線を俺の顔とスマホのラインの画面を往復させながら、ざわめいた。
そして俺は再度、彼らにこう言った。
「すみません。トイレを使っていいですか?」
トイレから無事生還。
教室に向かって歩き出すとスマホが鳴り、ラインに書き込みが来た。
『今日、六時限目終了後、三年一組の教室で、よろしく!』
夏村さんからであった。
集合場所は三年一組の教室。
昼休みに夏村さんに連行されたのと同じ部屋だ。
一年と二年の教室順は同じ並びだが、三年はなぜ奥から一組,二組と逆の順番なのか、いつも不思議に思っていた。
まぁそんなことはどうでもいい。
今日は塾の休みの日であったため、時間に余裕がある。
夏村さんには『了解しました』と返信した。
少し時間が空いて再度、夏村さんから返信があった。
『了解しましたとかやめろ オッケーでいい 俺たち付き合ってるんだぞ! よろしく!』
夏村さん、意外とそういうことには気が付くんだなぁと思った。
『OK!♡』
とハート文字を入れて送ってみた。
夏村さんにキレれらるかとも思ったが、付き合っているなら問題ないはずだ。
さて、夏村さん、どう来る?!
『いいじゃん、よろしく!』
へぇ、夏村さん。
普通の女子高生みたいな返信してくるじゃん、と俺は思った。
(もともと、俺がラインで連絡する女子高生と言えば、多江さんとさくらさんぐらいなので、それが私の尺度です)
でも、必ず、語尾には『よろしく!』と来るんですね。
これには少し笑ってしまった。
すると、まもなく次のような連絡が来た。
『さっき、メンバーからなつさんの彼氏とか言うやつがトイレに来ました。という連絡あった。おいおい、おまえから広めようって魂胆か? ほれたか? ほれたのか? よろしく!』
思わず俺は噴き出してしまった。
そしてこう返した。
『そうです、名前お借りしました』
『よし! どんどん使え! 知名度貢献 よろしく!』
笑いながら俺はスマホの画面を消し、ポケットに入れ、教室に向かう。
夏村さんとの初授業の打合せは六時限目の授業の後に決まった。
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編集記録
2022/08/17 校正・一部改稿
2023/04/29 改稿




