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6-1話 それぞれの夏(プロローグ)

【読者さまのコメント】

高松は自身の勉強について悩んでいる。

夏村さんは順調に成績を伸ばしていて、このままだと高松の手には負えない感じ。

でも、高松の成績は伸び悩んでいて……。

それにしても、勉強教えて一年かぁ。なんだか感慨深い!

 ◇◇ 六月 ◇◇


 この頃、俺は毎日学校が終わった後は、大宮に向かい、吉川さよりから中学時代にいじめをうけていた川崎英子さんの家を訪問し、面会のお願いをしていた。

 梅雨の時期でもあり、一人で川崎さんの家の前で傘をさし、面会のお許しを得るために一時間ほど立っていると、制服のズボンも上着もビショビショになってしまう。

 しかし、雨の中で長時間、他人様の玄関前で待っていても、通行人たちは自分が雨に濡れないことで頭がいっぱいであり、俺のことを不審者扱いする人はいなかった。

 面談叶わず大宮を離れ、進学塾のある日はそのままの格好で授業の途中から入室し、授業を受けているうちに、服は自然と乾燥していた。

 濡れネズミで入ってきたそんなやつが、授業中にやってきて、空いていた隣の席に座られた方には大変ご迷惑をおかけしたかとは思うが、勉強よりもっと大切なことをしてきたという誇りが自分にはあったため気にはならなかった。


 一方、夏村さんとの勉強会の日は、電車内で乾いた服も、夏村さんの家に着くまでにはまた濡れてしまい、心苦しいがそのままお邪魔していた。

 この日も、ずぶぬれで夏村さんの家に着くと、夏村さんは風邪を引くぞと言っては、いつもの亡くなられたお父さんのパジャマを貸してくれて、それに着替えて勉強を行っていた。

「今年の梅雨入りは早かったな。今日もお疲れ様。もう六月か…… よく考えると、かずやと仮の交際を公表して、勉強を始めてから一年経つんだな」

 そう、一年生の中間試験の結果発表の後で、俺は夏村さんに、当時は空の三年一組の教室に拉致され、勉強を教えてくれと頼まれた。

 そして、俺の勉強を教える条件として出した、対等に接してほしいという要望からなぜか仮の交際が始まり、今では夏村さんは正式の彼女だ。

 それから試行錯誤しながら二人で勉強を続け、夏村さんの成績は上昇していった。

 一年の三学期の期末試験で俺と多江ちゃんの後に成績順で追いつき、先月の中間試験では俺、多江ちゃん、夏村さんという学年順位は変わらなかったが、多江ちゃんとの得点差も少なくなってきており、着実に成績は向上していた。

 

 勉強を教える上での大目標として、夏村さんを大学に合格させるという設定をした。

 そして今年の正月、夏村さんの祖父の家に行った際、親戚関係が皆有名高校に行っているという現状からも夏村さんにも最終的には志望校として設定した慶応義塾大学に合格させたいと思っていた。


 しかし、毎朝の勉強会や夏村さんの家での勉強会の進捗を見ていて気になることがあった。

 まずは夏村さんの成長が著しく、もっと高度な勉強を受けさせたいのだが、俺がそれに対応できるほどの実力がないこと。

 そして、教えている当の本人である俺が成績の伸び悩みで苦しんでいることだった。

 夏村さんは着実に毎回の全国模試で偏差値を上げてきている。

 それに対し、俺の偏差値は夏村さんには勝っているものの、高校入学時とほぼ同じ偏差値を漂っている。

 打開策を案じたが、もともと進学校ではないうちの高校の進路指導室で相談しても役に立たない。

 普段通っている進学塾でも自分の問題点がわかっていればカウンセラーが対応してくれるが、漠然と伸び悩みであることを相談しても、成績を見て、もっとがんばりましょうと回答が来るのが関の山であった。


 俺のことはいいので、まずここでは夏村さんの今後の対策を考えなくてはいけないと思った。

「夏村さん、最近の全国模試の成績を見ても、すごく成果がでてきていると思う」

「そうか! お前もそう思うか! 結果通知表の合否判定の確率が上がってきているんで自分でも納得しているんだ」

「そこでなんだけど、夏期講習とか受ける気ない?」

「進学塾での夏期講習か? 別に興味がないわけではないが…… と言ってかずやと同じ進学塾は嫌だな……」

「なんで?」

「お前の仲間がいるし、夏期講習から晏菜ちゃんもお前の進学塾に行くって言ってたし、やっぱ、嫌だなあ」

「進学塾自体に嫌悪感はないの?」

「別に大学受かるためにかずやが行けというなら行くし」

「だったら、新宿とか代々木周辺に進学塾で有名なところがあるから、そんなところを探してみてはどうだろう? 今なら見学会とかやっているみたいだし」

「なんだ、かずや、もう俺に勉強を教えたくなくなったのか? 業務放棄か?」

「いや、そうじゃなくて、進学塾って今、夏村さんが本で勉強しているよりも新しい各受験校の情報を入れたうえでテキストの構成をしているので、新しい情報に触れるには一番だとおもっているんだ。その上、夏村さんが帰ってきた後、そのテキストで復習すれば俺もその情報に触れられる」

「お前、俺を使って、勉強を安くあげようとおもってるな! まあいいや! ところで見学会だが、かずやも一緒に行ってくれるか?」

「いいけど、どうして?」

「夏期講習とは言え、金額がでかいので、俺だけじゃなくかずやも同じ判断をしてくれたと言えば、祖父がお金を出しくれやすい」

 夏村さんはご両親が亡くなられているため、どこからお金が出てくるのであろうかと思っていたが、やはりお金の管理は祖父母がやっているのかと思った。

「オッケー! じゃあ、今度の日曜日にでも行ってみますか?」

「よし、その後、新宿でデートな!」

「よろこんで!」

 ということで夏村さんの夏休みの目標は決まった。

 俺は毎度のことながらそれをフォローしようと思った。


 

 次に自分のことだが、

 現在着手中の川崎さんとの問題がこの時点でいつ解決できるか想像ができなかった。

 一度自分で着手した仕事だ、完全に解決までもっていき終了させないと、以前の俺のままになってしまう。

 中途半端からの放棄

 これだけは絶対にしたくなかった。

 とは言え、現状でもせっかく両親が費用を出してくれている進学塾も遅れて授業に参加している。

 成績が下がってはいないので、母は何も言ってこないが、もし成績が下がってしまったら必ず、川崎さんの件に口出しをしてくるのは目に見えている。

 これだけは避けたい。

 となると、時間が自由に使え、現在の進学塾と同等の学習をできる別の方法がないかと考えてみようと思った。


 ◇◇ 六月十七日 ◇◇


 今日は日曜ということもあり、朝から夏村さんの家で勉強会をしていた。

 それまでに夏村さんと都内の進学塾の見学会を数校まわり、最終的には代々木にある大手進学塾に行くこととなった。

 現状の成績なら少し背伸びして難しいクラスに入っても夏村さんはなんとか付いていけると思い、難関私立文系コースを受講することに決まった。

 やはりこの時点でも、私立文系に絞ることを夏村さんは嫌がったが、第一志望が慶応義塾大学で文系なら今回のコースを選択し、あとの教科は俺との勉強会で十分対応できるよと説得したところ、渋々納得していた様子だった。

 後から聞いた話では、最後まで俺と同じ大学で同じ学科に行きたいという思いが夏村さんにはあり、理系希望の俺と同じように理系科目も勉強して追いつきたかったらしい。

 そういうことを裏では考えていたんだなと思うと、ほんとに夏村さんはかわいい人だなと思った。


 さて、俺は……

 昨日、新宿で多江ちゃんと会った時のことが頭から離れないでいた(多江ちゃんからのフェロモン発言や大学受験が終わるまでは俺をあきらめるといった話もあったが)が、その中に「通信添削」というワードがふと頭に浮かんだ。

 正解を赤ペンで書くだけではなく、回答の仕方や勉強で気になったことなど親身に回答してくれることも聞いた。

 そこで昨日帰宅してからインターネットで通信添削の会社を検索し、受講者の大学合格実績や添削の実例や費用を確認していた。

 そして、今年は進学塾での夏期講習をあきらめ、通信添削の夏期講習カリキュラムを受講したいと両親に言い、了解を得た。

 この時、すでに俺は川崎さんとは面会ができ、吉川と川崎さんの直接面談までもっていくのが次の目標であったため、時間拘束は特になかったのだが、心機一転、学習方法を変更してみることにした。


「夏村さん、実は俺、今年の夏休みは進学塾の夏期講習は受けずに『α会』という有名な通信添削の夏期プログラムを受けることにしたんだ」

「吉川の一件がまだ片付いていないからか?」

「いや、吉川と川崎さんの件は時間が解決してくれと思うので、俺はあまり手がかからなくなっているんだ。実は自分の問題なんだけど、ちょっと勉強に壁を感じ始めちゃって、それを取り払うために、やり方を変えてみようかなと思っているんだ」

「やっぱ、俺に勉強を教えているのが足かせになったのか……?」

「大丈夫、心配しないで! この方が、夏村さんが塾から帰ってきたら、一緒に勉強する機会が増えるからね」

「そうか、そんなに俺のこと好きか?! じゃあ、今日俺の家に泊まるか?」

「意味が分かりませんが、明日学校なので辞退させていただきます」

「そうか…… じゃあ、今年はそれぞれの夏だな」


「え~! おにぃ、夏期講習行かないの?! 聞いてないよ! 私の友達、みんな、おにぃに会えるって楽しみにしてたのに」

 家に帰ると、母から俺が今年の夏期講習に参加しないことを聞いた晏菜はこういった。

『なかまたち』か…… 去年の夏は水着攻撃で被害をこうむりました。

 そんな『なかまたち』だが去年、俺と同じ進学塾に通っていたのをみたことがあった。

「なんで、お前の友達が俺と会えるの楽しみにしてるんだよ?」

「去年の夏休み、もし気に入ったらおにぃを紹介してデートさせてあげるって条件で夏休みに、おにぃをからかって遊ぶのに誘ったら(失礼なやつだ!)、夏休みのプールの一件、学園祭のバンド演奏を見て、みんな気にいっちゃったらしくて、会えるの楽しみにしてたのに…… デートも高校受験が終わったらセッティングしてあげるって話になってる」

「ちょっと待てよ。俺には夏村さんという彼女がいるし、デートなんかしたら夏村さん切れそうだし、同級生とかにもっとイケてる男の子がいるだろう?」

「沙羅ちゃんだったら大丈夫。私が丸め込んじゃうから。それと初めてデートする奴がおにぃならそれより下のレベルの男はいないし、沙羅ちゃんがいるからおにぃが友達に絶対に手も出してこないから、彼女たちにとっていい勉強になる」

 俺は練習相手か…… とんだ言いぐさである。

「ところで、お前の友達、成績はどうなんだ?」

「何? おにぃ、みんなのこと気になってきた? あの子たち、北辰でも私よりすこし下だから、結構優秀だと思うよ。私の方が優秀だけど!」

 埼玉県は、北辰テストという試験を中学で受験させられ、その点数で目標校を決定する。

 現在では、その過去問まで販売されているって、どんだけ北辰テストに影響力あるのと思ってしまう。

「お前となかまたちには悪いけど、俺は今回、ちょっと変化をつけて通信添削でがんばってみるんだ」

「え~! おにぃって三日坊主じゃなかったっけ? 大丈夫かな? せっかく、いい成績取っているんだから、夏休みで一位陥落とかカッコ悪いからやめてよ」

「俺は昔の俺じゃない。まかせろ! 八月の全国模試では結果をだせるようにがんばるぜ」

「そういえば、小倉先生のところの娘さんにこの前の全国模試で負けたんだよね」

 結局のところ、この敗戦が俺に壁を感じさせた一つの要因でもあった。焦り……

 八月二十六日に予定されている全国模試には何か壁を越えたと実感できるものが欲しかったのだ。

「ていうことは、おにぃ、うちにずっといるの? 私がいない間に私の部屋のぞかないでよ!」

 覗くか、アホ! 俺はシスコンじゃない。


 ということで、この時点で夏村さんは都内の進学塾、俺は通信添削、晏菜は俺の通っていた進学塾と予定が決まった。

 だが、俺はこの一年間の心残りを解消したいとも思っていた。

 去年の八月末に夏村さんと旅行をしようという話があったが、ヤンキーの解散問題で立ち消えになってしまったからだ。

 たぶん、夏村さんも俺には言えないで、我慢していたかもしれないと思ったため、このことは心の片隅には置いていた。

 それを今年は実現したいと思っていた。

 そんな時にあの事件は起こった。


 ◇◇ 七月九日 ◇◇


 さよりが中学時代の同窓会に参加した際、夏村さんたちが同じ中学出身者に彼女と付き合うことを妨害していたことを知り、怒ったさよりが夏村さんをナイフで刺そうとした事件が発生した。

 血相を変えて教室を出ていくさよりを見た俺が階段で夏村さんを突き飛ばし、さよりを夏村さんから離すため、さよりをかかえ、階段の踊り場に転倒したことで、夏村さん、さよりは無事であったが、さよりの持っていたナイフが俺の左腕に刺さり、病院に運ばれた事件だ。

 病院に運ばれた後、手術は無事成功したが、退院の翌日、期末試験だったため痛みをこらえて受験し、終業式の参加で一学期の行事は終了した。

 傷は腕の筋肉と神経の一部を損傷、縫合手術を行ったが、左手の不自由さ、左手の筋力の低下、慢性的な左腕から手にかけての鈍痛という後遺症が残る可能性が示唆された。


 退院当初、痛みは想像したよりもひどく、鎮痛剤を飲みすぎたせいか、胃も痛くなり、何もする気は起らなかった。

 とは言え、七月二十三日から夏村さんの夏期講習は始まっており、講習が終わってから夏村さんの家での勉強会の約束も俺の家での勉強会に変わっていった。


 ◇◇ 七月二十七日 ◇◇


 そして、痛みも漠然とした鈍痛のみとなったこの日に、抜糸とテーピングの終了となった。

 この日以降は、過激な運動はせず、週一回リハビリテーション科を受診し、リハビリを開始するよう医師から指示を受けた。

 なお、これまでの治療費と今後のリハビリテーション科での受診費はさよりの家族がもつこととなった。

 けがをさせてしまった吉川家からの謝罪を込めて、自発的な対応となった。

 さすがに高校生、生命保険に入っているわけもなく、また事故による傷害であるため、国民健康保険からの三割負担には該当しないため全額負担にとなってしまう。

 手術代だけでも馬鹿にならない。


 俺と俺の家族、夏村さんと別れた後、さよりの両親は、家に帰る途中、

「さよりをここまで更生させてくれた高松さんの治療費は私たちが負担するから、あなたは高松さんの努力を無駄にしないよう道を外したことはしたらいけないよ」

「うん、かずさんの言いつけは絶対に守る。それと、お父さん、お母さん。治療費の方だけど今は建て替えてもらうってことにして、私、これからバイトして、少しずつ二人に返していきたい。これが私が起こしたことの責任だから」

「わかった。でも、お金が欲しいからって道を外れたお金の稼ぎ方をしてはいけないよ。せっかく高松さんが道から外れたのを戻してくれたんだから」

「わかってる。少しのお金でもいい。がんばる。お金を返している間は少なくとも、かずさんと繋がっている感じがするから…… 何かつらいことがあっても、かずさんを思い出してがんばれると思うから」

「よし、がんばれ! 初めてのバイトだ。 履歴書の書き方とか分からないだろうから、相談しなさい」

「ありがとう! さより、がんばる!」


「夏村さん、俺、八月以降、リハビリのつもりで、毎朝学校行こうと思っています。外周回って、問題が出ない程度に学校のトレーニング室を使わせてもらってリハビリを行おうと思っています。学校なら機材の使用料無料ですしね(笑)。そして、夏村さんが帰ってくる時間までに帰宅して、俺んちで一緒に夏村さんは進学塾の復習、俺は通信添削って感じでいきませんか?」

 病院から帰りのJR線の中で俺はこう提案すると夏村さんは軽くうなづいた。

「お前、傷痛くないのか?」

「痛いけど、なるべく早く今までに近いレベルにまで戻さないと、いざっていう時に夏村さんを助けられないからね」

「いや、いつでも俺はお前に助けてもらってる。でもそんなに急がなくてもいいんじゃないか?」

「個人的にも早めにケリをつけなくちゃいけない案件が自分の中にもあって、そのけじめをつけないといけないんで……」

「そうか…… 俺はあまり役に立ちそうにないが、応援している」


 こうして、それぞれの夏は始まっていった。

当作品をここまで読んで頂き、ありがとうございます。

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編集記録

2022/10/23 校正、一部改稿

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